そらのうた  投稿者:DEEPBLUE


管理者様、先輩の皆様方、はじめまして。
いつも楽しませて頂いています。

…ここって、一見さんがいきなり書き込んでっていいんでしょうか?
問題あればすぐぶちけしてください。

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   そらのうた 



 ごめんね、長瀬ちゃん──いまでも──大好き、だよ……


          1

 空はどこまでも蒼く晴れていて、まぶしくて、だけどそのぶん、僕達にはあまり優しくなかった。
 晴れた空気は、僕も、僕のすぐそばにいる君も、あの道をあるくあのおんなのひとも、あのおとこのひとも
いま体育館にいる僕達の同級生だった人たちも、君や僕の胸にささっているこの花も。ほら、いま空をまわっ
飛んでるあの鳥も。全部ちがういろだということをみせつける。
 ああ、ほら。聴いてごらん。
 歌っているよ。空が歌ってる。
 いや、歌ってるのは下の、体育館か?
 いや、その中にいる、にんげんたちか?
 ちがういろのにんげんたちがおなじいろにそまりたくてうたっているよ。

 君も…でも、歌っているのか。そうか、君も、みんなと同じ色になりたいんだね。
……なりたかった、んだね。

 あおげば、とうとし わがしの、おん


          2

「ほ〜ら、やっぱりここだ」
たそがれどきの、朱色の薄明。その静けさには少し似合わない、とても明るい声。
「ゆ〜う君!」
振り向くと、思ったとおりの顔が、元気一杯に微笑んでいた。
「やあ…沙織ちゃん」

 この、学校の屋上に、僕はいまでもよく来ている。
 それは、僕がまだ、あの事件の思い出から逃れられていないことを示している。

 いや…彼女から、か。

「祐君ほんと!屋上すきだね〜?なんか見えるの?」
僕の肩越しに、沙織ちゃんは金網の向こうを覗きこむ。
「あ〜、あ〜!テニス部!ミニスカート!君も好きだねえ。うりうり」
「ち、ちがうよ。ほら、きれいだろ、夕日」
「ま〜た、ごまかしてえ!この名探偵さおりんの目は欺けないぞ〜!」
「ちがうってば…」
夕日で、真っ赤に染まるんだよ。とても綺麗に。
彼女の、白い肌も、淡い色の髪の毛も。
優しくて、触れただけで壊れそうな微笑みも。

でももう、いないんだ。

「……?祐君?」
不安そうに顔を覗きこんでくる沙織ちゃんに、僕は作った笑顔を向ける。
「帰ろうか、沙織ちゃん」
「うん!あ、バーガー屋さん寄って帰ろ〜!あたしおなかぺっこぺこ!」
「はいはい」
苦笑して、もう先に行きはじめている沙織ちゃんを追う。
そこで、僕は忘れていたことを思い出して、振り向く。

さよなら、瑠璃子さん。また明日ね。


          3

 僕は、3年生になっていた。
 あの事件から、もうどのくらい経ったことになるのだろう。
 でも、いま僕が見下ろしている瑠璃子さんの寝顔は、あのときからずっと時の止まったままだ。
 隣のベッドに眠る、月島さんと同じに。
 二人は、兄妹仲良く、この二人部屋の病室で眠っている。
 もう目覚めることはない。二人の時間は二人一緒に、永遠に止まったままだ。
 僕にはわかる。だって、二人の時を止めたのは僕だから。僕は月島さんの時を止め…そして瑠璃子さんはお
兄さんの後を追って、自分で自分の時を止めた。
 二人の保護者である人は、二人を入院させたものの、それきりだ。自分で経営している病院なのに、診察も若
い先生に任せきりでいる。
 僕はときどきここに来ている。だけど少しずつ、その間隔が広がってきている。あの頃は毎週来ていたはず
なのに、今は一月に一回になっている。
 だんだん…薄れている。
 僕には、二人の義父を軽蔑する資格は無いのかもしれない。
 でも
“いいんだよ、長瀬ちゃん”
 瑠璃子さんの寝顔がそう言ってくれてる気がするのは…僕の甘えだろうか。
「祐君…」
「ん?」
不安そうな沙織ちゃんの声で、僕は我に帰る。
「ああ、もうそろそろ行こうか」
「うん…もういいの?」
「うん、…いいんだ」

 沙織ちゃんをこの病院に一緒に連れてくるのは、これが初めてだ。日曜日、沙織ちゃんの誘いを「病院にお
見舞いに行くから」と断った僕に、沙織ちゃんはたちまち畳み掛けてきた。
「あ、あやしー、あやしーぞー!女の子でしょー、それってえ!」
そして、ついていくと言い張った。僕は、すこし困ったが、了承した。沙織ちゃんの剣幕に押されて、という
こともあるかもしれない。でもそれ以上に、瑠璃子さんに報告したかった。
 ほら、僕は幸せだよ。
 ほら、僕は寂しくなんかないよ。
 ほら、僕はもう、泣いてないよ。
 だからもう、大丈夫だから…心配しないで。

