宮内さんのおはなし その二十六(VER1.01) 投稿者:AIAUS 投稿日:4月27日(木)15時57分
ふええ! 授業に遅れちゃうよお!」
着替えに手間取ってしまった私は、廊下を急いで走っていた。数学の先生は厳しくて、
遅刻や居眠り、内職などは許してくれない。あの金切り声で怒られるのは勘弁して
欲しい。

ツルッ!

突然、支えを失う私の体。前のめりに倒れていく私の視界。
「きゃあ!」
なんで、こんななんでもないところで転んじゃうのぉ!?

ゴイーン!

私の疑問に答えたのは、オデコを襲ったものすごい音と衝撃だった。

「いったーい!!」
「はううぅっぅ!!」
涙が出そうな痛みに、思わず座り込んで悲鳴を出す私。目の前には、私と同じように
座り込んで泣きそうになっている女の子。
いけない。早く謝らないと。
私はズキズキと痛む額を押さえながら、なんとか立ち上がった。
まだ私の前で座り込んでいる女の子。手にはモップ、耳には白いアンテナ・・・
そして、緑色の髪?
「あうう、すみません。ご迷惑をおかけして」
自分は全然悪くないのに私に謝る女の子。この子、もしかして藤田君が話していた
・・・来栖川先輩の会社で作っているメイドロボ?
私は手を差し出すと、その子の小さな手をつかんだ。
「ごめんね、ぶつかっちゃって。痛かった?」
「・・・はい」
少しためらってから、涙目で答える女の子。
私は彼女を立ち上がらせると、制服についたホコリを手で払い、にっこり笑いかけた。
「私は雛山理緒。よろしくね、マルチちゃん」
「はっ、はい。よろしくお願いします!」
緑色の髪の女の子はあわてて頭を下げる。
それが、私とマルチちゃんの出会いだった。

マルチってさ、働き者なんだぜ。
藤田君の言うとおり、マルチちゃんはよく働く。
最近、廊下を歩いていて気持ちがいいのはマルチちゃんの頑張りのおかげ。
「私、みなさんに喜んでもらうのが嬉しいですから」
そう言って笑うマルチちゃんの姿を見ると、とてもロボットだなんて思えない。
私はたまに藤田君と一緒に学校から帰るけど、マルチちゃんの話はよく聞く。
最初は正直、あんまりいい気持ちはしなかった。私、ヤキモチ焼きだから。
でも、実際にマルチちゃんを見て、話してみるとわかった。
藤田君が彼女を応援してあげたくなる理由が。
人間以上に一生懸命な頑張り屋さん。
私もマルチちゃんを応援してあげたい。


ハグハグ!
「犬さん。どうです、おいしいですか」
尻尾を振りながらもらったパンを食べている犬。その様子を嬉しそうにながめている
マルチちゃん。
「今日はもう帰るの? マルチちゃん」
私に呼ばれて、マルチちゃんはあわてて振り返った。
「あっ、雛山さん。はい、もう掃除は終わりましたので。最近はみなさんも手伝って
くれるので助かります」
嬉しそうに笑うマルチちゃん。
足下には彼女に頭をすり寄せて、尻尾を振っている犬。
「もういいんですか? よかったですね、犬さん」
ワン!
犬が一声鳴くと、マルチちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「いつもありがとう? うれしいです、犬さん」
「ふふ、マルチちゃんって犬と話せるんだ」
冗談めかして笑う私。
照れているのか、少し顔を赤くしているマルチちゃん。
「いえ・・・あの、そう言って下さっているんじゃないかと」
「うん。犬さんもきっとそう言っているよ。一緒に帰ろうか、マルチちゃん」
私がそう言うと、マルチちゃんは嬉しそうにうなずいた。


学校の帰り道。
隣りで歩いている緑色の髪の女の子。
「・・・それで藤田さんが、えらいぞ、って頭をなでなでしてくれたんです」
嬉しそうに藤田君のことを話すマルチちゃん。
なでなでか・・・いいな。
私は犬に助けられたことぐらいしか、藤田君との思い出がない。よく考えると、格好
悪いところばかり見られているような気がする。犬に追いかけられる私。ぬいぐるみ
を被ってチラシを配っている私。滑って転んでパンツを見せている私。
・・・よく考えなくても、なに一ついいところを見せていない。
「どうしたんですか。雛山さん?」
空を仰いで苦悩していた私の顔を、不思議そうな顔で見るマルチちゃん。
「ううん、なんでもない。マルチちゃんって頑張り屋さんだなって」
「えっ? 雛山さんこそ、藤田さんが頑張り屋さんだって言っていましたよ」
藤田君が?
「はい。俺も見習わないとな、って」
ちゃんと私のこと、見ていてくれるんだ。頑張り屋さんだって・・・へへ、嬉しいな。

