宮内さんのおはなし その二十弐 投稿者:AIAUS 投稿日:4月21日(金)11時34分
今日はお客様が来ています。
ヨーロッパの方だそうで、私はあちらのお国事情などを聞きながら、楽しく午後のお茶
を楽しんでいました。あちらの文化、自然、歴史・・・その全てが興味深く、私は
会話に夢中になりました。

ゴウッ!!

完全に私の不注意です。
開けっ放しにされた召還門から、私の呼び出していない方が飛び出してしまったのです。
あわてて召還門を閉じる呪文を唱えますが、時すでに遅し。
パシッ! パシッ!
「・・・」
困ったことになりました。先程呼び出した方ALPHAさんの話によると、今飛び出して
いった方は質の悪い魔術師の霊だそうです。
昔、何人もの人間を生け贄として捧げ、魔法組合を追放された人物。
どうしたらいいのでしょうか?
パシッ! パシッ!
そうですよね。今、その悪霊BETAさんを再び霊界に返すことが出来るのは私だけです。
私は手近な魔法具を手にすると、部室を飛び出しました。


街の間を歩き回る私。みんなが変な顔でジロジロと私を見ていますが、どうしたのでしょうか?
「姉さん! その格好は人前では止めてって言ってるでしょ! それもこんな街中で!」
私の前から走ってくるのは妹の綾香。何故か怒っています。
「ほら、早くこんなの脱いで! もう、恥ずかしいったら!」
「・・・」
私は帽子を脱がそうとする綾香の手を押さえました。この魔導師スタイルにもちゃんと
意味があるのです。少なくとも、悪霊BETAさんを封印しなければならない今となっては。

「ええっ! 間違って悪霊を呼んじゃったの!?」
あまり大声で言わないで下さい。魔女としては恥ずかしい失敗なんですから。
「そんなこと言ってる場合じゃないでょ! で、姉さんはどうするの? 私になにか
手伝えることは?」
真剣な表情で私に聞いてくる綾香。やはり、頼もしい妹です。
「・・・」
とにかく、BETAさんがどこにいるのかを突き止めなければなりません。幽霊といっても
召還された方はあまり呼び出された場所から離れることはできないのです。きっとこの
街のどこかに隠れているのに違いないですから。
パシッ!
私の側にいるALPHAさんも応援してくれます。
・・・綾香、どうしてそんなに青ざめた顔をしているのですか?
「いるの?」
私がコクンとうなずくと、
「私は何も聞かなかった! 何も見なかった! ・・・さー、姉さん。いくわよ!」
変な妹です。


おかしいです。
ここまで念入りに探しても見つからないなんて。魔術師の霊ならばかなり強い波長
が出ているはずなのに、私の手にする魔法具にはピクリとも反応がありません。
「よお! 先輩に綾香。二人そろって何してんだ?」
街中を歩き回って疲れてしまった私達に声をかけてきたのは藤田さん。
私の大切なお友達。
「いっ、いいところに来たわ、浩之。ちょっと背中貸して」
「んっ、なんだよ、綾香・・・って、おっ、重いだろ!」
いきなり藤田さんの背中におぶさる綾香。
「いいじゃないの、疲れてんだから。ほら、いくわよ」
「いくってどこに?」
まだ藤田さんには説明していませんでした。

「そりゃ大変なことになったな、先輩」
真剣な顔で私の話を聞いてくれる藤田さん。
「そうよ。困ってるんだから」
「・・・」
綾香。いつまで藤田さんの背中におぶさっているのですか?
「いいじゃない? ねー、浩之」
「重い・・・グワッ!」
また藤田さんにそんな乱暴を・・・。
でも、正直な話、綾香がうらやましい。私はそんな風に素直に人に甘えたことがある
でしょうか。独りぼっちの暗い部屋。お友達はぬいぐるみだけ。
綾香はお父様とお母様に愛されて育てられました。
私は・・・果たして誰に愛されていたのでしょうか?

パシッ!

