宮内さんのおはなし その十五(VER1.01) 投稿者:AIAUS 投稿日:4月14日(金)07時23分
「ほい。それじゃ理緒ちゃん。今月のお給料ね。おつかれさん」
「ありがとうございます!」
雛山理緒はよく通る大きな声で、店長から給料袋を受け取った。
(あー、これでやっとガス代と水道代と電気代が払える。そうだ! 良太にお菓子
を買ってあげよっと)
嬉しそうにしている時の彼女は、前髪がピコピコと動く。
彼女と付き合いの長い店長は、それを見て表情を暗くした。しかし、経営者である
以上は彼女に言わなければならないことだ。
「えーとね、それで理緒ちゃん。言い出しにくいことなんだけど・・・」
その後の理緒の前髪の揺れを見て、店長はやはり自分の決定を後悔したのである。

「うーん。やっぱりないなぁ」
求人情報誌に鉛筆でチェックを入れながら、理緒はためいきをつく。
彼女は四つバイトをかけもちしているが、さっき解雇を言い渡されたコンビニの給料
は理緒の毎月の収入の半分を占めていたのだ。
(仕事には厳しかったけど、優しい店長さんだったよね)
人のいい理緒は解雇されても店長をうらむことはしなかったが、問題は深刻だ。
現在、雛山家の家計を支えるのは自分だけなのだ。
早く、次のアルバイトを見つけなければならない。

翌日。
「うー、こまったなぁ」
屋上で求人情報誌を見て、ためいきをつく理緒。目を皿のようにして探したが、不況
の風がよほど厳しいのか、彼女を雇ってくれそうなところはない。
(おなかすいたなー)
少しでも節約するため、お弁当は良太のものしか作らなかった。母親が心配するとい
けないので弁当箱を持ってきてはいるが、中身は入っていない。

「よう。理緒ちゃん!」
集中しているところに声をかけられて、理緒の前髪がピンと真上に立つ。
「ふっ、ふじたくん?」
裏返る声。教室のクラスメートに気取られないように屋上に来たのに、よりによって
一番みじめな姿を見てもらいたくない相手に出会うとは。
「メシはもう食べたんだ。えっ、なに。バイト探してんの?」
藤田浩之はいつものようにカツサンドの袋を開けながら、理緒のとなりに座った。

ググーーー

顔が真っ赤になるのがわかる。
わかってる。多分、カツサンドのにおいに体が反応したんだ。
やだ、なんでよりによってこんな時に。
恥ずかしい、消えてしまいたい。

屋上から駆け出す理緒。
「おっ、おい! 待ってくれよ、理緒ちゃん!」
狼狽する浩之の声が後ろから聞こえる。いつもなら一番聞きたい声。
でも、みじめな今は、一番聞きたくない声だった。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
校舎裏で息を整える。ほとんど休みなしに、ここまで走ってしまった。
「あはは・・・やんなっちゃうよね」
理緒は無理に笑うと、頬にたまった涙をぬぐった。
母子家庭で母親が病気。それなら、貧しいのは仕方がない。貧しくても家族がいるし、
バカにする人がいても我慢はできる。
でも、藤田君にはそういう姿を見せたくない。
好きな人にきれいだと思われたい、かわいいと思われたい、素敵だと思われたい。
当たり前のことだ。
でも、今の自分の姿を見て、だれがそんなことを思うのだろう。
ならばせめて、姿を見られたくない。それが一番好きな人だからこそ。

「あっ・・・屋上に求人情報誌置いたままだ。取りにいかなきゃ」
「ほら、これだろ」
そう言って、ポンと求人情報誌を手渡してくれた相手は、藤田君その人。
「ふえええっー・・・フグっ?」
びっくりして開けた口に、カツサンドが押し込まれる。
「今、仕事がなくて大変なんだろ。なんで逃げんだよ」
ちょっと怒っている浩之。理緒の前髪がガクンと下がる。
「はほ・・・ほほひへはふぁっはほ?」
「あー、まずはそれ食ってからな。理緒ちゃん」
浩之がくれたカツサンドは、自分に元気を与えてくれるようだと理緒は思った。

