宮内さんのおはなし その十六 投稿者:AIAUS 投稿日:4月14日(金)08時56分
なにかあわてているマルチを見かけたのは、学校の帰り道だった。
「どうしたの、マ・ル・チ!」
ドン!
軽く叩いたつもりだった。しかし、それが後の悲劇の幕開けになるのだとは、その時
の私にはわからなかったのだ。

「はうぅ、はぅうぅううぅうう」
私は濡れたマルチのスカートをハンカチできれいに拭いた。
「セリオ。パンツの方はどう?」
「はい。あいにく曇天のため、短時間の乾燥は難しいと思われます」
(はあー、まったく長瀬の奴、人間に近いっていっても限度ってものがあるのよ!)
燃料電池の水がタンクいっぱいになり、トイレを探していたマルチ。やっとトイレを
見つけ、あわてて走っていた。
そこへ、私の軽いチョップ。
洪水警報発令、となったわけだ。

「しょうがないわねー、今日は濡れたパンツで帰りなさい」
私がバツの悪そうに言うと、マルチはぐしゅぐしゅと鼻を鳴らした。
「これから浩之さんと約束があるんですー! 濡れたパンツじゃ駄目なんですー!」
あのメカフェチめ・・・。
さて、こまった。どうしたらいいのかしら。
「この場合、綾香様の着用しているパンツをマルチさんにお貸しすればいいかと」
なんですとー! 
表情変えないで、なんてこと言うのよ、セリオ!
「あっ、そうですね。助かりますー!」
ちょ、ちょっと。そこで喜ばないでよ、マルチ。
「い、いくらなんでもノーパンは・・・そうだ、セリオ!」
「罪と償い、というものをご存じですか」
うう・・・。
「あやかさぁん・・・」
「私は綾香様を、責任感の強い御方だと尊敬しておりました」
ううぅ・・・。
「ごめんなさぁい、浩之さん。マルチは悪いメイドロボですぅ・・・」
「マルチさん。しょせん、私達はメイドロボ。虐待には耐えねばなりません」
あー、もう! わかったわよ!


なんかおしりがスースーする。
漠然とした不安感。当たり前だ。後は帰るだけだといっても、私は今、無防備なのだ。
こんな時に知り合いに出会ったら・・・。

「あっ、綾香さーん!」
「なんだ、綾香じゃないの」
なぜタイミングよく来る? 葵と好恵・・・。

気づかれてはいけない。ばれたら私の社会的生命はなくなってしまう・・・。
「・・・それでですね。好恵さんから新しい技を教えてもらったんですよ!」
ランニングの途中なのかジャージ姿の葵は、やっぱりいつもの格闘一直線だ。
いいな、葵は。
好恵の方は怪訝そうな顔で私の顔を見ている。
「・・・なによ」
「綾香。いつの間にそんなになよなよした座り方するようになったの?」
気づくんじゃなーい!
「ふふん。エクストリームって、女らしさも評価の対象になるの?」
うっ・・・こいつめ。スカートの中さえ万全なら、蹴り倒してやるのに。
「えっと、あのですね。好恵さんから教えていただいたのは、「空中三段蹴り」って
技なんです」
私と好恵の様子を見て、あわてて話に割り込んでくる葵。ナイスサポート!
「やってみせますね。エイ!テヤ!ハアァ!」
空中三段蹴り。その場で跳躍して連続で蹴りを繰り出す、空手の二段蹴りの発展版
だ。威力よりも見せ技としての要素が強く、実戦ではとどめくらいにしか使わない。
葵の繰り出した三段蹴りもやはり、相手に当てる、くらいのもので、相手に叩きつける、
といったものではない。
「違うでしょ、葵。こうだってば」
そう言って好恵が繰り出した三段蹴りは、私の予想を裏切るものだった。
側頭部、鳩尾、足首。もしも私が受けていたら、絶対にどれか食らっている。
やるわね、好恵。
「あんたが逃げていった間に、空手も発展しているのよ」
勝ち誇ったようにいう好恵。こんにゃろー!

