ひとゆめ 投稿者:DEEPBLUE



       ひとゆめ





 それを幼なじみといっていいのかどうかわからないが、ずいぶん昔に一緒の家に暮らし
ていた女の子がいる。

 とはいえ、10年近くも昔。それもわずか1年間のことだ。

 俺と同い年の、従姉妹の子。生まれつき体が弱くて何かの病気を患っていたらしいその
子を、親父たちが転地療養させてみてはとかなんとか叔父さんたちに言ってひきとってき
たらしい。

 その子の名前は、”あかり”といった。従姉妹なのだが、おれはあかりにそのとき初め
て会った。

 なんだかおどおどしたやつだ、という印象がそのとき感じた全てだった。

 親父は俺に、「親戚なんだから、この子を守ってやれ」といったけど、俺は同い年なの
になんで俺だけ守ってやらなきゃいけないんだ、なんて思っていた。

 これから一緒に住む、と言われたときは、他人と一緒に住むことへの鬱陶しさだけが頭
にあった。



 俺は、その子をそのままあかり、と呼んでいた。逆にあかりが俺を呼ぶときは、浩之ち
ゃん、とちゃん付けだった。

「ひろゆきちゃん…あの…ごはんだから、呼んできなさいって、おばさんが…」

「わかった」

 親父たちは、なんとか俺たちを仲良くさせたかったのだろう。俺のことはあかりに頼み、
あかりのことは俺に頼む。色々涙ぐましい努力をしてみせた。

 とはいえ、やはり兄弟のように仲良く、とはいかなかった。

 俺たちがそのときもう少し年上か、逆にもう少し年が低ければ上手くいったのかもしれ
ない。

 当時の俺には、知らない女の子と一緒に住んでいて、しかもそいつと仲良くするなんて
恥ずかしくてとても出来たことではなかったのだ。

 学校ではクラスは離れたが、それでも友達に冷やかされるようなことになるのを避けた
かった。

 そして事実、俺はかなり意識的にあかりを避けたと思う。同じ学校に行くのに、わざわ
ざ時間をずらしたりしていたのだから。

 あかりのほうはあかりのほうで、生来の引っ込み思案なのだろう。用がないかぎり滅多
に話し掛けてきたりはしなかった。

 もちろん、一緒に遊んだことなどほとんどなかった。


……ほとんど、と言うのは、正確には一度だけあった、ということだ。

 その日俺たちは親父とお袋に連れられて、デパートにいった。

 で、大人二人が買い物に夢中になってしまい、俺たちは幾らか小遣いをもらってゲーム
コーナーで待つことになった。

「あかり、迷子になるなよ。ちゃんとついてこいよ」

「う、うん」

 俺がそう言ったのも、別にあかりのことを心配してたわけじゃなかった。

 あかりが迷子になったりしたら、怒られるのは俺だ。そういう事態を避けたかっただけ
だった。

 あかりは言葉通り、ぴったり俺についてきた。そしてもらったお小遣いをゲームに使う
こともなく、ゲームに興じる俺の隣に座って同じ画面を一生懸命見てたりしていた。

 やがて俺は、自分の分の小遣いをすっかり使ってしまったが、親たちはまだ来る気配を
見せなかった。

「あかり、お前は何かやんないのか?」

「…うん。だってわかんないもん」

 その時の俺にはわからないことだったが、あかりは生まれてからずっと入退院を繰り返
しているばかりでゲームの楽しさを覚える余裕などない人生を送っていた。

「そんな難しいことねーよ。ほら、あれとかならわかるだろ?」

 俺が指したのは、いわゆるアームを動かして人形を掴み取る筐体だった。

 犬だの、ウサギだの、クマだのの可愛らしい人形が、そのときのあかりの目にどう映っ
たのかはわからない。

「…うん、やってみる」

 あかりは、ただ、そういった。



「…あ」

 4回目の挑戦も、失敗に終わった。アームの弱さは予想以上で、掴んだかと思った犬の
ぬいぐるみは持ちあがりもしなかった。

「あー、ばっかだなー。だから、首輪に引っ掛けるようにしろっていったろ?」

「………」

 俺の揶揄を、あかりはただ視線を落として受けていた。

「あと100円かあ。…あかり、俺にやらせてみろよ。お前よりは上手いぜ?」

