宮内さんのおはなしR その八(VER1.01) 投稿者:AIAUS 投稿日:5月5日(金)04時28分
「好恵。ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

綾香がこういう顔をする時は気をつけなくちゃいけない。
そんなことは長年の経験でわかっているはずだった。

「葵や浩之にも頼んじゃったから、好恵が来てくれると助かるんだけど」

藤田が?
・・・何の話なんだろう?
葵や藤田が絡むということなら、エクストリームのことに違いない。
でも、私に頼むということは・・・。
「スパーリングとかの手伝い? 言っておくけど、私は手加減なんかしないよ」
「そうそう、それ。スパーリングみたいなもの。好恵なら軽くできるから」
当たり前だ。この前の試合では不覚をとってしまったが、本来なら葵や藤田が私に
かなうはずがない。強さとは結局、努力を積み重ねた年数で決まるのだから。
「じゃあ、お願いね。舞踏会」
「わかったわ。武闘会ね」
???
なぜか意志の疎通に間違いがあったような気がするが、たぶん気のせいだろう。
そそくさと逃げていく綾香を見送りながら、私はそう思った。


「きっ、聞いてないわよー!!」
胴着姿で待っていた私を迎えたのは、きらびやかなドレスを着ている綾香と葵だった。
葵は目を丸くして私を見ている。

「好恵さん! あなたの空手にかける思いは確かに受け取りました!」

違う。
いくらなんでも、こんな無骨な格好でフリフリドレスの集団の中に入れるほど私の
神経は太くない。
「今日は帰らせてもらうわ」
「そうはいかないのよ。予定していた子達が急にキャンセルしちゃってさ。男の子
が余っちゃうじゃない」
意地が悪そうに笑う綾香。
「それはあなたの事情でしょう? 私はダンスなんか踊れないもの」
「空手の足さばきでかまわないわよ」
「全然、違うでしょうが!」
いけない、血管が切れそう・・・。

「えっ、駄目なんですか?」

葵・・・たまには格闘以外のことも勉強しなさい。
「とにかく、もう決まっちゃったの。意地でも出てもらうからね」
フリルがたくさんついたドレスで偉そうに言う綾香は、本当におとぎ話で出てくる
意地悪なお姫様そのもの。
でも、だからといって従うつもりはない。
「とにかく、私は絶対にそんな服は着ないからね」
私が言うことを聞かないとわかると、綾香は仕方がない、という感じでため息を吐いた。
「セリオ。やっちゃって」
「了解しました。綾香様」
私の後ろに立っていたのは、綾香の家の会社で作っている新型のメイドロボ。
精神論も努力の積み重ねも、現代の科学技術の前では無力であることを私はその時、
思い知ったのだった。


緩やかに流れる音楽。
幾つも並んだテーブルで談話し、笑いあっている人々。
そして、回るように、流れるように踊っている人々。
おとぎ話のワンシーン。
私の頭の中に思い浮かんだ言葉は、それぐらいだった。
「お嬢さん。私と一緒に踊っていただけませんか?」
偉そうなチョビヒゲをはやしたおじさんの誘いに、私は小さく横に首を振った。
「すいません。気分が優れないので」
「おお、これは失礼しました。壁の花にしておくには惜しいと思ったまでで」
一礼すると、おじさんは次の相手に声をかける。今度はOKしてもらえたようで、
そのまま自然な感じで踊りの輪の中へ入っていく。
「ダンスを誘われたら受けるのが、基本的なマナーですが」
そう言ったのは、綾香の家のメイドロイドのセリオ。
「あなたがこんな格好させてなかったら、少しは踊れるわよ」
つまらない愚痴も出る。だって、私が今着ているのは純白のドレス。胸元は大胆に
空いていて、スカートはフリルがいっぱい。しかも、私はカツラまで被らされていた。
「いやー、化けたもんね。好恵も」
気楽そうに声をかけてきたのは、赤いドレスの綾香。ほとんど同じデザインだが、
綾香の方が私よりも胸が大きい分、似合っている。
「どういうつもりよ」
ふてくされて尋ねる私に、綾香は笑って答えた。
「だから、ただの人数合わせだってば。いいのよ、別に気張らなくて」

ギャア!

綾香の後ろから聞こえる悲鳴。
「・・・おっ、お嬢さん。スネはやめて」
「すっ、すみません! わざとじゃ・・・」
「グワァ!!」
目を見合わす私と綾香。
「葵は連れて来ない方が良かったかもね」
「あんた、いつも気づくのが遅いのよ」
私と綾香は葵のパートナーであろう男性の無事を、心から願った。


宴もたけなわ。
そう言えば、藤田もここに着ているって話だったけど、どこにいるんだろう?
することもないので辺りを見渡すと、一際目立つカップルがいた。
「綾香?」
よく見ると、着ているドレスが違う。綾香は赤いドレスだったが、今踊っている人は
黒いドレスを着ている。目も綾香よりは優しい感じだ。
いや、一緒に踊っている男を見つめているから優しいのか?
その綾香そっくりの女性が見つめている相手が、私の探している藤田その人だった。

正直、私はダンスの上手い下手なんてわからない。
でも、流れという言葉の意味はわかる。
藤田と綾香そっくりの女の人のダンスは、その流れに従っている。
自然な、飾り気のないダンス。だからこそ、他に踊っている人々よりも際立って見える
のだろう。テーブルで会食をしていた人々も、しばし二人に見とれていた。

