宮内さんのおはなし その二十七 投稿者:AIAUS 投稿日:5月1日(月)02時56分
うちの学年の世界史の先生は結構おもしろい。
なんでも、大学に八年いて世界中を旅して回ったとかで、とにかく話題が豊富だ。
ヨーロッパの十字軍の話になると、ヨーロッパ文化とイスラム文化の違いやその
融合とかをわかりやすく話してくれる。いきなり黒板に両方の文化の代表的な建物を
描き始め、みんなにどんな感じがするか、とか聞いてくるんだ。
歴史なんてただの暗記科目で退屈なだけだと思っていたけど、こうなると歴史研究会
に入って真面目に郷土史なんか調べている連中の気分もわかってくる。
そうなると、不思議と授業を聞くようになるもんで、世界史に限って俺は授業中も
寝ていない。
それは、そういう先生が教鞭を取る世界史の授業の時の出来事だった。

「国によって価値観が変わる、というのはみんな理解できるな。それでは、ものの
見方も変わるっていうのはわかるかな?」

価値観とものの見方の違い?
みんなは先生の言っていることがわからなくて不思議そうな顔をしていた。
「つまりはだ。同じものを見たとしても、文化圏が違うと違うものとして見えてくる、
ということなんだ」
同じものを見ても違って見える?
そんなことはねえだろ。誰が見たって赤色は赤色だ。レミィならredって言うかも
しれないけど、辞書を引けば「赤色」と訳せ、って書いてあるもんな。
みんなも同じように思っているらしく、要領を得ないという顔をしている。

「それでは、わかりやすく説明しよう。おい、藤田。琴座を書いてみろ」

先生にいきなり言われ、面食らう俺。
「琴座って星座の?」
「そう、星座の琴座だ」
おいおい。今は世界史の時間だろ。なんで、星座が出てくるんだよ。
仕方なく、俺は黒板まで言って、適当に琴の形に見える点を並べる。
「はい、書きましたよ」
沈黙に包まれる教室。そして・・・、

「なんだよ、それ! 和琴じゃねえか!」
「しかも、星が十個くらいあるよ!」
「藤田、お前、新しい星座でも発見したのか!」

くっそー。好き放題言いやがって。
あっ、あかりや雅史まで笑っていやがる。
俺がふてくされていると、先生は俺を見てにっこり笑った。
「では、藤田の代わりに書けるという者は?」
先生がそう言うと、さっきまで爆笑の渦に包まれていた教室がシンと静まる。
・・・お前ら、知らねえで人のことを笑っていやがったのか。
委員長ぐらいなら簡単に書けるんだろうけど、こういう時に前に出てくるタイプじゃ
ないしな。
先生は予想通り、という顔をすると、いきなりレミィを指差した。
「宮内。君が書いてみろ」
「What?」
先生にそう言われ、さっきの俺のように面食らうレミィ。
そうだよな、いきなり言われたって書けるわけねえし。

黒板の前で悩んでいるレミィ。
「先生、いきなり星座の形なんて書けるわけねえよ」
俺がそう言うと、先生はまたにっこり笑う。

「北の空に浮かぶ、ヘラクレスの上にある小さな星座だよ」

先生がそう言うと、レミィは目を輝かせた。
「Oh! I see. Harpのことですネ」
そう言って、四つの点を黒板に打つレミィ。一番下の点は大きな丸だ。
線を引くと、それは鍵状の星座になる。
教室のみんなはレミィの反応を見て、目をパチクリさせている。
それはそうだ。レミィが星座にくわしいなんて話は聞いたことがないしな。教科書で
見て覚えたといっても、レミィはあんまり成績がいい方じゃない。
「次は白鳥座」
先生に言われ、琴座の上にたくさんの点を打ち始めるレミィ。
その形は大空をはばたく白鳥の姿そのもので、みんなは感心してため息を吐く。