 なんのことはない、あかりがやっているのを見て自分もやってみたくなっただけのこと
なのだが、あかりは素直に頷き最後の百円を俺に差し出した。

「よし!──どれが欲しいんだ、あかり?」

 俺の言葉に応えて指差したのは、やはりといおうか、4回ともにあかりが狙ってはその
挑戦を跳ね除けた大きい犬のぬいぐるみ。

 ならばと、俺もそれを狙っていくことに決めた。

 百円を入れて、狙いをつける。

 頭に描いたとおりのラインでアームを操作し、狙い通りの位置で停止。

 アームが下がっていき、あがったときには犬の首輪を引っ掛けて……


……こなかった。

 いや、引っかかりはしたが、それは狙いの大きな犬ではなく、その半分くらいの大きさ
の可愛げのない熊のぬいぐるみだった。

 アームが閉じる途中でこいつを引っ掛けてしまったばかりに、本命の方はシミュレーシ
ョン通りにいかなかったのだ。

 取り出し口からクマをとりだし、俺はとりあえずそれをあかりにさしだした。

「…えーと、すまねえ。あっちは外れちまったけどよ」

 やる前に大言を吐いた者としてはかなり気まずい気分だったのだが、あかりは素直に手
を伸ばしてそれを受け取った。

「ううん。あたし、これでいいよ。…ありがとう、ひろゆきちゃん」


 そして、──笑った。


 そういわれると俺も単純なもので、にわかに誇らしげな気持ちになってにやついた笑い
を返したりしていた。



 それが俺が最初で最後にあかりとちゃんと遊んだ記憶で、それが俺が見た最初で最後の
あかりの笑顔の記憶だった。

 それからしばらくして、田舎に引っ越した叔父さんたちがあかりをひきとりにきて、あ
かりは元の両親のところに帰った。

 叔父さんたちと俺の両親の都合で、すべては俺が学校にいっているあいだに終わらせら
れていた。

 学校から帰ると、あかりはおらず、あかりの部屋にもなにもなかった。

「あかりちゃんがね、浩之にも、お世話になりましたって」

 母がそういうのを、俺はただふうん、と受け流した。

 別に寂しさはなかった。寂しさを感じるほど親しくしてはいなかったから。

 開放感を感じるほど、もう鬱陶しいわけでもなかったけれど。









……………………………………。


………ん。……………ちゃん。

「浩之ちゃん、……どうしたの?」

………………………………。

 気がつくと、目の前に少女がひとり。

 見覚えのある…………いや、見慣れた顔。

 赤毛の髪を、お下げにした……。

「ん…ああ…あかり、か?」

「え、そ、そうだけど…どうしたの、浩之ちゃん?」

 俺は、きょろきょろと周りを見回した。

 そこもまた、見覚えのある場所。

 あかりの部屋だ。

 目の前には小さなテーブルに、勉強道具、空のティーカップ。

 …思い出した。もうすぐ期末だってんで、あかりの家に一緒に勉強にしに来たんだっけ
な。

 ちなみにいつもなら俺んちでやるところだが、やんどころない事情でそれは今回は避け
た。

 ありていに言うと、しばらく掃除をさぼっているため極めて散らかっているのだ。平時
ならついでにそうじでも手伝わせるところだが、今回のテストはマジで余裕が無いため他
に時間を取られたくない。

 そういうわけで、俺は久しぶりにあかりの部屋の方へとお邪魔しているわけなのだった。

「………ああ、えっとすまねえ…ちょっと居眠りしちまってたみてえだな」

 ふああ、とわざとらしく伸びをしてみせる俺に、あかりはふふ、と笑みをこぼして

「やっぱり。…浩之ちゃんらしいね」

 と、いった。

「って、居眠りが俺らしいってのかあかり、コラ」

「あっ」

 俺が手を振り上げてぶつマネをしてやると、あかりは律儀に身を竦めた。

 もう十何年も同じことをやっている。ほとんどツーカー、というより、条件反射なんだ
ろう、こいつの場合。まさにパブロフの犬ってゆーか。


 ……………十何年?


「なあ、あかり。俺たち、ずっと幼なじみだったよな」

「え?う、うん。……どうしたの、浩之ちゃん」

 そうだ。それは間違いない事実……なら、さっき感じた違和感は、何だ?


