愛狩人・ユウヤ(前)  投稿者:DEEPBLUE


始めに。

キリスト教関係者の皆様、ごめんなさい。

その他ほぼ全てのキャラのファンの方に、ごめんなさい。

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愛狩人・ユウヤ──Yuya the lovehunter


第X話 聖夜のラブハンター(Lovehunter in the HolyNight)




 クリスマス。

 悪魔の祝祭、クリスマス。

 この日、人々は邪教の魔宴(サバト)に浮かれ、酔い、飽食の海に溺れ、夜通し淫らな性宴を繰り広げる。

 良識ある人々はただただ家に篭り、神に祈り震えながら朝を待つのみ。打ち勝つすべなどありはしない。

 だが、地上に残された僅かな真実の徒たちよ、希望を捨てるな。

 闇在るところに光在り。我等が正義を信じる限り、必ず彼は現れる。



 隆山警察署。
 24日、クリスマスイブ。だからといって、定時終業・家庭や恋人のもとへ一目散などという職員は皆無に等
しい。
 コンビニよりも牛丼屋よりも早く年中無休24時間営業を掲げていた彼らだ。
 社会を戦いぬく者を戦士と呼ぶならば、ここにもまた多くの、戦場のメリークリスマスを送る者達がいる。
 だが、悲しむことはない。
 憂えることはない、戦士達よ。
 筆者などすでに戦場のハッピーニューイヤーも確定済みだ。
 大丈夫。
 もうじき我等の代弁者が立ち上がる。
 悪を狩り正義を貫く、真実の使徒が。
「お先です」
「お、今日も早いね」
 席を立つ柳川裕也に向かって、上司である長瀬はいつもどおりの間延びした声をかける。
「そういえば今日はクリスマスだねえ。なにかい、やっぱりこのあと、何か予定でも?」
「ええ、そんなところです。──時間ですので」
 さっさと荷物をまとめると、裕也はその場を立ち去った。

 ──そう。
 狩りの時間だ。



「ジングルベージングルベーくっりっすぅますぅ」
 沙織ちゃんが鼻歌を歌いながら(でもちょっと調子外れだ)クリスマスツリーを飾り付けている。
 向こうでは瑞穂ちゃんが料理をしている。
 何か手伝うことはない?と聞いたら、いいからいいから祐君は座っててそうですよと言われてしまった。
 だから僕は居間のソファーに腰掛けて、沙織ちゃんが楽しそうに作業するのをぼうっとみている。
 ──でも。
 こんなクリスマスもいいな。
 そう、こんなクリスマスもいい。
 去年は、いつものように帰りの遅い親達が前日に買い置いたケーキとケンタッキーを、一人でテレビを観なが
らぼそぼそと食べていたっけ。
 友達、いなかったもんなあ、僕。
 でも、今年はこうして、女の子達とクリスマスを過ごそうとしている。
 僕はここにいてもいいのかもしれない。
 そうだ、僕はここにいていいんだ!
「祐君、祐君」
「オメデトウオメデトウアリガトウ……あ、え?何?」
「なあに、またトリップしてたの?ま、いいか。月島さんたち、いつごろ来るって?」
「瑠璃子さん達なら、少し遅れてくるって言ってたけど」
 僕がそう言うと、なぜか沙織ちゃんは頬をぷうっと膨らませた。
「なんで月島さんのこと言うときだけ、そんな優しい顔するのよお」
「え、え、そんな」
「もう」
 とん、と僕の胸におでこをあてる沙織ちゃん。
「わたしの気持ちも、わかってよね」
「沙織ちゃん…」
「あー、なにしてるんですか、新城さん!」
 エプロンをつけ、泡立て器を片手にした瑞穂ちゃんがいつのまにやらそこにいて、細い眉をつりあげていた。
「あ」「わっ」
 ぱっ、と離れる僕達。
「今夜は抜け駆けなしって言ったじゃないですか!」
 え?なにそれ。
 沙織ちゃんの方をみると、えへへ、ときまずそうに頭を掻く彼女の姿。
 どうやら、彼女達、裏でなにやら取り引きをしていたらしい。
「ごめんごめえん、つい、さあ」
「もう、ずるいです。バランス取ります」
「え」
 瑞穂ちゃんの不意打ち。ぽふっ、と、僕は抱きつかれていた。
「あ、あーーー!」
 今度は沙織ちゃんの怒声。
「これでおあいこです」
「わ、わたしそんなことまでしてなかったでしょ!」
「利子です」
「利子ってなによー!」
 言い争いを始める二人。でも、本気でないのは僕にもわかる。ふたりとも、この雰囲気を楽しんでいるのだ。
 今夜なら、なんでも許せてしまう。そんな気がする。
 そう、去年まで馬鹿にしていた──いや、おいてけぼりにされたようで、すねて距離をおいていたクリスマス。
それが、今夜はこんなに輝いてみえる。
 そう、クリスマスツリーも。
 大きなケーキも。
 暖かな料理も。
 サンタも。
 バズーカも。

 ……サンタ?
 ……バズーカ?

