宮内さんのおはなし その参 投稿者:AIAUS 投稿日:4月7日(金)08時23分
思い出深いホームパーティの後。
レミィは自分だけは帰国しないと言ってくれた。
初めはなんて人騒がせな奴と思ったけれど、今になって考えると年頃の娘一人を
残して、家族が遠い母国へ帰ってしまうものだろうか。
結局、聞きそびれてしまった。
はっきりと自分の口から聞けばいいんだろうけど、はっきりさせるのが怖いのか。
もしかしたら、外国の事情は日本とは違うのかもしれないし。
俺だけが空回りして、レミィに自分の思いを押しつけることになったら、彼女は
俺から離れてしまうだろうか。
幼い頃のあの日。
思いでの中に写る、あの笑顔。
そして、それは俺のすぐそばにあるというのに。

「はぁーー」
「三十回目や。藤田君」
自習時間、プリントを渡されてみんながカリカリとやっている中で、委員長は目だけ
をこちらにむけて、さもめんどくさそうにつぶやいた。
「ああ、すまねえな。この問題が難しくてさ」
「嘘言い。こんなん教科書を写すだけやん」
「ああ。委員長のを写すだけだな」
ポコン。
丸めたノートが軽く俺の頭を叩く。
「藤田君が悩むのは勝手やけどな、表に出さんようにするのが男ってもんや」
「浪花節かよ。だってなあ、相手は浪花節なんか知らないんだぜ」
「宮内さんなら知っとると思うけどな」
ギョっとする俺。なんで委員長がそんなことを知っているんだ?
「おい。誰から聞いたんだよ。志保か?」
あいつのことだ。今頃、志保ちゃん情報とかで全校中に伝わっているに違いない。
俺とレミィがつきあっているとか、一週間に何回するとか、好きな体位まで、ない
こと、ないこと言い放題。

「はあーーー」
そうだよな。別につきあっているわけじゃないんだ。
「三十一回目や。病気になってしまうで。たいがいにせんと」
「なんでレミィのことだってわかったんだ?」
「カマかけただけや。あんな言い方で気づかんとでも思うたんか?」
相変わらず鋭い。検事とか公安になったらいい仕事をするんじゃないか。
そうだな。気づかれたついでだ。
「なあ、委員長。好きな相手に好きだって言えるか」
「...いきなり何を言うねん。そんなん簡単に言えるかいな」
少し顔を赤らめる委員長。普段ならその色っぽさにルパン飛びをかましてしまうところ
だが、今の俺はブルーだった。
「そうだよな。簡単には言えないよな...」
またため息をつきそうになったが、我慢してこらえる。
「好きな奴に好きだって言われたらうれしいよな」
「そら、そうや。宮内さんにはそう言うたんやろ」
「ああ...あっちも好きだ、愛しているって言ってくれるよ。毎日」
委員長がやれやれといった顔をする。
「なんや。宮内さんに冷たくされてしょげとるんか思うたら、めっちゃアツアツ
やんか。あてられてしまうわ」
「でもな。毎日なんだよ。会う度に、話す度に、目と目が合う度に」
ようやく合点がいったようで、委員長は俺の方に顔を向ける。
「そら、しゃあない。あっちさんのやり方とこっちのやり方は違うやろうからな」
文化の違い、愛情表現の違い。
レミィは俺のことを好きでいてくれるのだろうか。
「はあーーー」
結局、俺は三十二回目のため息をついた。


放課後。
HRが終わると、レミィは俺の机にむかって来る。なんていうかアグレッシブだ。
「Hey! どうしたの、ヒロユキ。元気がないよ」
「んっ、ああ」
「体の調子が悪いノ?」
心配そうに俺の顔をのぞいているレミィ。
いかん、いかん。顔で笑って、心で泣いて。それが男ってもんだ。
「なんでもねえよ。それよりさ、レミィ。今日はヤックにでも行かねえか」
「ヤクドナルド? いいネ、行こうヨ」
そんな気分じゃなかった。でも、このままレミィから離れたら、そのままなにもかも
離れてしまいそうで、それが怖かった。

