この甘く、せつなき愛を 投稿者:DEEPBLUE 投稿日:3月22日(水)12時25分

「浩之さんはカフェオレがお好きなんですね」

 昼休み。
 浩之がいつものごとく、自動販売機の前に立って金を入れているところに、マルチがと
てとてとやってきてそんなことを言った。
「ああ、好きだ。まあ、ここのメーカーのに限るがな」
「こちらのが、一番美味しいんですか?」
「あまり甘すぎないからな。甘さも苦さも、適度なのがいい」
「甘いのお嫌いなんですかー?」
「ああ、あんまりな」
 浩之はマルチとともに中庭までくると、その辺のベンチに腰掛けてカフェオレのパック
にストローを挿した。
 時々はここで芹香先輩と会ったりもするが、今日は来ていないようだ。
「甘すぎるのって、どうもな…」
「どうしてですかー?あかりさんや志保さんは、お好きなようでしたけど」
 二人が美味しいケーキ屋かなにかの話をしているのを耳にでもしたらしい。
「トラウマがあってな…」
「とらうまさんですか?」
「ああ」
「強くて速そうですー」
「強くて早い?…矛盾してるな」
「は?」
「あ、いや、そうじゃなくて…いやな思い出があるんだよ…」
 浩之は、遠くを見るような瞳で、語り出した。

「あれは、そう、俺がまだ小学生のころだったか…」





「あー腹へったなー」
 浩之は、呻きながら歩いていた。
「なんか甘いお菓子でも食いてーなー」

 そのとき。

「おなか減ってるの?」
 目の前に、見たことのない人がいた。
 いや、人っていうか、とにかく生き物。
 コートを羽織って、リュックみたいなものを背負ったその生き物は、基本的には女の子
のようだったが、顔が魚だった。
 いや、むしろタイ。
 しかも小麦色にこんがり焼けたタイ。
 目は虚ろだ。
 しかも、何に使うのか背中に小さい羽根が生えていた。
「ボクはタイヤキマンだよ」
 女の子の声で、そいつは言った。
「さあ、ボクの顔をお食べ」
 近づいてくる。その外見は、どうみても羽をはやしたインスマスの魚人だ。
「うわっ怖っ、怖あっ」
「うぐぅ。こわくないよう。みんなボクのこと可愛いって言うよう」
 役にたっているとは思えない小さすぎる羽をぱたぱたと鳴らして抗議する魚人。
 でも、目は虚ろだ。
「魚人の美醜の判定なんぞ、おれにはできん」
「食べてくれないと僕がジャムおば…お姉さんにおこられちゃうよう」
「誰だよ、そのジャムなんとかって」
「…それは国家機密だよ。巻き込むわけにはいかないからね」
「じゃあ頼むからこれ以上巻き込まないでくれ」
「それとこれとは話が別だよ」
「なんでだあっ」
「鯛と〜ド〜ラ焼き〜がとーもだっちっさ〜♪」
「歌ってごまかすな、魚類の分際で」
「うぐう。人種差別だよう」
「お前は霊長類ちがう」
 
そのとき。

「苦戦しているようですね、タイヤキマン」
「あっ、助けにきてくれたんだね!」

 そこにあらわれたのは!

 身体は女の子だが、顔はまん丸だった。
 それは喩えるなら、花びらの散ったひまわり。
 っていうか、ワッフル。
 顔ワッフルは、ピンク色の傘をさして軽快な足取りで近づいてきた。
「なんだお前は」
「わたしは、ハチミツ練乳ワッフルちゃんです…」
「…なんで雨降ってないのに、傘さしてんの?」
「消えてしまったあの人を、寒さこらえて待ってます…」
「回答になっとらん」
「女心の、未練でしょうか…?」
 ぽろぽろと…いや、ぺっちょんねっちょんと、目に相当すると思われる部分から液体を
滴らせる自称ハチミツ(略)ちゃん。
「わ、おい泣くな…いや泣くなっていうか、垂らすなっていうか」
 ハチミツに練乳を混ぜたそれは涙というより鼻汁に近く、非常に見苦しい。いや、より
正確に喩えるならば、それは18禁ゲームでたびたびお目にかかる男(以下略)。
「あ〜なた〜〜恋しい〜〜北〜目〜黒〜〜♪」
「歌うな歌うな」
「あの人は私をおいて、永遠の世界に旅立ってしまったのです」
「永遠の世界?」
「はい、多分大阪あたり」
「永遠じゃねえ」
「食べてください」
ずい、と頭部を突き出すハ(略)ワッフルちゃん。
「うわっ、脈絡無っ!?」
「食べてもらえれば、あの人が帰ってくるかもしれません」
「因果関係全くねえー!!」
「そんな大人の理屈なんかに縛られたくありません」
「理屈に大人も子供もあるかあっ!」
「うぐぅ。ボクもたべてよう」
「さあ、はやく」
「いやだあっ、たすけてえー!お、小倉がっ!ハチミツ練乳がっっ!!」





「──という、夢をみたんだ…」

「えぐっ、うぐ、いいお話ですー。感動で涙がハッちゃけるですー」
「お前、全然話聞いてなかったな」
「元ネタとの関係が年代的に考えてかなり無理があるのが涙を誘うですー」
「聞いててその反応か」
「ぐすっ。でも、まだ謎は残されているのです」
「何だ?」
「浩之さんがカフェオレさんのことをお好きになった理由ですー」
「ああ──それは、そのあとのことだ…」





 しゅたんっ。

 地面に、伸縮型のストローが突き刺さる。

「待ちたまえ」
 深みのある声に、全員がそこを振り返った。
「ああっ、あなたは!?」
 白いスーツに、赤いマント。頭部は女王様のマスクをつけたブリックパック。
「私の名は、カフェオレ仮面」
「世界違う…」
「とうっ」
 華麗に(どこかから)飛び降りるカフェオレ仮面。
 一回転を決めて浩之の傍に見事な着地を決めると、頭部を差し出した。
「さ。飲みたまえ」
「結局それか」
「最初のうちは苦く感じるかもしれないが、良くなれば美味しく思えてくる」
「なんのことだ、それは」
「結局大事なのは愛ということさ」
「…お前、声が雅志に似てるんだけど」
「目の錯覚さ」
 言うなり、浩之の口に半ば無理やりストローを挿にゅ…挿し入れた。
「さ。こぼさないようにね。歯を立てちゃだめだよ」
「むぐぐううううう!??」





「美味かったさ…」
「はあ…」
「それは、そう。おれのセカンド・ラヴだったのかもしれない…」
「そうですか…」
「だから俺は、このブリックパックのカフェオレしか飲まない…それが俺と、あの人との
…出会いの、証だから…」
 浩之は、遠いどこかをみつめたまま、話を終えた。
「こんなことを話したのは、お前が初めてかな…」
「そ、そうなんですか?嬉しいですー」

 鐘が鳴る。
 昼休み終了のチャイムだ。

「おっと、昼休みが終わっちまったな…またカツサンドを食い損ねちまった…そして一人
の少女の夢も破れた…ってわけか…」
「何のことでしょう?」
「いや。いいのさ。…いくか、マルチ」
「はいですー」

 マルチを伴って、浩之は校舎内に消えていった。
 後には──ゴミ箱がいっぱいだったから──ゴミ箱のフタの上に置かれたカフェオレの
ブリックパックだけが残された。
 ブリックパックは昼の光を浴びて、きらきらとストロー部分を輝かせ、彼らの背中を見
守るように──そこに、立っていた。






<完>