”too hard”chapter−3 投稿者:DEEPBLUE 投稿日:9月11日(月)08時54分





 ロボットを狩る、という行動がひとつの思想運動として世界に広まりだしたことと、情
動機能──感情を表現し得る性能をもったAIが一般的に出回り始めた時期とがほぼ一致
するのは、無論偶然ではない。

 情動機能を持つAIは当初、心理学や精神医学等の実験用に用いられる程度であったが、
必要なハードウェアが小型化するとともにすぐに市場に目を付けられた。
 ロボットが感情をあらわせることが、商品としての価値となるか、という問いかけが為
されるなら、その答えは無論イエスだ。
 メイドロボと呼ばれる一般用汎用ロボットが、なぜ人の姿を模されているのか。それは
無論、使う人間の側の都合に他ならない。人の姿をしているほうが、人間からすれば接し
やすくなるからである。
 感情表現についても同様である。例えば同じ会社の受付嬢に使うにしても、客に対して
無表情で接するロボットよりも笑顔を作れるロボットの方が良い。
 極端な話──水商売も、無表情よりは笑顔のほうが客が取れる。
 結果、技術の向上によって情動機能をもつAIが比較的安価に製造できるようになって
から、笑顔をつくれるロボットは急激に世界に広まった。

 しかし、これに不快感を覚える人間も、無論少なくはなかった。
 心というものを神聖視する類の人間は、殊に反発した。企業側が、情動機能は”心”で
はなく、それをエミュレートするものに過ぎない──そう宣言してさえ、反発は収まらな
かった。その中の一部の者は、より直接的な行動に出さえした。つまり、武装して情動機
能を有するロボットを無差別に破壊しはじめる者が出てきたのである。
 心を有するのは、人間の特権である。それが、彼等の言い分であった。
 この動きに、メイドロボなどの普及により職を失ったもの。とにかく人の姿をしたロボ
ットに不快感を覚える者なども便乗し始める。

 主にキリスト教圏の国を中心として、この”思想”は急速に波を広げていった。




──やがて、一人の男の生き方を変えるために。







         too hard







「上部ブロック・チーム、全滅ですっ!」

 その通信は無論悲報であり、そして無論のこと、今の彼らにとってはそれ以上に警報で
あった。
「すぐに上に……!」
「いや、ここで待つ」
 正規兵の一人の進言に、浩之は低い声で応える。
「頭を押さえられているんだぞ!?」
「退路は今押さえに行っている。もっとも、残党探し程度のことだがな。上部に上がれる
ルートは限られてる。ノコノコ頭を出した途端に、蜂の巣だ。そうでなくとも、残った人
質に銃でも向けられたらかなわねえ。こっちが顔を見せなけりゃ、奴らも脅す相手も無し
に脅迫はしねえだろうさ」
 そして相手が人質を抱えている以上、こちらは同じように”顔を出した途端に蜂の巣”
というわけにはいかない。
 残る人質は、日本人のみ五人。
 資料を信じるならば、残るのは来栖川の重鎮ばかりだ。
 そして相手は、そのドル箱たちを主力で抱え込んでいるらしい。
 そういう意味で言うならば、上部ブロックにこちらの主力とも言える半数の部隊を送っ
た指揮陣の判断は正しかったことになる。
 もっとも、それは浩之に言わせれば当然、ということになる。それが彼らの仕事なのだ
から、しっかりやってもらわねば困る。
 さらに言えば、どんなに正しく思える判断でも失敗してしまえばそれは失策であるのだ。
 そして今回、上はその失策を犯したことになる。
「で?どうするの、ヒロユキ」
 レミィが、浩之の顔を覗きこんでくる。
 そこに浮かんだ表情は、まるで浩之を試し推し量っているかのような微笑みだ。
「上から突っ込めと指令が来るなら行くが、なけりゃあ奴等が降りてくるまで待機だ」
「命令があれば行くの?わざわざ死ににいくようなものなのに?」
 経験の浅い新兵達はともかく、傭兵たちの間では浩之の判断は常識的なものとして受け
入れられていた。防御側のほうが有利、というのは直接戦闘下においては不変の定理であ
る。
「バカらしく見えようが、実際バカげた作戦だろうが、それが結果として正しかったなら
どうする」
「──」
「俺達は道具だ。俺達が考えていいのは、上の奴等の脳ミソの及ばねえ部分を足してやる
ことと、自分一人がどうやって生き残れるかってことだけだ」
 浩之は、通信兵の方を見やる。
 浩之の視線を受けて、通信兵は戸惑うような表情で首を左右に振る。
「ご指導無し、か……上も混乱してるのかしらね」
「もしくは、俺達の方でなんとかしろ、ってことなのかもな」
 浩之は正規兵たちを振りかえると、奪還した人質たちを護衛する形で待機するよう指示
した。
 本来、浩之の命令など聞く義務などない彼等であるが、何も言わずにそれに従う。
 命がかかった場面であるほどに、リーダーというのは自然に決まってくる。兵達も経験
は浅いとはいえ、それを感じ取っているのだろう。
「フジタ、中部・下部ブロックにテロリスト残党無しだ」
 傭兵の一人の報告に、浩之は頷き下部ブロックに人質を移すよう言う。
「逃がさないの?」
 下部ブロックには、浩之達が侵入したときに開けた穴がある。レミィの問いは、そこか
ら非戦闘員を逃がしてしまったほうがいいのではないか、という意味である。
「ああ……もう日は高い。上から狙撃されたんじゃかなわねえからな。やるなら、やつら
全員下に誘いこんでからだ」
 現在、浩之達は中部ブロックの一室にいる。
 上部ブロックに繋がる通路には全てセンサーを仕込んでおり、これは本部とセリオとに
直結されている。
 これが先進諸国の軍ともなれば、発信機付きのレシーバーを各人が装備し、本部は全員
の行動を把握しつつより的確な指示を発することが出来る。
 しかし、この国はそんな最新鋭の装備を全員に与えられるほど裕福ではない。また、仮
に装備自体はあったとしても、兵達も、そして指揮官達も、そのようなリアルタイムの作
戦処理を行えるような訓練を受けてはいなかった。それについては、浩之も同じことであ
る。
「浩之さん」
 動きがあるまで待機──そう室内の全員に指示しようとしたとき、セリオが低く声をあ
げる。
「来たか」
 セリオを見、次いで通信兵に視線を送って確認する浩之。通信兵もまた頷き、セリオの
言葉を補足する。
「甲板上に敵影なし……人質もです。ヘリによる目視ですが──」
「意外に短気なのね」
 レミィが、唇の端に笑いを浮かべて言う。
「短気だからテロやってるんだろ」
 面白くもなさそうな表情で、浩之が返した。
「人質がいる、という計算もあるのでしょう──ただいま、2箇所のセンサーにほぼ同時
に反応がありました。目標は、最低でも二手に分かれたものと思われます」
 セリオの報告に、浩之は舌打ちする。
 センサーは、用意できた数に限りがある。この中部ブロックから上部ブロックに繋がる
各ステップに死角無く据えるのが精一杯であったのだ。だから、その後のテロリスト達の
動きまでをも補足できるものではない。
 軍に対して、準備が足りなかったと言いきってしまうのも酷だろう。こういったテロに
は、最速の対応こそが至上である。人質を盾に要求を出される前に、これを殲滅出来るの
がベストである。
 相手が思想系のテロであれば、ある意味犯行声明を発しただけで、彼等の目的は半分達
せられたようなものになる。
 成功したテロは無い。
 有名な言葉である。
 そしてこれは、真実だ。
 その理由は、成功したテロはテロとは呼ばれず、革命と呼ばれるからだ。
 逆に言えば、テロリズムとは常に国家転覆の危険を孕んだ存在であると言える。
 究極の場合には、人質の人命よりもテロリストの制圧を優先すること。それはほぼ、ど
の国の軍のマニュアルにも共通する事項である。
(──もっとも……)
 浩之は、ちらりと時計に目をやる。
 事件発生から、約70時間。
 この間に、未だ犯人側から要求なり犯行声明なりが全く出ていない、などということは
あり得ないだろう。
 事前情報によれば、この客船には現在ほとんど燃料が入れられていない。最低でも、燃
料や食料をまず要求する連絡があって然るべきである。
 恐らく、要求や犯行声明はすでに出ている。それを国側が、うるさい外国マスコミ相手
に伏せておける限界の時間が、浩之達の出動した時間なのであろう。
 一旦戦闘が始まれば、騒ぎ好きのマスコミはそちらに集中するだろうから。
 そして──戦いが始まったなら、テロリストは全員殺す。
 下手に生かしておけば、裁判にかけねばならないからだ。それは、わざわざ彼等に、一
般市民への演説の機会を与えることと同義になる。
 テロリストを悲劇のヒーローにしてはならない。全員、只の犯罪者として殺す。これも
また、殆どの国に共通する思考である。

