筋肉学園 投稿者:DEEPBLUE 投稿日:2月6日(火)21時35分



   筋肉学園





「ひーーろーーゆーーきーーちゃあーーーーーーんっ!」

 俺の朝は、幼なじみの放つ大音響と破壊音から始まる。
 鋼鉄製のそれが、13個の錠前の断末魔の悲鳴とともにひしゃげて飛び、玄関の色々な
ものを破壊しつつ転げて行く音。
 それはもう、俺の日常となっていて。
「ってあかりぃーーっ!毎朝毎朝、玄関のドア破壊して乱入してくるんじゃねえぇっ!」
 窓を開けて、怒鳴ってみる。
「だって、浩之ちゃんが起きないから」
「チャイムを鳴らせ」
「押したんだけど……」
 またチャイムも潰しやがったのか?
 馬鹿な。油圧クッションを利用した構造により、10tトラックが乗っても耐えきる代
物のはずだ。
 ……いや、やめよう。
 考えて見ればドアだって、合金と特殊素材の三重構造を利用した、アメリカでは対核シ
ェルターに用いられているものだ。それに比べれば、チャイムなど。
 また業者を呼ばなければなるまい。
 今度は、鍵を20個に増やすか。……無駄とは思うが。
 俺は、もはや鍵がどうとかという問題ではないほどに無残にひしゃげ壁にめり込んでい
る元ドア(総重量82kg)を横目で見ながら、1階に下りた。
 遮蔽物が失われもはや単なる戸口と化した玄関の向こうに、巨大な影が朝日を遮り立っ
ていた。
 その見事なまでの逆三角形の肉体は、身長にして180は下るまい。
「今日は朝礼があるから、急がないとダメだよ」
「わあーったよ!今行く!」
 こいつの名前は、神岸あかり。いやなことに俺の幼なじみだ。
 そのはちきれんばかり(イヤな意味で)の肉体を、はちきれんばかりにぎちぎちにピン
ク系のセーラー服が覆っている。
 電信柱の用に太い脚と腕。モアイ系のごつい顔に、全然似合わない二つのおさげが……
いやっ、違う!?
「あ……気付いた?ふふ、髪型、変えてみたんだ。どうかな?」
 どうかなも何も、無茶苦茶どうでも良かった。


                *


「大衆は豚だっ!」
 校長(マッチョ)の朝のお言葉は、今日もあまりにあまりな一言から始まった。
「だからこそ我々、美しき肉体とそれに相応しき魂の持ち主である択ばれし者たちこそが、
惰弱なる衆愚どもを導いていかなくてはならん!キミ達がっ!逞しき超絶エリィトたるキ
ミ達こそがっ!次代を支える肉の礎となりて、脆弱極まる現代日本社会の基盤を根底からっ!
作りなおしてゆかねばならんのだっ!」
 傍らに三島由紀夫の銅像が立つ壇上で、熱弁を振るう老マッチョ(校長)。
 ウォオォォォォォォ……
 感動の溜息が生徒達から漏れる。
 こいつらみんなアホだ。
「ハイル筋肉っっ!」
「筋肉マンセーっ!」
「ハイル校長っ!!」
「ジーク校長ーっ!!」
 男臭さ溢れる生徒たちが口々に、歓喜の涙とか流しながら校長を称える。
 これだけハイテンションな朝礼は、日本全国見まわしても他にはあまりないだろう。
「ジークッ筋に…ウゲッホゥ!?」
 突如喀血して、膝から崩れ落ちる校長。
「校長!?」
「校長ーーーっ!」
 途端に響く、男達の絶叫。
「だ…大丈夫じゃ…」
 教壇で体を支えながら、口元の血を拭う校長。
「フフ…筋肉を鍛えすぎて内臓を痛める…美少年にもれなく結核がついてくるのと同様に、
択ばれし者には付きものの、業病じゃよ…」
 ダメじゃん…。
「校長!」
「こうちょおおうっ!」

 こ・う・ちょう!こ・う・ちょう!

