愛狩人・ユウヤ(後)  投稿者:DEEPBLUE


後編。

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「冬弥君!」
「由綺」
 夜の公園。
 ちらちらと降りる雪の中、片手を上げて恋人に応える冬弥。
 懸命に走ってくる彼女の姿に、微笑を浮かべる。
「はあ、はあ、…ごめんなさい、待たせちゃって」
「いいよ。由綺こそ、よく時間取れたな?」
「うん、無理言って開けてもらったの。…でも、ごめんなさい…0時からどうしても抜けられない仕事があって
…11時にはいかなくちゃならないの…」
 本当にすまなそうな、そして哀しそうな表情でうつむく由綺。その肩を、冬弥はそっとやさしく抱き寄せた。
「いいよ…わかってる。由綺のこと、俺、理解してるつもりだから」
「あ…。……冬弥君…」
 雪明かりのなか、しばしの間二人のシルエットはひとつになる。
「あ、そうだ…由綺、これ。…クリスマスプレゼント」
「え……ありがとう。嬉しい……開けてみていい?」
「いいよ」
 ”由綺へ”と書かれた包装紙を丁寧に開き、中にあったケースを開ける。
「うわあ…素敵」
 ケースに収められていたのは、アメジストをあしらった銀のネックレスだった。
「ごめん、安物でさ」
「ううん、そんなことない。嬉しい。嬉しいよ」
 再び胸に飛び込んでくる由綺を、冬弥は黙って受け止めた。
 両手を由綺の背に回す。その温かさに夢中になっていた冬弥は──背後に立つ影に、気付かなかった。
 いや、無理も無い。
 彼が本気で気配を断ったなら、一流の武術家でもなくば捕らえられまい。
 ばさばさばさ
 ゴトゴトゴト
「?」
「…?」
 不思議な音に、二人は陶酔に閉じていた目を開く。
 そして冬弥は、ようやく何者かが、自分のコートを後ろからばさばさと揺さぶっていることに気がついた。
 眼鏡のサンタクロース──柳川裕也だ。
「──って、なにやってんだおっさん!?」
「…あれ?なにか落ちたよ、冬弥君」
 冬弥の足元にかがみ込む由綺。
 そこには──由綺がもらったプレゼントとおんなじような包装済みの箱が、いくつも転がっていた。
「……………冬弥君、コレは…?」
「あ!あ!いやそれは!そ、そう、孤児院の子供たちに!ね!」
 虎仮面みたいなことを言う冬弥。
「ふうん…その子供たちって、はるかとか美咲とか理奈とかっていう名前なんだあ。なんだか女の子ばっかりな
のねえ…しかもなんか聞いたことある名前ばっかりなんだねェ…」
「そそそうなんだよははは偶然だなあほんと!」
「娘」
 もう泣きそうになる寸前の冬弥を尻目に、裕也がプレゼントと一緒に落ちていた手帳を取り、由綺に手渡した。
「え?これは…冬弥君の手帳?」
「うわああああああああああ!!」
 必死になって取り戻そうとする冬弥だが、裕也が羽交い締めしているため動けない。
「ええっと、12月24日の予定…」
 はじめは何気なくページをめくっていた由綺であったが、先にすすむ度に目の端がつりあがっていく。
「…あ、あ、あ」
「…冬弥君。なんでわたしのスケジュールがそっくり冬弥君の手帳に書かれているの?」
「あ…あう…あ」
「わたしが今日0時から仕事っていうのも、もう知ってたみたいだね」
「あうあうあう」
「…で、今夜の冬弥君の、0時から4時までのスケジュールのところに、”美咲”って書かれてるみたいなんだ
けど…これについて、ちょっと説明してもらえるかな?」
「はうはうはうはう…」
 弥生との裏取り引きによって得た由綺のスケジュール表。いままではかなり役立ってくれていたが、今夜はそ
れが彼の命を縮める結果となった。