「あの・・・どうしてわかったの?」
「そりゃ、それだけバツだらけの求人誌見ればな」
「あはは・・・仕事がなくてね、困ってるんだ」
無理に笑う。そうしないと、心までみじめになってしまう。
「そうか・・・そりゃ困るよな」
まるで自分のことのように心配してくれる浩之。理緒はじっと浩之の横顔を眺めて
いた。
わかる。私は今、この人のことが好きなんだ。
「そうだ。理緒ちゃん! うってつけのがあったよ!」
えっ? 
「そんなに驚くなって! ベビーシッター。子守。できるよな、理緒ちゃん!」
それは・・・良太の面倒を見たことがあるから。
「よし! 決まりだ!」
「あの・・・藤田君。私、さっきからしゃべってないんだけど、どうして言いたい
ことがわかるの?」
「ん? そりゃ触かく・・・エヘン。理緒ちゃんのことだからさ」
また顔が赤くなる。でも、今度はなぜか幸せだと理緒は思った。


「ふええーー!!!」
浩之の知り合いでベビーシッターを探している家。理緒はそこに着いた時、目を丸く
した。信じられないくらい大きい。自分たち三人家族が暮らしているアパートの部屋
がいくつ入るだろうか。
おそるおそるインターホンを押す。

ピンポーン!

よかった。普通の音だ。
理緒が胸をなでおろしていると、インターホンから返事が聞こえた。
「どなたデスカ?」
「あの、藤田君の紹介で来た、雛山理緒と申しますが」
「All right! 上がって下さい!」
変な話し方をする人だな、と理緒は不安になったが、言われたとおりに門をくぐり、
玄関へとむかう。

バウッ!

「ひゃっ!」
玄関の前にでっかい高そうな犬。尻尾を振っているが、理緒は基本的に犬が苦手だ。
「えーと、どうやって入ったらいいのかな」

ベロン!

いつの間にか近づいてきた犬が、理緒の顔をなめる。
「ふえええええええ!!!!!」

走る。走る。
理緒は毎朝、新聞配達で町内を走り回っているが、ここまで速く走ったのは初めてだ。
後ろには嬉しそうな犬の息づかい。
「ふえええええ!!!」
カチっ!
逃げ回って砂場に入った瞬間、理緒は気を失った。

BAOOOOOOMMMMMMM!!!!!
「What? Dadったら、まだ地雷を全部掘り出していなかったノ?」
レミィは庭から聞こえた爆音にびっくりして、外に飛び出した。
砂場にいたのは、予想通り犠牲者。会うのは初めてだが、ヒロユキの言っていた特徴
とぴったりと符号する。
「Oh! Twin antenna! あなたがリオね!」
「はいぃ・・・そうでぇすぅ・・・」
「コラ! ジュリー!」
レミィが怒ると、ジュリーはすまなそうな顔をして自分の小屋へともどった。

「Sorry。あの子、普段はあんなことしないのに・・・」
「あはは、いいんです。私、犬に追いかけられるの慣れてるし」
地雷を踏んだのは初めてだ。力無く笑う理緒。
「本当にゴメンね。あのね、リオ。私、レミィ。レミィって呼んで」
「あっ、はい。雛山理緒です。よろしくお願いします」
理緒は自分の目の前にいる少女を見て、気圧されていた。
(藤田君からハーフだって聞かされていたけど、こんなにきれいだって聞いてなか
ったよー!)
噂では聞いたことがある。廊下ですれちがったこともある。でも、実際に目の前で
話してみると、自分とは全然ちがう人間のような気がする。
駄目! 藤田君に恥をかかす気なの?
「あの、それで私は、なにをすればいいんですか?」
「あの子のお守りヨ」
そう言ってレミィの指さした先にあるのは、一台のベビーベット。
ベッドの中では、きれいな金髪の赤ん坊がすやすやと寝息を立てていた。
「あの子は私の従兄弟のロイ。マギーが面倒をみるからって、叔父さん夫婦が置いて
いったんだけど・・・」
マギー?
理緒が不思議そうな顔をすると、奥の部屋から一体のメイドロボがやってきた。
「お呼びになりましたか、ヘレンさん」
「なんでもない、no ploblem よ、マギー」
レミィが軽く手を振ると、マギーと呼ばれたメイドロボは奥の部屋へもどっていく。

