実録ドキュメント・メイドロボを生んだ男達 わたしたち、開発者全員の夢と希望を背負ったHM−12プロジェクト。 しかしそれは結局、私達の思う形で世に出ることはなかった。 それでも、私達の目指したものを、理想を、忘れずにおくために。 ──ここで、その数々の思い出を振り返っておくことも、あながち無駄ではないと思う。 ×月○日。 その日、私達の担当するHM第七研究室HM−12プロジェクトは、重大な局面を迎え ていた。 「ばかな!」 研究員のひとりである、小林君が怒声を発する。 日頃穏やかな彼が声を荒げずにはおれないほどに、それは私達にとっては受け入れがた い事実であった。 「──われめを、いれるなだと!?それでは、HM−12の…マルチの重要なコンセプト を失うことになる!」 そう。 HM−12プロジェクトの方向性を決めるに当たって、我々が目指した基本的コンセプ トである萌え少女。という設計思想に、キュートな筋彫りは必要不可欠の事項である。 わたしは黙って渉外担当である営業の田辺君の話を聞いていたが、その思いは、周りの 憤慨する研究員たちと同じものだった。 「婦人団体からの…要望だそうです」 辛そうに目を伏せる、田辺君。 営業や渉外担当とはいえ、彼もまたこのプロジェクトに初期から関わる一員である。辛 い気持ちは同じなのだ。 「毛で…ヘアで隠すのであれば、われめも容認すると…」 「馬鹿な…それこそ、やつらの思うツボだ。それを受け入れてしまえば、HM−12プロ ジェクトはほぼ白紙に戻ることになる」 「畜生!」 プログラマーの山本君が、机に拳を叩きつけた。 その瞳には、涙が、浮いていた。 「やつらは…やつらは、なにもわかっちゃいないんだ!メイドロボ開発のなんたるかを… なにも!」 「そうだ!大体、すでに仕様は提出してあるのに、なぜ今更!」 「素人に、技術の何がわかるっていうんだ!」 山本君の言葉に、いくつかの同調の声が上がる。 「お…」 騒ぎになるといけない。わたしが、彼らにたしなめの言葉をかけようとした、その時だ った。 「おちつけ、山本の」 「──!?」 硬い足音とともに、そこに一人の人物が現れた。 その声には、長い人生を背負った思い響きが感じられた。 「ああっ、あなたは!」 ラフなジーンズ履きに、チェック柄のシャツ。そして、頭にバンダナ。 齢67にして、ばりばりのオタクファッション。 彼こそは、ベテラン造形師の長内氏である。 造形師とは、メイドロボ開発において人型であるボディの型を作成する役割を担った人 物である。 彼は、そっちの世界では神の指と恐れられている男であった。それを、わたしが無理を いってこのHM−12プロジェクトにひっぱってきたのだ。 ありていにいえば、私は彼の腕に惚れ込んだのである。 ○NEフェス(←伏せ字)で、客を呼び込もうとすらせず、無愛想な顔を俯かせてただ じっとパイプ椅子に座っていた一人の男。その彼の前の机に置かれた、一体のRAMちゃ ん。 モチーフは、確かに古い。激古。ファンには申し訳ないが、やはり今はRAYアースだ と思う。 しかし、その出来。今にも動き出しそうな躍動感。アピール充分なポーズ選択。どの角 度からみてもまるで歪みのない、計算し尽くされた立体。まさに完璧と言えた。 そしてなにより──私は、聞いたのだ。いや。それを聞いたのは、ひょっとすると私の 魂そのものだったのかもしれない。 そのRAMちゃんフィギュアを目にした瞬間に──彼女の声が、私には聞こえたのだ。 「だーりーん」 だーりーん だーりーん りーん りーん (エコー) それは、あまりに生命力に満ちたその作品に、私の魂が同調して起こした、ひとつの奇 跡であったのか。 気がつくと、私は彼の手をとっていた。 「俺と一緒に、世界を目指さないか」 彼、長内氏が腹話術の特技をもっていると知ったのは、それから3週間後のことである。 (そういや、なんかヤケにしわがれたRAMちゃんだなとは思ったんだよなあ…) それから彼とは、話したり話されたり、時々酒を飲んでは奢ったり奢られたりと、そん な仲だ。つまり普通。 閑話休題。 彼は、いつもの不敵な笑みを山本に向けると、こう言った。 「俺の師匠がな、昔こう言ってたぜ…『スタンドはスタンドでしか倒せない』」 「──!」 長内氏の言葉に、研究所内に緊張した沈黙が訪れる。 「わかるか?」 わからん。 「ところで、房江さん。メシはまだかい?」 「泊君、病院に連絡を。いつもの発作だと」 「はいはい」 3人がかりで長内氏に拘束衣を着せ、別室に待機してもらったあと、私は定刻通り会議 へと向かった。 いや、会議なんていいものではない。会議という名の、弾劾裁判の場に過ぎない。無論、 被告はこの私だ。 「君の進めているHM−12プロジェクト。いささか、独断が過ぎやせんかね」 何故かまっくらにされた部屋で、ディスプレイを兼ねたテーブルからの明かりが不気味 に出席者の顔だけを照らす中、営業部長が第一声を発する。 「要求スペックさえクリアすれば、あとは技術部の裁量に任されてもらっているはずです」 眼鏡の位置を直しつつ、わたしは務めて冷静に応える。 「しかし、このプロジェクトにかけている予算、わかっているのかね?」 「聞けば、パーツ代として出された領収書、店名が『ランパブ蘭ちゃん』であったという ではないか。そのようないかがわしい名前の店で、一体何のパーツを?」 「すべて必要不可欠な部品です。お疑いなら、資料を調べてくだされば」 「ふざけるな!情報操作は君の十八番ではないかね」 「あいつぐ予算追加申請。協力会社がひとつ潰れるよ」 協力会社に押し付ける気らしい。 「いずれにせよ、予算については一考しよう。それより、君の提出したHM−12のスペ ックには、多くの疑問が出されている」 「そうだ!そもそも、80以下のバストが女と言えるのかね!?」 「やはり女性型というからには、出るところは出ていなくては。そこをいくと、私の妻な どは100cmを超えておりますからなあ」 「君の奥方は、ウエストも100cmを超えているではないかね」 「なにを!?薫ちゃんの悪口を言うというなら、いくら君だとて許さんぞ!?」 案の定というか、会議は荒れた。 荒れた会議につきもののことだが、結局なにひとつ結論は出されぬままに終わった。 私にとっては、都合がいい結果だ。 筋彫りの件は、とりあえずごまかして通してしまおう。彼らのいうとおり、情報操作は お手のものだ。 ──こんな一件も、障害の多かったHM−12プロジェクトのなかでは、よくあるエピソ ードのうちのひとつに過ぎないことだ。 個人的に、一番辛かった時期をあげろと言われれば、ひとつは七研の分裂騒動のときで あろう。 「長瀬主任。HM−12の仕様の、大幅な改定──いえ、改善を提案します」 そう言って、開発副主任である倉岡君が提出した資料は、HM−12の設計思想を根底 から否定し、描きなおしたものであった。 「おいおい!なんだよこれは!」 熱血漢の山本君が、それを横から覗いて憤りの声を上げる。わたしにとっても、その内 容は見過ごすことの出来ないものだった。彼の修正案の示すものは、明白だった。 「この設計からいくと、計算上バストサイズは少なく見積もってもC。…下手をすればD、 いくことになる。倉岡君──本気かい?」 「長瀬主任──あなたは間違っている」 「倉岡!裏切るのか!?」 いきり立つ山本君を、わたしは無言で制した。 倉岡良樹。まだ20代の若手ながら、東大にて博士号を取得後、特別待遇で来栖川に引 きぬかれる。ロボット工学の風雲児と呼ばれる男である。 であればこそ、この若さで副主任という地位にいるのだが、そればかりではない。