宮内さんのおはなしR 三十壱の壱 投稿者:AIAUS 投稿日:5月18日(木)00時11分
「浩之ちゃーん! 待ってよー!」
「ヒロユキ! 待ってくだサーイ!」

また、藤田君があかりと宮内さんに追いかけられている。
アメリカ流の積極的なアプローチの宮内さんに対抗して、あかりも攻勢に出始めたから、
藤田君も困っているんだろう。
追いかけている二人は楽しそうな顔だけど、藤田君は本気で逃げているみたいだ。
はっきり決めてしまえば、傷もそれだけ浅いのにね。

あかりと宮内さんの気持ちもよくわからない。
どうして、そんなに全力で男の子を好きになることが出来るのだろう?
本当に愛していても、裏切られて傷つく人もいるのに。
わからない。
私には、恋というものはわからない。

「瑞穂ー! 一緒に帰ろうよー!」
いつもに増して明るいあかり。どうやら、今日はあかりに白星が上がったようだ。
「それで? 今日の浩之ちゃんはどうだったの?」
「ウフフフ・・・」
あかりは時々、オバさんっぽい笑い方をする。
「大勝利! 日頃の鍛錬の賜物だね! 今日のお弁当デスマッチは私の勝ち!」
そういえば藤田くん、あかりと宮内さんが持ってきた弁当を食べさせられていたっけ・・・。
そりゃ逃げるわ。
どっちがおいしい? とか聞かれたら困るもの。
「これで十六勝十六敗?」
「そう。ようやく星が並んだよ。後は引き離すだけ!」
前もそう言って、五連敗したんだよ・・・その度に愚痴を聞かされるこっちの身にも
なって欲しい。
「瑞穂ちゃん。私、頑張るからね!」
「あー、はいはい。頑張ってね、あかり」
ちょっと白けながらも、私はあかりにいつもの励ましを送った。


「英語はこれでよし。数学の参考書が終わっちゃったから、新しいのを買わないと
いけないな・・・」
あかりと別れた後、私は本屋で参考書の物色をしていた。

「あの、すいません。この写真の人を見かけませんでしたか?」

小学生高学年くらいの小さな女の子が、一枚の写真を本屋の主人に見せている。
「いやー、知らないね。こういう顔の人は見かけないよ。美人だから、一度見たら
絶対に忘れないと思うけどねえ」
笑いながら、主人は女の子に写真を返した。
旅行用のバックパックを背負っている女の子・・・あんなに小さな子が一人旅?
周りに保護者のような人は見あたらない。
危ないな・・・最近は治安も悪くなっているのに。
そんなことを考えながら、私は再び参考書が置いてある本棚に目を移した。


「あー! 瑞穂お姉ちゃんだー!」
沙織ちゃんがダッシュで私の胸に飛び込んでくる。
「・・・こんにちは。瑞穂お姉ちゃん」
小さく笑って答えるのは、砂場で遊んでいる瑠璃子ちゃん。
二人とも私が公園でよく遊ぶ近所の子供で、まだ幼稚園児。
あと一人・・・ませた男の子がいるはずなんだけど?
「ねえ、祐君はどこにいるの?」
「えーっとね・・・あそこにいるよー」
「今日は電波が乱れているから・・・」
私が尋ねると、沙織ちゃんと瑠璃子ちゃんが公園で一番高い木の上を指差した。
そこには・・・。

「きゃあああ!! 危ないから、登っちゃ駄目だって言ったでしょ!」

木のてっぺんに生えている細い枝に乗っかっている祐君を見て、私は悲鳴を上げていた。

「はあ・・・はあ・・・」
怖い思いをして木を登り、なんとか無事に下まで降ろした私は、荒い息をついていた。
「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても」
祐君・・・私の近所に住んでいる男の子、長瀬祐介君は、全然反省していない口調で
心配そうに私を見る。
「馬鹿言わないで! あんな高いところから落ちたら死んじゃうでしょ!」
「そうだよー。危ないことしたらダメでしょ、祐くん」
沙織ちゃんが祐君をしかる。瑠璃子ちゃんは無表情で、でも心配している顔で私達を
見ていた。
「許してあげて・・・変な電波が飛んできたから、私が祐君に見てきて、って頼んだの」
「瑠璃子さんは悪くないよ・・・ごめんなさい、瑞穂お姉ちゃん」
素直に頭を下げる祐君。
「わかればよし。もう心配させないでね、祐君」
「うん!」
嬉しそうに笑って、瑠璃子ちゃんと一緒に砂場へ走っていく祐君。
「あー! やだよぉ、さおりを置いてかないでよぉ!」
いつものように、その後に沙織ちゃんが続く。
やっぱり、子供ってかわいいね。