学校の帰り道。
同じ制服の、同じような背格好の連中。その中でレミィは飛び抜けて目立つ。
背が高いし、金髪。そしてクルクルとよく変わる表情。
「ヒロユキとDinnerなんて久しぶりね。うれしいヨ」
「ディナー? ヤックだぜ。おおげさだ」
「Non、Non。一日のうちで一番大事な食事がDinnerネ。ヒロユキと一緒ならお菓子
でもDinnerヨ」
うれしい。彼女がこう言ってくれる。でも、本当にそうなのか。
「じゃあ、俺にとってもディナーだな」
スルっ。
レミィの腕が俺の腕にからまり、自然と腕を組む格好になる。
「I'm fun! うれしいヨ、そう言ってくれて」
周囲の野郎どもの視線が痛い。だが、お前らはレミィをハーフのパツキンとしか思って
いないだろう! だが、俺は十年越しの思いを抱いた男だ!
年期が違うわ、年期が!
バカなことを考えていると、気が楽になった。
俺が笑うのを見ると、レミィも嬉しそうにわらってくれる。
俺は何を悩んでいるのだろう?


ヤックに着いた。俺達と同じような学生が、それこそ佃煮にできるぐらいいる。
俺とレミィが店の中に入ると、びっくりした顔でレミィを見て、口さがなくしゃべり
始める。
「ヒロユキ! なにがおいしいノ?」
「うん? そうだな、今は半額になっているのは.......」
「そうじゃなくて、good taste なのは?」
レミィと話すようになって、俺の英語の成績は順調に伸びている。
愛の力ってやつか(違う)。
「うまいのは、そうだな。スタンダードだけど照り焼きバーガーか。新製品のじゃが
バターは食えたもんじゃないしな」
店員がにらむが、知ったことじゃない。そもそも、味見してんのかよ。
「じゃあ、それ。テリヤキ一つ下さい」
「おいおい。セットで頼まないのか。バラバラで買うと高いぞ」
「そうなノ?」
レミィと話していると、まるで小さな子供といるような気がする時がある。ほんの
小さな常識、当たり前のこと。でも、よく考えると別の文化で育った人間からは
当たり前のことじゃない。(でも、ヤクドナルトってアメリカ産だよな)
注文で紆余曲折があったが、なんとかトレイに食い物を納めて二階の席に着いた。
俺がそのままハンバーガーにかぶりつくと、レミィはいただきますをしている。
「ヒロユキ。行儀が悪いよ」
「んっ。わりぃな。腹減ってたんだよ」
「しょうがない子ネ」
俺もガキみたいだって思われているかもしれない。

飯も食い終わり、話したいことも話して、俺達は席を立つことにした。
だが、そこで俺はうわさ話をしている連中の声が耳に入ってしまった。
「......やっぱり、あいつらってやってんのかな」
「......そりゃそうだろ。なんてったって外国産だぜ」
「......バイーンってな。バイーンって」

バンっ!

気がつくと、俺は片づけようとしていたトレイを机に叩きつけて、その下級生らしい
三人組の机へと近づいていった。
「おい、おまえら」
俺の剣幕に三人とも怖じ気づいていたが、数を頼んで俺をにらみ返してきた。
「なっ、なんか文句がある....」

バガッ!

なにか言い終わる前に、俺の拳はそいつの顔面に食い込んでいた。
他の二人はびびってずり下がるが、あいにくと後ろは壁だ。
「すっ、すいません! すいませんでしたっ!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
うるせえ。
俺が再び拳を振り上げようとすると、誰かが俺の腕をつかんだ。
「帰ろう。ヒロユキ」
「待てよ、まだこいつらを.......」
「いいからっ! 帰ろうっ!」
すごい力でレミィは俺を引っ張ると、商店街の外まで俺を連れていった。


「どうして、あんなことしたのヨっ!」
もう日も下がり、夕闇の中、レミィの声が俺を責める。
「...あいつらが何を言ったか聞こえただろう?」
「でも、あんなことしちゃ駄目だヨ! ヒロユキはそんな人じゃないデショ!」
レミィの言葉に、今度は俺が切れた。
「なんでだよ! あそこまで言われて我慢できるのかよ!」
俺の言葉に、レミィは口をつぐむ。
「...あたしはハーフだヨ。だから、いろんな事を言う人がいるよ。そんなことで喧嘩
していたら、そんなことで喧嘩していたら、ヒロユキ、怪我しちゃうヨ」
レミィの言葉がわからなかった。何が言いたいのかわからなかった。
そして、俺も何を言っているのか、わからなかった。

「じゃあ、どうして日本に残ったんだよ」

「ヒロユキ...何を言っているノ?」
「アメリカに帰れば、こんなつらい目に遭わないだろ。なんであの時に、一緒に帰ら
なかったんだよ!」
レミィの表情が変わる。振りかぶられる手。俺は歯を食いしばり、衝撃に備えた。
「レミィ...?」
いつまでもこない平手。目を開けると、そこには泣いているレミィがいた。
唇を噛み、手は振り上げたまま。でも、そこには泣いているレミィがいた。
「バカっ!」
レミィは駆け出していく。俺から離れていく。そして、俺は......。

バカッ!
 