 ──開いた窓の外に、眼鏡をかけ、バズーカを構えたサンタクロースがいた。
「知っているか?サンタの赤は返り血の赤だ」

 …それ、ぜったいウソだ。

「メリィイイイイクリスマアアアアスッッッ!」

 大音響と大量の白煙が、室内に向けて撃ち放たれた。

「きゃああああああああ」
「いやああああああああ」
「うわああああああああ」


 ──しばしの混乱の後。
「ごほ、ごほ。ふ、ふたりとも、大丈夫?」
「な、なんなんですかあ」
「び、びっくりしたあ。あれ何?祐君の友達?」
 絶対違う。
 でも、良かった。二人とも無事のようだ。
 幸い、窓は開きっぱなしだったので煙はすぐに外に逃げていった。
 何か壊れたりしていないか、僕はあたりを見回した。
 ──壊れているものは、ない。
 だが、なにか違和感を感じる。
 部屋の中に無数に点々と……あれ、なに?
 部屋の中のあちこちでぴょんぴょんと跳ねまわる、それ。
 コオロギ、じゃない…
 バッタ、でもない…
「カマドウマ…」


「きゃあああああっ」
「ち、ちくしょう!壊れろうっ!」
「あああああ祐君デンパやめてええええええ!」
 背中から聞こえる不協和音の美しいハーモニー(←?)。
 心地好い命の炎を感じることが出来る。
「クリスマスプレゼントだ。釣りはいらん」

 そして、戦士は振り向かずにゆく。
 次なる狩り場へと。


「やあ祐介君お招きありがとうっていうか招かれたのは瑠璃子だけだが兄としてまだまだ妹に男子とクリスマス
を過ごさせるわけにはいかないからね。生徒会一同でお邪魔しにきたよ」
「ううう…拓也さんとふたりっきりのイヴの夜が…なんでこうなるの?」
 月島兄妹に太田香奈子、それに吉田由紀に桂木美和子の生徒会ズ+1が長瀬家を訪れたのは、それからしばら
くしてのことである。
 みんな楽しそうだが、なぜか香奈子だけちょっぴりいやだいぶ悲しそうだ。
 中からは、シーンとした静けさだけが伝わり答えもない。
「?おかしいな。…あ、おい、瑠璃子」
 家人の返事をまたずに、一人勝手にすたすたとあがりこんでしまう瑠璃子。
「まいったな、どうしてあんな風に育ってしまったものやら」
「どうしてって、躾たの先輩以外にいないでしょうが」
 ツッコミ役をつとめるのは、吉田由紀。
「まあ、しかたない。あがらせてもらうよ、祐介君」
 そうして、リビングに到着した一同が見たものは。
 横たわる三体の骸、死屍累々。
 あと、節足動物があちこちに。
「…瑠璃子。そういうもので遊ぶんじゃありません」
 それの長いヒゲをつまんでぐるぐる振り回していた妹をたしなめる、兄。
 ちょっとつまらなそうな顔をして、瑠璃子はそれをぽいと投げ捨てた。
「しかし、この状況はいったい……って、瑠璃子!?何を食べているう!?」
 今度は口をもぐもぐさせている妹に、嫌な連想を浮かべる拓也。
「なにって、カ」
「うわあああああ」
「カラスミ」
「え?」
「あったから」
「あ……そう」



 藤田家。
 今夜のあかりは、忙しい。
 去年のクリスマスパーティーは浩之とあかり、雅史に志保の4人だったが、今年はかなり大勢の客を迎えるこ
とになっているからだ。
 浩之と雅史以外は、ほとんど女の子であるが。
 その浩之と雅史は、飲み物やパーティグッズなどを買いに出ており、いま家にいるのは準備をすすめるあかり
とマルチのふたりきりだ。
「あかりさーん!こっちこれでいいですかー?」
「あ、うん、マルチちゃん、今行く。ちょっと待ってて」
 忙しいのは、いい。浩之やみんなのために何か出来ることほど嬉しいことはない。
 大勢なのも、いい。仲の良いみんなで騒ぐことは、決して嫌いじゃない。

 ──それでも、やっぱり、ほんの少しの時間だけでもふたりっきりで…
 そこまで考えて、あかりは、自分の頭をこつん、と叩く。
 いまはこれでいい、って決めたはずだよ。
 ずっと浩之ちゃんのそばにいられるんなら、今はこれでもいい。
 いまはこのままでも、十分幸せだから。
 自分のなかでそう結論づけたとき、がちゃん、と軽い音がリビングからあがって、あかりは思わず身を竦めた。
そしてそのあとあかりを呼ぶ、子供のような泣き声。
「あああああかりさあああんすみませええええん!うえええええええ」
「大丈夫、マルチちゃん」
 リビングに向かいながらあかりは、マルチの失敗をどう片づけるかということよりも、まずどうやってマルチ
を慰めるかを考えていた。

