実録ドキュメント・メイドロボを生んだ男達(後) 投稿者:DEEPBLUE 投稿日:5月31日(水)08時31分
 もうひとつの辛かったこととは、やはり、彼との…親友との別れである。
 奴とは同期であり、辛いときには互いを励ましあう仲間であり、また互いの才能に刺激
され互いを高めあうことのできる、好敵手でもあった。
 彼──加島とは、そういう意味で友人以上の仲であった。
「長瀬。俺な…会社を、辞めることにしたよ…」
「なんだよ、急に…お前さんがいなくなったら、8研はどうなる」
「あいつらなら…大丈夫だ。俺の育て上げたやつらさ。…大丈夫」
「なあ…なにがあった?」
 彼のコップにビールを注ぎながら、わたしは彼の言葉を促した。
「水臭いじゃないか、相談も無しに。せめて、わけくらい話してくれてもいいだろう?私
達は親友、別の言葉で言えば友達以上恋人未満とも言える仲じゃないか」
「別の言葉はいらんが、そうだな。おまえさんにだけは、話しておくか…」
 そう言って、彼は一気に杯を干した。
「といってもまあ、別に大したこっちゃない。俺が、労組に所属してたのは知ってるな?」
「ああ」
 そう。
 彼は昔から、反骨心溢れる漢だった。
 聞けば学生時代は、白ヘルで溢れる大学構内を赤ヘル被ってスーパーカブで爆走してい
たそうだ。
 特に何の意味も見出せない行為であるが、反骨心だけはとりあえず感じられる微笑まし
いエピソードだと思う。
「組合で活発な運動をしている俺に、会社の役員会から呼び出しがあったんだよ。話があ
るとさ。…フフ、なんだと思う?笑っちまうぜ!」
 苦々しげな表情で、叩き割らんばかりにコップをテーブルに叩きつける加島。
「奴等は、俺に昇進をエサに、組合を降りるようにいってきたんだ。要するに、金をちら
つかせて、身内を裏切れとさ」
「……」
「……そりゃあな。俺だって、金は欲しいさ。だから俺は、奴等にこう言ってやったんだ。
ガツンとな──」



『そりゃいいですけど、組合のほうには内密にお願いしますよ?マジやばいんすから、あ
いつら』



「──しかし、蓋を開けてみれば、それは組合の差し金だったのさ。やつらは、これを機
会に内部の不穏分子を一掃したかったんだ…汚えヤツラさ…」

 かっこわるう。

 そう思わないでもなかったが、口に出すのは死人に鞭打つようなので言わないでおいて
やった。
「結局、俺は孤高の狼になっちまった…」
「ワナにひっかかったの、キミひとりだったんだね」
「軽いオフィス・ラヴにも、昨日清算をつけてきたよ…ずいぶんと、泣かれてね…」
「キミんところには、女性は清掃のおばちゃんだけじゃなかったっけ」
 まあ、うちも似たようなものだけれども。
「なあ──覚えているか、長瀬。入社したてのころ。夢に満ち溢れていた、あの頃を…」
「ああ…」


 会議を忘れて定時速攻で帰り、電話で呼び出しを受けたこと──

 新入社員歓迎会で張り切りすぎ、日本酒一気5連を成し遂げた直後、運ばれてきたばか
りのカキ鍋をある意味早めのおじやにしてしまったこと──

 しかも、カレー味だったこと──

 TVの放映でブルース・リーにはまり、手製のヌンチャクで練習。研究所の皆にそのテ
クを披露していたところ、たまたま視察に来ていた社長と目が合いとても気まずかったこ
と──(のち、減棒)

 仕事中にインターネットでアダルトサイトを覗いていたら後ろで咳払いが聞こえ、ふり
かえるとまたも社長と、さらにとても気まずげな顔をした外部のお客さんが並んで見てい
たこと──(のち、減棒)

 しかも、そのHPが海外ロリコンサイトだったこと──

 その上、あろうことか画像ダウンロード中だったこと──(のち、来栖川グループ全社
員ウェブアクセス制限)

 新機軸の電子レンジの開発で、『ネコを乾かしても死なせない電子レンジ』の研究に研
究予算全額を使ってしまったこと──(のち、ボーナスカット。しかも開発失敗)


 どれもこれも──特に夢には関係ないが──懐かしい思い出ばかりだ。(上記のエピソ
ードは全てフィクションであり、いかなる実在の個人・団体・事件とも関係ありません)
「ああ…懐かしいな」
「ネコ達には…可哀想なことをしたけどな…」
「それはもう言うな。仕方なかったのさ…どのへんが仕方なかったのかはともかく」
 これからどうするのか、と訊くと、しばらく郷里に帰って畑を耕すと言う。
「そうか。農家だったな、君の実家は」
「ああ…しがないハエトリソウ園を営んでいる。ウツボカズラとかも、ちょっとやってる
けどな」
 旬のときには、送るよ。そういう彼の表情は、さりげないハエトリソウへの愛情に満ち
ていた。意外に、そんな人生も彼に合っているのかもしれない。