 この、男達の血と汗と涙が滲む体育館に、涙雨よ降れとばかりに。
 期せずして巻き起こる、校長コール。
 生徒たちの応援に親指を立てることで応えつつ、タンカで運ばれてゆく校長。
「……」
「…………」
 やがて校長の姿が鉄のドアの向こうに消え、体育館内が沈うつな静寂で包まれんとした、
その時。
「うおおおおおおおっ!」
 突如一男子生徒が、迸る雄叫びとともに体育館前方へと走り出る。
 さらにはその場で服とか脱ぎ出す、一男子生徒。
「どうした、柏木(仮)!」
 その友人らしき眼鏡の生徒が、駆けよってゆく。
「俺は!俺は校長の回復を祈って、水ごりとかする!校長が帰ってくるその日まで!水を
かぶり続ける!」
「ばかなっ!まだ冬だぞ!寒かったりしたらどうする!」
「その時は…」
「その時は……?」
「あったかい水をかぶる……」
 中途半端な妥協案に友人の本気を見たらしい眼鏡は、くっと涙を拭う仕種を見せる。
「よし…わかった。もはや止めん!そのかわり……俺もつきあわせてもらうぞ!」
「柳川(仮)!」
 二人して、己の服を破り捨てるように脱ぎ去ってゆく。普通に脱いだっていいと思うの
だが。
 いや、それ以前に。
 高校生が……別に履いてたって良いけど……
 見せるなよ……。

 ……白ブリーフ。

 ゴムのところにマジックで名前が書いてあるらしき、二つの白くまぶしい輝きから視線
をそらしつつ、俺は落涙していた。
 周りも俺と同じように、落涙している。
「くう……男じゃのう」
「くふぅ……先を越されたワイ。すがすがしい悔しさじゃあ」
 気分は全く違うようだが。
 そんな奴等は奴等として、校長に代わって生徒会長の月島(仮)が壇上に上がる。
 生徒会長は毎年、二年生のなかで最も美しい肉体をもつ人物がコンテストで択ばれる。
 彼もまた、その来歴に相応しき磨き上げられた肉体を上半身裸の姿で誇示しつつ、優雅
な仕種で眼下の生徒たちを見やった。
 ちなみに上半身裸スタイルは、この学校では生徒会長のみに許された特権であり、貴族
的意識の現われでもある。皆が彼を羨望の眼差しで見詰めるのも、そういう意味がある。
 もちろん俺は嫌だが。
「校歌斉唱!」



 筋肉学園校歌
 作詞:初代校長(マッチョ) 作曲:初代教頭(マッチョ)

 
 光る汗 滲む鼻脂
 夢枕に立つ 力道山
 
 磨き上げた 精神(こころ)と肉体(からだ)
 桃色に 上気した肌 指先まで浮かぶリンパ管
 
 ぼくらはみんな 太いのが好き
 
 正義の印 僧房筋 勝利の証 二頭筋
 意外な選択 広背筋 友との絆 括約筋
 
 今熱く燃えあがる いき過ぎた友情
 嗚呼 我ら最高
 筋肉学園高等学校



 歌詞もなんだが。
 普通、今時の高校の朝礼の校歌斉唱なんざ、誰一人声も出さずただただ空しく伴奏だけ
が流れる時間が過ぎてゆく(そして時々体育の先生あたりが切れて説教しだす)もんだと
思うのだが、この学校は違う。
 見事なまでのテノールで、全員熱唱。感極まって、校旗を振り仰ぎつつ涙を流してるや
つらまでいる、ていうかほとんどそう。
 無論、俺は決して誇っているのではない。
 ていうか空しく平和な時間を俺にくれ。ください。
 ここ、男女同数の共学校のはずじゃなかったのか?なんでこんな、イタリアの大教会の
パイプオルガンの如き荘厳な低音ばかりが響いてくるんだよ。ソプラノは何処にある。
「浩之……良ければ僕が」
 必要以上の親愛の情が篭った手を、肩に乗せてくる雅史(マッチョ)。
「ボーイソプラノはいらん」

「うおおおおおおおおっ」
 ざばあっ
「くぅらああああああっ」
 じゃばあっ

 表からは、どうやら本当に水ごりを始めたらしき二人の気合と言うか悲鳴と言うか、が
届いてくる。
 それに刺激されてか、更に響きを増す低音合唱。男達の熱い涙が、体育館内の湿気を急
上昇させる。
 まさに地獄絵図。
 俺……なんでこの学校に入ったんだろう。
 夢も持たずに妥協して、入れるところに行きゃーいーやと安易に考えて得た結果が、こ
れだ。
 聞いてるか、若人!?
 君達は──間違えるな!