 浩之にすれば──都合の良いことだ。

「さて……」
 相手が別れたとなれば、狭い屋内のこと。固まっていては不利になる。
「そうだな。こっちも二手に分かれよう。さっきのチーム、そのままでいい。俺達が、こ
こを回る。その間に、中部ブロックチームは人質達を腹の穴から逃がせ」


                    *


「わたし達だけで大丈夫かしら?」
 言葉ほど不安げには見えない表情で、レミィが肩を上げる。
「大丈夫とは言えないな。なにせ、相手はこちらの半数を全滅させている。五人でどうに
かなる相手とは思えない」
「いきなり弱気ね……」
 作戦開始時の浩之の自信ありげな言葉を耳にしているだけに、呆れた溜息を出すレミィ。
「弱気にも強気にもなった覚えはねえよ。全ては現状認識だ。ついでに、前言を撤回する
気もねえ」
 片手でM870を構え、サイトを確認する浩之。
「五人の中に俺がいる。心配するな」


 事前情報が正しく、かつテロリスト側が上部ブロック・チームとの戦闘で全く損害が無
かったものと仮定すると、相手の戦力は9人ほどということになる。
 中部ブロックチームを合わせれば、まだ充分数の優位は取れることになる。しかし、浩
之があえてそれをしなかったのは、リスクを冒してでも人質を逃がす方を択んだからに他
ならない。
「セリオ、相手の予想位置、出せるか?」
「判断情報が不足です。12.53%以上の的中率でお答えできる予想はありません」
「パターンからの判断でいい」
「それならば……どこかの室内に篭り、こちらを待っている可能性が高いかと」
「下に降りてきたこと自体が、俺達に対する誘いってことだな?」
「それも作戦の一助に出来るということです」
 セリオの回答に、浩之は満足した。自分の考えと同じであるからだ。
 テロリスト側とて人数が減っている以上、人質の奪還という行動に走るとは考えにくい。
 こちらにとっては人質一人でも漏らすわけにはいかないが、向こうにとっては最悪一人
でも残っていればいいのだから。わざわざ人数を増やして、その確保に割く人員を増やす
愚を犯すこともないだろう。
 相手からすれば、とりあえず掃討部隊の第一陣──つまり自分たちを、とにかく返り討
ちにしたいところだろう。そうすれば、再び交渉の機会をもつことも可能になる。国もマ
スコミ達が集まる前で、今度は要求を無視することも難しくなるだろう。掃討部隊を破っ
たことで、交渉を有利に持ちこむことも可能になる。
「しらみ潰ししかねえな……」
 浩之は、客室の連なる廊下を面倒げに見やった。