「それぐらいの技、私にだってできるわよ!」
言ってしまってから、私は自分で墓穴を掘ったことに気づいた。

「ほら。早くやりなさいってば」
「なんかワクワクしますねー」
・・・どうしよう。私はちらりとセリオを見るが、彼女は目をそらしている。
こうなったら、これしかない!
「ちょっ・・・ちょっと、綾香? ぐはっ!」
「・・・綾香さん? きゃあっ!」
私は空中三段蹴りを繰り出した。素振りではなく、目の前にいる好恵と葵に。
不意を突かれて一撃で伸びる好恵と葵。
「ふっ、勝った・・・」
「外道ですね」
うるさいやい。

長い。学校からの帰り道がこれほど長く感じたことはない。
付きまとう不安と恐怖。風がそよぐ度に、思わずスカートを押さえてしまう。
公園にさしかかる私とセリオ。
「太助! 太助ー!」
公園で泣いていたのは、やはりいつかの女の子だった。

「どうしたの、沙織ちゃん?」
私は嫌な予感がしながら、泣いている沙織に近づいた。
予想通り、木の上には一匹の子猫。
なんで、こんなにタイミングよく色々起こるのよ!
「私が下から支えますので。どうぞ、綾香様」
わかってやってるでしょ、あんた!
私はセリオにつっこみを入れると、子猫がしがみついている木に手を当てた。
「はあああぁあ!」

ドシン!

私の一撃を受けて、震える大木。子猫はそのまま枝からずり落ちて、沙織の手の中に
おさまる。
「あっ、ありがとう・・・おねーちゃん」
なぜか顔が引きつっている沙織と子猫。しょうがないでしょ、この場合は!
「じゃ、じゃあね! バイバイ!」
うう・・・ひどい。
がっくりとうなだれる私の肩を、セリオはポンと叩いた。
「だんだん人間外になっていきますね、綾香様」
「あんたが言うなぁ!」

やっと、だ。やっと私の家にたどりつける。
試合前の緊張感とは違う、疲れを伴う緊張感。道で人とすれ違う度にドキドキする。
心臓が張り裂けそうになる。見つかったら、私どうしたらいいんだろう?

「感じてきたのですか?」
私がセリオの頭をぐりぐりしていると、前からやってくるのはマルチと・・・浩之ぃ?!
「大丈夫ですか、綾香さーん」
「よっ! なんかあったのか、綾香」
余計なこと言わないでよ、マルチ!
やばい。知り合いの男の前で無防備でいるのがこんなに緊張するものだったとは。
このままでは頭がおかしくなってしまいそう。
「感じているのですね?」
うるさい、HMX-13!
とにかく、この場はなんとかやり過ごさないと・・・。
「おい! お前、顔真っ赤だぞ! 大丈夫か!」
あっ・・・やめて。オデコに触らないで・・・。
花のように恥じらう自分って想像できなかったが、多分、今の私がそう。
「乙女は正拳突きなんかしねえ・・・」
浩之がなにか言っているが、聞こえない。とにかく、この場から離れないと。

「ヒロユキになにするの!」
DANG!!!

あれ?
気が付くと、私はひっくり返っていた。目の前には金髪女のレミィと浩之。マルチ・・・。
なんで、レミィとマルチ、目を丸くしているの?
確か、レミィにタックルされてひっくり返って・・・。
浩之、なんで私を両手をそろえて拝んでいるのよ?

「ありがたい観音様だ・・・」
「サーモンピンクね・・・」
「綾香さん、変なところにオヒゲが生えていますよぉ?」

いっ、いやあぁああああああああああ!!!!!!!!!!


後日。
三人の記憶がなくなるまで殴ってしまった私は、少し反省して病室へ入った。
「あの、浩之。起きている?」
「・・・どなたですか?」
包帯姿が痛々しい浩之。やりすぎたわよねー、どう考えても。
「綾香よ。あ・や・か。覚えてない? エクストリームとか?」
「観音様?」
その後、私は集中治療室に送られていく浩之を見送ることになった。

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おまけ
「セリオ・・・この穴が開いているパンツはなに?」
「綾香様の趣味にあわせました」
ピラリとスカートをめくるセリオ。そこには・・・。
「ちがう! 趣味じゃなーい!!!!!」
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DEEPBLUEさんより、「炎の空中三段蹴り」なる技の存在を教えていただきましたので、
SSで使用してみました。ついでに、そのお下劣さ(失礼)にも挑戦!!!!

駄目だ・・・僕にはそこまでできないよ・・・。

感想、苦情などがございましたら、メールにてお知らせ下さい。
ではでは。