「はーい! 五時になったから、もう帰るよ。祐君、沙織ちゃん、瑠璃子ちゃん」
「えー! まだ明るいよぉ?」
「ダメだよ、さおりん。またグリグリされちゃうよ」
「・・・モニモニもされるかもしれない」
「いやぁー! グリグリもモニモニもいやぁー!」
いつした? 私がそんなことを。
子供達三人は、仲良く手をつないで帰っていく。
さーて、私もそろそろ帰るかな・・・。

おねえちゃん・・・。

突然、私の頭の中に誰かの声が響く。
どこかで聞いたことのある、とても身近な感じのする声。

助けてあげて・・・。

また頭に響く。今度は違う声。でも、何度も聞いた親しみのある声。

街の裏通り・・・急いで。

頭に、さっき寄った本屋のある商店街の裏通りがイメージされる。

助けて、お兄ちゃん!

知らない声。でも、誰かが助けを求めている。これは・・・?

さっき出会った、赤いバックパックの女の子の姿が頭に浮かぶ。
(危ないな・・・最近は治安も悪くなっているのに)
これは一人でいる女の子を見た時に、私が抱いた印象。
嫌な予感がする。私は急いで、イメージに浮かんだ商店街の裏通りへと走り出した。


「いやぁぁぁぁ!! 怖いよぉ!!」
人通りのない裏路地。夕闇で薄暗くなった場所で、小さな女の子が悲鳴を上げていた。
「こっ、怖くないよ・・・何もしないからさ」
全然信用できないセリフを吐いているのは、マスクとサングラスをした男。右手には
カメラを構えている。

「てえりゃぁぁぁぁぁ!!」

気合いの声をかけて怪しい男の背中に抱きついた私は、そのままブリッジの要領で一気に
背中をアーチ状に曲げる。
ドガァァァァァン!
コンクリートの床に後頭部をしたたかに打ちつけた男は、そのままピクリとも動かなくなった。

「ジャ、ジャーマンスープレックス!?」

そう叫んで、驚いた顔で私を見ているのは予感した通り、赤いバックパックを背負った
小学生くらいの女の子。
「大丈夫? なんか変なことされてない?」
私が心配して尋ねると、女の子は深々と頭を頭を下げる。
「あっ、ありがとうございました!」
頭に一房立っている髪の毛は、寝癖なのだろうか? それともそういうヘアスタイル
なのだろうか
柏木初音。彼女は自分の名前をそう名乗った。


「ふーん・・・従兄弟のお兄さんを捜しているんだ」
場所を裏路地から公園に変えた私達は、とりあえず公園のベンチに座っていた。
で、今は事情を聞いているところ。
「家出したの? それで、あなたが捜しに来た?」
「家出・・・じゃないです。でも、いなくなっちゃったんです」
「ふーん。柏木耕一さんね・・・私も見かけたことないなあ」
横で浩一さんの腕に抱きついてピースサインをしているロングヘアーの美人・・・
この人も見たことがない。しかし、いい笑顔しているなあ、この人。
二十代前半くらいだろうか? でも、子供みたいにかわいい笑顔だ。
「ねえ、この隣りにいる人は耕一さんの恋人かだれか?」
私が尋ねると、初音ちゃんはビクンと震えた。
「いえ・・・あの、私のお姉ちゃんです」
かすれるような声で答える初音ちゃん。
ああ、そうか。従兄弟だって言っていたもんね。
うーん。でも、この写真の背景はどっかで見たことがあるような・・・。
「あっ、これってこの街の駅だよね。ここに同じ看板があるよ」
「はっ、はい! そうなんです。だから、耕一お兄ちゃんもここにいるかな、と思って」
家出じゃないのに、家からいなくなった。
知らない街で腕を組んで笑っているおねえさん。
・・・駆け落ちかな?
「それで、初音ちゃんはどうして耕一さんを捜しに来たの? 今は学校は休みじゃない
でしょう?」
うん。大事なことだ。いくら親戚だからって、学校をサボってまで捜しに来ていいはず
がない。
「あの・・・約束したんです」
「約束?」
「はい。私、耕一お兄ちゃんと約束したんです。あの・・・」

ズバアアアア!!