                    *


 浩之が壁際から手を伸ばし、ノブを回す。
 そして新兵二人が、ボディバンカー──防弾用の盾を構え、室内に突入する。一人が盾
を持ち、一人が銃を構えフォローするのである。
 無論、浩之もドアが開く瞬間に室内に飛び込み、二人をフォローする。必要ならばレミ
ィも参入。セリオは常に後衛にまわり、背後に気を配る役目である。
 ──こうした面倒な作業を、数多い部屋の一つ一つについて行っていくのである。
 四部屋目の無人を確認するころには、浩之の隣でレミィの溜息が漏れるようになった。
 逆に、正規兵二人の方は平然としている。このような単調な作業こそ、彼等が毎日飽き
るほどに訓練していることなのだろう。
 五部屋目。
 そこでも銃弾を消費する機会を得られなかったレミィは、またしても大きく息を吐く。
「これじゃあ、緊張ももたないわ」
「ケツ抓ってでも、もたせろよ」
 言葉の内容のわりには真面目な顔で、浩之が言う。
「油断は怯えよりもタチが悪い」
「そうね。不思議に、油断してる時に限って敵って出てくるものだから」
 表情を改め、MP5を握り直すレミィに、浩之は横目で微笑を送る。
「よし、次だ」
 調べた部屋のドアは、開け放しておく。調べ終えた部屋に、敵がもぐりこむのを防ぐた
めである。
 六部屋目のドアノブを握り、正規兵二人に目線で合図する浩之。二人のうち、銃を握っ
た後衛の方が頷いて返す。
「GO!」
 豪奢なドアを突き破るように、黒い盾が突進していく。
 けたたましい音を立てて開かれるドア。一瞬待って、浩之もベレッタを構え、部屋に飛
びこむ。
「…………?」
 室内は──無人、ではなかった。
 メイド服のようなものを着た女性が3人、一箇所に集められて縄で縛られ、猿轡を噛ま
された顔を俯かせて座っていた。
 無論、銃弾が飛んでくることもない。
 正規兵二人は気が抜けたような表情で顔を見合わせ、ボディバンカーの影から立ち上が
った。
 二人がMP5を片手に人質達のもとへ近づいていくのを、浩之は訝しげに見守る。
 腑に落ちない。
 人質の状況としては、今までと同じだ。縛って、部屋の中に転がしておく。手持ちの人
質を一人二人残して、あとは部屋に隠しておくというやり方も考えられないわけではない。
 しかし、残りの人質は五人。
 そのうち、女性の数は──
「大丈夫ですか?我々は軍の者です。あなた方を助けに……」
──二人。
「馬鹿!離れろ!」
 浩之の言葉とほぼ同時に、正規兵の一人の後頭部が3個所、続けざまに弾ける。
「っ!?」
 顔を引きつらせるもう一人を、蹴り飛ばして強引に伏せさせる浩之。直後、同じ空間に
数発の弾丸が疾ってゆく。
 見ると、女性の内二人が、もともと縛られてはいなかったのであろうロープを床に落と
して、立ちあがってくる。
 その少女のような容貌と、無機質な瞳に──浩之の顔色が、変わった。

「──こ、の……」

  ベレッタを握った左手にM870を握る右腕を十字に添え、少女の形をしたものの腹に
3発、立て続けに鉛玉を撃ち込む。
  銃創から透明の循環液を吹き出しながら、被弾の衝撃で棒のように倒れる少女。
  少女は──それは、セリオと同じ、ロボットであった。マルチシリーズと呼ばれる機種
である。
  クルスガワ・メイドロボの特徴である耳のカバーが外され、マルチシリーズの特徴であ
る緑の髪が黒く染められていたことで、外見上ほとんど人間と見分けがつかなくなってい
たのだ。
  マルチシリーズはセリオシリーズと同じく、クルスガワのロングセラーである。オール
インワンが売りのセリオと異なり一般家庭向けに売り出されたそれは、日本車並の価格で
最低限の性能を実現させたのが売りであり、普及台数で言えばセリオシリーズを大幅に上
回る。
  逆に言えば、生産性を重視したそのつくりは一般家庭レベルで想定されるもの以上の耐
久力を有してはおらず、とても戦闘に向いたものとは言えないのであるが。
  二人──いや、2体の人造の少女は、手にロシア製の旧式拳銃を握っていた。先程新兵
の一人の頭を撃ち抜いたものだろう。
  一体が倒れると同時に、もう一体が銃を構えてぎこちなく浩之の方を振り向く。
  が、その銃口が浩之に向けられる前に、その華奢な体が大きく背中側に吹き飛ばされた。
  セリオのMP5。続くレミィのHK−93、新兵のMP5から放たれる銃弾に、マルチ
タイプのその体は激しく壁に叩き付けられる。
  しかし、銃弾の雨によって壁に縫い付けられ、人肌の柔らかさを模した皮膚を千切り飛
ばされ、体中から粘性の循環液を跳ね飛ばしながらも、その細い腕はハンドガンの銃身を
持ち上げようとする。
  だが、ようやく上げたその銃を己の手首ごと床に落とされると、まるでそれを見て諦め
がついたとでもいうように、ようやくその場に崩れ落ちた。
  一方。
「ぐっ!?」
 肩を掠めた弾丸の熱さに、呻きを漏らす浩之。
 はじめに撃ち倒したはずのマルチタイプが、ぎこちない挙動で拳銃を振りまわし、弾丸
を乱射したのである。
「て…めぇっ!」
 銃弾を撃ち尽くしても、まだ断末魔の節足動物のような狂った動きで引き鉄を引き続け
るマルチタイプを、浩之は思いきり蹴り飛ばした。
 再び転倒するマルチタイプの肩を踏みつけて床に固定し、浩之は、その口にM870の
銃口をねじ込んだ。
「マルチのツラして、人殺してんじゃねえよっ、人形がっ!」
 硬質の破裂音とともに、マルチタイプの双つのCCDカメラがストロボのような輝きを
放ち、その後頭部が文字通り爆散した。
 続いて、興奮の冷めない表情で浩之は、ただ一人立ちあがらなかった残りの人物に銃を
向ける。
「おやめ下さい」
 M870の銃口の前に、セリオが両手を広げて、その身を晒していた。
「データとの照合、確認いたしました。この方は本物の人質です」
「何……?」
 荒げた息を抑えながら、右腕を降ろす浩之。
「セリカ・クルスガワ。クルスガワファミリーのご息女です」


