どこまでも透き通る群青の高空。 朱色の木漏れ日。 私に向かって微笑んでいる、耕一さん。 「俺、楓ちゃんと一緒にいたいよ」 そう言って、耕一さんは微笑んでくれました。 重なる姿、重なる想い。 私の中にある前世の記憶。 私の中にある想いは、耕一さんの姿をあの人に重ねているから? 違う・・・いや、それでもいい。 私は今、この人を想っている。 誰よりも強く。 にゃー。 姉さんから送られてきた写真を見つめていた私を、励ますようにして鳴くのは近所の ノラネコ、たま。 「大丈夫よ・・・そう、私は大丈夫だから」 写真の中の、幸せそうな千鶴姉さんの笑顔。その横にいるのは耕一さん。 「・・・あの言葉は、嘘だったのですか?」 写真にたずねても、答えは返ってこない。 耕一さんは突然、姿を消しました。 しばらく経って、千鶴姉さんも姿を消しました。 それから送られてきたのは、数枚の写真。 写っていたのは、幸せそうな耕一さんと千鶴姉さん。 千鶴姉さんも耕一さんのことを好きだった。それはわかっていました。 でも、耕一さんが好きだったのは、私ではなかったの? 写真に聞いてみても、答えは返ってきません。 にゃー。 たまの丸い手が、写真を叩きます。 「こら」 軽く、たまの頭をはたきました。でも、たまは写真を叩くのを止めません。 にゃー、にゃー、にゃー。 「なにか教えたいの?」 たまの丸い手の先を見ると、そこには一匹の黒猫の姿。 「あなたの知り合い?」 にゃん! たまの声が力強く響きました。 「どこの街か、わかるの?」 にゃん! にゃん! 「私に行けと言うの?」 にゃーん! 待っているだけでは、何も見つからない。 そう。もう待つのは嫌。 私は鞄に荷物を積めると、たまを抱いて駅へと向かいました。 (ここより視点変更。場所は公園) 俺はその時、大切な言葉を口にしていた。 「すっ、好きだ! 玲奈さん!」 「・・・えっ。矢島君?」 「本気なんだよ、玲奈さん! 俺、こんなに人を好きになったことはないんだ」 「だっ、だって。そんな、いきなり・・・」 顔を真っ赤にして、よろめく玲奈さん。 ウェーブがかかったロングヘアーが、風になびいた。 「・・・私だって、矢島君のことは気になっていたけど」 よっしゃああああ!! 今度こそ、今度こそ手にすることができるぞ! 愛しい人をこの腕の中に・・・。 クチュン! かわいい音を立てて、くしゃみをする玲奈さん。 「えっ?」 「ごっ、ごめ・・・クチュン! クチュン!」 立て続けにくしゃみ。一体、どうしたの? にゃー 気が付くと、一匹の猫が俺の足下で物欲しげに鳴いている。 「ね、ねご!?」 玲奈さんはそれを見ると、鼻づまりの声で悲鳴を上げた。 「どっ、どうしたんですか?」 「ごっ、ごべん、やじばぐん。わだし、ねごアレグギーなぼ」 (訳:ごっ、ごめん、矢島君。私、猫アレルギーなの) 玲奈さんはそう言い残すと、あわてて俺の前から走り去っていった。 他の女の子達と同じように・・・。 ははは・・・これで、38回目か。 俺は撃墜マークに38個目のハートブレイクマークを描くと、足下の猫をにらみつけた。 「おまえなぁ、なんで最悪のタイミングで出てくるんだよ!」 頭に来てつかまえようとするが、俺に失恋の痛みを味あわせた憎き猫は、まるで滑る ようにして俺の手元から逃げていった。 はっ・・・ははは。涙も出ねえ。 「あの・・・すみません」 家に帰って、親友のテディベアに愚痴を言おうと思っていた俺の袖を引く奴がいた。 「何の用だよ!」 思わず声を荒げて振り向いた俺を見つめているのは、おかっぱ頭の女の子。 げっ、しまった・・・めちゃくちゃ可愛いじゃないか。 ふー! だが、その腕に抱いているのは、さっきのバカ猫。 まさか・・・。 「・・・おたずねしたいことがあります」 彼女は透き通るような澄んだ声で、静かに質問してきた。 だが、俺はそれに応えずに、怒気のこもった声で逆に質問を返す。 「あんただな?」 「・・・・・・?」 女の子は不思議そうに首をかしげた。 「俺の下駄箱の中に、彼女のいない矢島君が好きです、なんて手紙を書いて置いたのは! あんたなんだなぁぁぁ!」 力いっぱい肩をつかむと、怒りにまかせてガタガタと揺らす。 「俺をからかって面白いか! わざわざハートマークの便箋まで使いやがってぇぇ!」 「・・・あっ、あのう?」 首を揺らしながら、俺に反論しようとする女の子。 「ふざけんなよぉう! ぶっとばすぞぉぉう・・・グエッ!」 怒りに興奮する俺を止めたのは、女の子が抱いていた猫の強烈な猫パンチだった。 「それ、私はやっていないです」 真顔で俺の質問に答える女の子。