 ……。

 いや、むしろ間違えて、俺の代わりにこのラインで俺の人生やってくれないか。
 俺は責任もって、キミの人生歩むから。
 言っておくが、俺は本気だ。


              *


 男女共学。そんな甘くも切ない響きをもつ学生生活に、憧れの念を抱く若人も多いだろ
う。
 男子校で真っ黒の青春を送ってきた(いる)者もいれば、ある意味バラ色の学園生活を
送っている人もいるだろう。
 中には男子校で、男なのに「お姫さん」とか呼ばれ(男に)貞操を狙われ続けた男子生
徒もいるのかもしれない。カトリック系の女子高(全寮制)で、お姉さまを相手に神の御
前で背徳の宴に身を浸していた女生徒も居られるかもしれない。
 多分に妄想入ってるとは思うが、日本全国の学校について徹底した調査を行ったわけで
はないので、無いとは言えん。むしろ、後者の方には実在したら是非とも色々とお話を伺
ってみたい所存。
 とりあえず、制度上はうちも共学だ。
 だが、ここにいるのは、学生服を着たモアイか。スカートを履いたモアイか。それだけ
だ。
 共学には共学なりの悩みもある、ということだけわかっていただければ良い。
 比較的応用性に欠ける教訓であることは承知している。さらには俺の悩みが、実は全然
共学なりのものではないことも自覚しているので、そこにはつっこまないでほしい。悲し
いのは俺の方だ。

 この学校でも、意外なことに授業はまともにきちんと行われる。いや、行われなくちゃ
変なんだが、しかしもともとここ、変だし。
 でも──。
 眼前にそびえる、広く頼もしい背中(女生徒)に遮られて、黒板など全然見えないのは
──神様、俺の前世に犯した、何かの罪業の報いでしょうか。
  …。
  寝よう。 


                            *


 放課後。
  俺が一年生の教室の並ぶ廊下を通りかかった時、その騒ぎは起こった。
  紫の髪をした女の子──多分女の子だろう。スカート穿いてるし──を中心に、誰も手
も触れていないのに廊下の窓ガラスが次々と割れていくのだ。
  悲鳴をあげて逃げ惑うマッチョたち。そしてモアイ。
  中央の紫の髪のモアイに、俺は見覚えがあった。
  つい先日、俺に「そこの階段、気をつけて下さいね」とか言いつつ直後、隙の無いグレ
ーシータックル(がっぷり四つ気味)を仕掛けてきた女生徒だ。
  それで、俺は一ヶ月入院した(相手は無傷)。ちなみに、その後相手は「だから言った
のに!」とか叫びながら逃げた(謝罪無し)。
  後日聞いたところ、あれは彼女の予知能力なのだという。予知内容を自力で実現するこ
とに、意味はあるんでしょうか。
  とりあえず、彼女は他人にはないその能力のせいでクラスでは恐れられたり嫌がられた
りして避けられているそうだ。当然の措置であると、俺も思う。
「ふんっっ!」
「ふぬぅんっ!!」
  紫の髪の女の子?がその豪腕を振るうたびに、窓ガラスはびりびりと震え砂状となって
静かに砕け散ってゆく。
  手は確かに触れていない。ガラスを壊しているのは手ではなく、カマイタチとソニック
ブームだから。
  ガラスだった粉がきらきらと、日の光を纏い降り注ぐ様は、ある意味美しくさえあった。
「ああ……わたしのこの忌まわしい超能力のせいで、みんなわたしから離れてゆく……」
 そう言って、哀しそうに俯く紫髪。俯くと両目が影に覆われて、ますますモアイっぽい。
「いや……たしかに”超”能力には違いないが……」
 むしろ超えてるのは常識のほうではないかと思う。
 ついでに言えば、人として超えてはいけないものも色々と超えている気がするが、まあ
これは今更だ。
 ていうか、廊下でシャドーしなきゃいいじゃんか。

  ちらっ。
  
  モアイの視線があがり、何かを(あからさまに)期待するように俺を注視しだしたので、
俺は戦略的撤退を遂行することにした。
「さーって!そろそろ部活いかなくちゃなっ!ほら、俺って真面目なスポーツ青年だし!」
  もちろん、本当に行く気なんかさらさらないが。

「そうですよね、先輩!今日もがんばりましょう!」

  がしっ、と頭を分厚い手の平で包まれた時、俺は戦略上の失敗を悟った。
  
  
                            *
  
  
 君にひとつの質問がある。
 君が男魂ほとばしる若き青年男性だと過程してだ。
 さらには、女子高生の体操服姿が大好きだとしてだ。
 そのブルマーにつつまれたものが、極真黒帯の正拳突きにも微動だにせぬような四角い
大臀筋だったとして──君は萌えられるだろうか。
 俺には──無理だ。
 たとえ小さすぎるブルマーが尻の割れ目に食い込んでて、Tバック気味になっていたと
しても。
 ていうか、無理してそんな小さいの履くなよ!
  俺の視線に気付いたのか、彼女──葵ちゃんは岩のような頬を朱色に染めて胸を隠すポ
ーズを取る。
「いやです、先輩。そんなに胸ばっかり見ないで下さい……わたし、Aカップしかないし
……恥ずかしい」
 胸囲は100センチオーバーあるがな。
 つうか、それ以前に、見てません。
  ……と、俺は心の中だけで呟いた。顔はにこやかな愛想笑いのままに。
  顔で笑って心で哭く。
  男の理想的なありかたを体現しているにも関わらず、なぜか自分が虫けらになったよう
な気分であるのは、俺の気のせいだろうか。
  
