宮内さんのおはなしR その九 投稿者:AIAUS 投稿日:5月8日(月)16時34分
シャー、シャー、ズザザ。

あれあれ、ヒロのやつ、楽しそうなことやってるじゃん。
「なんだ、志保。おめえか」
またまた。いつもの憎まれ口。本当はあたしに会えて嬉しいくせにさ。
いつもの仏頂面でヒロがやっているのはスケートボード。結構、使い込まれている
みたい。デザインはかなり昔に流行したやつなんだけどさ。
「しかし、意外よねー。あんたがスケボーなんかするなんて」
「この間、始めたばっかりだけどな」
そう言いながらも、ヒロはすいすいとコーンに見立てた空き缶の間を滑っていく。
むむ、結構やるじゃないの、ヒロのくせに。
カツ。
ヒロは器用にボードを立てて止まると、あたしの方に振り向いた。
「どうだ、志保もやってみるか?」
ちょっと自信ありげな笑顔・・・もしかして、このあたしに挑戦するつもり?
「貸してみなさいよ、このくらい楽勝なんだから」
あたしはヒロからスケボーを受け取ると、両足を板の上にのせた。
ズル。
そんな感触がして、スケボーはいきなり地面を滑り出す。
「あっ、あっ、あひゃひゃひゃ!」
転びそうになるあたしの姿を見て、面白そうに笑っているヒロ。
「確かに楽勝そうだな、志保」
ムカー! 
ちょっとぐらいできるようになったからって、このあたしに勝ったと思わないでよ!
「見てなさいよ!」
左足を地面についてバランスを取ってから、勢いよく地面を蹴る!
見てなさいよ、ヒロ! あたしは雑誌でスペシャルテクニックの方法を読んだこと
があるのよ。(やったことはない)
あたしは素早く地面を滑ると、板の後ろに体重をかけてほとんどジャンプするつもりで
華麗なるターンを決める・・・つもりだったんだけど。

ズッダーン!!

「いったーい!」
見事に失敗。あたしは地面にしたたかにお尻を打ちつけてしまったのよ。なんてこと!
「おいおい。大丈夫か?」
座ったまま呆然としているあたしに近寄ってくるヒロ・・・敗北者を笑いに来たのね。
「ほら、手を貸してやるから立てよ」
・・・なんか企んでいるんじゃないでしょうね? いきなりパッと手を離すとか。
「しょうがねえな、ほら」
黙っているあたしの手をつかんで、力まかせに引き上げるヒロ。

ズキン!

「いったーい! ちょ、ちょっと待って、ヒロ!」
その時にお尻から響いた痛みは、さすがのあたしでも厳しいものがあったのよ、これが。


「あー、もう。完全に跡になっちゃってるじゃないの」
トホホ・・・あたしはお尻にできた大きな二つの青タンを見ながらぼやいた。
あの後、ヒロに背負ってもらって帰ったんだけど、思ったより重傷。
これというのも絶対にヒロのせい。かよわい女の子のあたしをあんな危険な遊びに
つきあわせるなんて。傷物になっただどうしてくれるのよ。ヨヨヨ・・・。
「でも、どうしようかなー、これ」
責任問題はヒロのせいで決まったんだけど、お尻にできた青タンは当分消えそうに
ない。明日は体育があるんだけど、休ませてもらおうかしら?
だって、ブルマーはいたら絶対見えちゃうよね、これ。
あたしはお尻が浴槽の底につかないように両手で体を支えながら、そんなことを
考えていた。

翌日。
一日経ったら痛みも収まるかと思ったんだけど、晴れ上がって余計に痛くなった。
ズキズキズキ・・・。
お母さんの言う通り、氷で冷やしておけばよかった・・・でも、でも! 
お尻の上に氷嚢を乗せて寝る、なんて間抜けなこと! たとえ自分の家でもやりたく
なかったのよー!

「おはよう、志保」
「よう。大丈夫か、昨日のやつ」

にっこり微笑んで挨拶するあかりと、挨拶なんかしないで人の触れて欲しくない話題
にずけずけと入り込んでくるヒロ・・・こんにゃろー。
「志保、なんか具合が悪そうだよ。大丈夫?」
お尻が痛くてヨタヨタと歩くあたしの姿を見て、あかりが心配そうに言う。
「だっ、大丈夫。なんでもないのよ」
ズキズキズキ。
そう言いながらも、おしりから響く痛みはエマージェンシーコールのようにあたしを
苛むの。
「まあ、しょうがねえよな」
あかりとは正反対に、心配の「し」の字もしない、このオバカ。
「あんたのせいでしょうがー! 少しは申しわけなさそうな顔しなさいよ!」
「自分からやるって言ったんだろ? なんで、俺のせいになるんだよ」
相変わらずの憎まれ口。
「どうして、あんたってそんなにかわいくないのよぉ」
「おまえに言われたくねぇぞ」
「きー! 憎たらしいわねー」