「さいてえ!」
がこおっ!
「はぐあ!?」

 由綺が怒って走り去った後には、ひとりの男の抜け殻が横たわっていた。

 20分後。

 冬弥の骸を、降り積もる雪がすっかり覆い隠していた。足跡があるのは、ときどき歩行者が気付かずに踏んず
けていったあとだ。
ぷるるるる、ぷるるるる…
 冬弥の胸の携帯が鳴る。
 由綺からの仲直りコールである。
 鳴り止んでしまう前に目覚めたなら、明日からもそれなりに笑って過ごせるだろう。
ぷるるるる、ぷるるるる
ぷるるるる、ぷるるるる
ぷるるるる、ふつっ。

 …雪と街灯の明かりだけが、一人の、戦いに敗れた男の姿を優しく包み込んでいた。



 裕也は鬼形態をとり、隆山へと走っていた。
 今の彼はTGVよりも速い。隆山←→東京間30分。
 帰るのではない。最後の獲物を狩りにいくのだ。
 ちなみに、こみパの連中は何故か誰一人とってもクリスマスどころでは無いようだった。



 隆山。
「くくっ…最後の獲物は無論貴様だ。我が最大のライバル、柏木耕一よ」
「俺がどうしたって?柳川」
 目を向けると、そこに、当の本人が立ちはだかっていた。
「むうっ?なぜここにいる、柏木耕一!」
「お前のエルクゥを感じたのさ──いや、正確には感じた人に『でも忙しいから代わりに行っといて下さい』っ
て言われたんだけどな…」
 シリアスな表情で言うわりには、内容は情けなかった。


 その行かせた本人──楓は、妹とともにクリスマスツリーを飾り付けていた。さすが柏木家、鉢植えながらも、
本物の樅の木だ。大きさも、楓の背と同じくらいある。
「ちがうよ、お姉ちゃん。その星はてっぺんに乗せるんだよ」
「……(こく)」
 梓は、料理担当。今日は一段と張り切っているようだ。ケーキと鳥の丸焼きはありものを買ってきている分、
料理には気合を入れるらしい。
「…梓」
「んー?」
 柱の陰から顔だけ覗かせる姉に、梓は声だけで応える。
「わたしにもなにか…なにか手伝えることは、ない?」
 期待に満ちた声。
「……………そうだな」
 ようやく振り返って、梓は、真剣な表情で言った。
「そうだな。千鶴姉に頼みたいことがある。これは千鶴姉にしかできないことで、かつ、今回の作戦の結果を左
右する重要な役割だ。きいてくれる?」
「え?なに?なに?なんでもするわ。ほら、言ってみて?」
「なにひとつ手を出すな」
「……………」

シクシクシクシクシクシク…
「梓お姉ちゃーん、千鶴お姉ちゃん泣いてるよー?」
「気にかけるな。ヤツはそうやって同情を引いて隙をうかがっている。油断すると背中から殺られるよ」


「お前が狙うのは、柏木家か」
「だとしたらどうする?」
「いかせるわけにはいかないな」
 表情こそ変わらないが、耕一の体内にゆったりと殺気と闘気が溜まってゆく。
「くっ、くくく」
「なにがおかしい?」
「甘く見られたものだな、と思ってな、柏木耕一よ。今日の俺は一味違うぞ」
「そうだな、とりあえずサンタだな」
「笑止な…貴様ともあろう者が、外見にとらわれるとはな!」
 カアアアアアァ!
 瞬間、裕也の全身がまぶしく輝く!
 テレビの前の子供達は明かりをつけ、離れたところで観て欲しい。
「む…」
 耕一も思わず、腕で目を庇うほどのまぶしさだ。
「ふはははははははは!」
 閃光が止んだとき、裕也は完全に鬼形態を取っていた。
 ちなみに、サンタ服は破れていない。伸縮自在の特殊なつくりになっているのだ。
 巨大な人獣がサンタ服を着ているその姿は滑稽もシュールも通り越して、もはやファンタジーですらある。
「愛あるところに現れる!今日の俺は全国の独身男性中推定約31%くらいの正義と真実の使者!柳川裕也だ!」
 がーん。
(なんて限定された正義だ──!)
 とは思ったが正義というものの本質をついているとも言えなくもない。
 だが。
「だが、俺も負けるわけにはいかん!俺の大切な家族と!久々に飲み会以外で祝うクリスマスの平和のためにな
!」
 自分の正義もいいかげん相手以上に限定されていることには気付いていない。
 やおら服を脱ぎ捨てると、耕一の身体もまた、ギャバンの変身並みに発光した。
 二人して当初はアメリカSFX映画レベルのグロい変身であったのだが、訓練のたまものでここまでスマート
になったのだ。決して予算の都合でも筆者が描写が面倒だとかいうのでもない。

 いい〜〜〜〜〜〜〜〜〜る〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜うぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜う

 UUUUUURRRRRRRRRRRRYYYYYYYYYYYYYYYYYY!

