宮内さんのおはなし その二十五(VER.1.01) 投稿者:AIAUS 投稿日:4月26日(水)09時55分
春眠、暁を覚えず。

昔の中国の人はうまいことを言ったもので、俺はその格言を忠実に実行している最中
だった。
「藤田君、起きいな」
隣りで委員長が俺の袖を引っ張っているが、はっきり言って無駄。
古文の先生の言葉は流れる小川のせせらぎに、委員長の言葉はかわいい小鳥のさえずり
に聞こえちまう。
ああ、極楽。
もしも俺が常春の国に生まれたら、一生寝て過ごしてしまうんじゃないだろうか。
それはそれで幸せな一生なのかもしれない。

「いいかげんに起きい! しまいには叩くで!」
バシン!
叩いてから言うなよ。
俺が委員長の言葉に目を覚ますと、教室は閑散としていた。どうやら、六時間目の
授業どころかHR中もずっと眠ったままだったらしい。
あかりや雅史もとっくに帰ってやがる。
「なんて薄情な連中なんだ」
俺がぼやくと、委員長はあきれたようにため息をついた。
「なにを言うとるんや。神岸さんはあんたを起こそう思うて頑張っとったわ。ほんま、
だらしのない旦那を持つと女は苦労するんやな」
「今も委員長に迷惑かけちまってるしな」
悪びれずに俺が言うと、委員長はなぜか顔を真っ赤にして怒った。
「何を言うとるんや!? 私は委員会が終わったから、教室に戻ってきただけや。
そこにたまたま藤田君が寝とったから・・・」
何を怒っているのだろう?
キョトンとした顔の俺を見て、委員長は下を向き、何かをつぶやいた。
「鈍チン」
???

学校の帰り道。
なんとなく一緒に帰ることになった俺達は、帰りに本屋に寄った。
「委員長でも雑誌なんか買うんだな」
「当たり前や。藤田君みたい漫画ばっかり読んだりはせんけどな」
「ちぇ。ひどいな」
憎まれ口を叩きながらも笑い合う俺達。でも、なんか様子がおかしい。
さっきから俺と視線をあわせたがらないような・・・。
とりあえず本屋から出る。
なんか機嫌悪そうだよな、今日の委員長。
「なあ、ちょっと寄らねえか」
「どこ行くん?」
機嫌をなおしてもらうために、俺は委員長をゲーセンに誘うことにした。

パズルゲームは頭の回転の速さよりも慣れだって言うけど。
次々とブロックを消していく委員長のプレイを見ていると、やっぱり頭の回転の速さ
も重要な気がしてくる。いや、志保の奴もうまいからな。
二人を対戦させてみたら面白いかもしれない。
俺がぼんやりとそんなことを考えていると、委員長は画面を見つめたまま俺に話し
かけてきた。
「藤田君、神岸さんとは最近どうなん?」
「どうなんって・・いつも通りだぜ。雅史や志保と一緒にゲーセン行ったり、カラオケ
行ったり。この前は花見もしたな。やっぱり滅茶苦茶になったけど」
おっ、六連鎖。
「あんたら、つきあっとるのと違うん?」
ぶっ!
俺は飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。
「あっ、あかりと俺はそんなんじゃねえよ」
「そうやな。最近は宮内さんにも手を出しとるみたいやし」
「レミィとも違うって。どうしたんだよ、今日の委員長変だぜ」
しばし無言の委員長。ゲームの画面では敵キャラの女の子が振りそそいでくるブロック
にかわいらしい悲鳴を上げている。
「うちはいつもとかわらんよ。変なのは藤田君の方や」
俺が変?

・・・なにがおかしいのだろうか。髪型? 寝癖は朝、あかりになおしてもらった
しな。身だしなみ? 出ていたシャツはレミィに言われてズボンの中に入れている。
性格か? これは琴音ちゃんや葵ちゃんに言われたが、良い方のかわった性格だと
言っていたような気がするし・・・。

悩んでいる俺に委員長の一言。
「鈍チン」
???