いつも通りの朝。いつも通りの通学路。いつも通りのあかりとヒロ。
いつも通りのあたしとヒロの喧嘩。
あかりはいつも通り、ちょっと困った顔をしながらあたし達二人の喧嘩を見ていた。


二時間目の休憩時間を過ぎたあたり。
なにやら、教室が騒がしい。
「・・・ね、あの子ったら・・・」
「へー・・・君と」
「結構、お似合いよね・・・」
しかも、噂のターゲットはあたしみたい。みんな、こっちをチラチラ見ながら好奇心
いっぱいの顔であたしを見ている。中には、恥ずかしそうに赤い顔で見ている女の子
もいたりもするの。
授業は退屈だし、みんなはあたしをのけ者にして噂しているし、なんかすっごく不愉快。

キンコンカンコン、キンコンカンコン。

授業が終わったので、あたしは近くの席の女の子に聞いてみることにした。
「ねえ、何を噂しているの?」
うちのクラスでもおとなしい、眼鏡をかけた子。図書委員をやっていって、趣味は
バイオリンだっていう指折りのお嬢様。
「えっ、えっ・・・あっ、あの私、知らないです」
その子は、顔を真っ赤にしてあたしから逃げていく。
「ちょ、ちょっと待ってってば・・・」
あんまりの態度に、あたしは追いかけようとしたんだけど、

ズキン!

お尻から響く激痛に、そのまま地面にへたりこんでしまった。
「たっ、たははは・・・」
そんなあたしを見て、クラスの連中はやっぱり、という納得した顔。
もぉ! 一体、何なのよぉ!!

昼休憩。いつもなら中庭でランチとしゃれこむところなんだけど、お尻が痛いあたしは
教室でお母さんの作ったお弁当を食べている。
友達達はそんな様子のあたしを見て、一緒に教室で食べてくれている。
「うぅ・・・持つべきものはフレンドよねぇ」
さっきから噂の的にされて、その噂が何なのかを確認することもできなかったあたしは
結構、孤独だったの。でも、今こそ謎を解明するわよ。
「ねえ、それで聞きたいんだけどさ」
ありゃま。あっちの方から先に質問してきたよ。

「やっぱり、痛かったの?」

なぜか顔を赤らめて質問してくる。
痛かった? 昨日の事件を見ていたのかな?
「そっ、そりゃ痛かったけど・・・」
ちょっと恥ずかしそうに言うあたし。だって、おしりに青タンができているなんて
格好悪いじゃない。
「ねえねえ、どれくらい?」
「どれくらいって・・・こんなに痛かったの初めて! ってぐらいで」
あたしがそう言うと、飛びつくように別の子が聞いてくる。
「やっぱり、志保って初めてだったんだよね」
「う・・・悪かったわね」
確かに、スケボーをやったのは昨日が初めてでしたよ。
でも、そんなに興味津々の顔で噂することないでしょ、あんた達。
「ちょっと意外だよねー。やっぱり、お相手は藤田君?」
お相手?
「うん、まあ、一応ヒロとだったけど」
あの時、一緒にいたのはヒロだ。でも、スケボーって二人で組んでやるものなのかしら?
「「「キャー! やっぱりぃ!?」」」
なぜか黄色い声で叫ぶ友達連中。
???
なんで、あたしがスケボーでお尻を打ったくらいのことで、こんなに騒げるんだろう?

ようやく、今日も一日が終わった。
あー、退屈だった。
それに、みんながあたしがお尻を打ったことで噂していて、すっごく不愉快。
今日は散々だったわー。
「おっ!? あかり発見ー!」
珍しく一人で帰っているあかりを校門の近くで見つけて、あたしは声をかけた。
「やっほお、あかり!」
いつも通り、あかりの「あっ、志保?」っていう返事が・・・。

「・・・・・・」

来ない? あれ、どうしたのかな?
「ちょっと、あかりさーん。聞こえてますかー?」
あかりの前に回って、聞いてみるあたし。
「・・・・・・」
なぜか、あかりは下を向いて震えている。
どうしたの?
「あかり?」

「ゴメン! 今は志保と話したくない!」

あたしを突き飛ばすようにして走り出すあかり。
「はっ、はちゃちゃちゃちゃ・・・」
いつもならすぐに追いかけて、追いつくところなんだけど・・・。

ズキン! ズキン!

あかりに跳ね飛ばされたあたしは、またお尻を地面に打って動けなかったの。
情けなや・・・。
でも、あかり、どうしたっていうんだろう?