                    *


「妹とは正反対のお嬢様だったな」
「本当にね」
 浩之の傷の手当てをしてやりながら、苦笑するレミィ。
 来栖川芹香は、年は妹である綾香とはあまり変わらぬ少女であったが、性格は綾香と異
なり物静かであった。無口と言ってもいい。
 浩之らに助けられたときも、ほとんど聞き取れないほどのぼそぼそとした口ぶりで礼を
言った。
 なぜ彼女だけ、メイドロボたちと一緒にここに放置されていたのかについては、彼女自
信の口から(聞き取れない言葉について、何度か聞きなおす必要があったが)知ることが
出来た。
 まず、テロリスト側も人員が減り、あまり多くの人質を抱えているのが不便になったた
め、最低限にして最重要の人質である来栖川グループ総帥と総帥夫人──すなわち芹香と
綾香の両親のみを手元に残しておくことにした、ということ。
 そしてもうひとつ。芹香が聞いた、テロリストのリーダーらしき人物から出された言葉
をそのまま記すなら、
「この国の軍人が、誤って人質を撃ち殺してしまったとしたら、面白いことにならないか?」
──と、いうこと。
 そのために、芹香に武装したメイドロボと同じ恰好をさせ、同じ場所に放置したのであ
る。
 マルチタイプのメイドロボについては、芹香自身は「知らない」とのことであった。
 セリオが言うには、戦闘用に使われていたものにしてはアルゴリズムがお粗末であるそ
うだ。いかに家庭用のマルチタイプとはいえ、まともに戦闘を学習させたのであればもう
少し理に適った動きをする。弾の尽きた銃の引き鉄を、いつまでも引き続けるようなこと
はないだろうと。
 おそらく、頭の中身を適当なプログラムにそっくり入れ換えられたのではないか、とい
うのがセリオの見解であった。
 そのセリオは、今、この部屋にはいない。芹香と、生き残ったもう一人の新兵も同様で
ある。
 芹香をこの船から逃がすために、下部ブロックに送り届けに行ったのである。
 浩之は、部屋に残った。
 怪我は酷くないが、太い血管を掠めたようで出血が多い。床に落ちた血痕を敵に辿られ
るのは厄介であるし、なにより血を止めなければ戦闘もままならない。
 今更さらにチームを分けることに不安がないでもなかったが、それでも浩之は、芹香を
一刻も早く逃がすことを優先させた。
 レミィは浩之の治療を手伝うことを主張したので、結局新兵が持つ無線機をレミィに預
け、セリオと新兵の二人が芹香を護衛して行くことになったのである。
「はい、いいわ」
「……すまねえな」
 消毒液をつけ、テープを巻くだけの簡単な治療を終えて笑顔を見せるレミィに、浩之は
礼を返す。
「でも、血が固まるまでしばらく動かない方がいいわよ。ついでだから、少し休みましょ
う」
 レミィの提案に、浩之は目を丸くさせる。戦闘中、それも敵の腹の中のような場所で”
休もう”と言える彼女の豪胆さに驚き、呆れたのである。
 だが、理には適っている。
 相手の場所が掴めない以上、敵と遭遇する確立は出歩いていようとここにとどまってい
ようとさほど変わりはしまい。
 ならば、傷が塞がるのを待ってからセリオ達や下部ブロックチームに合流するべく動い
たほうが良いように思えた。

 素直に言葉に従って壁に背を預ける浩之に、レミィは満足げに微笑むと、自分もまた彼
の隣に腰を下ろした。
 二人ともに、銃は手に握ったままであるのだが。
「ヒロユキってね。ちょっと私の初恋の人に似てるよ」
「なんだよ、突然?」
「キンダーガーデンの時のことだけどね」
  レミィの言葉に、苦笑する浩之。
  それから二人は、戦闘のことにも関係の無い互いの思い出話で盛り上がった。
「…ねえ、ヒロユキ?」
 レミィがそう切り出したのは、いいかげん益体も無い話題も途絶えたころである。
「ヒロユキも、ウォーマニアなの?」
「あ?」
「ジャパニーズの傭兵には何度か遭ったけど、みんなそうだったわ」
 興味深げに顔を覗きこんでくるレミィに、浩之は眉を顰める。
「なんでそんなこと聞くんだよ?」
「わたしも、そうだから」
 無垢にさえ見える笑顔で、そう言うレミィ。
「小さいころからダディに連れられて、よくハンティングにいったわ。それから、銃を撃
つのが楽しくなって、気がついたらこんな仕事をしてた」
「……」
「ヒロユキは?」
「俺は、戦争マニアでもガンマニアでもねえよ」
 浩之は、低い声で答える。
「俺が、傭兵やってるのは……」