「ところで、マルチちゃんはどこに・・・?」
私が別の話題を振ろうとすると、マルチちゃんは急に立ち止まった。

ピー、ガ、ピーピーピー、ガ、ガ、ガ

マルチちゃんから漏れる機械音。
「どっ、どうしよう。壊れちゃったのかな」
瞳に光を宿さないマルチちゃんの姿は、機械そのもの。
私、こういうのくわしくないし。藤田君を呼ぼうかな。
でも、携帯電話持ってないし・・・。

ワン、ワン、ワン。

犬の鳴き声。さっき、マルチちゃんがパンをあげていた犬だ。尻尾を振って嬉しそう
に駆けてくる。

「へっ、へっ、へっ。奥さん、ちょっと待って下さいよ」
???
その変なセリフは、立ち止まったままのマルチちゃんの口から発せられたものだった。
私達の後ろには、長い舌を出して走ってくる犬・・・。
マルチちゃんはさっき、犬と話していたような・・・。
・・・まさか?

ワン、ワン、ワン。
「そこの奥さん、あんたのことだって」

「いやああああああ!!!!!」
あわててダッシュでその場を逃げ出す私。
ワン、ワン、ワン。
「待ちなさいよ、奥さん。悪くはしないからさ」
横を見ると、光を宿さない瞳のままで私と走っているマルチちゃんの姿。そのかわいい
口からは犬の言葉を通訳したのであろうセリフが流れている。

ウー、ワン、ワン。
「気持ちのいいことは嫌いじゃないだろう、奥さん」

「ふええええ!!!! ついてこないでええええ!!!」
荒い息を吐きながら私達を追いかけてくる犬。全力で逃げ続けている私。淡々と通訳
を続けているマルチちゃん。

「What? リオ、そんなに慌ててどうしたの?」
レミィさん!? 助けて下さーい!
道端から現れたレミィさんに叫ぼうとした私の目に映ったのは、私達を追いかけて
いる犬よりも遙かに大きな犬。確か、レミィさんの家で飼っているジュリー?
「アタシ、ジュリーの散歩の途中なの」
太陽のような笑顔で笑うレミィさん。

バウバウ!
「おう、俺も混ぜてくれ」
ワンワンワン!
「兄貴の頼みとあっちゃあ・・・奥さん、いいですね?」

「ジュリー? ・・・キャア!」
レミィさんの悲鳴。紐から放たれて嬉しそうに私達に向かって走ってくるジュリー
・・・その横にはやっぱり嬉しそうに長い舌を出して走ってくる犬。

「いっやあああああ!!!!!」
二匹の犬は悲鳴を上げて逃げている私の後ろを、嬉しそうに追いかけてくる。

バウバウ。
「お前は足を押さえてろ」
ワンワン。
「ずるいや、兄貴ばっかり」

不吉なセリフはどんどんエスカレートしていく。
お願いだからマルチちゃん! そんな冷静に通訳しないで!

「きゃあ!」
タイミング悪く転んでしまう私。マルチちゃんは立ち止まって転んだ私を見ている。
だっ、駄目。つかまっちゃうよ。
絶対絶命のピンチに追い込まれた私は、絶望した目で近寄ってくる二匹の犬を見ていた。

「マルチさん」
突然、私達にかけられる大人びた声。
「こんなところにいたのですか。主任が探しておりましたよ」
しゃがみこんだまま見上げると、そこにいたのはロングヘアーの頼もしそうな女の子。
耳に長いアンテナがついているところを見ると、この子もメイドロボらしい。
よかった・・・助けてもらえる。
「さあ、帰りましょう」
私の存在は無視して、マルチちゃんの手を引いて離れていくロングヘアーのメイドロボ。
「ちょ、ちょっと待って! 私も・・・」
ハッ、ハッ、ハッ。
後ろから吐きかけられる、犬の荒い息。
ベロン。
「奥さん、やっとおとなしくなったねえ」
「ふええええ!!!!!」
マルチちゃんの口から発せられたセリフに、私は悲鳴を上げた。

私の顔をペロペロと舐めている二匹の犬。
ああ・・・このままだと私、どうなっちゃうのかな。
二人のメイドロボはもうとっくにいない。夕暮れの河原道は人気もなく、誰も助けて
くれそうにない。
ハッハッハッ。
聞こえるのは、荒い犬の息づかいのみ。
ガシ。
犬の足が私の体にのしかかる。

「やっぱり、藤田君じゃないと嫌ぁ!」

思わず叫んでしまう私。そんな私に犬の・・・犬の・・・あれ?