「ねえ、祐君?あの人って、どんな人?祐君とどんな関係?」
「え?あ…うん」
そうだ、沙織ちゃんは彼女のことを覚えていない。あの事件に関する記憶は、沙織ちゃんの中から僕が全て消
してしまったから。

「…ええと…」
「あ!やっぱりいい!ごめんね、これは祐君の問題だからね!」
僕が逡巡するのをみて、沙織ちゃんは勝手に解釈して遠慮してしまったようだ。でも、今の僕にはありがたい。
「ごめんね」
「な、な〜んで謝るかなあ。あははは。いいんだって!ただ、なんとなく…」
「え?」
「なんかあの人…知ってる気がするから」
え?
「…て、そんなわけないよねえ!あたしってばもう!でも今の台詞、ちょっとドラマっぽくって良かったと思わ
ない?」
「…沙織ちゃん、あの…」
そんなわけはないんだ。彼女の忌まわしい記憶は、僕自身が消したのだから。
「でも、祐君…あの人見てたとき、すごく優しい顔してた」
「……」
「それに…泣きそうな顔してた」
「そんな…ことない」
そうだ。そんなわけない。
今の僕には沙織ちゃんがいる。僕は幸せのはずだ。
そうじゃなくちゃ…瑠璃子さんが心配するじゃないか。


          4

 いつものように学校へ行き、いつものように授業を受けた。
 以前はこの時間の空虚さが嫌だった。空虚な時間の中にいて、僕自身まで消えてしまいそうで嫌だった。だか
らその空虚を、僕は妄想で埋めていた。破壊の妄想で。
 だって世の中がみんなが僕を殺そうとしてたんだ。見た目にはおんなじの、だけれど別の何かと僕を入れ替え
ようとしてたんだ。だからみんな殺さなきゃ、僕が死んじゃう。僕がいなくなっちゃう。
 僕がいても誰も何も変わらない。だから僕はいない。僕が誰かをころせれば、そのとき僕はここにいる。僕が
世界をこわしたら、ぼくはたしかにここにいる。

 けれど、瑠璃子さんが救ってくれた。瑠璃子さんが僕をみとめてくれたから、世界をこわさなくても僕はいま
ここにいられる。
 今日も夕焼けだから、僕はまた屋上にいる。毎日授業が終わると、ほとんどまっすぐここに来ている。
 晴れていれば、だけど。
『晴れた日はよく届くから』
 うん、いまならよくわかるよ。瑠璃子さん。
 だって、聞こえるもの。瑠璃子さんのコエ、とてもよく届くもの。
『泣かないで、長瀬ちゃん』
 泣いてないよ。泣いてない。
 
 泣かないで長瀬ちゃん。
 泣かないで長瀬ちゃん。
 なかないでながせちゃん
 ナカナイデナガセチャン
 ナナカデカカチャラセイデナガチャナガイデカナカセイナナデ…

「泣かないで長瀬ちゃん」が、空気に混じって溶けて流れて消えて、


「泣かないで、祐君」
 はっ、と、僕は顔をあげる。
 あの瞳が、蒼い月の光のように優しく僕を見下ろしている。
 あのときのように。

「るりこ…さん?」
「ムッ!…だれよそれ〜!」
赤い髪の女の子が、仁王立ちで僕を見下ろしていた。
「あ…沙織…ちゃん」
 なんで間違えたんだろう。全然ちがうのに。あの目は、あの瞳は、他の誰にも似ているはずないのに。
 だけど一瞬、たしかにあのとき。
 深い深い湖の、深夜の月の光を照り返す水面のうらの、その水の黒が。
 凍りそうなほど冷たくて、死にたくなるほど暖かくて優しくて、何も見てはいないのにぼくを見てくれている
瞳が。
 僕を見ていたんだ。
「ちょっと!祐君!せ・つ・めーしなさい!」
「ご、ごめん。勘違いだった」
「だ〜か〜ら〜!誰と間違えたんだってば!?」
「だって、あんなこと言うから…」
「あんなこと?」
「“泣かないで”とか」
「だって…」
沙織ちゃんは少しうつむいて、考える仕草をした。
「ほんとに一瞬、祐君が泣いてるように見えたんだもん。不思議だね、あたしなんでそう思ったんだろ。祐君涙
も流してないのにね」
 沙織ちゃんは、笑った。いつもの沙織ちゃんの、元気な微笑みだった。
 だけど、僕は見てしまった。
 一瞬。ほんの一瞬。
 僕を見て微笑んだ沙織ちゃんの瞳のひかり。僕をいつも元気付けてくれたあの光が、澄んだ沼の泥みたいにと
ろりと溶けて淀むのを。
「ほら、日が沈んじゃうよ。祐君の好きな夕焼けタイムは終わり。早く帰ろ?」
 僕の強烈な不安を、元気な沙織ちゃんの声が引き裂いてくれた。
 気のせい…か?…そうだよな。
「う、うん。でも、なんで夕日が好きだって?」
「嫌いなの?」
「いや、その、好きだけど」
「わかるよ」
彼女は、にんまりと微笑んだ。
(いつもここにいるんだもん)
…僕はそう続くのを期待したのだが。沙織ちゃんの答えは違っていた。
「祐君だもの」