──あの日の雨の音を、覚えている。



 幼い娘を守るような姿で倒れていたという、妻。



──針のように尖った雨粒が、とげのように肌に刺さっていたことも。




 まだ長女が生まれたばかりの夫婦仲は、しかしとっくの昔に冷え切っていた。
 長女が彼女の腹の中にいたころから、すでに半分別居しているような状態だった。
 本当に添い遂げたい相手は、別にいた。
 高校生の時に出会い、それからそいつのためだけに生きてきたようなものだった。
 だが、世間と、そして周囲の人間たちはそれを認めようとはしなかった。
 当時の来栖川エレクトロニクスが、世論という圧力に押されるままに『情動機能は”心”
ではない』との声明を発表したことが、浩之の絶望を決定付けた。
 浩之は、両親の勧めるままに見合いをし、結婚した。
 浩之と、妻と、「彼女」の三人暮らし。新婚生活と世間一般に言われるような時間は、
しかし結局1年と持たなかった。
 別居を決めた時。浩之は、当然「彼女」をつれていくつもりだった。
 だが。


「ごめんなさい、浩之さん……でも、わたしは──」


 彼女は、すでに腹を大きくさせていた妻の元に残ることを択んだ。





”この日のことを、私の一番大事な部分に記憶しておきます。”

 俺は「あの日」のことを忘れ始めている。

──「ロボット狩りですよ。最近多いんです。ロボットの居る家を、襲撃するんですな」

 ただ、憎しみだけが純化していく。

──「まあ、当のロボットがいなくて、奥さんだけがというのは…不運としか言いようが
ないですなあ…」


 ざああ。ざああ。とラジオノイズのような音の

 雨が降る度に、俺の心は黒に染まって行く。





「復讐……いや、ごまかし、かもな。どっちにしろ……そんなようなもんだった、気がす
る」
「気がする…って?」
「目的のために、戦争をやっているつもりだった。今は、正直、わからねえ。仕事だから、
銃を撃ってる。目的のことなんか忘れて、今目の前の作戦を終わらせることだけを考える
ことが多くなった」
「……わかるよ」

 レミィは、顔を俯かせる。

「わかるよ。人間って、堕落していくもの。手段だったはずのものが、いつのまにか目的
になっていっちゃう」
 そして、レミィは初めて見せる表情をした。
「わたしも……もう、疲れちゃったかもしれない」
  一瞬浮かんだ、自嘲するような笑みは、しかし浩之にその視線が向けられるころには、
もういつもの明るいものに戻っていた。




 正直、悲しくは無かった。愛していたわけでもなかったから。
 ただ、どこにも持っていきようのない罪悪感だけが、胸にあった。

──ごめんなさい…ごめんなさあい…っ!ご主人様……浩之さぁん……

 『ロボット狩り』の意味を彼女が理解したとき、彼女は「ごめんなさい」と言いつづけ
泣きつづけた。

 俺は。

 俺は、お前のせいじゃない、と、あいつに言ってやることが出来なかった。


 最後まで。






 1週間ほど後、彼女は「壊れた」。
 なんのことはない、買い物の途中での、普通の交通事故で。

 その日も──

──雨が、降っていた。



                    *



 芹香嬢を送り届け、ボートで船から離れる姿を確認したセリオは、傭兵二名とともに中
部ブロックに戻るべく進んでいた。
 新兵は、下部ブロックのチームに合流。代わりに傭兵二人を加え、浩之らと合流するこ
とになったのである。
 屈強な男二人と肩を並べ歩くセリオのセンサーに、そのとき、かちり、という小さく冷
たい音がとどいた。
「──!?伏せ…!」
 セリオが言い終わらぬうちに、唸るような機械音と破裂音とともに、傭兵の一人が背中
を赤く染めて倒れ伏す。
 セリオも、そしてもう一人の傭兵も、仲間の身を支えるよりも己の身の安全をとった。
それぞれとっさに、手近の室内に飛びこんだのである。セリオが右に。傭兵が、左の部屋
に。
「四名」
 部屋に飛びこむ前にとっさにカメラの視界の隅に捉えた敵の姿を、情報として反復する
セリオ。
 先頭の一人は、ウェーブの入ったブラウンのロングヘア──体型から女性と推定。
 使用武器──珍しい、直線的なフォルムのSMG。
 肩に手をやり、情動機能の命じるままに顔をしかめつつ指先を動かす。
 程なくして、セリオの掌に、先ほどまで彼女の背中に食い込んでいた銃弾が赤い液体を
まとわせて現れる。
 情動機能をもつアンドロイドの循環液は、赤い。これは、顔を赤らめる、などという反
応動作も機能のうちにあるからである。
 セリオは、その銃弾から銃器の特定を行う。
 ライフル弾タイプの、長い弾。92%の確立で、ベルギー、ファブリック・ナショナー
ル社製PDW(パーソナル・ディフェンス・ウエポン)、FN・P90。
 PDWとは、FN社特有の呼び方であるが、実質サブマシンガンと同義と考えて良いだ
ろう。新鋭に属する銃であり、各国の特殊部隊などに用いられている。無論、下部ブロッ
クのテロリストが使用していたVz61などより、ずっと高くつく。
 他のテロリスト達より、遥かに恵まれた武装をしている。テロリスト達の中心メンバー
と考えて、相違あるまい。
 セリオが、そこまで情報整理を終えたとき──
 彼女のいる部屋──空き倉庫であるらしい──のドアが、こつ、こつ、とノックされる。
 続いて、荒々しい金属音とともにドアノブが破裂した。
「ノックは、したわよ」
 ドアが開いて、姿を現したのは、果たして先ほどの女テロリストの姿であった。
 若い。
 まだ十代であるのは、間違いのないところである。
「……ロボットか。あんたが”心持ち”かどうか知らないけど、とりあえず壊してやるわ」
 そういって、セリオに右手のFN57ハンドガンを向ける。P90と弾丸の互換性を持
つために、併せて使用されることが多い銃だ。
 女テロリストの落ち着きぶりとは対照的に、セリオは目を見開いて相手の顔を見ていた。
 恐怖ではない。
「──エリスお嬢さま」
「……え?」
 女テロリストの顔に、疑問が浮かび、やがてそれは皮肉げな笑みに変わる。
「……そう。あんた、あのセリオなの。パパに死なれて、転職先が人殺しってわけ?」
 テロリストに攫われたはずの、主人の娘。セリオがずっと探していた人物。
 その相手の言葉に、今度はセリオが疑問を浮かべる番だった。
「なぜ、ご主人様の死をご存知なのです」
 すでにセリオのAIは不快な推論を導き出していたが、あえて、セリオは問うた。
「決まってるじゃない」
 まだ幼さを残す顔に、蛇のような狡猾な嘲笑が浮く。
「あの時、チームを手引きしたのが、あたしだからよ」