「さて、これがさっき説明した、ものの見方の違いってやつだ」
黒板に書かれた星座を背にして、先生は言った。
「でも、それって本当に正確な星座の形なんですか?」
岡田の質問に、委員長が面倒くさそうに答える。
「あっとるよ。ベガやデネブもちゃんと大きい丸で書いてあるし」
委員長が言うんなら、確かに正確な星座の形なんだろうな。
机に戻った俺は、不思議な顔でレミィを見ている。

「正確なんだよ。狩りをする時には星座で方角を割り出す必要があるからね」

先生のその言葉で、俺は合点がいく。
「つまり、農耕民族と狩猟民族の違い、ということですか!」
「そう! 藤田、珍しく冴えているな」
珍しく、は余計だと思う。
「藤田の言ったとおり、日本人の先祖は夜空の星を見ても、ああ綺麗だな、で済ませ
ていたんだが、ヨーロッパ人の先祖は移動しながら狩りをしていたから、星の形を
覚えておく必要があったんだ。だから、今でも文化のあちこちに星について伝える
伝統が残っている」
そうか、だからレミィは正確な星座の形が書けたんだ。
「つまり、これが同じものを見ても違って見えるということだ。そうだ、神岸」
いきなり先生に呼ばれ、面食らうあかり。
「はっ、はい!」
「黒板に太陽の絵を描いてみろ。宮内も一緒にな」
先生に言われ、思い思いのチョークで黒板に丸を書くあかりとレミィ。
できあがったのは、赤い大きな丸と黄色い大きな丸。
「我々が毎日、目にしている太陽にしてもだ。日本人とヨーロッパ人では見方が違う。
普通に見れば・・・」

そんな感じで先生の雑談は続いた。
同じ人間でも住んでいる国が違うとものの見方も変わってくる。
面白い話だったよな。


学校の帰り。
レミィと待ち合わせていた俺は、校門の前で落ち合う。
「今日の先生の話、面白かったよネ」
嬉しそうに笑うレミィ。
あの先生のいいところはフォローがちゃんとしているところだ。

価値観が違うと言ってもそれが必ずしも悪いことではなく、むしろ自分達の文化を
再認識するために役立つんだぞ。

「レミィを見て日本を学べ、か。いいこと言うよな、あの先生」
「少し恥ずかしいデス・・・」
照れているレミィ。
「日本通のレミィとしてはどうだ? びっくりしたか、俺達が星に無頓着で」
「ビックリしまシタ。みんな、本当に星座の形を知らないのネ」
「そうだよなあ。好きな奴じゃなかったら、授業中に聞いて忘れて終わりってとこだ」
「Statesではたくさん出てくるヨ、星のお話」
なるほど。そうやって、子供達に伝えているんだよな。
「でも、太陽はビックリしたぜ。いきなり黄色で書き始めるんだから」
俺がそう言うと、今度はレミィがビックリする。
「赤くないヨ、あれ」
空を指差すレミィ。その先には、まぶしく輝く午後の太陽。
「先生が言っていただろ。日本は「日の本」って書くくらいで、昔から太陽は縁起物。
おめでたい赤で示すんだって」
もう少し難しいことを言っていたような気がするが、大体あっているだろ。
「夕日は赤いけど・・・」
まだ悩んでいるレミィ。
「いいって。そんなに悩まなくても」
「そうネ。何色でも太陽は太陽だもんネ」
まったくその通り。
俺とレミィは明るく笑った。


ピンポーン! ピンポーン!
「浩之ちゃん! 浩之ちゃーん!」
ちゃん付けで呼ぶな、って言ってんのに。
眠い目をこすりながら、俺は門の前にいるあかりに答えた。
「今から行くから。ちょっと待ってろよ」
時計を見ると、いつもより30分ばかし早い。
「なんだよ、こんな朝早く・・・」
パジャマ姿のままで面倒くさそうに扉を開けると、あかりはそのまま家に入ってきた。