長瀬ちゃんだもの

「…え」
瑠璃子さんの「その言葉」を、僕は聞いた記憶も無いのに。
沙織ちゃんの姿に、瑠璃子さんの影が重なって消えた。


          5

「とり」
「鳥?」
「そう、とり」
 昼休み。僕は「一緒にご飯食べよー!」と半ば強引に沙織ちゃんに連れ出され、屋上に来ていた。
「まだ来ないのよね」
「鳥が?」
「うん、とり」
「鳥……渡り鳥、ツバメのこと?」
 ツバメなら、たしかに毎年やってきて学校に巣をつくる。
 でも、そんな季節はもう少し先だ。
「?…とりは、とりでしょ?」
 不思議な目で、僕を見る。
 それはまるで、僕の背中のずうっとうしろのそらを見つめるみたいに。
 やがてやってくるその「とり」を見ているみたいに。

 それはまるで──。
 「彼女」の、瞳のように。 

 僕はまだこのとき、それが前兆だということに気付けずにいた。
 あるいは──それを不安と感じつつも、認めたくなかったのか。





 その時を、僕自身が望んでいたことに。


          6

 君についてひとに問われたら、僕はなんと答えるだろうか。

 ボクハカノジョヲアイシテイマス。

 ほんの少しでも、事情を知る人に問われたなら?

 僕ガ彼女ニアワナカッタナラ、コンナ不幸ハナカッタダロウニ。
  

 そうして僕らは浴びることになるのだろう。「カワイソウニ」と「ガンバッテネ」の大合唱。ぬるま湯のシャ
ワー。暖かい笑顔をどうでもいい本音で薄めたぬるま湯のシャワーを、「アリガタイ、アリガタイ」と、風邪を
ひきそうになってもがまんして。


 どうでもいいんだよ。どうでもいいんだよ。君たちの言葉なんか。

 
 「自分を愛せない人間は、他人を愛せない」
 そんな嘘を、いつから誰が言い出したんだろうね。
 
 僕は彼女を愛している。
 あどけない顔をして、いま僕の目の前で、つたなく歌う彼女を愛してる。

 あ…げばぁ……とおしい、……おぅ…おおん…

 彼女が彼女の身代わりなのだと自覚してなおもいま、僕は彼女を手放せずにいる。


          7

 少しずつ、少しずつ。
 雨だれが庭石を穿つよりもなお、密やかに。

 それは、あの事件の後遺症なのだろうか。
 ゆっくりと君の瞳の縁が滲んでゆくのを、僕は止めることも出来なかった。

「祐君…あれ?なんでここにいるの」
 屋上で、並んで昼食を食べてた僕に、彼女は言った。
「なんでって?」
 僕の笑みは、きっととても不自然で、ひきつってさえいたのだろう。
「あれ、だって、雲が。あれ。えと。ううん。…ごめん。なんでもないや」

 沙織ちゃんの中で、僕のいる世界と違う世界とがゆっくりと混じってゆく。
 コップの水の底にたまった砂糖がゆっくりと溶けていき、水を水でないものに変えて行くように。

 それでも僕は沙織ちゃんを、明るい沙織ちゃんを、変わらない部分だけを変わらないままに見ているつもりだ
った。


          8

「今はね」
 うん
「夕日が出ているからいいんだけど」
 うん、綺麗だね。
「うん。でも、金の弓があったらいいのに」
 金の、弓かい。
「そうすれば月まで届くと思うの」

「そうすれば月はびちゃびちゃ血を流して、」

「地球はみんな真っ赤になるの」

「みんな、ずっと、おんなじ色になるの」

「ねえ、いいよねえ」

 いいね。それはとてもいい考えだね。


 頭を撫でてあげると、彼女はネコみたいに目を細めて、とても気持ちよさげな顔をする。
 そんなとき、僕は昔の彼女の、今はもうあまり見せてくれなくなってしまった、悪戯っぽい笑顔を思い出す。