いけない。私はALPHAさんの声で正気に返ります。
「誰かいんのか? そこに」
ALPHAさんを指さして、私に聞いてくる藤田さん。
「・・・」
私が事情を話すと、藤田さんは納得したようにうなずきました。
「くわしい事情を知っている人がいるなら、そのBETAとかいう悪い幽霊がどんな奴か
聞けばいいだろ。そうしたら、どこに隠れているかわかるんじゃないか?」
「頭は悪くないのね、あんた」
また綾香の憎まれ口。
「素直に誉めろ!」
羨ましいです・・・あんな風につき合えるなんて。

パシッ! パシッ! パシッ!
「・・・」
「そうか。外国の魔術師で生け贄を好む・・・生け贄ってこんな黒い髪の奴でもいいのか?」
パシッ! パシッ!
「・・・」
私が通訳すると藤田さんは驚いた顔をした後、あわてて走り始めました。
「ちょ、ちょっと浩之! いきなりどうしたのよ!」
だから、綾香・・・藤田さんの背中から降りなさい。
「レミィが危ないんだ!」
黒い髪でない者・・・この街の中では限られています。
私達三人は急いでレミィさんの家に向かいました。


「NOOO!!! Help me、Mam!!」
遅かった。レミィさんは玄関からでもわかるような悲鳴を上げています。
鍵は・・・かかったまま。
「どいてろ、先輩!」
「いくわよ、浩之!」
バガン!

藤田さんと綾香が何度か体当たりすると、玄関の扉は鈍い音を立てて開きました。
騒々しい音を立てている居間に行くと、そこには宙に浮いた椅子や机、置物やコップ。
騒霊現象!
「ヒロユキ!」
隅で震えていたレミィさんは凄い勢いで藤田さんに抱きつきました。藤田さんは震えている
レミィさんの肩を抱くと、浮いているオブジェの中心に向かって叫びます。
「この野郎! レミィにこんな怖い目を見させやがって! 許さねえぞ!」
藤田さんにもBETAさんが見えるのでしょうか?
BETAさんは何も言わずに、宙に漂っています。
チャンス!
「・・・e xecra・・・nn a kaloi・・・xecra・・・vos!」
私が封印の呪文を唱え終わると、宙に浮いていたオブジェは音もなく地面に降りて
いきました。よかった・・・封印の呪文がちゃんと成功して。
あれ・・・体に力が入りません。

「姉さん! やったの?」
綾香が私に駆け寄って聞いてきます。
「さすが先輩だぜ!」
レミィさんを側に抱いたまま誉めてくれる藤田さん。
なぜ・・・話せないのでしょう?


「ふふふ・・・やっと乗っ取ることができたよ」

私の口から発せられるのはALPHAさんの声。驚愕の目で私を見ている三人。
まさか! たくさんの人間を生け贄にした魔術師の悪霊は!?
「そうさ、私の方だったんだよ、芹香。おまえの力は強いからね。乗っ取る隙を狙って
いたのさ」
どうして? 呼び出した時は普通の幽霊だったのに?
「おまえはまだ雛鳥。力は強いけど魔術にはまだくわしくないみたいだねえ」
なんてこと! なんてこと!
このままではみんなが犠牲になってしまう!

三人は事情が推測できたのか、敵意のこもった目で私に乗り移ったALPHAさんを見ています。
「あんた・・・誰よ。姉さんを返してよ!」
綾香! 近寄っては駄目! この人はあなたのかなう相手じゃ・・・。
バン!
私に飛びかかろうとした綾香が、まるで杭に突き飛ばされたような衝撃を受けて壁に
叩きつけられます。

「綾香っ!」

私の口から出る叫び声・・・まだ、完全には支配されていない?
「先輩! 俺はどうしたらいい? どうしたら、先輩をサポートできる?」
私にむかって呼びかける藤田さんの声。
一瞬だけでいいのです。ALPHAさんの注意を別のところに向けてくれさえすれば・・・。
駄目。声を出すことができません。
「無駄だよ。おまえらには何もできない。生きてきた時間が違うんだからねぇ」
「死に損ないのババアが言ってんじゃねえ!」
ドガッ!
いけません・・・藤田さんの体が宙に浮き、綾香と同じように壁に叩きつけられます。
残っているのはレミィさん・・・彼女は座り込んでガタガタと震えていました。

お願い! 一瞬でいいんです!

「残念だったね、芹香。あのお嬢ちゃんは他の二人みたいに乱暴者じゃないみたい
だよ」
レミィさんの生気を吸い取ろうとゆっくりと近づいていく私の体。レミィさんの体に
差し伸べられるのは紛れもない私の手・・・。
どうしてこんなことに!
私が魔術なんかやっていなかったら!
全ては遅い後悔でした。私と綾香、藤田さんとレミィさんは魂まで絞り尽くされ、この
世界から消滅してしまうことでしょう。