実力 のほうも、経歴を裏切ることのない、確かなものであった。 「あなたがたは、メイドロボという存在を考える上でひとつ、とても大きなことを忘れて しまっている…」 「なんだ…ね」 「B≒W≒Hにして、AAAカップの胸部…これでは設計上、どうあっても……はさむこ とが、出来ないんですよ…」 「────!!」 倉岡君の鋭い指摘に、研究室内に驚愕が走った。 「本当…なんですか…長瀬主任」 ハードウェア担当主任の高橋が、緊張した顔を向けてくる。 「長瀬主任!」 「……」 私が返した返事は、ただ、無言だった。 そう。 わたしもまた、恥ずかしながら同じく天才と呼ばれた男である。無論、倉岡君の指摘す るこのリスクにも気付いていた。気付いていて、しかしそれ以上に利点のために、あえて そのリスクを負う気でいたのだ。 「昨晩、僕のコンピューターがこの計算結果を弾き出した時には、正直愕然としましたよ。 ──長瀬主任、あなたは気付いておられたんでしょう。しかし僕には、メイドロボ本来の 機能を失ってまでのこの計画が、正しいものとは思えない!」 銀縁の眼鏡をかけた理知的なその表情は、無表情にも感じられる。 だが、彼もまた、ロボット開発にかける熱い情熱は私たちとなんら変わることは無い。 それがゆえのすれ違い。 「あなたに、このプランが受け入れられないだろうことは、予想していましたよ」 わたしの返した資料を丸めながら、倉岡君は言う。 「ですが、実はすでに、会社にはこのプランを進める許可を貰ってあるんです。僕は、本 日からそちらの開発に移らせてもらうことになる。そして、僕の賛同者もね」 その言葉を皮切に、倉岡君のもとにに、幾人かの研究員達が集まる。 「すみません…長瀬主任」 すまなそうに頭をさげて、彼らは去ってゆく。すでに、なんらかの話が通してあったの だろう。 「残念ですよ…長瀬主任」 最後に…背を向けたままの、倉岡君が残った。 「わたしは、あなたを尊敬していた。あなたの論文、『メイドロボとフリル付エプロンと の相関における物理学的な諸現象について』──まだ一学生であったころに、わたしはこ れを読んで、ロボット工学を志しました。…しかし…天才とは、並び立たないものなのか もしれませんね…」 こうして、倉岡君主体のもとで始まったのがHM−13の開発経緯である。この事実を 知る者は、来栖川内部でもあまり多くはないだろう。 HM−12の基本コンセプトである萌え少女。に対し、倉岡君が打ち出したHM−13 のコンセプトはお姉さんが教えてあげる。だった。 さらに、──はじめは無感情だったキミが、少しずつ、僕だけに心を開いてくれる。そ のことが、……僕には、嬉しかった。という、まだ当時マサチューセッツで実験段階であ った機能を加味するという、挑戦的な試みも成されていた。 あと、おまけで衛星通信とか。 「彼なら…やるかもな」 「長瀬主任…」 「…なんて顔をしているんだい、高橋君。私達は、私達の信じる道を行くだけさ…そうだ ろう?」 「いやその…自分も、あっちいっていいすか?」 「……」 「……」 「…えいっ(スタンガン)」 「はぐっ」 気絶した高橋君を優しく抱きとめて、私は隣の部下へ言った。 「やれやれ、疲れていたんだな…彼を例の医務室へ」 「はっ」 結局、残ったのは開発初期からのメンバーだけだった。 だが逆に、初期メンバーがこうして、自分自身の意思で全員残ってくれたのは幸いと言 える。 彼らこそがこのHMX−12プロジェクトの、全てを知る人間たちであるからだ。 最低限彼らがいれば、プロジェクトは続けていくことが出来るのだ。 「高橋君、ここの設計だけど…」 「ロリロリショージョ、バンザーイ」 「…ええと…」 「カボチャパンツサイコー。クツシタダケハヌガサズニー」 「……」 ちょっとした医療ミスで、高橋君の復帰が一ヶ月遅れたのは計算外のことだった。