次の日。珍しくヒロが一人で登校している。
「ありゃ、どうしたの、ヒロ? 一人で起きられるようになったん?」
いつもの調子であたしが言うと、ヒロは苦々しげにため息を吐いた。
「この脳天気女め・・・」
その目は、いつものふざけた瞳じゃない。
「なっ、なによ、その態度! あかりといい、あんたといい。昨日から変よ!」
怒りだしたあたしを見て、ヒロは目をパチクリさせる。
「情報通だって自分で言ってるお前が、今どんな噂が流れているか知らないってのか?」
「はあ? あたしがスケボーでお尻を打ったってことでしょ?」
考えこんでいるヒロ。そして、いきなりあたしの左耳を引っ張った。
「イダダダダダ、いきなり何すんのよ!」
「いいから、耳貸せよ」
あんたが口を近づければいいだけのことでしょうが!
あたしは怒るのを我慢して、ヒロの口に耳を近づける。
そして、あたしが聞いたのは・・・。

「なっ、なんですってぇぇぇ!!」

思わず叫んでしまうくらいの、ショッキングな情報だったの。

「まだ痛そうだね・・・」
「・・・うーん。凄かったんだろうね」
・・・なにが凄いっちゅうねん?
あたしはふてくされて、机に突っ伏していた。
みんなが話している噂の内容。それはヒロに聞いてわかったんだけど、

長岡志保と藤田浩之は関係しちゃったらしい。

ということ。
理由は、1.歩き方が何か変。
    2. いつもの志保と違って元気がない。
    3.通学路で藤田君に「あんたのせいよ!」と言っていた。
    4.昨日の昼食時、友人が確認。
だって。 

「まったくもう! なんですぐに噂を信じちゃうのかしら」
「おまえが言うな、おまえが」
呆れたようにいうヒロ。ちょっと顔が疲れている。
今後の対策を練るために、屋上にいるあたしとヒロ。でも、噂っていうのは広める
のは簡単なんだけど、消してしまうのは無理なのよねぇ。
「・・・どうしよう?」
「俺に聞くな、俺に」
頭を抱えているヒロ。すごくまいっているみたいなんだけど?

「あんたも、あかりに無視されてんの?」

あたしは思い切って聞いてみた。黙ってうなずくヒロ。
「誤解を解こうとしても、あの子逃げちゃうしねー。困ったもんよ」
「いや、誤解はいいんだ。それよりも、あの視線が・・・」
視線?
「あの捨てられた子犬のような視線が、俺の良心回路をさいなむんだよ」
どっかの人造人間か、あんたは。
いつもならあたしがつっこみを入れて笑いが入るところなんだけど、事態は深刻。
せめて知っている人間だけには誤解を解いておこうと思ったんだけど、一番誤解を
解きたいあかりが逃げてしまうのだ。
話すこともできなかったら、誤解の解きようがない。

「あはは・・・こうなったら、本当にしちゃおうか?」
冗談めかして言うあたし。もちろん、本気じゃない。
「何言ってんだよ、お前」
呆れたように返してくるヒロ。あー、本当にかわいげがないわね、コイツ。
「あら、結構本気なのに」

ちょっとしつこいかな? でも、ヒロ相手なら平気でしょう。

だけど、そんなあたしの冗談に、ヒロは怒った目をした後、一言だけで答えた。
「嫌だ」
それを聞いたあたしは、屋上から走り出していたの。


「・・・ショックだったのかな?」
つぶやくようにして言うあたし。なんだか体に力が入らない。
夕暮れの河原道はもう暗くなり始めているけど、家に帰る気なんか起きない。
あかりには無視されるし、お尻は痛いし、気分は最低。
なんで、ヒロとスケボーやっただけでこうなっちゃうんだろう。
「・・・本気の目だったよね」
本気で嫌がっていた。
そりゃあ冗談だったんだけど、あんな言い方はないじゃないの。
でも、あたしはどうして、こんなにショックを受けているんだろ?
あはは・・・わかんないや。

ピタ!

