宮内さんのおはなしR その四(VER1.02) 投稿者:AIAUS 投稿日:4月20日(木)08時41分
その子に初めて出会ったのは、社用を終え家へと帰る途中だったと思う。
「お母さーん! お母さーん!」
道で泣いている娘と同じくらいの年頃の男の子。私は放っておけなくなってしまった。
「ドウシタンダイ? ボウヤ?」
私の顔を見て、驚いた顔をしている男の子。この金色の髪が珍しいのだろうか?
「帰り道がわからなくなったんだ」
迷子になったらしい男の子は、泣きはらした目をこすりながら答える。
「ハハハ。boyハ泣ナカイモノダゾ」
私が男の子を抱え上げて笑うと、男の子はジタバタと暴れました。
「なっ、泣いてなんかいないやい!」
「ソウソウ。男ノ子ハ泣カナイモノダ。ボウヤ。君ノ名前ハ?」
「浩之。藤田浩之」
あまり近所では聞かない名前だ。住所や電話番号を聞いてみたが、娘と同じ年の子供が
そこまで覚えているわけはない。
「叔父さんの名前は?」
おっといけない。いくら幼くても相手は紳士だ。礼儀を忘れてはいけない。
「私ノ名前ハ、ジョージ。ヒロユキ。必ズmamノトコロニ帰シテアゲヨウ」
私が自信たっぷりに親指を立てると、ヒロユキは笑顔で答える。
「うん! ありがとう、ジョージ叔父さん!」
私は元気のいい男の子を連れ、とりあえず私の家へ帰ることにした。

男の子を家へ連れて帰ると、あやめはいつもの着物姿で私達を出迎えてくれました。
「あらあらあら。どうしたんですか、その男の子は?」
あやめの後ろでは娘のレミィが不思議そうな顔でヒロユキを見ている。
「よう! 俺、藤田浩之!」
突然ヒロユキに挨拶されて、娘は目を丸くしている。
「ジョージ叔父さん、外国の人じゃなかったの?」
あやめとレミィを見て、ヒロユキは不思議に思ったようだ。あやめもレミィも黒い髪。
私は金髪碧眼。メンデルの法則を知っているわけはないし、不思議に思うのも当たり前か。
「ハハハ。叔父サンハ、アメリカ人。あやめハ、日本人ナンダヨ」
「ほほほ」
あやめが笑いながら頭を撫でると、ヒロユキは不思議そうな顔で妻の顔を見ていました。
「あの・・・アタシ、レミィ! 宮内レミィ!」
おいけてぼりにされた娘が、思い切ったように挨拶を返すと男の子は元気に答える。
「おう。よろしくな」
「Dad! ヒロユキと遊んでいいの?」
「モチロンダトモ。ヒロユキ、君ノ家ハ電話帳デ調ベテミヨウ・・・娘ト遊ンデイテ
クレルカナ?」
私はそう質問する時、少し緊張していた。娘が半分外国人だというだけで特別視する
人間がこの国には多かったからだ。それは幼稚園でも例外ではなく、娘は寂しい時間
を過ごすことがほとんどだった。
「うん! ジョージ叔父さん、ありがとう!」
ヒロユキの元気な笑顔。それを見て、私とあやめは胸を撫で下ろす。
「お父さん。いいお友達をレミィに連れてきましたね」
「ハハハ。神ノオ導キダ、あやめ」
砂場へと駆けていく子供達を見ながら、私達夫婦は微笑んでいた。

「フジタ・・・フジタ。日本人ハ同ジヨウナ名前ガ多イナ、あやめ」
電話帳をめくりながら私はぼやいていた。
「ずっと住んでいると気になりませんよ、あなた」
「ウーム。不思議ナ国ダ」
「あらあら。あなた、ほら。レミィったら」
あやめが指差す窓を見てみると、レミィがヒロユキの作った砂山に飛び乗って崩して
しまう光景が目に入った。
「OHHHH・・・セッカク作ッタノニ。ヒロユキガカワイソウダ」
だが、私達の心配を余所に、ヒロユキとレミィは楽しそうに笑って遊びを続けている。
「男ハツライナ、ヒロユキ」
「ほら、あなた。これじゃない、浩之君の親御さんの家って」
しみじみと子供達を見ていた私を引っ張ったのは、目的の電話番号を見つけたあやめ
の手だった。