初音ちゃんが何か言いかけたところで、公園の茂みから黒い影が飛び出した。
「やっと見つけたよ、マイハニー!」
現れたのは、さっき私が退治したサングラスにマスクをした変態男。
「あんたね! まだ懲りないの!?」
私が組み付こうとすると、あわてて変態男はサングラスとマスクを外す。
「まっ、まて! 瑞穂君! 僕だ! 月島だよ!」
私が路地裏でジャーマンをかけて瞬殺した男・・・それは瑠璃子ちゃんのお兄さんの
月島拓也さんだった。
「なんで、そんな怪しい格好をしているんですか!?」
「花粉症なんだよ」
全然そんなふうに見えない顔で、月島さんは鼻をすすった。


「なるほど。失踪した従兄弟を捜しているのか・・・」
写真を受け取って、マジマジとそれを見る月島さん。
初音ちゃんはさっき路地裏で襲われかけたのを覚えているので、顔は笑っているが
目が怯えている。
「大丈夫よ。変なことをしたら、私が退治するから」
「おっ、おねがいします・・・」
月島さんはまだ、写真を観察している。

「うーん・・・大体わかった。この二人はすぐ近くのアパートにでも潜伏しているね」

あっさりとした結論。
「えっ! 本当ですか? 場所はわかりますか? 耕一お兄ちゃんと千鶴お姉ちゃんは
どこにいるんですか?」
初音ちゃんはさっきまでの怯え方が嘘のように、月島さんに矢継ぎ早に質問する。
「遠距離を移動するのに、サンダル履きはないだろう。それと、このロングヘアーの
女性が持っているのはスーパーの袋。ふくらみ方からみると、食料品の類だろうね。
遠距離を移動するつもりがない。食料をたくわえている・・・近くに住み着いている
んだろうね、おそらく」
「この近くにいるんですね? 本当ですね?」
必死な表情の初音ちゃん。ああ・・・この顔はあかりが最近よく見せる表情だ。藤田君
のことを考えている時のあかり。恋する人が見せる、あの表情。
「じゃあ、僕も捜すのを手伝おう。行こうか、マイハニー」

「させるかぁぁぁ!!」

月島さんが初音ちゃんの肩に手をかけようとした瞬間、私のドロップキックが彼の体を
吹き飛ばした。
「あっ、あの・・・いいんですか?」
「あの人はね、優しくするとつけ上がるタイプなの。行くわよ、初音ちゃん」
砂場に刺さっている月島さんを見てオロオロする初音ちゃん。
私はそんな初音ちゃんの手を引っ張って、月島さんの言った通り、駅の周辺を捜して
見ることにした。

まあ、しょうがないよね。
あかりにしても、太田さんにしても、面倒を見るのは私の性分みたいなものだし。
でも、こんな小さな子にここまで思われるなんて、その耕一さんというのは藤田君
と同じくらいに罪作りな人だな。
写真の中でひきつった笑顔を浮かべている大柄な青年を見ながら、私はそんなことを
思った。

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おまけ

「さっきの人って・・・変態さんなんですか?」
「んー、まあ。幼女が好きというか、低年齢好みというか・・・あまり世間に認知
されない趣味の人ではあるわね」
「違う! 違うぞ! そもそもシーザーがクレオパトラに出会ったのは、彼女が十歳
の頃で・・・」
バキッ!
「あの、いいんですか? あんなに乱暴して」
「初音ちゃん。手遅れになる前に止めてあげているの、わかってる?」
瑞穂はちょっと冷たい目で初音をにらんだ。
「ごっ、ごめんなさーい! お姉ちゃん!」 
お姉ちゃん?
頭を押さえてかがみ込む初音の動きは、とても手慣れたものであった。
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宮内話も三十作越えたので、続き物に挑戦。
しかし、難しいですね。連作というものは。
ギャグがないぞ、という方。もう少しお待ち下さい。
これが導入部ですので。

では、感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
まで。
ではでは。