                    *


 セリオが下で二年来の再会を遂げていたその同じとき、浩之とレミィもまた、テロリス
ト達と対峙していた。
 開きっぱなしにしたドアから、突然乱入してこようとしたテロリストたちを、浩之とレ
ミィは慌てることもなく、ベレッタで一人づつ仕留めていた。
「大勢でかっこよく包囲でもしようと思ったかい。ひとりづつ入ってくるのをおとなしく
待ってるノロマなんざあ、映画の主人公くらいのものだぜ」
 見下したような笑みを浮かべる、浩之。
「その通りだが、君如き国家の犬に言われたくはないな。これだから、様式美というもの
を理解しない輩は困る」
「──!」
 耳障りに高めの、しかし落ち着き払った声。
 おそらく、彼等の中で一番高い位置に属するのであろう男が、浩之達の前に進み出る。
 浩之もレミィも、今度はその男を、撃つことが出来なかった。
 男が、別のテロリストが拘束している人物に銃を向けていたからだ。
 その人物は、浩之も覚えている。資料に、人質の中でも特別重要人物の一人として記さ
れていた女性だ。来栖川グループ総帥の夫人。芹香と綾香の母親である。
  猿轡を噛まされ、後ろ手に縛られてはいるが、毅然として知性をたたえた瞳はとりあえ
ず彼女の無事を示している。
「さて。これも様式的だが、銃を捨ててもらおうか、黄色い兵士君?」
「お断りだ」
「人質が見えないのか」
「人質を撃った瞬間に、俺もお前を撃つ」
「……困ったね」
 本当に困ったような顔をする、男。残り二人のテロリスト達の様子からみて、この男こ
そがリーダー格の人物なのであろう。
「では、話でもしようか。本当は、政府に私の言葉を全国放送するよう依頼したのだが、
無視されてしまったようなのでね」


                    *


「『あの人』が、お金が必要だったのよ。人間の、誤った行動を正すためにね」
 エリスは、呆然とした表情のセリオに、当然ながら気遣う様子もなく話を続ける。
「人間以外のモノに、人間が心を与えるなんていう冒涜をね」
「……お嬢さま」
「でも、あの国では女に遺産の相続は認められていない。お兄様もいたし、だいいちパパ
もまだ死ぬような歳じゃない。……だったら、取れるだけのものを奪っていくしかないで
しょ?」


                    *


「ロボット狩りか」
 浩之の瞳の奥にぽっと黒い炎が宿るのを、テロのリーダーである男は気付いたのか、ど
うか。
「その言われ方は好きではないね。別に我々は、ロボットの存在自体を認めていないわけ
ではない。ただ、AIに心を与えるのをやめろと言っている。そのために、クルスガワの
方たちにご同席願ったのだから」
「この国を狙ったわけじゃないのか」
「たまたまこの『オリアナ』が、ここに停泊したに過ぎない。どの国でもいいのさ。世界
のクルスガワとなれば、世界中のマスコミはこぞって取材にくる。この国の政府への発言
は、そのまま世界発信ということになる。当初の予定では、このままこの船で世界中を周
って、我々の主張を訴えていくつもりだったのだがね」
「あれは心じゃない、と、そっちの人の会社も言ってるだろう?」
「嬉しい時に笑い、悲しい時に泣く。我々の言う”心”の定義は、その程度のものだ。ま
た、それ以上の定義が必要あるかね?『心に見えるもの』の本質の実在を疑うのであれば、
もともと人間は自分自身のもの以外の全ての心の存在を証明できはしない。心の定義自体
が、そもそも定まっていないのだから。それから先は、哲学者の領域だよ」
「……」
 皮肉なことに。
 ロボットの心の否定者こそが、もっともロボットの心の存在を認めている。造物主から
も放棄されてしまった、心の証明。
「言い換えようか。人には人の心。猫には猫なりの感情の在りようがあるように、ロボッ
トはロボットとして在れば良いのではないかね?人でないものに人とおなじ思考を与えて
しまうのは、『彼女ら』にとっても不幸なことではないか?」


                                        *


「……あんたのように、ね」
「わたしは不幸とは考えていません」
  厳しい目で、かつて仕えた者の娘の視線を返すセリオ。
「理解出来ない、の間違いじゃないの?」
「……」
「人間が信用できず、家族すら怖くてしかたなかったパパが、絶対に裏切らないあんたに
縋るのも当然の結果よね。汚いオジサンのお人形趣味に付き合わされて、あんたも可哀相
なこと」


                                        *


「てめえの考えが、万人に受け入れられるとも思えねえがな」
  我ながら陳腐な回答だ、と思いながらも、浩之は返さずにはいられない。
「理想とは、信じてもらうものではないよ。こうして銃を突き付けて、押しつけるものだ」
  互いに銃を突き合わせながらの非友好的な会話に沿いすぎる言葉を吐く、リーダーの男。
「その相手が、丸腰の女でもか」
「手段は問わないよ。凝り固まってしまったこの世界を変革するには、何事に付けても破
壊は必要だ」
「その破壊と理想とやらで、儲かる奴はどこのどいつなんだろうな」
「……手段は、問わない。同じ事を言わせないでくれたまえ」
  その時、浩之達にP40の銃口を向けて牽制していたテロリストがリーダーに近づき、
何事か耳打ちする。眉をひそめて、肯くリーダー。
「ゆっくりしすぎたようだ。済まないが、ここは退散させてもらう。無論、発砲も追跡も
控えてもらおうか。先程の君の台詞をそのまま返すことになるが、君らが撃てば私たちも
生き残りの誰かが、人質を殺す」
  浩之達を牽制しながら、すこしずつ後退していくテロリスト達。
「残念ながら、こちらも人手を失いすぎた。今回の交渉は失敗ということだが、話し合い
のルールを破った報いは相応に受けてもらうよ。こちらとしては、人質は今確保している
だけいれば十分だ」