「妬けちゃうわよね、姉さんと浩之」

いつの間にか私の横にいたのは、少し機嫌の悪そうな綾香。
「綾香も踊ってくればいいじゃない? 藤田と」
私が何気なく言うと、綾香はいつになく歯切れの悪い返事をした。
「あ・・その、だって。姉さんに悪いじゃない」
「?? 藤田には彼女がいるんじゃないの?」
私の言葉にビックリする綾香。
「えっ!? そうなの?」
「いつも宮内って子と一緒にいるけど?」
私がそう言うと、綾香はなんだ、といった調子で首を横に振る。
「あいつ、いつだって女の子と一緒にいるじゃないの。レミィだって特別に親しい
仲じゃないわよ」
別に藤田をいつも見ているわけではないから、いつも女の子と一緒にいることは知らない。
でも、それが本当なら葵の恋は前途多難そうだ。
「それに、レミィってアメリカ流で積極的だから。そんなふうに見えちゃうのよ」
?? なにをあせっているんだろう、綾香の奴。
私と綾香がそんなことを話しているうちに、綾香のお姉さんと藤田のダンスは終わった。

よくは知らないんだけど、曲が終わる度にダンスのパートナーを入れ替えるのが規則
らしい。綾香のお姉さんと踊り終わった藤田が、こっちの方へ歩いてくる。
「あら。私にダンスを教えてほしいの?」
余裕たっぷりに言う綾香に、藤田はいつもの軽い調子で答えた。
「いんや。お嬢様の相手は一人で充分だ」
そして、私の前に来て軽く頭を下げる。

「私と一緒に踊っていただけませんか」

学校で言われたら、多分大笑いしているだろう。でも、タキシード姿で礼をしている
藤田の姿を前にしていると、なんだか頭がポーっとしてきた。
コクン。
気がつくと、私は静かにうなずいて藤田に手をとられていたのだった。

「俺、あんまりステップとか上手くないから。緊張しなくていいぜ」
私は上手いどころかステップなんか知らない。
緩やかに回り続けるダンスの輪。
私はどうしたいいのかわからなくなって、藤田の動きにまかせることにした。
「いや。いきなり参加しろって言われてさ。必死に勉強したんだよ」
そのわりには、藤田のステップは堂々としている。私はしがみつくようにして一生懸命
合わせているだけ。
なにか話さなくてはいけない、と思うのだが、緊張し過ぎて声が出ない。早く音楽が
終わって欲しい。
「・・・あの、どうして私を?」
かろうじて出たのは、かすれるような声。まるで別人みたいだ。
「いや。壁にもたれかかって寂しそうにしていたからさ。俺みたいな奴とでも、踊る
相手がいた方が楽しいと思って」
・・・・・・。
なんだかんだ言っても、藤田は優しい。

やっと曲が終わり、私は逃げるようにして藤田から離れた。
「あっ、ちょっと・・・」
藤田が何か言おうとしていたが、私は早歩きでその場から立ち去る。
廊下で待っていたのは、なぜか頬をふくらませている綾香と葵。

「一人だけいい思いして・・・」
「やっぱり、好恵さんってズルい・・・」

私をにらんでいる赤いドレスと青いドレス。
「なら、踊ってくればいいでしょう。私はもう充分!」
「どこに行くの? 好恵」
「舞踏会は終わり。私は元の坂下好恵にもどるわ」
私は背中で響く綾香の声に、そうとだけ答えた。



「ヒロユキ! ヒロユキってば!」
食堂で仲良く食事を取っている藤田と宮内さん。
どうも藤田がいつも以上にボンヤリしているらしく、宮内さんの方で何回か大きな
声で呼びかけている。
「んー、どうしたんだ、レミィ?」
「どうしたんだ、って・・・おかしいよ、今日のヒロユキ?」
私の前でうどんを食べていた葵は、興味深げに聞き耳を立てていた。
「ちょっと、葵。盗み聞きなんて趣味が悪いわよ」
「だって・・・気になるじゃないですか」
バツが悪そうな葵。

「いや・・・昨日、すごくかわいい女の子にあってさ。今でも目の前をちらついて
いるんだ」

ブッ!
「・・・ひどいですよ、好恵さん」
私が吹き出したうどんを手で取りながら、葵が言う。

「ふーん? アタシが心配している時に、他の女の子のことを考えていたんだ?」
カチャカチャ。
宮内さんの手からなにか金属音が聞こえた。
みんなはあわてて机の下に隠れる。

「名前ぐらい聞いておけば・・・って、レミィ?」
BANG! BANG! BANG!
「おわっ! ちょ、ちょっとタンマ!」
「待てマセーン!!」
いつも思うのだが、どうやって銃弾を避けているのだろう?

「藤田先輩、気づいていなかったんでしょうか?」
私は葵の問いかけに聞こえなかった振りをする。
「だって、本当にきれいでしたもんね、昨日の好恵さん・・・くっ、苦しい」
葵は私のヘッドロックに言葉を失う。
でも、本当に私だって気づいていなかったのだろうか。
「ギブ、ギブアップ!」

・・・少し、残念なような気もする。
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おまけ

「好恵って、ダンス上手かったのねー」
「いや、相手に合わせていただけだから」
「それに比べて、葵ときたら・・・」
「ううっ・・・ごめんなさい」
その日のパーティ会場は、スネを押さえて退場する男性が多かったそうだ。
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WIZARD、こと日ヶ野さんより、女らしい好恵、のリクエストにお応えしました。
ドレス姿の好恵を想像してお楽しみ下さい(笑)。

感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
まで、お気軽にどうぞ。
ではでは。