パシッ! パシッ! パシッ! パシッ! パシッ!
突然のラップ音。
レミィさんと私の間に金髪の老人の幽霊が浮かび上がりました。
「ちい! この死に損ないめが!」
もしかして、私がさっき封印してしまったBETAさん!?
すぐには戻ってこれないはずなのに!?
ALPHAさんの注意が私の支配から一瞬逸れます。
「・・・ja vos・・ja vos・iia・・・deasa・・・」
私の口から浪々と流れる呪文。封印ではなく、消滅を目的とした呪文。
「しっ、しまった! やめろ、やめてくれ!」
ALPHAさんの存在は危険です。この方は誰も幸せにはしない。
「・・esde・bellio・・・dalge・・・vos・・・」
「こうなったら、おまえだけでも道連れに・・・グワッ!」
ALPHAさんを押さえ込んでいるのは、BETAさんの強い思念。

「elta・・de・・jo vos!!!」

呪文が完成し、消滅していくALPHAさんの存在。
「やったな! 先輩」
「やったわね、姉さん」
少しフラフラしながらも私に声をかけてくれる藤田さんと綾香さん。
「Granpa・・・」
力を使い過ぎて気を失う私の耳に届いたのは、レミィさんのつぶやきでした。


「芹香は本当に賢いのぉ」
私を膝に乗せて、顔をくしゃくしゃにして笑っているお爺様。いつもは岩みたいな
顔でみんなに怖がられているのに、私の前では優しいお爺ちゃん。
「ほれ! 芹香! 新しいぬいぐるみじゃ。わしが選んだんだぞ」
私の体よりも大きなぬいぐるみを嬉しそうに渡してくれるお爺様。ぬいぐるみを選ぶ
姿を人に見られないために、その店を貸し切りにしたそうです。
「今日は芹香がな、わしのために絵本を読んでくれたんじゃ。あの子は将来、きっと
来栖川を率いるような大人物になるぞ」
いつもは小さな字が並んだ経済の本しか読まないのに、一緒にドキドキしながら絵本
を呼んでくれたお爺様。

私は愛されていた。
お爺様にもお婆様にも。セバスチャンにも、綾香にも。時間はかかったけれど、お父様
もお母様も私を気遣ってくれていた。
「先輩! 先輩ってば!」
藤田さん。私、どうして今まで気づかなかったのでしょうか? 
「セリカ・・・泣いてるヨ。大丈夫?」
「姉さん! 起きなさい! 起きてよ、姉さん・・・」
こんなにも深く愛されていたことに。

「ほら、これが私のGranpa、お爺ちゃんの写真」
そう言ってレミィさんの見せてくれたアルバムに写っているのは、もういなくなって
しまったBETAさんの写真。
「へー、なんとなくレミィに似ているわね」
「うん! DadとMamの結婚には反対したけど、アタシ達には優しかったよ」
BETAさんはきっと、孫のレミィさんの姿が見たかっただけ。私はなにも気づいてあげ
られなかった。
「どうしたんだよ、先輩。なんか暗いぜ」
私は魔術師を目指すべきではないのでしょうか?
人の心を持たない魔術師は、ALPHAさんのような危険な存在になるだけです。

「そうだよ、セリカのおかげでGranpaに出会えたんだから」

私のおかげ・・・?
「ずっと会いたかったの。私が日本にいた時に死んじゃったから。優しい、とても
優しいお爺ちゃんだったヨ」
私のせいであんなに怖い目に会ったのに?
「そうだぜ、先輩。まだ俺のボスだって呼んでくれていないだろ?」
笑いかけてくれる藤田さん。
「ちょっと二人とも! 姉さんをあまり調子づかせないで!」

私の力でだれかが幸せになれるのなら。
私は魔術師でいてもいいのかもしれません。

四人でアルバムを囲みながら、私はそう思いました。



「姉さん。こんな真夜中にどこに行くの?」
寝間着姿で眠い目をこすっている綾香。
「・・・」
「お爺様の肩を叩きに行くんだって? へー、姉さんもおねだりなんかするんだ?」
いつもしているのですか、綾香?
「とっ、時々よ、時々・・・それじゃ姉妹そろって孝行にでも行きますか」
コクリ。

久しぶりに見るお爺様の笑顔は、忘れていた子供の頃のクシャクシャの笑顔と同じで
した。
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「タイトルを変えたら、長編シリーズに間違われないんじゃないですか?」
その通りですが、他の作家さんの長編の作品にも読んでもらいたいものが多いので
あえてこの道をいきます。

「宮内さんのおはなし、って書いてあるのに、レミィ中心じゃないですよ」
一応、全部のSSにレミィは出ています。漫画で言うと一コマしか出ていないものも
ありますが。天地無用のようなホームドラマのノリを目指しているつもりです。

感想、苦情、書いて欲しいSSなどがありましたらメールにてお願いします。
ではでは。