 ………って、難しく考える必要なんかあるわけない。

 まだ頭が寝ぼけてて、錯覚でも起こしたんだろう。

「いや、なんでもねえよ。冗談だ」

「なら、いいけど…。あ、それより、勉強の続き、やろうよ。まだほとんど進んでないよ」

「なにー!?お前、俺が動けない間なにしてた!?」

「そ、そんなーっ」

 まったく、高校生の短くかけがえのない時間をこんな無味乾燥なテスト勉強なんぞに費
やさせるとは、今の日本の教育は間違ってるとしか思えないぞ。

 ……と、高校生になったことがあるやつならその8割の人間が考えただろう文句を浮か
べつつ、俺は眼前の化学のノートに挑んだ。



「浩之ちゃん、ご飯、食べてくでしょ。お母さん、用意してるから」

 あかりは、いれてきた何杯めかの紅茶のおかわりを俺に差し出しつつ、言う。

「ああ…そうだな、ついでにご馳走になってくか。ずいぶんと久しぶりだな、あかりんち
でメシ食うのも」

「ふふふ、そうだね」

 自分の分のカップもお盆からテーブルに移し、あかりは自分の席に座り直した。

「……ねえ、浩之ちゃん」

 口元まで運んだカップからの湯気を浴びながら、あかりは呟く。

「んー?」

 教科書の内容をノートに写しながら、生返事を返す俺。

「わたしね………ずっと………こんなふうに……。…浩之ちゃんと、一緒に…」

 そこまで言って、顔を赤くして俯くあかりに、思わず俺の頬も熱くなる。

「な、なに言ってんだよおめー。恥ずかしい奴だな」

「う、うん」

 あかりは顔を上げ、今度はしっかりと俺の目を見上げた。

「でもね、本当だよ。本当の気持ちだよ。わたし…」

 あかりは、薄く微笑んだ。

 俺が見たことのない、遠くを見るような微笑だった。

「本当にこうやって、こんなふうにひろゆきちゃんと…」

 そのとき、俺はふっと気が遠くなった。

 なにか、雲で出来た世界にでもいるように。




 ………………ずっと一緒に、いたかったな………………。










 目が覚めた。

 身体の関節のあちこちがいたい。

 TVがついたままの、薄暗いへや。

 そうやらTVを観てるまま、ソファで居眠りしてしまったらしい。

 明かりを点けたところで、表に車の停まる音がした。

 多分、親父とお袋だろう。同じ職場に勤めている二人は、たいてい一緒に出勤し、いっ
しょに帰ってくる。

「ただいまー」

「ただいま。浩之、いるのか?」

 二人分の挨拶。どうやら、思ったとおりらしい。

「おかえり」

 出迎えると、二人の様子はなんだか慌しい。

「またすぐ出かけるから」

「あ?なんかあったのか?」

 するとお袋は、俺の今晩の夕食らしき弁当を差し出しながら、少し悲しげな顔をした。

「ほら、浩之。お前も覚えてるだろ。あかりちゃん」

「あかり…?…えと…」

「ほら!十年くらい前…お前が…小学2…3年生くらいだったかねえ。1年くらい、ウチ
に一緒に住んでたじゃないの」

 そういわれて、思い出した。

「…ああ、いたな。そうそう、あかりだっけか、従姉妹の。神岸の叔父さんとこのだろ」

「そうそう、なんだ、覚えてるじゃない。……その子ね、亡くなっちゃったんだって」

「へえ…」


 たしかに昔一緒に住んでいた仲ではあったが、そう親しくしていたわけでもない。なに
しろ、たった1年ほどの同居だ。

 お袋のその言葉は、俺に、昔の知人が死んだ、という妙な感慨めいたものを感じさせは
したものの、とりたてて悲しみを呼び起こすことはなかった。

「昔から身体の弱い子だったからね。病気悪くしちゃって、入院してそのまま、だってさ。
…まだお前と同い年だってのに、高校にもいけずに…可哀想にね…」

 そう、俺と同じ年齢ということは、もう高校生になっていてもいい年ということだ。

 俺は高校生になったあかりの姿を浮かべてみようとしたが、思い浮かぶのはどうしても
あの頃のあかりの──それも、ゲームコーナーでみたあのときの笑顔でしかなかった。

「とにかく、わたしとお父さんは叔父さんところにお葬式の手伝いに行ってくるから。本
当はあんたもいったほうがいいんだけど、もうすぐテストでしょ?2、3日帰れないけど、
お金置いていくからね」

「はいはい」

 そのままお袋たちは、来たときと同じ慌しさで出ていった。

 慌てすぎて事故ったりしなきゃいいが。





 夕食を食べて風呂に入ったあと、俺は2階の自室に上がった。

 部屋に入るまえに、ちょこっと隣の部屋──昔のあかりの部屋──を覗いてみたりした。
 だが、薄暗いそこはいつもとかわらず、倉庫代わりに荷物が雑多に積まれているだけだ
った。