「フゥウンッッ!!」

  サンドバックを叩く葵ちゃんの発気がひときわ高く響くと、同時にサンドバックが叩い
ている逆の側から裂けて派手に中の砂を撒き散らした。
  一日一回は壊しているので、サンドバックの革ももう縫い跡が縦横無尽となっている。
「……駄目です」
  がっくりと肩を落とす、葵ちゃん。
「こんな威力では──まだ綾香さんには、到底通用しません……」
  サンドバックを逆から破るようなパンチも効かないそのアヤカサンというお方は、どこ
のグリズリーですか。
「葵……」
  隣の叢から、ニューカマーの声(cv.玄田哲章)。
  フェチズムとその対象との相関の重要性について熱く語りすぎて言い忘れていたが、こ
こは俺が(何故か)属している格闘技同好会の練習場である、神社の境内だ。
  そして、現れた人物──フルアーマーガンダム(カトキ版)のような肉体を白い空手着
に包んだそいつは、女子空手部部長にして葵ちゃんの空手の先輩である坂下好恵である。
「好恵さん……」
「早速行き詰まっているようね……だから言ってるのよ。空手に帰ってらっしゃい、葵。
あなたには、空手でやり残したこと(牛殺し・自然石割り・自動車飛び蹴り越え・人差し
指逆立ちで山登り(往復)・無一文で四国に渡って支部設立 等)が、まだまだたくさん
あるはずよ……」(cv.玄田哲章)
「でも、わたしは……」
「綾香、ね……」
「……」
「どうして……綾香のことばかり……わたしは、わたしだって、こんなにもあなたのこと
を……!」
「いやっ、あ、やめて下さい、好恵さん!」



   しばらくお待ち下さい(BGM:シューベルト作曲「ます」)



「はあ、はあ……うう、好恵さん……どうしてこんなこと…」
「あなたが悪いのよ、葵……わたしの気持ちを、ちっともわかってくれないあなたが…」
  彼女らの言うこんなことがどんなことなのか、思考を閉ざしていたボクにはちっともわ
かりません。
  ただ、ちらと目に映ってしまったもので判断する限りでは、ブルーザー・ブロディとビ
ル・ロビンソンが高度な寝技合戦を繰り広げていたようにも感じましたが。
  もちろん何の手出しも出来ようはずもない。北斗の拳に例えるなら、悪党に2、3人ま
とめて片手で握り潰されてしまうような一般人である俺に何ができようか。もともと何を
する気もないが。
「……ごめんなさい。わたし、好恵さんの気持ちにはお応え出来ません……」
「何故……どうしてなの……」
「実は、わたし……わたし、好きな人が!」
「……」
「…………」
  現場から完全に背を向けているにも関わらず。
  背中にちくちくと、2対の視線が当たっているのを感じる事ができるというのは、いっ
たいどうしたことだろうか。
  物理的に圧力ある視線?そんな馬鹿な。
  そういう特殊能力は国防上の問題から鑑みても、いかがなものかと思われるのですが。
「藤田ぁっ!勝負しろ!」

  ああ、またボコリ落ちか、俺。



「…………」
  目が覚めると、自宅のベッドの上だった。
「夢…か?」
  周囲を見回すと、薄暗い。
「ついでに、この設定全て夢だったらいいよな。このまま朝になると、可愛い幼馴染とか
が迎えにきたりして」
  ……。
  自分で言っておいて自分のドリー夢さ加減に、布団に潜って涙する俺。
「可愛い幼馴染だなんて……照れるな」
  保志ボイスとともに肩に乗せられる、分厚い手の平。
  どうもとりあえず、全部夢落ちでしたエンディングは、非常に残念なことながら回避さ
れてしまったらしい。
「ていうか雅史ーーっ!?なんで貴様と俺が、一緒の布団に同衾しているっ!?」
「なんでって、散歩の途中で大怪我をして捨てられていた浩之を発見したから、こうして
人肌で暖めて介抱していたんじゃないか」
  怪我で人肌関係あるのか。
「さ、まだ寝ていなくちゃ駄目だよ。いや、ていうかある意味今夜は寝かせないけどね。
ウフフフフ…」
「いやああああっ!?]


  ボコリ落ちかと思わせて、ホモ落ち。





   <終>