「ひっ、ひっ、ひややややや!!」
いきなり頬に冷たい感触がして、飛び上がって驚くあたし。
「あいかわらず騒がしいな、おまえ」
呆れたように言うのは、缶ジュースを持った浩之。
「なっ、なによ! あたしになんか用なの?」
「さっきの誤解を解きにきたんだよ」
・・・誤解?
ゴホン。
不思議そうにしているあたしの顔を見て、ヒロは照れくさそうに咳をする。
「俺がな、少しはお前を大事に思っているってことだ」
???
何を言ってんのよ、ヒロ。
「だから、さっきのはお前が嫌いだってことじゃなくてな・・・」
「本当はしたい、ってこと?」
ちょっと警戒するあたし。嘘から出たマコトっていうのは洒落にならないわよ。
「そうじゃねえ! ・・・要するにだ、そういう関係になるにしてもなりゆきじゃ
嫌だっていうことだよ」
みるみる顔が赤くなるあたし。
「ヒロ・・・それって、もしかして?」
「ほら、さっさと飲めって」
答える代わりに、照れくさそうに缶ジュースを投げてくるヒロ。
ちょっと甘酸っぱいオレンジジュースだった。


次の日の休憩時間。
「ねえねえ、レミィ。あんたはあたしとヒロの話、知っているんでしょ?」
「うん。噂を聞いた後に、直接ヒロユキから話を聞いたもの。シホ、オシリ大丈夫?」
心配そうにいうレミィの口をあたしは塞いだ。
「お尻って大きな声で言わないの! それは志保ちゃんシークレット!」
「でも、あのスケボーをヒロユキにあげたのはミッキーだから・・・」
「あんたの弟の? だから、あいつスケボーなんかやってたんだ」
「うん。新しいの買ったから、古いのはヒロユキにあげたんだって」
なるほど。これで証人はできたわね。
「問題はどうやってあかりを捕らえるか、なんだけど・・・」
あの子、いつもはトロいのにこういう時は信じられないくらい勘がいいのよね。
あたしとヒロがさっきから追いかけまくっているけど、全然捕まえられない。
「アタシ、いいもの持っているヨ」
仕方がないので、レミィの言う秘密兵器に頼ることにした。

「ゴメン!」
ヒロから逃げていくあかり。その先には、挟み打ちにするようにあたしの姿。
あかりは顔を背けるようにして、通用路の方へと曲がっていく。
「これでいいの?」
「Yes! 家からベアトラップを持ってきてよかったデス」
ベアトラップ? 熊の罠? あかりにはピッタリかもしれないけど。

バチン!

なにかを挟むような音とあかりの悲鳴が聞こえたのは、そのすぐ後のことだった。


「・・・なんで、こんな酷いことするの?」
赤くなった右足をさすりながら、あたしをにらむあかり。
「あんたが話を聞いてくれないからでしょ」
まったく、普段はおとなしいくせに頑固なんだから。
「あたしには関係ないもん・・・どうせ、ただの幼なじみだし」
しかも、素直じゃない。レミィみたいにすぐに自分で聞いていれば、独りで悩まず
に済むのにね。
「いい? あかり、よく見ていてよ」
後ろを向いてスカートをまくるあたし。そして、ちょっとだけパンツをずらす。

「・・・青タン?」

「そう! あたしはヒロとスケボーやってて、お尻を打っただけ! それをみんなが
勘違いして、あんな噂を流しただけなのよ・・・あかり?」
「・・・プッ、クスクス」
吹き出して笑っているあかり。
「なによぉ。笑うことないじゃない?」
「ごっ、ごめん、志保。なんだか安心したらおかしくなっちゃって」
「アタシもおかしいデース!」
「レっ、レミィまで笑うことないでしょ!」
そんなあたしを見て、レミィはにっこりと笑う。
「お尻の青いお猿さんデース!」
「キー! あんた、いいかげんにしないと怒るわよ!」
そんなあたしとレミィのやりとりを見て、あかりはずっとおかしそうに笑っていた。


結局、あの噂はすぐに消えた。
あかりがみんなに面白おかしく本当のことを話したので、真相が広まってしまったのだ。
ドジな長岡、っていう噂が定着しちゃったけど、まあよしとしましょう。

「バーカ。お前がドジだなんてみんな知っているっての」
いつもの憎まれ口を叩くヒロ。
「なんですってぇ! あんたこそ前に・・・」
「もう。二人ともやめなよ」
いつものように、困った顔であたし達を止めるあかり。

やっぱり、この関係でいいかな。
もうしばらくの間はね。
アハハ。
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おまけ

シャー、シャー、ズザザ。
「あっ、浩之。スケボーやっているんだ?」
ダダダダダダ!!
「えっ? なんで青い顔して逃げるの? 浩之? 浩之ってば!」
呆然と逃げる浩之の姿を見送る雅史であった。
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すいません、DEEPBLUEさん。かなりお待たせしてしまったリクエストをお届けします。
志保SSのリベンジを行う、とえらそうに宣言したんですが、これくらいで勘弁して下さい。

志保は難しいです。滅茶苦茶な動きをするから、他の連中がついていけなくなる。
五本くらいSSを没にしました(志保と旧車、志保とガセネタ、先輩の薬、綾香と志保、
ジャーナリスト、等)。
もうちょっと書けるようになったら、またリクエストしてみて下さいね。

感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
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ではでは。