「今日は私が朝ごはん作るね」

俺が止める間もなく、すぐに台所に入って用意を始めるあかり。
気がつくと、俺は朝食が並べられたテーブルの前に座っていた。
焼き魚、みそ汁、漬け物・・・どれもうまそうだ。
「なんだよ、今日はいきなり」
久しぶりの照り要理に顔がゆるむのを押さえながら、俺はあかりにたずねる。
「なんでって・・・浩之ちゃんに朝ごはんを食べてもらいたかったから」
そうか・・・最近ゲーセンにはまり過ぎて、朝メシ抜いているって言ったからだな。
「バカ。そこまで気を使うことはねえだろ」
俺は迷惑そうな顔をしながら、御飯に箸をつける。
「うっ、うん・・・おせっかいだとは思ったんだけど」
真面目に返してしまうあかりに、俺はごはんをかきこみながら言った。
「あんがとな」
「エヘヘ」
やはり、あかりの笑顔はかわいい。

いつものように二人で学校に向かう。
違うのは、あかりが俺と腕を組んでいること。
「おっ、おい。恥ずかしいってば」
「駄目だよ。学校までって約束じゃない」
餌付けされてしまった俺は、あかりになにかして欲しいことがあるか、とうっかり
言ってしまった。
じゃ、学校まで腕を組んで歩こう!
言うんじゃなかった・・・。
はっきり言って、かなり恥ずかしい。
下級生は俺達を見てヒソヒソ話しているし、先輩達は冷やかすような視線を送っている。
こんなところを知り合いに見られたら・・・。

「Good morning! ヒロユキ! あかり!」

My God!
考えた瞬間に出てくるんじゃねえ、レミィ。
「あっ、おはよう。レミィ」
にこやかに挨拶を返すあかりの腕は、俺の腕に組まれたまま。
刹那、交わしあうあかりとレミィの視線。
こっ、こわい! 

「それじゃヒロユキ。一緒に行こう」
レミィはそう言うと、なにもなかったように俺の右腕に自分の左腕をからませる。
「レミィ?」
「What? あかりも一緒に行こう?」
あかりの牽制を軽くかわすレミィ。二人ともにこやかに笑っているが、目は笑って
いない・・・こわすぎる。
俺は寿命が縮まる思いで、朝の通学路を進むことになった。

「おはよう、浩之。今日は両手に花だね」
余計なことを言うな、雅史。


翌朝。
ピンポーン、ピンポーン。
「浩之ちゃーん!」
あかりの声。いつも通りのちゃん付け。
「あー、もうちょっとな・・・眠い」
ベッドの中でウダウダしていた俺の耳に、聞き慣れない声が響く。
「ヒロユキ! Wake up!」
「ちょっと! 駄目だよ、家の中に入ったら!」
ダダダダダダダッ!
階段を誰かが駆け登ってくる音。
そして・・・。

バッ!
「Wake up! ヒロユキ!」

俺の布団を引き剥がしたのは、にっこりと笑うレミィだった。


いつものように学校に向かう。
違うのは、三人で登校しているということ。
俺はレミィからもらったハンバーガーをかじりながら、二人の様子を見ていた。
「レミィ。あなたの家からだと遠いんじゃない? 浩之ちゃんの家」
遠回しに、もう来るな、と言っているあかり。
「Don't worry. ダイエットになるから」
遠回しに、また来る、と言っているレミィ。
「・・・・・・」
針のむしろに座っているような俺。 

「どうしたのよ、あんた。乗り換えそこなったの?」
不穏なことを言うな、志保。


「浩之ちゃん、お弁当つくってきたんだけど」
「ヒロユキ! Dadが取ってきたキジの料理なの」

「浩之ちゃん、一緒に夏物の服を見に行って欲しいんだけど」
「ヒロユキ! 水着を買いに行きまショウ」

「浩之ちゃん、聞きたいって言っていたCD」
「ヒロユキ! 欲しいって言っていた画集」

なんか万事が万事、この調子。
どうも、あかりと俺が腕を組んでいたという事実がレミィの闘争心に火をつけたらしい。
いつも、
「恋愛は闘って得るものデス!」
って言っていたもんなぁ・・・。
あかりもなぜかムキになっているし。
「あんたがはっきりすればいいんでしょうが」
志保はあきれたように言うが、そう簡単にはいかない。
人間って不便なもんだぜ。