答えてもらった俺は、激しく自己嫌悪していた。 よりによって、女の子に八つ当たりするとは・・・。 これじゃ、玲奈さんにふられても当たり前だよな。 にゃー。 俺をはげますようにして、体をすりよせるバカ猫。 もっ、元々、おまえがいなかったら今頃、俺は玲奈さんと・・・。 また八つ当たりをしそうになって、俺はまた落ち込むことになった。 「大丈夫ですか?」 おかっぱ頭の女の子は、そんな俺に心配そうに声をかけてくれた。 「いや・・・大丈夫。ちょっとへこんだだけだから。慣れているんだよ、ふられる のはさ・・・ははは」 我ながら、笑い声が乾いている。 サワッ・・・。 おかっぱ頭の女の子が、何気なく俺の頭に触れる。 「えっ?」 女の子はとても優しい笑顔で、俺の頭を撫でていた。 それは不思議な時間だったと思う。俺は黙って、彼女の手の感触を感じていた。 「えーっと。柏木楓って名前なんだ」 「はい。よろしくお願いします、矢島さん」 丁寧におじぎをする楓さん。 なんで、さん付けなのかって? いや実は、俺より年上だったんだよ。大学に入ったばかりで、今は人を捜してこの 街に来ているそうだ。 「耕一さん・・・この写真の男の人を、見かけませんでしたか?」 渡された写真に写っているのは、図体はデカいがいまいち鈍そうなお兄さんと、その 腕に抱きつくような格好でピースサインをしているお姉さん。 えっと、この二人、街でよく見かけるような・・・。 「そうだ! いつもコンビニで会うよ! この二人!」 「本当ですか!」 楓さんはそれまでの物静かな様子とはうって変わって、飛びつくようにして俺に 聞いてきた。 「ああ。こんな感じで腕を組んでいるから、すぐにわかった。新婚夫婦でも引っ越して きたのかなって思ったんだけど・・・」 俺はそこまで言って、口をつぐむ。 なぜか突然、周りの空気が冷たくなったからだ。 おかしいな、もうすぐ梅雨時だっていうのに。 「・・・行きましょうか」 「あっ、ああ? そのコンビニだな。わかった。案内するぜ」 もしかして、楓さんは怒っているのだろうか? 表情からはそれとわからず、黙って俺は楓さんを案内することにした。 「よお、矢島。やっと彼女が見つかったのか?」 気軽に声を掛けてくるのは、ガールフレンド同伴で街を歩いていた藤田。 くっそー! あかりさんがいるんなら、他の女の子にまで手を出すんじゃねえ! 藤田の横にいる留学生の宮内レミィを見ながら、俺は歯ぎしりをしていた。 「Oh! Congratulation! オメデトウ、ヤジマ」 とびっきりの笑顔で、俺を祝ってくれる宮内。それが本当のことなら、飛び上がって 喜びたいところなんだけどな。 「おい、藤田。こういう人を見かけなかったか?」 藤田のペースに巻き込まれないうちに、楓さんから預かった写真を藤田に見せる。 真剣な表情で答えを待つ楓さん。 「そう言えば・・・さっき歩いていたな」 「Yes! こっちの男の人が歩いてイマシタ!」 写真を指差して、大げさな身振りで教えてくれる宮内。 「行きましょう」 二人に場所を教えてもらうと、走り出した楓さんを追う形で、俺はそこに向かうこと になった。 ああ・・・でも、楓さんって、走る姿も綺麗だよなぁ。 新しい恋の予感を感じつつ、俺はさらに足を速めたのだった。 --------------------------------------------------------------------- おまけ 「あー、もう! 私のバカ、バカ! せっかく矢島君が告白してくれたのに!」 「玲奈の猫アレルギーはひどいもんねー。さすが矢島君、ふられ上手」 「そんなひどい言い方しないでよ。私は矢島君のこと、ふってないもん!」 「でもさー、不思議だよねー。矢島君って背は高いし、スポーツ万能だし、ルックスも いいし、成績だってわるくないし、性格もいいのに・・・なんで、ふられちゃうのかなー」 「だから、ふってないんだってば!」 「玲奈で38人目かぁ・・・間が悪いんだよね、きっと」 「あーん! 矢島くーん!」 玲奈の友達は、長いため息をついた。 ---------------------------------------------------------------------- 続き物の難しさを実感中。 いや、時間軸とか構成とか、長くなると難しいですね。前後で矛盾が出てきます。 優しい目で見てくれると嬉しいです、はい。 感想、苦情、リクエストなどがございましたら、 aiaus@urban.ne.jp まで、お気軽にどうぞ。 ではでは。