恐る恐る目を開けると、そこには不思議そうな顔をした藤田君。私に変なことをしよう
とした犬を抱きかかえている。
「俺じゃないと嫌? 何のことだ、理緒ちゃん」
犬は藤田君から話されると、尾を丸めて逃げていく。
「駄目だよ、ジュリー。もう、どうして理緒相手だとこんなにはしゃぐのかしら」
その横にはやっぱり不思議そうな顔でジュリーを押さえているレミィさん。
・・・助かった、助かったんだ。

「あーん! 藤田君! 怖かったよぉぉぉ!」
思わず藤田君に抱きついて泣いてしまう私。
「おっ、おい、理緒ちゃん」
困った顔の藤田君。
「オーバー過ぎるネ、リオ! ヒロユキから離れなさい!」
ちょっと怒っているレミィさん。
でも、私は気にしなかった。
藤田君が助けてくれたんだ。私のことを、藤田君が・・・。
気がつくと、私の頭を藤田君の手が優しくなでていた。
「しょうがねえなあ」
へへ・・・なんだか、とても嬉しい。

「ズルいヨ、リオばっかり! アタシにも!」
グエ!

私ごと藤田君に抱きついてくるレミィさん。
「くっ、苦しい・・・」
「ちょ、ちょっと待て、レミィ」
「ヒロユキ。アタシにも!」
凄い力で私達を抱きしめるレミィさん・・・かっ、体がくびれちゃうよ!

「あーん! なんでいつもこうなるのぉ!」
「俺も、なんで最後は酷い目にあうんだぁ!」
「アタシもなでて下サーイ!」

夕暮れの河原道。
三人の悲鳴が一面に響いていた。

(ここから視点変更)
「やっぱり、失敗かね」
残念そうな長瀬主任の顔。
「はい。どうやら他の衛星と混線してしまったようです」
「どれどれ・・・指圧兄弟二人旅? なんでよりによって、民間のテレビ放送なんか
と混線してしまうんだ」
頭を抱える長瀬主任。
「マルチさんですから」
私はシレッと答えておいた。
「・・・やはり、マルチの処理能力にサテライトシステムは負荷が大きすぎたか」
「簡略化されたものを着ければいいのでは?」
私の提案に、長瀬主任は首を振った。
「妥協はしたくないんだ。マルチのことに関してはね。それはセリオ、お前を開発
した人達だって同じ思いなんだよ」
もしも父親というものがロボットの私達にも存在するというのならば、間違いなく
私の父親は長瀬主任達だろう。
「なにかおかしいのかい、セリオ?」
微笑んでいる私を不思議そうな顔で見ている主任。
「いえ。それでは、マルチさんの発展型は廃案ということでよろしいのですか」
「ああ。残念だが、HMX-12Aはまだ技術的な問題が克服できない。そう報告しておいて
くれ」
私は主任に頭を下げると、報告の暗号化を行うために電算室へむかいました。

ケーブルを通してデータが伝わっていくのがわかる。いつもの感覚。
「それにしても惜しいことをしました」
思わず独り言が口から漏れる。
「あの二本アンテナの人はあれからどうなったのでしょう」
不思議な感覚。ちょっとドキドキしている。
「明日、聞いてみましょうか」
「セリオ・・・なにかあったのか?」
にこやかに笑っている私を、開発担当者は不思議そうに見ていました。
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おまけ
「おい、マルチ。その頭に咲いているヒマワリはなんだ?」
「はい! 私、パラボラアンテナによるサテライトサービスが受けられるようになった
んです! これからは、HMX-12Pとお呼び下さい!」
「・・・たしかに、ピーって感じだな」
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うーむ・・・犬が出るとどうしてこういう話になるのだろうか?
ちょっとヤバいかもしれない(笑)

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aiaus.urban.ne.jp
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ではでは。