(メイドロボってすごく高価だったよね。やっぱりちがうのかな・・・)

「リオ?」
「えっ? なんでもないですよ。マギーさんじゃ駄目なんですか?」
理緒の言葉に、レミィはオーバーアクションでため息をつく。
「マギーがロイの面倒を見ると、ロイはすごく大きな声で泣くの」
「レミィさんだと?」
「アタシが面倒を見ると、ロイが危ないの」
あー、なんとなくそんな感じが。
理緒は少しレミィに親しみを覚えた。


その日から、理緒の家政婦生活は始まった。
朝は新聞を配り、学校へ行き、レミィの家に顔を出し、また別のバイトをする。
最初のうちは緊張したが、開放的なレミィの性格もあり、理緒は次第にうちとけて
いった。

「それで、レミィさんはこの大きなお屋敷に一人暮らしなんですか?」
「Non、Non! ジュリーとジョニー、ロイの四人ね!」
「あはは。ハムスターも家族なの?」
「そうよ。ジョニーはとっても紳士なんだから」
レミィの家にいるのは楽しい。ロイの面倒を見るのも良太が赤ん坊の時のことを思
えば楽なものだ。理緒はこのベビーシッターというアルバイトに満足していた。


「いよっす! 遊びに来たぜ」
今日は浩之が遊びに来た。理緒はマギーと一緒にお茶を用意する。
「理緒さんがなさらずとも、私が全てやりますのに」
「いいの。じっと座っているのって苦手だから」
そう言いながら、視線は楽しそうに話している浩之とレミィの方へ向く。
白亜の豪邸の中で笑い合う二人。どう考えても・・・お似合いだ。
(しょうがないか。私よりもレミィさんの方がずっときれいだもんね)
あきらめを頭の中で口にしながらも、やはり悲しい。
理緒はトレイにお茶を乗せると、二人の待つ部屋へと入っていった。

びえええええええ!!!!
「リオ! ロイが大変なの!」
赤ん坊をかかえながらあわてふためいているレミィと浩之。
「どうしても泣きやまないのヨ!」
理緒はトレイを机に置くと、レミィから赤ん坊を受け取った。

「藤田君。ちょっと目をつぶってて」
理緒はそう言うと、服をまくって胸をロイにふくませる。
ぴたりと泣きやむロイ。
「えっ、ちょっと! 理緒ちゃ・・グェ!」
「目をつぶりなサーイ!」
浩之はレミィに頭を殴られた。

「ヒロユキのエッチ!」
「しょうがねえだろ。いきなりだったんだから」
仲良く喧嘩をしている二人。
(やっぱりお似合いだな・・・)

「でもさ。理緒ちゃんってきっといい母親になるぜ」

浩之のなにげない言葉。
「やだ・・・」
真っ赤になるのがわかる。
でも、がんばってよかった。
理緒は本当にそう思った。


一ヶ月後。
レミィにロイを押しつけた叔父さん夫婦は、また突然にやってきてロイを連れて帰
っていった。これで、理緒のアルバイトは終わりだ。

「こっ、こんなにもらえないよ!」
レミィから渡された金額の多さに驚く理緒。
「叔父さん達がお金をイッパイ置いていったの。迷惑料のツモリなのネ」
「でも、これはレミィさんの家の・・・」
チッ、チッ、チッ。
理緒の前でレミィはゆっくり指をふった。
「アタシは横で見ていただけ。がんばったのはリオ、アナタなのよ」
「でも・・・」
「それにね。敵に塩を送るって言うデショ」
微笑みながら言うレミィの言葉に、驚く理緒。
「ええっ?」
「負けないカラネ!」
わかる。何のことを言っているのか、誰のことを言っているのか。
理緒はレミィに向かって、微笑みを返した。

「私も、負けないよ!」


それから一週間後、無事に理緒は新しいアルバイトを見つけることができた。

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これで攻略可能キャラは全部SSにできたのか?
でも、仕事を見つけるというのは大変なものです。
僕もがんばろっと・・・。

ではでは。