電話をすると、ヒロユキのお母さんはすぐに迎えに来てくれた。どうやら、むこう
でもヒロユキを探していたらしい。
「どうもありがとうございます。息子がお世話になって」
「いえいえ。困った時はお互い様ですから」
互いに頭を下げているあやめとヒロユキの母。
レミィはあやめの後ろで、母親のとなりにいるヒロユキの姿を寂しそうな顔で見ている。
「それでは・・・本当にお世話になりました」
「ヒロユキ!」
立ち去ろうとする二人を、レミィが大きな声で呼び止める。
「・・・また、遊びに来てくれる?」
「おう! また遊ぼうぜ、レミィ」
私の真似をして親指を立てるヒロユキ。その時に見せた娘の笑顔は、日本では久しぶり
に見るものだったように思う。

約束通り、ヒロユキは翌日も遊びに来た。
どうやら今日は木登りらしい。
「あの子と一緒にいると、本当にレミィは楽しそうですね」
嬉しそうに目を細めるあやめ。娘の元気な姿は私も見ていて楽しい。
「ナカナカノgentlemanジャナイカ、ヒロユキハ。レミィノ約束ヲ守ッタゾ」
あの年の子供の足では私の家までの往復は厳しいだろう。でも、ヒロユキは元気な
姿でレミィと遊んでいる。
「ほほほ。あらあら。またレミィが」
調子に乗って高いところまで登り、木から落ちてしまうレミィ。ヒロユキが下敷きに
なって受け止めている。
「スバラシイ! 身ヲ呈シテ女性ヲ守ル。男ノ鏡ダゾ」
「あなたったら」
笑っている私達にも気づかずに、子供達は元気に遊んでいる。
本当に、楽しそうに。


「あのね、Dad! 今日はヒロユキと秘密の約束をしたの」
食事を終え、本当に嬉しそうに私に話しかけてくるレミィ。
「ホウ? ソレデ何ダイ、秘密ノ約束トハ」
「駄目! ヒロユキとアタシの秘密なの。だから、Dadにも秘密デース!」
黒く染められた髪をゆらしながら微笑む娘。きっと木の下に埋めていた瓶のことだろう。
どんな約束をしたのだろうか?
膝の上の娘を撫でながら、私は幸せな想像に浸った。

「お父さん。少しお話があります」
そう言ったのは、妹を寝かしつけた長女のシンディだった。
「ナンダイ、シンディ。怖イ顔ヲシテ」
「レミィのことです。わかっていますよね。私達がもうすぐ日本を離れることを」
聞きたくない言葉だった。
「浩之君と遊んでいる様子を私も見ました。あれではレミィがかわいそうです」
「ワカッテイル・・・ワカッテイルヨ、シンディ」
「・・・お父さん」
シンディはそれきり何も言わなかった。
私もわかっている。閉鎖的な日本の幼稚園で育てるよりも、Statesで暮らした方が
レミィにとって幸せだろう。そう決めたのは私だったから。
金色の髪。青い目。おかしな話し方。
それは日本の子供達にとって好奇の対象になりこそすれ、友情の対象にはならなかった。
しかも、その傾向は大人達にさえ見られたのだ。
ひとりぼっちの娘。
そんな姿を見るのは私には耐えられなかった。