 でも、今の笑顔も可愛いよ、沙織ちゃん。


 近頃は友達が彼女を避けはじめたらしくて、彼女は以前以上に僕の傍にいる。

 僕がもう少し、馬鹿じゃなかったら。
 せめて学校にいるあいだは、君はなんとか、いままでどおりにやっていけたのだろうか。


 あの日以来、初めて彼女を抱いた日。
 お互いの身体をまさぐりあうあいだは、くすぐったそうな、気恥ずかしそうな表情をしていた彼女は。
 その時、泣き笑いの顔をした。
 とてもひきつった恐怖の笑みを。
「…『長瀬君』……」
 ひとこと僕をそうよんで、それからまどろむように瞼を閉じる。

 少しずつ、一歩ずつ、扉に近づいていた彼女は、
 そのとききっと扉を見つけ、開いてしまった。

 しばらくしてもう一度開かれた瞳には、もうきらきらした真夏の星の光はなくなっていた。
 かわりに薄雲に滲んだ月の光が、優しく僕を映していた。


          9

 思えば、いととし。ゆく、年月。

 いまこそ、わかれめ。

 いざ、さらば。


 とても伸びやかな綺麗な沙織ちゃんの歌声で、僕達だけの卒業式が終わる。


『すまんな、祐介』
『謝るのは、僕にじゃないでしょう』
『…そうだな。だがお前にも』
『いいですよ──どうせ生徒の親たちの要請でもあったんでしょう。キチガイと卒業式なんかできるか、とか』
『そういうな、辛い立場なのはこっちも一緒だぞ。あんな事件もあったことだ、向こうだってピリピリもする。
…だが…すまんな』
『いいですよ。どうせ、他に別れを惜しむ奴だっていやしないんだ。…新城さんと、一緒にいるよ』


 歌い終わった沙織ちゃんが、ゆったりとした笑顔で僕を見ている。
「上手だったよ、沙織ちゃん」

「イザ、サラバ……祐君とも…サラバ?」
 沙織ちゃんの瞳が、少しだけ不安に揺れたように思えて、僕はすぐに首を振る。
「僕はいなくならないよ。ずっと沙織ちゃんのそばにいるよ」
 僕の言葉に応えるように小首を傾げて、沙織ちゃんは今度ははっきりと、笑った。
 だけど沙織ちゃんは、そのあと全然別のことを口にした。
「いい天気だから…よく届くね」
「え?」
 なにが?、と僕が問う前に、彼女は続ける。
「電波」
「電波?」
「月島さんのは痛くていやだったけど、祐君のはあったかくって、スキだったよ」  
「僕の…電波」

 そのとき。

 僕は唐突に気がついた。



 僕だ。

 僕だ。

 こうしたのは、僕だ。

 結局瑠璃子さんを忘れられなかった、僕だ。


 僕は結局──月島さんが太田さんにしたのと同じことを彼女に──




「……!」
 縋り付く僕に驚きもせず、彼女は、だけど少し嫌げに身をよじる。
「痛いよ」
 だけど僕は、腕を緩めなかった。
「ごめんよ。ごめんよ。沙織ちゃん。ごめんよ。僕は」
「祐君」
 彼女の胸に顔を埋めた格好でいるからわからないけど、きっと彼女は、困ったような、『しょうがないなあ』
っていうような笑顔で、僕を見つめているんだろう。
「泣いてるの。祐君」
 彼女の冷たいてのひらが、僕の頭に乗せられる。
 いまだ春に溶けきらぬ、冬のように優しく。
 僕は子供のようにみっともなく、彼女の制服を濡らし続ける。 


「おいていかないで──」

 沙織ちゃん。

「僕も…つれていってよ……!」

 ──瑠璃子さん。



 もう僕には、扉が、見えないんだ。



「泣いちゃ駄目だよ」
 彼女のてのひらが、僕の頭を優しく撫でる。まるで「彼女」のように、優しく、優しく。「僕が思うままの彼
女」のように、優しく。
「泣いちゃ駄目だよ」

 泣かないで、長瀬ちゃん。
 泣かないで。





 もうとっくに、卒業式は終わったのだろう。

 夕日が見える。


 あなたの溶けこんだ夕日。

 いま、君の姿を滲ませている、夕日。




           <了>


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…なんかとっても同ネタ多数っぽいので、みつけちゃうまえに書き込む卑怯者(^ ^;

本来なら皆様の作品の感想なり書き込むべきなのですが、わたし感想とか批評とかを表現するのがすごく苦手でして…このSSをもってつたないラブコールとさせてください。

お目汚しでございました。