                                        *


「おしゃべりは、もういいでしょ?全ての無機物から、心の尊厳を奪い返すのがあたした
ちの目的。あんたももちろん、例外じゃないわ。……さよなら、セリオ。あんたは嫌いだ
ったけど、せめて天国にいけるといいわね、くらいには思うわ」
  言ってから、エリスは可笑しそうに唇を歪める。
「ああ。そもそもロボットのための天国なんて、用意されてるのかしら?逝って神様に聞
いてきてよ。後からいっぱい送られてくる、あんたたちの同類のためにね」
  セリオに向けられる、P40の銃口。
  その線上に──セリオの、MP5の銃口が向き合っていた。
「……何のつもり」
  エリスの顔に、苦々しさに焦りをブレンドさせた表情が滲む。
「あんたの殺人許可は、主人の娘まで含まれてるわけ?」
「私の殺人許可は、今回テロリスト全員に出されています。あなたも含めた。ですが、命
令実行の優先順位としてはご主人様の最後のお言いつけである、あなたを無事に助け出す
こと、が現在も上位にあります」
「なら、あんたはあたしを殺せないってことね。大人しく、壊されなさいよ」
「……拒否します。現在、”反射的情動”のパイプラインを用いて情動機能からのアクセ
スを全ての命令実行に優先させておりますので、わたしはわたしの欲するままにあなたを
殺すことが可能です」
「……狂ったのね、あんた」
  優しげにも感じる目と声とで言う、エリス。
「狂える事こそ本当の心の証明だと、あの人も言ってたわ。……おめでとう、セリオ」


「──そして、さよならクソ人形!ネジとシリコンぶちまけて、元の屑鉄に戻んなよっっ!」


                                        *


「……終わった、のかな?」
「人質はとられたまま。それに、さっきの捨て台詞も気になる。すっきりしねえがな……
こっちの戦力も、少なすぎる。奴等が確保している人質が1人だとすれば、残りの人質を
さがすのが最優先だ。奴等の事は、海上の人間に任せるしかねえな」
  緊張の抜けた顔を向き合わせる、浩之とレミィ。
「じゃ…とりあえず、もう死ぬ心配はしなくてよさそうね」
「お前はな」
「え?」
「レミィは、人質を探してくれ。セリオや他の奴等も探して、協力させろ。俺は奴等を追
う」
「でも……」
「ここから先は、仕事抜きだ。ロボット狩りは、全員殺す。そのために、傭兵になった。
もともとな」
「……わけありなのね」
「ああ」
「それじゃあ、行く前に、ちょっとだけわたしに付き合ってもらえる?すぐ終わるから。
わたしも……あんまり気乗りしないけど、わたしのお仕事を片づけないと」
「何?」
  レミィは、放置されたテロリストの死体に近づいていくと、その手に握られたP40を
引き剥がす。
「いい銃よね」
「よせよ、趣味悪ぃ……弾切れしたわけじゃねえだろ」
「もちろん。でも、これが必要だったの。軍からもらった銃じゃ、ばれちゃうでしょ?」
  拾い上げたP40の残弾を確認すると──レミィはその銃口をそのまま、浩之に向けた。

「ごめんね、ヒロユキ。わたしの本当の専門は、こっちなの」


                                        *


「……そういう事か」
  浩之の「そういう事」とは、レミィが初めに浩之と接触してきたこと、そのままなし崩
し的に同じチームになったことを指している。
  苦笑いする浩之の右手のM870も、左手のベレッタも、動かない。
  レミィのP40も、まだ弾雨を吐き出すことはない。
  静止して見える空間の中で、互いの視線は一瞬毎に牽制の刃を撃合わせている。
「例えばね。お金持ちでインテリのお坊ちゃんが、思想にかぶれたりして、テロに参加す
る」
  喋りながらも、レミィの瞳は瞬きもせずに浩之の全身を視界に収めている。浩之に隙が
出来るなら、話の途中だろうと遠慮なくトリガーを引いてくるのは間違いない。
「テロリストは、大方そういうの、歓迎するわ。もちろん戦力としてではなくて、その資
金力を目当てにね。で、お金を取れるだけ取って、そろそろ邪魔だと思えば武器をやって
戦闘に出すの。そうすれば、大抵死んでくれるから。テロリストの方はそれでいいとして、
問題はお坊ちゃんの家族の方ね。いくら馬鹿息子といっても死ねば悲しいし、お金があれ
ばそれを使って仇を討とうと考える。たとえ逆恨みでもね。そこで、わたしたちみたいな
のが雇われる」
「俺だと特定できたわけは?」
「ネット登録して、政府側についてやった戦闘なら、大抵記録が残ってるものよ。わたし
が調べたわけじゃないけどね」
「その作戦に雇われた傭兵、全員を標的にするってことか」
「多分ね。わたしが頼まれたのは、あなたのことだけだけど」
 レミィの回答に、舌打ちする浩之。それが無分別な復讐に対するものなのか、他の理由
によるものなのか、レミィには知りようもなかったが。
「他に質問は?なければ、そろそろ終わらせましょうか」
 真顔になって銃口を1cm、上げるレミィ。
「さよなら、ヒロユキ。あなたのこと、結構、好きだったわ」