ヒロユキは今日も遊びに来た。
シンディの言葉が頭に引っかかり、あまり楽しい気分にはなれない。
午後のTeatime。
「ジョージ叔父さん! 折り紙って知ってる?」
私が知らないと答えると、ヒロユキはあやめから渡された四角い紙を一生懸命に折り
始めた。そして、できあがったのは・・・。
「コアラ?」
「チガウヨ、Dad! bearだよネ?」
「兜だよ・・・」
少しだけ落ち込むヒロユキ。
「でもさ! あかりや雅史はもっと上手に折れるんだぜ」
「あかり? 雅史」
「俺の友達! 今度連れてくるよ。あいつら、すっごく折り紙上手なんだ。レミィも
教えてもらえよ」
「うんっ!」
嬉しそうに微笑むレミィ。
「ジョージ叔父さんもさ。そうしたら、もうコアラと見間違えたりしないよ」
優しい子だ。どうして、もう少し早くこの子と出会えなかったのだろうか。

「人生トハ上手クイカナイモノダナ、あやめ」
「どうしたんですか、お父さん」
あやめは風呂上がりの髪を乾かしながら私に答えた。
「セッカク友達ガ出来タノニ、モウスグ会エナクナル」
「あらあら。レミィのことですか」
「心配デハナイノカネ」
私の隣に座ったあやめは、いつもの穏やかな微笑みのままだった。
「神のお導き。あなたはそうおっしゃいましたよね」
「・・・ソンナコトヲ言ッタカナ?」
「あの子が日本を嫌いなままでアメリカに帰らずに済む。それだけで充分だと私は
思っていますよ」
「ソウダナ・・・」
ヒロユキと娘が出会えたこと。
それだけでも神様に感謝すべきことなのかもしれない。

「ごめん・・・あいつら、来れないってさ」
謝るヒロユキの頭を私は笑いながら撫でた。
「Don't mind! キャッチボールでもするかね、ヒロユキ」
「あー! Dad、ヒロユキを取ったらダメ!」
あわてて走ってくるレミィ。
もう、ヒロユキと娘が会える時間は少ない。

娘にはStatesへ帰ることはあらかじめ教えていた。
「レミィ。ヒロユキノコトダガ・・・」
言いにくい。もう会わない方がいいと言っても、この年の子供が納得するだろうか?
ましてや、それが初めての日本の友達だったとしたら。
「大丈夫だヨ、Dad! だって約束したモノ」
笑って答えるレミィ。約束?
「アタシとヒロユキは約束したの。だから、また必ず会える。神様にお願いしたんだ
もの」
私は驚いていた。この年の子供にこんな深い思いがあるということに。
そして、久しぶりに神に祈ることにした。
いつかどこかでヒロユキと娘が出会えますように。

結局、私達は予定通りに日本を発った。母親には教えたのだが、ヒロユキ本人に伝
えることはできなかった。かわいそうなことをしてしまった。
飛行機の窓から小さくなっていく日本を眺めているレミィ。
娘は日本を嫌わないで済んだのだろうか。
私は娘の言葉を頭の中で繰り返しながら、眠りにつく。

「また必ず会える。神様にお願いしたんだもの」



我々は再び日本へと帰ってきた。
最近、娘の様子がおかしい。なんでもないことでクスクス笑い出したり、ひどくソワソワ
している時もある。好きな男の子でもできたんでしょう、とあやめが言う。
「Dad!  ヒロユキだったの! ヒロユキがいたのよ!」
いきなり飛びついてきた娘が言うには、あの時の男の子に出会えたそうだ。
それも同じ高校の同じクラスで。
「あのね、シホのおかげでわかったの! アタシ、嬉しくって・・・」
「待チナサイ、ヘレン」
「What?」
不思議そうな顔をする娘に、私は言い聞かせた。

「約束ヲ守ッテクレタ神様ニ、感謝ヲ捧ゲルノガ先ダロウ?」

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DEEPBLUEさんのリクエスト「子供時代の浩之とレミィ。できればあかりと雅史も
交えて書いて欲しい」にお答えしました。
レミィの両親の悩みを描くために、ジョージの視点で書いてみたのですがいかが
だったでしょうか。
おなじお下劣仲間(すごい失礼)として頑張っていきましょう。

ではでは。