 彼とはその日別れ、そして現在いまだ再会には至っていない。



 わたしは、メイドロボの衣装を作る協力会社に、打ち合わせに来ていた。HMX──試
作型のマルチのための、衣装を必要としたからだ。
 会社、といっても、実質職人気質の社長が一人で切り盛りしているところだ。
 彼とは、同じ技術の分野を担う者同士ということもあってか、なにかと気が合いこうし
てわたしが直接仕事の依頼にくることも珍しくなくなっていた。
「ふむ──メイド服、オーバーニーソックス、体操服上下(下ブルマ)、スポーツソック
ス、園児服(黄色帽、名札付き)、吊りスカート、三つ折ソックス、ランドセル──相変
わらず、隙のねえラインナップだな。お前さんの、技術者としての目の確かさがよくわか
る」
「恐縮です」
「ランドセルには──」
「ええ。もちろん、リコーダーを。給食袋もあると、なお良いのですが…」
「わかってるさ。俺もプロだぜ…そのへん、抜かりはねえ」
 一流のプロ同士の、熱くも心地よい技術論を交えた打ち合わせ。わたしの、愛する時間
のひとつだ。
 資料に目を通していた彼が、ふと、太い眉をひそめる。
「──胸が、無いようだが…」
「メイドロボに、胸など必要ありませんよ。胸などなくても、マルチはその性能の100
%を発揮できます。お偉方には、それがわからないんですよ」
「ふむ…とうとう、やるんだな…」
「ええ。理想を…そして、夢を。そのためには、社長の協力が必要なんです」
「わかった。最高の仕事を、約束しよう」
 私達は見詰め合い、頷きあった。彼とは、技術への…とりわけメイドロボへの考え方が
似通っていることもあって、つねづね理想のメイドロボ像について議論を戦わせていた。
 そして──いつか、自分の理想とするロボットをつくってみせると。私は、かなり昔か
ら、彼に宣言していたのである。
「だが…わかっているな。いくら俺が最高の仕事をしようと、最後はお前さんにかかって
いる。おまえさんの仕事ひとつで、俺の作品の生き死にも決まっちまうんだ…。…頑張れ
よ」
「…ええ。無論です」


 そう。

 彼の言う通り、ここからがもっとも大事なところなのだ。
 このHM−12プロジェクトの、締めとなる部分。
 それは、マルチの性格付けである。
 けなげな、ドジっ娘──これが、わたしの出した結論だった。無論、別の意見を主張す
る声も大きかった。意地っ張りで不器用だけど、一途で料理の上手い幼なじみ──予想通
りこれも最後まで対立候補に上がりつづけ、わたしもずいぶんと悩んだものだ。
 結局、買って初めて会うのに幼なじみもないだろうということで、私の案は無事通され
ることとなり、胸を撫で下ろした。
 
 開発には、苦労を要した。従来のAIの思考パターンでは結局、理想通りの反応を得る
ことができず、新たに1からアルゴリズムを組みなおす必要があったためだ。
 だが、苦労の甲斐もあり予定を1週間ばかりオーバーしたそのころには、まさに理想通
りのはわわでうぐぅな感じに仕上がっていた。

 そして──ついにわたしの…いや。わたしを含めた、多くの男達の夢の結晶と言える、
HMX−12プロトタイプマルチが完成したのである。


 それから先のことは、多くは語るまい。彼女は試験ということで学校に通い、私の予想
以上のすばらしい性能をみせてくれた。とくにドジっぷり。

 そして、儚い恋の味も知った。



 結局、私達の作ったマルチは、商品化されることはなかった。
 上からの圧力との妥協案。AAAカップの胸はAカップに変更され、また、経費削減と
か他いろいろの理由のためドジ機能も削られることとなった。やはり、試作品を見に来て
当の試作品に盛大にお茶をぶっかけられた社長の意向なのか。所詮下っ端の私には、知る
よしもない。
 HM−13の方は重役のおっぱい星人たちに好意的に受け入れられ、ほぼ試作品の形の
ままに商品化されることになった。






 以上、駆け足であるが、私達がマルチ開発にかけた情熱がわかっていただけたと思う。
 そして、そんなマルチを愛してくれた君に、本当のマルチを託したく思う。

 どうか、私達の娘を──よろしく、お願いします。


                    来栖川電工第7研究開発室HM開発課一同

                          代表  長瀬 源五郎








 ──長い手紙を読み終えたあと、浩之は大きな箱の中身に目を落とした。
 そこには、あのときの──つるつるぺたんなままのマルチボディが、眠っていた。
 浩之は、優しげにふっと微笑み…そして、口を開いた。

「………………………………………………………………………………記憶は?」







 男達の夢。
 それは、いつの時代においても──世界を動かす力をもつ、唯一のものだ。
 だが、同じ時代において、それが世の中に理解されることは少ない──。

           ──チャールズ・ウェストン(ネバダ州在住・工場勤務)






 <完>