 …まあそんなことはともかく、明後日からテストとなればさすがにいくらかは勉強せね
ばならない。

 こんなとき親切に勉強を教えてくれる優しい女の子でもいれば格別なのだが、あいにく
と今の俺には、そういう人物はいない。



 …机に座って、30分。

 問題に煮詰まった俺は、たちまち集中力とやる気を無くしベッドに身を投げ出した。

「あー、めんどくせえ。もう寝ちまうか……痛っ」

 ベッドに寝転がった衝撃で、棚の上のなにかが落っこちてきたらしい。

 そいつは見事に俺の顔面に着地して、跳ねて床に転がった。

 幸い柔らかいものだったので、大したダメージはない。

「なんだよ、いったい…」

 身を起き上がらせて、床から拾い上げたそれは

「あれ?」

 小さなクマの、ヌイグルミだった。ゲームセンターで景品で取れるような、安っぽいつ
くりの。

「こんなん、ウチにあったか?」

 あったか、と自問すれば、あったかもしれないと思わないでもない。ああいうゲームは
よくやっているので、他にもこの部屋には5、6個のヌイグルミが転がっている。多分そ
のうちのひとつを棚にあげたまま、忘れていたのだろう。

「……しっかし、可愛げのないクマだな」

 ベッドに腰掛けて、そいつの顔を見下ろしたところへ──


──ぽたり。



「…あれ?」



 クマの頬に、しずくが一滴、こぼれた。



 俺の目から出た、なみだだった。


 一滴だけで、あとは続かない。


「なんだあ?ゴミでもはいったかな…?」

 目をこすったりしてみたが、もともと痛みがあったわけでもなかった。




 悲しくもないのに一粒だけこぼれた俺の涙は、すぐに布に染み込んでいく。


 そして、跡すら残さないままに、消えていった。









<終わり>


────────────────────────────────────────



…………………………………………。


……フウッ。


えー、こういう仕儀とあいなりましたことにつきましてまことに遺憾の意を表するととも
に、皆様に対してはお詫びの言葉も…


って、また言い訳か、俺。



やめた。多くは語るまい。裁きは読み手の皆様にお任せしよう(いつも通りに)。


…それで「嫌」票が多かったらどうする、自分?(^^;





では、次は出来れば例の国民的な悪魔の行事あたりにお会いできるといいなでしょう。




DEEPBLUE 拝



…あ、あと地味にメルアドつきました。

ぐーですが。

smaiden@mail.goo.ne.jp



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以下、おまけです。本当は単体で投稿させてもらうつもりだったんですが…まあいいや。


(あらすじ)
今回、あかりを不幸にした筆者は大反省。
お詫びにあかり浩之めちゃ甘激ラブハートフルストーリーを綴るべく立ち上がったのだが。




ふー、って言うかそんなもの今まで一本だって書いたことないしー。生まれて初めて書い
たラブストーリーは確かホモの男に失恋する女の子の話とかだったし(実話)無理だよ今
更そんな、ねえ?

開始23分でもう諦めてベッドにごろ寝&「らぶひな」激読状態。

(ふふふ…なんだい、もうおねんねかい…?)

はっ。その声は、力石!?力石なのか!?

(情けねえな…俺の苦しみはそんなもんじゃなかったぜ。まあ貴様にはその姿がお似合い
ってことさ)

そ…そうだよな力石!お前の苦労は、こんなもんじゃなかったよな…!お、俺ってやつぁ!

亡き力石の声(幻聴)に、己の現状(ごろ寝&「らぶひな」熟読状態)を恥じ入る俺。

よおしやってやる!あかり浩之めちゃ(略)なにするものぞ!俺に書けないジャンルなん
て、いっぱいあるけど全部じゃないさ!

そして執筆一時間。

結果↓


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 副腎漬け





ららーるららー

今日は浩之ちゃんとお夕食なのるるらら

ビーフとポーク新鮮手作りハンバーグ

デミグラスソースの味付けにはわたしの愛情たっぷりの





    血を。





るるるららー一番の自信作お味噌汁ー

おだしはカツオ 具はお豆腐 わかめ ねぎ

そしてそして、隠し味にほんの一滴





    血を。





野菜もきちんととりましょねー

ほうれんそうのおひたし、ごまだれのせて

ごまだれももちろんわたしの手作り

るるりらごまをきちんと擦って

お塩とお砂糖すこーしまぜて

細かく刻んだ





   髪の毛いれて。





さ♪できたできた

たべてねたべてね浩之ちゃん

愛情たっぷりわたしのお料理♪





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どーですかーお客さーん!\(><)/




あ、あ、石やめて石石投げないで石は

あーあー顔は顔だけはやめて許して顔だけは