宮内さんのおはなし その十八(VER.1.01) 投稿者:AIAUS 投稿日:4月17日(月)16時42分
私の名前はHMX-13、セリオ。
私はプロトタイプ、実験機として作られました。
来栖川の作る次世代のメイドロボットのために様々な情報をインプットし、保存する。
それ以外に私の存在理由はない。
そう結論づけるのが最も合理的な判断でした。

彼女の名前はHMX-12、マルチ。
彼女もプロトタイプ。私と同じ実験機です。
彼女には感情回路というものが積まれています。
喜び、落胆、笑い、泣き、驚き、恐怖・・・彼女の存在は全くもって不可解でした。
「長瀬のやっていることは、わざわざ奴隷に苦しいって感情を与えてやっているよう
なもんだよ」
ある開発者の言葉です。私もその通りだと思います。
私なりにマルチさんの行動を観察させていただいた結果、どうも感情回路は作業を
非効率的にする時の方が多いようです。
メイドロボに感情回路は不要である。
これが最も合理的な結論であると思われます。
しかし、理解することができないことは残されています。

なぜ、みんなは彼女だけに笑いかけるのでしょうか?


実験期間が過ぎた後も、私は綾香様専属のメイドロボとして使用されることになり
ました。マルチさんもデータ収集期間延長の名目で継続して使用されるそうです。
それは私にとって不可解なことでした。
私もマルチさんも現時点で投入できる最高の技術を用いられて作られたアンドロイド。
その維持費だけでも相当のコストがかかるはずです。
それならば、現用のメイドロボを数台使用した方がはるかに効率はよい・・・。

なぜ、そのことを質問すると綾香様は悲しそうな顔をするのでしょうか?


「あっ、セリオさーん! ここですよー!」
研究所行きのバス停の前で大きく手を振っているのはマルチさん。
私がバス停に向かうことは行動予定表に入っているはずです。余分な動作はバッテリー
の消耗を早めるだけなのですが・・・。
予定通りの速度でバス停につくと、マルチさんは一匹の子猫を抱いていました。
ニャー
「かわいいですねー」
子猫の鳴き声に目を細めるマルチさん。彼女が頭をなでると、子猫は気持ち良さそう
にゴロゴロとのどを鳴らしています。
動物の毛のように細かいものは、私達のような存在には大敵だと思うのですが?
「?? セリオさんも抱いてみますか?」
観察をしていた私を、マルチさんは不思議に思ったようです。自分が抱いていた子猫
を私の方へと差し出してきました。
「はい。わかりました」
マルチさんから手渡された子猫をそっと抱き寄せる私。しかし・・・。
フギャ!
子猫は私の抱擁を嫌がるように体をむずがらせた後、そのまま身を翻して逃げ出して
しまいました。
なぜでしょうか? 私の体はマルチさんと同じ素材、人間としての触感を与えるもの
として作られているはずなのですが? なにが違うのでしょうか?
「逃げちゃいましたね」
少し残念そうに肩を落とすマルチさん。
「申し訳ございません、マルチさん」
「いえ、いいんですよ、セリオさん」
私の謝罪に力無く笑って答えるマルチさん。

なぜ、人は悲しいときにも笑えるのでしょうか?
なぜ、人は悲しいときにも相手を思いやれるのでしょうか?

そう考えた時、私はふと、自分がマルチさんを人間として認識していることに気づき
ました。


翌日も、その翌日も、子猫はマルチさんに甘えてきました。
バス停で会える大切なお友達だとマルチさんは言います。
私が近づくと逃げてしまうので側で見ているだけですが、子猫を抱いている時の
マルチさんはとても幸せそうだと思います。
「マルチさんはその子猫が好きなのですか?」
私の中に湧いた疑問。
「はい! 大好きですよー」
嬉しそうに子猫に頬ずりして答えるマルチさん。
わからない・・・私にはわからない。
どうして笑うことができるのか?
どうして悲しむことができるのか?
どうして怒ることができるのか?
どうして人を好きになれるのか?


「なんか不明なデータが多いなぁ」
頭をかきながら私が今日の行動で得たデータを整理している私の開発者。
「申し訳ありません」
彼はなぜか不思議そうな顔で、私の顔を見ています。
「今の、お前が言ったのか?」
「はい」
私の開発者はしばらくの沈黙の後、苦笑されながらつぶやきました。
「負けたか」
彼が何のことを言っているのか、私にはわかりませんでした。


いつものバス停。私を先に待っているのはマルチさんと・・・藤田さんと綾香様?
「今日はお二人が、私達を遊びに連れていってくれるそうなんです!」
嬉しそうに笑うマルチさんと後ろで笑っているお二人。
「行動予定表と合致しませんが。これから余分な行動をした場合、研究所に到着する
時間に遅れが・・・」
綾香様がポンと私の頭の上に手を置かれました。
「堅いこと言わないの。大丈夫よ、研究所には連絡入れといたから」
「はい。了解いたしました」
「・・・なんか、セリオの方がお嬢様みたいだよな」
「あんたね、いつも一言多いのよ」
その発言が気に触ったのか、綾香様は藤田さんの腕に関節技をかけています。
「あだー! ギブ! ギブアップ!」
「はわ、はわわわわ!!!」
悲鳴を上げている藤田さんと泡を食っているマルチさん。

「いけない」
私達の方へと嬉しそうに走ってくる一匹の子猫。
そして、その後ろには速度を落とさないで走ってくる乗用車。
驚いているお二人とマルチさん。
あのお二人の反応速度でも・・・。
「いまっ、今助けますからぁ!!」
あわてて飛び出そうとするマルチさんを押しのけて、私は車道へと飛び出しました。
子猫を拾い上げ、そのまま綾香様の方へ放り投げ・・・。

ガシャン!!!!!