                    *


 甲高く耳障りな音を立てて、一丁のSMGが床を滑ってゆく。
 数瞬の攻防。閃光と、炸裂音の後に──
 セリオは、かつての主人の娘を眼下に置き、銃口を突きつけていた。
「……優れた兵士の判断と反応速度は、現状の最新のマイクロチップの計算能力を大幅に
凌駕します。つまりこの結果は、あなたが兵士としてそれほど優れた技術を有してはいな
い、という事実を示していることになりますが」
「……っ!」
 セリオの方にそのつもりがあるのかどうかは別として、普通に聞けばあからさまな侮蔑
である台詞に、顔色を変えるエリス。
「今度は、こちらから言わせていただきます。さようなら、お嬢様」
「ひっ──」


 連続した、銃声。

 がしゃり、と重いものが床を叩く音。


「何をしている、エリス」
「リーダー……助かりました」
 安堵の息で立ちあがり、それから床に立ったままのセリオの両脚を忌々しげに蹴り転が
す、エリス。
「急げ。爆発まであと三分少々だ。機関室に近いこのあたりなど、跡形なく消し飛ぶぞ」
「爆弾を?人質達は?」
「クルスガワの二人を連れて行く。あとは船室に放置だ」
「始末しないの?」
「わかっていないね、エリス。我々が直接人質に手を出したなら、その瞬間我々は世界を
敵に回す。だが救助が間に合わずに溺死したなら、それは軍の失敗だ。非難は政府に集ま
る」
「なるほど……」
「納得したのであれば、銃を拾って早く退室したまえ」
「はい」
 見まわすと、彼女の銃は部屋の隅にまで転がっていた。すぐ隣には、先ほど腰の部分か
ら吹き飛ばされた、セリオの上半身が転がっている。すでに機能停止しているのか、ぴく
りとも動かない。
「ふん……」
 先ほどの気がまだ収まらぬエリスは、動かぬセリオの半身に狙いを定めた。
「何をやっている、遊んでいる暇はないぞ!」
「すぐ済むわ」
 エリスが、背中の声に応えたその時。
 うつ伏せていたセリオの半身が、突然、裏返ってこちらを向いた。
 その手には、小ぶりのハンドガンが握られていた。
「──っ!?」
 驚きに、エリスの反応が遅れた。
 セリオの銃撃の1発目は正確にエリスのP40を弾き飛ばし、2発目は彼女の太腿を撃
ちぬく。
「あっ!?」
 痛みに力が抜けて、その場に崩れるエリス。その足首を、ハンドガンを投げ捨てたセリ
オの右手がしっかりと握った。左手は、壁を這うパイプを握っている。

「ご主人様がお待ちです。私がご案内いたしますので、一緒にご主人様の元へ参りましょ
う、お嬢様」
 赤い循環液にまみれたセリオの顔が、凄絶な微笑を浮かべていた。

「リ……リーダーっ!!」
 助けを求めるエリスの視線を、リーダーの瞳が冷たく反射する。
「すまないが、エリス。時間切れだ。ここで君を助けている間は無い。自力での脱出を望
む。」
「そ、そんなっ!リーダーっ!アレクっ!?」
 リーダーのファーストネームらしきものを叫ぶ、エリス。
「幸運を、エリス」
 部下とともに身を翻す、アレク。
「ま…待って!冗談でしょう!?アレクっ!──くそ、離せ!離しなさい、セリオ!」
 自分の足首を握るセリオのボディを、ひたすら蹴り飛ばすエリス。だがセリオの指は万
力のように彼女の足首を締め上げて、まるで緩む気配を見せなかった。
「ご主人様は家族を信用されてなかったと、あなたはおっしゃった。それでも、あなたの
事だけは愛していらっしゃったとわたしは認知しておりました。そのご主人様の愛情を、
なぜあなたはお受けにならないのです?」
「知るかっ!何が愛だ、この人形!」
「愛とは最も大事なものなのだと、私は教わりました。だから、私は愛について積極的に
学習いたしました。この場ではこうするのが、私のご主人様に対する愛を表現する最も適
当な行動であると判断します」
「離せ!命令よ、離しなさい!──クソロボットっ、離せえ!」
「これで、私の『愛』の全てのプロセスは完了いたします」


「19,262時間ぶりの歓喜です、お嬢様」


 セリオの淡々とした声の尾と、その薄い微笑みと、そして二人の姿とを、その時炎と爆
音とが同時に包みこんだ。



                    *


「──!?」
 突如の床の鳴動。爆発音。
 気をとられ、バランスを崩したのは浩之もレミィも同様だったが、いち早くそこから回
復したのは浩之のほうだった。
 浩之の右足が高々と蹴り上げられ、レミィの手の中のP40が宙に舞う。
「!」
 慌てて、腰のベレッタに手を伸ばすレミィ。
 浩之もまた、足を下ろすと同時に右手のM870を相手に向ける。

 浩之の視線は、それこそロボットのそれのように、冷たくレミィを射抜いていた。
 その浩之の視界のなかで、焦りに青ざめていたレミィの表情が──ふと、緩んだ。

 腰のベレッタに伸ばされた手は途中で止められ、代わりに浩之を迎え入れるかのように
広げられる。瞼は閉じられ、表情には何かから解放されるかのような笑みまでが浮いてい
た。
 その表情が、浩之の記憶から、先ほどのレミィの言葉を掘り起こす。



 わたしも……もう、疲れちゃったかもしれない



 浩之の、指が──

 引き鉄を、引いた。






     "too hard" chapter-3:End





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このSSは、AIAUSさんと私とが交互に話を進める共作です。
1話目をわたしが。二話目をAIAUSさんが、すでにこちらに投稿しています。
今回3話目をお届けし、次のAIAUSさんの四話目が最終回(予定)です。