 そして、誰もいなくなったキッチン。
 用意された料理だけが並び、温かさを伝える湯気を上らせている。
 寸胴鍋のなかでは、シチューがぐつぐつと煮えている。
 その料理たちの真上、天井の一片が、音も無く開いた。
 そこから顔を出すのは、もちろん我らが柳川裕也だ。
 2階建ての家で、一階のキッチンの天井のどこに潜っていたのか?などということはエルクゥ17の秘密のひ
とつである。
 すすっ、と裕也の手元から、シチューの鍋に向かって糸が垂らされた。
 続いて取り出されたのは、一本のビン。
 ラベルには、
『鶴来屋特選!千鶴ちゃん印の特製ソース
 ※ジョーク商品です。絶対に口に入れないでください。
  ※お子様の手の届かないところに保存してください。』
 …とある。
 発売までの、裏側での様々な虚々実々の駆け引きとか、権力間闘争とか、最終的な妥協点の模索などを想像さ
せるラベルだ。
 裕也は躊躇無くビンのふたを開くと、垂らした糸に伝わらせてその液体を注いだ。
 続いて、他の料理──ターキー、ちらし寿司、つまみの類──にもまんべんなく。
 すべての仕事を終えると、裕也は、満足げな笑みを浮かべて頭を引っ込め、天井を閉じた。
 あとには、(見た目)あかりがいなくなった直後となにひとつ変わらぬ光景だけが残された。


「それでは僭越ながらこの志保ちゃんが乾杯の音頭をとらせていただきまーす!」
「なんでおめーなんだよ」
「むか。うっさいわねえ!あたしのほかに誰がいるって言うのよ!」
「まあまあ、ふたりとも…。いいじゃない、志保がやりなよ」
「さっすが雅史!わかってるう。どっかの馬鹿とおおちがい、ね」
「なんだとこら!」
「ほらあ、浩之ちゃんも。ほら、志保。早く」
「はあい。それでは!」

 志保が立ち上がると、全員一斉にコップを握った。しょうがねえなあ、という顔をした浩之も、一応。

「みなさん、1、2の3で一斉に、ね。準備はいい?では、──1、2の、3!」

 メリークリスマス!

 浩之、あかり、雅史、志保、レミィ、智子、理緒と良太。一年生の葵と琴音。自分の屋敷のパーティを途中で
抜け出してきた芹香と綾香。メイドロボのマルチとセリオ。全員が一斉に唱和し、互いのコップを打ち鳴らした。
「ひろゆき〜!ほら、飲みなさあい」
 いつのまにやら浩之の脇に陣取り、首に腕を回してくる綾香。
「うわ、酒くさ!綾香お前もう呑んでやがるな」
「そうよう、屋敷のパーティから来たって言ったじゃなあい。だあいじょうぶ。ワインなんて子供の飲み物よう
…え?なに姉さん?浩之さんが困ってる?別に困ってなんかないわよねえ、ひろゆきぃ?」
「困ってるよ困ってる!酔っ払いの相手するのにな!」
「んもう、いけずねえ」
 それからしばらく軽い話題──主に浩之の奪い合い──が続く。綾香が浩之をからかい、それを芹香が真面目
に受け取って怖い顔をする。葵と琴音がそれぞれ浩之の腕を取り、両側からあれこれ話かける。レミィがボケて
智子がツッコむ。理緒と良太がさりげなくお菓子の類を袋詰めする。
「…そろそろ口が寂しいわね」
「あ、うん、ほら。お料理、冷めないうちに食べて」
 全員の注意が、やがて会話から料理へと移っていった。全てをあかりが手がけた料理の数々は、これでもかと
美味を表現する芳香をあげている。
 皆の手が、料理の皿に伸びた。
「「「「「「「「「「「いただきまあす!」」」」」」」」」」」「……(ぺこ)」←芹香
 食物を摂らないマルチとセリオ以外の全員が、シチューをちらし寿司をターキーを口に投げ込む。

 美味い!

 と思ったのは最初の数秒のことだった。

  ぐぶはっ

 琴音、芹香、あかりと、体力に自信のない順から次々に倒れていく。どうでもいいことだがなぜか最後に倒れ
たのは綾香ではなく、理緒と良太だった。
「え?え?えええええええ!?み、皆さんいったいどうなさったんですかあ!?ひ、浩之さん!あかりさあん!
?」
 涙目であたふたとしはじめるマルチ。対して、セリオは冷静だ。
「……データ不足、原因不明。推測ですが、状況から判断して料理に問題があったものと思われます」
「え、あかりさんのお料理に?そんなあ!?」
「成分分析をしてみます」
 シチューをひとさじすくって口に入れるセリオ。
「……特に問題は無……………ガッ…ガガッ」
「セ…セリオ……さん?」
「ガガッ……リロード、リロード、……致命的エラーが発生しまシタ…バックアップよりシスてむヲ再構築しま
ス。作業中、作業中、しばラクお待チ下サイ……」
「セセセリオさあああああああああああん!?」

 そしてあとには、何も出来ないロボットひとりが残された。


 藤田浩之。ある意味最強の敵を葬った裕也は、高笑いをあげて跳び去った。
 満月に一瞬のシルエットを残して。



(引き続き後半をお楽しみ下さると嬉しい気味。)