しかし、委員長はゲームがうまい。このパズルゲームはあまりやったことがないと
言っていたけど、もう最終面だ。
振ってくるブロックのスピードがかろうじて目で追えるぐらいになっているので、
さすがに委員長も俺に話しかけてくる余裕はない。
必死になって操作する委員長の背中に揺れるのは、一本のおさげ髪。
うーむ、触りてえ。
そう思った時には、俺の手の中には委員長のおさげの先があった。
あかりとはまた違う手触り。あの長い髪を編んであるだけあって、なんか緊密な感じ
がする。毎朝、鏡の前でこの長いおさげを編んでいるんだろうな。
委員長は最終面のラスボスをやっつけるのに必死だ。
俺がおさげ髪をいじっていることにも全然気づかない。

「ああー! あかん!」

いきなり大量に振ってくるブロックの山。
いきなり悲鳴を上げて立ち上がる委員長。おさげ髪の先は俺が握ったまま。

グキ!

後ろから頭を引っ張られて、天井を向く委員長。勢いよく頭が上を向いたため、
トレードマークの眼鏡が宙を舞っている。
「藤田君・・・なんのつもりや?」
委員長は天井を見上げたまま、低い声で俺に言った。
「いっ、いや・・・これは不可抗力だ」
俺は握っていたおさげ髪を話し、弁明を始める。
無言で俺の方を向く委員長。振り上げられた両手に握られているのは、学生鞄。
「かっ、カドはやめてっ!」
バキ!
学生鞄の隅に金具を付けてあるのは、危険だと思う。

「ひでえなあ、委員長。あやまってんのに」
俺は腫れた頬を濡れたハンカチで撫でながら、委員長にぼやいた。
「藤田君が悪いんやん。あんな悪さするから・・・」
さすがに少しやり過ぎたと思ったのか、バツの悪そうな委員長。
「それにほら、さっきので眼鏡壊れてしもうた。どないしてくれるん?」
委員長は眼鏡がないとあまりよく目が見えない。ハードスケジュールの勉強のせい
だ。その点、俺の視力は両方とも2.0・・・自慢にならねえか。
ブレる視界ののせいなのか、足がふらついているようにも見える。
「しょうがねえな。ほら」
俺は委員長の腕をつかんで脇にかかえる。
「・・・なんのつもり?」
「眼鏡がないと見えないんだろ? 今日は家まで送るよ」
「あっ、アホ言うたらあかん! 恥ずかしいやないの!」
組まれた腕を外そうとして暴れる委員長。俺が離さないので無理に離れようとして、
バランスを崩してしまう。

「ばっ、馬鹿。危ねえだろうが」

俺はとっさに倒れそうになった委員長の体を抱える。
「藤田君?」
キョトンとした顔で俺を見ている委員長・・・よく考えると、委員長の体を俺が抱き
寄せている格好になるな。
「わっ、悪ぃ! ごめんな、委員長!」
パッと身を離し、両手を合わせて謝る俺。
委員長はそんな間抜けな俺を見て、クスリと笑った。
「ええよ、そんなに謝らんで・・・それなら行こうか」
委員長はそう言うと、自分から腕を組んできた。
「家までやからな。それ以上は許さへんで」
「そこまで命知らずじゃねえよ」
ようやくいつもの彼女にもどったようだ。俺と視線を合わせても避けようとは
しない・・・なんか委員長の顔が赤いような? 夕焼けのせいか?
「鈍チン」
???