ある朝のことだった。
いつも通りレミィに布団をひっぺがされて起きた俺は、眠い目をこすりながら台所に
向かう。そこにいたのは・・・。

「おはよう、浩之ちゃん」

エプロン姿のあかり。ただし、それ以外には何も着ていない。
「はっ、裸エプロン!」
思わず叫んでしまう俺の頬を、レミィがつねる。
「・・・あかり。それは反則だヨ」
「なにが? 夏が近づいて暑くなってきたから、脱いだだけだよ」
みそ汁の味見をしながら答えるあかり。
かわいらしいお尻はそれに合わせて揺れている
ううっ、いかん。頭がクラクラしてきた・・・。
「そう・・・勝てるつもりでいるのネ?」
悔しそうに言うレミィに、あかりは不敵に笑って答えた。

「物量戦で勝てたのは本物の戦争だけだよ、レミィ」

天国と地獄。
それは隣りにあるどころか、重なりあっているものである。



「太陽が黄色い・・・」
登ってくる朝日を見ながらつぶやく俺。
「ほら、やっぱりヒロユキは私の方を選んだの!」
そう叫んだのはベッドの上にいるレミィ。なにも着ていないので形のいい胸が揺れて
いる。
「違うよ! 私の方が一回多いもん!」
やっぱりベッドの上で裸になっているあかり。リボンは外れてしまっているので、
いつもより大人っぽいイメージ。やっぱり胸は大きくはないが。
二人はしばらくにらみ合っていたが、突然レミィが俺の上に飛び乗る。俺も裸で
ベッドの上に寝ていたからだ。

「これでアタシの勝ちデース!」
ムニョン!

「も、もう無理だぁ・・・」
レミィの感触に怯える俺。昨日の晩は天国に行ってしまったのか、と頬をつねったんだが。

「ずるいよ、私だって!」
フニ!

や・・・やめてくれ、死んでしまう。
「しっ、死神が見える・・・」

そんな俺に、裸の二人は勢いこんで聞いてきた。
「ヒロユキ! 何色なの?」
「何が・・・?」
「死神の被っている布の色だよ、浩之ちゃん」

・・・・・・・。
こんにちは、死神くん。
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おまけ

「先生、俺はどうしたらいいんでしょうか?」
「一夫一婦制というのは世界全体のものではなくてな・・・」
解決になっとらんやん!
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DEEPBLUEさんが最近になり、更正されました。
おかげで、お下劣大魔王のAIAUSです(笑)。

えー、私信で恐縮なのですが、同じSS作家で何かと私を励まして下さる犬丸さん
のデータが消えてしまったそうです。
どうやら、W2000がまずかったようで。
ビルに文句を言っても始まらないので、これまでに犬丸さんのSSに感想などを
送られた方はもう一度送って下さらないでしょうか?
非常におせっかいだとは思うのですが、ネット上で作品の発表を行っている人間
にとって自分の作品に送られてくる感想というものは宝物に等しい、大事なもの
なのです。
そういう宝物が、データクラッシュという事件で失われたままになる、というのは
非常に残念なことで、もしも犬丸さんの手に再びもどるものがあるならもどして
さしあげたい、と思ったわけです。

お手数だとは思うのですが、犬丸さんに感想を送って下さった方でまだ送信フォルダ
に残っているという方がおられましたら、再び犬丸さんに送ってさしあげて下さい。
お願いします。

犬丸さん、勝手な真似をしてすみませんでした。
ではでは。