 二匹の鬼が、戦いの咆哮を天に放つ。
「ゆくぞ柏木耕一!貴様も狩猟者の末裔ならば、己の命運は己の力をもって選択しろ!すなわち!DEADor
DIEだ!」
 全然、選ばせていなかった。


「もうすっかり準備出来たわけだけど…」
「お兄ちゃん、遅いね…」
「ちょっと、って出かけてったきり、何してるのかしら…」
「……」
 楓はクリスマスの準備に夢中になるあまり、耕一に柳川のことを頼んだことなどすっかり忘れていた。


 耕一はアップライト(とりあえずボクシングみたいな感じの構えと思ってください)から探るように数発のジ
ャブを放った。
「ぬっ」
 裕也は最初の2、3発をパリ(手で払う)で、最後の一発をダッキング(しゃがむ)でそれをかわすと、その
姿勢のまま、懐の深い構えでタックルを狙う。
「ちい!」
ごふっ
 カウンターの膝を、まともに食らう裕也。耕一の表情に、会心の笑みが浮かぶ。しかし、それは一瞬後には緊
張の表情へと変じた。
 膝蹴りに、上げた脚。それをそのまま、掴まれていたのだ。裕也は、このためにあえて耕一の膝蹴りを受けて
みせたのである。
 くっ──!
 慌てて体を引くも、裕也は逃がさせない。逆に掴んだ脚に体重をかけ、耕一を寝かせようというつもりだ。
 いけない。膝固めか、アキレス腱を狙ってくるのか…。このままグラウンドに持ち込まれては不利だ。
 耕一は脚を掴ませたまま思い切り自分の上体を相手の背に被せると、そこに肘を落とす。
 1発、2発──
 体重が乗り切らないので、一発一発はたいした威力にはならない。しかし同じ場所に攻撃を加えていくことに
よって、相手の体には着実にダメージが蓄積されていくことになる。背骨の部分に向かって、耕一はつづけざま
にエルボーを落としていった。
「くうう!」
 さすがに限界がきたか、裕也の態勢がゆらぐ。上体を傾がせ、肘を落としにくくしようという腹積もりか。
──悪あがきが!
 躊躇無く肘打ちを続けようとするところに──突如、周囲の景色が回転した。
「なに!?」
 重い音とともに、肩に強い衝撃が加わる。自分が地面に落とされたのが分かった。耕一の豊富な経験が、己の
身に何が起こったのかを伝えていた──すなわち裕也は、自分の足を掴んだまま己の体を回転させ、我が身もろ
とも自分の体を引き倒したのだ。プロレスでいう、ドラゴンスクリューという技と同じである。
 裕也は、自分の脚を掴んだままだ。耕一の背骨を、恐怖が疾り抜ける。自分ならば、このまま関節を狙う。な
らば相手もそうすると考えるのが自然だ。
「たらっ!」
 脚を取られたままでいるわけにはいかない。足元に見える相手の頭めがけ、耕一は空いている方の足を叩きつ
ける。
 やむなく、裕也は耕一の脚を開放し、腕でガード。その勢いのまま、立ち上がった。
 耕一もまた、後方に一回転して距離をとりつつ、立つ。
「…やるな」
「貴様もな…くく、嬉しいぞ、わが宿敵よ」

 なぜ鬼になってまでこんなにも人間的かつ玄人チックな戦いをやっているのかは、誰も知らないふたりのひみつ。


「料理…冷めちゃったね…」
「…………」
「…………」
「…………」
「……事故、とか」
「やめてよ、初音!」
「でも、梓お姉ちゃん…」
「…………」
「…………」
「…………女の人…とか…」
「…ち、千鶴お姉ちゃん、そんなお兄ちゃんに限って……」
「…限って?」
「…ない………と思う、ような…」
「…………」
「…………」
 