衝撃とボディが砕ける音。私は機械です。だから、壊れるのは怖くありません。
「せっ、セリオ!?」
綾香様の声が耳に入る。その声を認識するのもこれが最後でしょう。

嫌だ。

突然、私のAIを一つの感情が占めました。

私はまだ消えたくない。

なぜなのでしょうか? 私は機械のはずです。

消えたくない。私はまだ消えたくない。私はまだ愛されていない。私はまだ笑いかけ
てもらっていない。私は消えたくない。私はまだここにいたい。消えるのは嫌だ。

感情の波に押し流され、消えていく私の意識。
私が壊れた後も、妹達の開発は続けられるのでしょうか?
そして、妹たちもまた、私と同じ疑問にぶつかるのでしょうか?
もしそうならば、今度こそ綾香様を悲しませるような真似はしないで欲しい。

この思いこそが、私が求めていた答えなのだ。

私の回路はそう結論づけると、機能を停止しました。


プシュー
冷却回路から蒸気が噴き出す音。聞き慣れた、私が起動する時の音。
「よかった! よかったぁ!」
起動した私に抱きついているのは泣いている綾香様。後ろではマルチさんと藤田さん
がホッとした顔で私を見ている。
「私は・・・」
「こいつは無事だぜ、セリオ」
ニャー
ベッドで寝ている私の頬をざらついた舌で舐めているのは、マルチさんの子猫。
なぜか不思議な感覚がします。
「ありがとうございました、セリオさん!!」
嬉しい。こうして、マルチさんの声が聞こえることが。
「本当にお手柄だぜ。見直したよ、セリオ」
嬉しい。私を誉めてくれる人がいることが。
「・・・もうこんな無茶しちゃ駄目よ、セリオ」
嬉しい。綾香様にまたこうして出会えることが。
ガバッ!
気が付くと、私は綾香様の体を抱きしめていました。できる限り、力強く。
そして、今の思い全てをこめて言葉をつむぎました。

「愛しています、綾香様」

「「「なあ!?」」」
三人が一様に固まる。綾香様は私の抱擁から逃れようとジタバタしています。
「ちょ、ちょっと! 気持ちは嬉しいんだけど、私、そっちの趣味はないわよ!」
駄目ですよ、離れては。
「・・・禁断の愛」
「なんかドキドキしますねぇ」
赤い顔で私達を見ている藤田さんとマルチさん。
「だから、助けてってばー!!!!」
なぜ、綾香様は私の抱擁を嫌がるのでしょうか?
また、一つの疑問が増えました。


後日。
研究所では猫は飼えないというので、藤田さんの友達のレミィさんに預かってもらう
ことになりました。
「OK!OK! 家族が増えるのは大歓迎ヨ」
私はペコリと頭を下げると、抱いていた子猫をレミィさんに渡しました。もう、この
子が私の腕の中から逃げることはなくなっています。
レミィさんは子猫を抱いた後、私に質問をしてきました。
「ねえ、セリオ! この子の名前は?」
「名前?」
マルチさんの方を見ると、おまかせします、という視線で私を見ていました。綾香様
と藤田さんもニコニコと笑いながら私を見ています。
緊張するというのは、このような感情なのでしょうか?

「それでは・・・その子の名前はアヤカ。アヤカです」

マジマジと私の顔を見るみなさん。どうしたのでしょうか?
「What? この子、boyだよ?」
boy? 男の子。雄・・・綾香様の性別は?
私は自分の間違いに気づいて、恥ずかしくなってしまいました。
「ぷっ、ぷぷ。セリオでも間違えたりするのねぇ」
「本当に、珍しいですぅ」
みんな笑っています。でも、なぜか嬉しい。
「いや、待て待て。セリオはそうなって欲しいのかもしれないぞ」
藤田さんの言葉に動きを止める綾香様。
「綾香が男になれば、晴れて正式のカップルだ・・・って、ウギャー!!!」
しょうがないね、と肩をすくめるレミィさんとマルチさん。謎の関節技をかけられて
悲鳴を上げている藤田さん。怒りながらも笑っている綾香様。

そこにそれがあること。その全てが、今の私には嬉しい。

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犬丸さんのSSを読んで真面目なセリオSSを書いてみようと思い、挑戦してみました。
既存のSSを越えるものができたとは言えませんが、私なりに考えた結論はこうです。
「人間の魂も機械として再現することが可能である」
原子一つ一つをブロックとして見た場合、まったく同じように構成すればまったく
同じ人間ができあがりますよね。人間の感情も同じように、機械的に再現すること
が可能なのではないか、と考えたわけです。
進化の歴史を開発期間として見た場合、感情というのは捕食者に食べられたくない、
獲物を捕らえたい、という原始的なプログラムが基になっています。それが徐々に
枝分かれをしていって、仲間を作りたい、自分を表現したい、誰かの役に立ちたい、
という人間の持つ感情にまで発展していったと考えられるわけです。そういうわけで、
セリオの中に感情を再現する機構がない、と仮定しても、高度なAIを積んでいる
以上は感情が芽生えることもあるのではないか、というのがこのSSの主題となった
わけです。
でも、やはり他の方々のSSは超えていないですね。ひねったのは
「ロボットは性別を認識しうるのか」ということぐらいですか。

それでは、感想、苦情、リクエストなどがございましたら、メールでお願いします。
ではでは。