後頭部を襲う衝撃。
「かっ、カド! カド!」
言葉にならない言葉を発しながら振り向くと、そこには鞄を持った委員長がいた。
「あんた、なにしとるん! はよ追いかけな!」
「カドで...」
「ぶつくさ言うヒマがあったら、はよ行きっ! もう見えへんで!」
そうだ、レミィが!
「でも、俺は...」
「もう一発食らわそうか」
委員長は鞄を持って、にっこりと微笑んだ。
「女はな、惚れた男のことを一番に考えるもんや。だったら、あんたも宮内さんを
一番大事にするのがスジやろがっ!」
一番惚れた...レミィは俺のことを大事に思ってくれた。だから.........。

ダッ!

思考よりも行動が速かった。
レミィ、レミィ。
俺は自分の一番大事な人の名前をつぶやきながら、夕闇の中を駆ける。
謝りたい、さっきの言葉を取り消したい。
そして伝えたい。自分がどんなに愛しているかを。


夜の公園。
近所の公園のベンチに、レミィは一人、ポツンと寂しそうに座っていた。
それはいつも俺が見る太陽みたいに明るい女の子じゃなく、俺が傷つけてしまった
一番大事な女の子の姿だった。
「ヒロユキ......」
レミィは少しだけ腰を浮かして、そしてまたベンチに座った。俺は黙ったまま、
彼女の前に立つ。
「どうしたの......あたしはいないほうがいいんじゃないの」
力のない声。俺は他にどうしたらいいのか、わからなかった。
地面に膝をつき、そのまま頭もまた地面につける。
「うれしかった!」
土下座したまま、俺は力いっぱいに叫んだ。
「レミィが日本に残るって言った時、本当にうれしかった!」
「好きだって言われる度に、心臓が止まりそうになった!」
「愛しているって言われる度に、息が詰まった!」
「うれしかった! レミィが俺のそばにいてくれることが!」
思いの丈をぶちまけると、俺は顔を上げる。
そこには両手で口を押さえ、泣いているレミィがいた。
「レっ、レミィ?」
「あたしもうれしかったノ。ヒロユキが照れくさそうに好きだって言ってくれるの
が。黙って、手をつないでくれることが。さっき、あたしのために怒ってくれた時
も本当にうれしかった.......」
どちらからともなく腕が伸びる。熱い抱擁ってチンケな表現だと思っていたけど、
本当に熱かった。
長いキスの後、レミィがベンチの上に転がる。
「ヒロユキ......」
「いいのか、レミィ」
「うん」

俺はレミィの上に覆い被さり、ゆっくりと制服に手を...手を。
誰だ! 俺の袖をつかんでいる奴は!
「いっ、委員長!」
「トモコ!」
そこにはいつものやれやれの表情をして立っている委員長がいた。
「かんにんしたってな。別にのぞくつもりはなかったんやけど」
「なっ、なんで......」
「あんなでかい声出しとったら、棺桶に入っとる爺さんでも気づくわ。ほれ、みんな
おるで」
周りを見ると、おそらく料理の途中で駆けてきたのだろうエプロン姿のあかり、部活
の帰りの雅史、その他、俺の声にびっくりした近所の連中が集まっていた。
「それにな。感動恋愛ドラマはともかく、えろえろドラマを撮られるのは、なんぼ
藤田君でもかわいそうや思うてな......ていっ!」
委員長が鞄を茂みの中に投げると、悲鳴を上げてデジカメを構えた志保が出てきた。
「あっ、危ないわねぇ! なにすんのよ!」
「志保っ!」

俺が目をつり上げて志保をしばきに行くのと、レミィの明るい笑い声が響く
のは同時だった。
「Don't mind! ヒロユキ!」
「All right! レミィ!」 
悲鳴を上げる志保にヘッドロックをかましながら、俺はレミィの声に答えた。


-------------------------------------------------------------------
なんか長いっすね。
最後はシリアスにしようと頑張ったのですが、どうも冗長になったようで。
感想があったら、
aiaus@urban.ne.jp
までお願いします。

ではでは。