 楓はすでに思い出していたが、他の3人の瞳が薄紅く発光する段になって完全に言いどきを逃したことを感じ
ていた。


 その後、二人は拳で語ったり口喧嘩したり河原で決闘したり相打ちで友情に目覚めたりまた戦ったりして、そ
の激突は深夜にまで及んだ。
 やがてどちらからともなく力を使い果たし、人間に戻ってぶっ倒れている二人の姿があった。
「く…これではもはや殺しきれん…やむをえん、今夜のところは預けておく…」
 体を引きずって立ち去ってゆくサンタさん。
「ああ、いつでもきな…今日明日以外…」
 中指を立てて裕也(サンタ)の背を見送る、耕一であった。


「ただいまー、みんな、遅くなって…て…」
 体力の回復を待ち、局部を隠して服を脱ぎ捨てたところに走り、無くなっているのに狼狽し、近所の野良犬が
咥えているのを発見・追跡・格闘・奪還し、まあそれくらいいろいろあってようやく耕一は柏木家へと帰り着い
た。
 四姉妹は、玄関口まで迎え出てくれた。
 無言で。
「や、やあ、ごめんみんな。すこーし遅くなっちゃったかな…」
「……」
「で、でもこれにはちょっと事情が…」
「……」
「や、やだなあみんな…目が爬虫類だよ…」
「……」
「ほ、ほら、爪なんか伸ばしちゃって…爪はちゃんと切んなきゃね。はははは…」
「……」
「か、楓ちゃん…」
 耕一は助けを求めるように、楓を見た。ひとり鬼化していない楓は、微妙な肯きかたをした。
 それだけで、耕一は楓の言いたいことを了解する。深い家族付き合いゆえに。すなわち、『ごめんなさい、ち
ょっといいそびれちゃって。いま、わたしから言い出すのも怖いから、とりあえずみんなの怒りを受け止めちゃ
っておいて下さい』という意味だ。
 耕一は、何故か亡き両親の笑顔をはっきりと幻視した。

 ──鬼神楽、発動。



「ただいま」
 帰宅の挨拶をしても、無論返ってくる応えはない。

 コンビニの袋を下げて、裕也はアパートに帰宅した。
 すでに深夜も1時を回っている。
(貴之。今日もたくさん悪(=もてもてラブラブ)を狩ってきたよ)
 今回の戦果は、大体において圧勝といってもよいだろう。だが、裕也の表情に勝利の昂揚は無かった。
 あるのはただ──そう、あえて表現するならば、戦士の哀しみとでも言おうものか。

 べりべりべり

 着替えてから、買ってきたハンバーグ弁当のラップを開いて、食べる。
 それから、おもむろにセガサターンを起動。クリスマスナイツもあるが、あえて普通のナイツをプレイする。
 トランプ使い、いまだ攻略ならず。
 電源を落とすと、シャワーを浴び、パジャマを着て明かりを消す。

 しばらくすると、暗い部屋には、穏やかな寝息だけがただ聞こえるばかりになった。



 柳川裕也26才──和姦童○。

 世の悪(=もてもてラブスイート)を狩る、正義と真実の男である。

 そう。今は眠るがいい、戦士よ。

 明日を戦うために。

 そしていつかまた、再び起ちあがるために。



<完>

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おそらくたくさんのハートフルなSSが生み出されるあろうこの時節、私はいったい何をしているのだろう。

絶対信じてもらえないような気もしますが、皆様良いクリスマスを。


>久々野 彰 様

  いつもあたたかいご感想下さりありがとうございます。
  ほとんど(っていうか全部?)のSSに感想をつけつつ、自らもあれだけ質の高い作品を産み出し続けるパワ
ーは凄すぎます。300回…週一で3年間休まず出してもまだ半分…(汗)
  ギャグは…精進します…。でも「笑い」ばかりは精進してどうなるもんでもない気も…。
  笑いを書ける人は、本当、尊敬しています。
 >『由綺からのクリスマスプレゼント 〜あなたにあげられるわたしのもの2〜』
 しまった、イブって由綺の誕生日だったのか(やったことない)。
 オチ…流石。そうだよなあ。やっぱり空手は一撃必殺が本道だよなあ。
 溜めて溜めて…がつんと来ました。
 空間もまた文章なのですね。