結局、昨日は委員長を家まで送り届けた。駅まででいいと委員長は言ったんだけど、
眼鏡を壊してしまったのは俺だしな。それに足下がふらついている女の子を一人で
帰らせるわけにもいかねえし。
ずっと腕を組んだままっていうのはちょっと恥ずかしかったが、自業自得だ。
それよりも気になるのは、委員長を家まで送り届けた時の言葉。

「ほんまに帰るん?」

あれはどういう意味だったのか?
深読みしてよかったのだろうか。いやいや、お茶を飲んでいけば? くらいの意味
だったかも知れねえし。
なぜか目が冴えて眠れなかった俺は、することもないので早めに登校していた。
そして、早朝の教室で一人、そんなことを考えていたのだった。

「おはようさん。藤田君」
いつもの委員長の挨拶。机に突っ伏していた俺が顔を上げると、そこにはサラサラと
した髪をなびかす委員長。眼鏡はかけていない。
「おい・・・」
「おさげ髪にしとったら、また藤田君に引っ張られるさかいな」
「なんで・・・」
「眼鏡、なおるのに一週間ぐらいかかるそうや。その間、よろしく頼むで、藤田君」
にっこり笑い、冗談っぽく俺の肩に手を置く委員長。
・・・なにがあったんだ?

ざわめく教室。
いきなり目が覚めるような美人が出現したこと。そして、それがお堅いので有名な
委員長であったことが、みんなの驚きに拍車をかけた。
なによりまずいのは、教室移動や昼飯の度に、委員長は当然のように俺に腕を絡めて
くることだ。
「・・・あのよ、あんまり人目につくのはまずいんじゃねえか」
「なんで?」
困った俺の顔を嬉しそうに見ている委員長。
「噂になったりとかさ。委員長だって困るだろ、そんなの」
「私の大事なもの台無しにしといて、よく言えるなあ、藤田君」
ガタン!
嫌な予感がして机がずれた音がした方を見ていると、そこにいたのは驚きの表情で俺
を見ているあかりとレミィ。
「浩之ちゃん・・・」
「ヒロユキ・・・」
あー、俺は何も見えない、聞こえない!
捨てられた子犬のような目で俺を見ているあかりの姿も、レミィが弾倉に弾丸を装填
しているカチャカチャという音も!

「ほら、杖の代わりになれ、言うとるだけなんやから。別にやましいことはあらへん
やろ」

みんな、それで納得してくれるんだろうか・・・。
俺は恨めしそうな顔で委員長を見る。
「鈍チン!」
そう言った時の委員長の笑顔は、とても嬉しそうだった。


一週間後、眼鏡がなおると、委員長はみんなに惜しまれながらも元のおさげ髪に眼鏡
という格好にもどった。
その間、俺が受けた非難、追求、弾丸、鉄拳、キック、机、モップ、おたま、ミサイル
の数は・・・思い出したくない。

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おまけ

「浩之ちゃん、お弁当作ってきたんだけど」
「おう、食わせろ」
「・・・浩之ちゃんの鈍チン!」

「ヒロユキ! 今日、Dad達お出かけなの」
「じゃあ、戸締まりをしっかりしとかないとな」
「ヒロユキの鈍チン!」

「藤田先輩! チケットが二枚あるんですが!」
「プロレスの?」
「藤田先輩の鈍チン!」

「藤田君・・・私、藤田君にしてあげたいことがあるの・・・」
「アルバイト?」
「鈍チン!」

「藤田さん。私、今日は大丈夫なんです」
「なにが?」
「鈍チン・・・」

「ヒロ。明日は休みだからオールナイトで遊べるわよね」
「嫌だぞ。カラオケ8時間も歌うのは」
「この鈍チン!」

「・・・」
「なにこれ? 滋養強壮の薬?」
「・・・鈍いです」

「浩之! 新しいリングコスチュームなの」
「大胆すぎねえか。胸のあたりとか」
「鈍チン!」

「浩之さん! 私、新しい機能がついたんです!」
「洗濯とか?」
「鈍チンですぅ・・・」

「私にも付きました」
「ロケットランチャーとか?」
「鈍い方ですね」

「あー、もう! なんなんだよ、みんなで俺のことを・・・なんだよ、雅史」
「浩之って、本当に鈍チンだね」
???

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おまけにしては長いなあ・・・。

皆さん、感想ありがとうございます。返事はきちんと出すようにしているのですが、
もしも送られてこないという方がおられましたら、お手数ですがメールで一言お知らせ
下さい。

感想、苦情、リクエストなどがありましたら、メールにて。
ではでは。


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