呪詛  投稿者:ALM


(この文章は、拙作”否定””魔笛”の続編にあたります。不可解な表現が所々に現れると思いますが
ご容赦下さい)
  


  ここはY県の山奥。
  人を拒むようなたたずまいを見せる山林の獣道を、一人の女が歩いていた。
  流れるような黒髪。整った顔立ち。
  今を生きる殆どの人が思い浮かべる。ステレオタイプな魔女の服装。
  黒いとんがり帽子、黒いローブ。
  その象牙を思わせる肌と、ある種の雰囲気を持つ古びた箒を除けば、何もかもが黒かった。
  本当の夕闇がさしせまるこの瞬間においても、その存在が闇に飲み込まれることはない。
  
  今まで歩いていた獣道が途切れていることに女は気づく。
  そして、しばし考え込むような素振りを見せた後、何かを唱え始めた。
  あたりの空気が一変する。
  不可思議な空気の振動。
  強くもなく、弱くもなく、それでいて何かを呼び起こしそうな言葉。

「・・・誰ですか?」

 声があたりに響く。
 腐り落ちた感情が言葉の端から吹き出してきそうな声。
 聞くものすべてを戦慄させ、不快にさせる声だった。

 ああ、そこにいたんですね。

 女は、かぼそい声で声のした方向に応え、歩みを進めた。
 

「誰ですかって聞いているんです」

 回りの草が次々と萎れていく。
 動脈を切られた人間が上げるようなうめきが、あたりに満ちる。
 感ずる力があるならば、たちどころに発狂してしまうであろう状況。
 それでもあたりが救いようのない位の腐敗に満たされるのを見ながら、女は平然としていた。

 それをやめてほしくて、ここに来たのです。

「それって、もしかして”この事”ですか?」

 招かれざる来客に対する、軽蔑、優越、怒り。
 声の成分がどんどん感情に侵食されていく。
 うめき声はますます大きくなる。
 紅葉に身を包む楓の、体だけ大きい杉の兄弟たちの、みんなのうめき声。
 いまわの際の合唱。

 そうです。

 それでもなお変わらぬ姿勢。
 あたりのうめき声が止む。
 静まりかえった森の中に、姿なきものの声が響く。
 みずみずしい夜の風景はもうそこにはなく、あたりは冬さながらの死の風景に満たされていた。

「関係ないでしょう?あなたには」

 さっきまでとは違い、冷静な含みを持った声だった。
 女は虚空に向かい、視線を向けてかぼそい声でこう続けた。

 ここの人たちは、わたしの友達です。

「人、ねえ・・・」
「随分と多いんですね、お友達が」

 影をひそめていた言葉のとげが、再び顔を出す。

「それで、お友達じゃない大多数を殺して平気な顔、ですか?」
 よく、わかりません。
「そういう概念が嫌なんです」
「僕は、僕がしていることを正しいことだと思っている」
「見ず知らずの人に邪魔されるいわれはありません」
  強い調子で言葉は続く。
「これ以上ここにいるつもりなら・・・」

  私はあなたを知っています

  一瞬、時が止まる。

  私はあなたを知っています。
  あなたがどんなふうに生きてきたか
  あなたは何が好きだったのか
  何が嫌いだったのか
  何に絶望させられたのか
  何に救いを求め、誰に裏切られたか
  その結果、何をしたのか
  どんな最後だったのか
  全て、知っています。

「黙れ!」
  気押されるくらいの怒りが、四方八方に飛び散る。
「もしあなたが全てを知っていたとしても、あなたは当事者ではない!」

  それでも平然とした顔で女は話を続ける。

  違います。
  私は、貴方達の一族を管理すべきだった。
  罪なき子供たちを使って
  人々の未来を奪い
  私の愛した人の未来を奪ったあなたを
  捨て置いたのが間違いだったのです。

  そして、悲しそうな目を虚空に向ける。

  貴方は償う前に物の怪となり、世界に火の粉を振りまこうとした。
  神々はお怒りです。
  せめてもの慈悲により、私は遣わされました。

「何をふざけたことを・・・。ここに貴方がいるのは貴方自身の意志でしょう?」
「それとも、貴方が神の使いだとでもいうつもりですか?」

  嘲笑うような口調。
  そして、牙をむいた。

「だったら、なおさら僕にとっては不快でしかない」
「消えて下さい」
  闇に染まった緑がうねりを挙げる。
 
  その体が奔流に飲み込まれるその時も、女は表情を変えることがなかった。






  みんな、びょうどうだってしんじてた。
  ようちえんでおはなししてもらったおさるさんとかにさんのはなし。
  みんなはかにさんがかわいそうだといった。
  おさるさんがかわいそうだといったのはぼくだけだった。
  わるものあつかいされて、いじめられた。
  おとうさんも、おかあさんも、おじいちゃんも、いそがしくてぼくのはなしをきいてくれなかった。
  ぼくはむくちになった。
  たくさんのえらいひとが、よわいひとをたべて、そのたびにおおさわぎになった。
  せんえいはぼくのはなしをきいてくれなかった。
  ぼくはうたがいぶかくなった。
  おおきくなっても、ぼくはいじめられた。
  かげをすてたら、いじめられなくなった。
  ぼくがすてたかげは、かみのむこうににげこんだ。
  かみのうえで、ちきゅうがこわれると、ぼくはうれしくなった。
  みんなが、ぼくがしねば、いたくないとおもった。
  ないてるおんなのこがいた。
  ぼくとおんなじだとおもったから、たすけてあげようとおもった。
  でも、しっぱいしてそのおんなのこはしんだ。
  なんでおんなのこはしんだんだろう。
  ぼくはおんなのこのしたいをたべて、つよくなった。
  つよくなったら、ひとがいやになって、ころしたくなった。
  ひとにいじめられるにんぎょうたちに、おしえてあげた。
  にげても、たたかっても、いいんだよって。
  そのせいで、たくさんのひとがしんだ。
  でも、わるいひとはまだたくさんいた。
  しぬきでさけべば、わるいひとがせんぶいなくなるとおもったのに、
  なんでまだぼくはここにいるんだろう。
  

  私は怨念の操る樹木に飲み込まれた。
  そして今、取り込まれ、分解されようとしている。
  今、感じているのは悲しいほどに純粋な魂。
  生きることの中に救いを見出せなかった魂。
  私は生きる。
  本当に悲しいけどあなたはもうおしまい。

  あなたは考えすぎる子だから、冥府の番人は気に入ってくれるはず・・・。

  終わりの歌を口ずさむ。
  目の前の魂が消えていく。




  


  どれ位の時間が経過したのだろうか。
  漆黒の空は白みはじめ、秩序を失った森が朝露をその身に纏う。

  枝が折れる音があたりに響く。
  しばらくそれが続いたかと思うと、女が森の死骸から顔を出した。

  女は、まだぼんやりしている。
  しばらくして女は何を思ったか、空を見上げ語り掛けた。

  地神さま、全て終わりました。

  すると、それに応えるようにして森の死骸が色を取り戻した。

  声が聞こえる。

(極東の魔女よ、我が子たちを救ってくれて嬉しく思う)

  私は、責任を果たしたまでのことです。
  賢者の石の一族は、今は私の元にあるのですから。
   
(まあ、そう言うな。世界をおぬしが救ったことには変わりないのだからな)
(あの者が骸を火の粉に変えれば、わしは世界を冷やさざるをえなかった)
(おぬしはすべての生けるものを氷から守ったのだ)

  女は、少しだけ悲しそうな表情を浮かべ、かぶりをふる。

  私は、この者がこうなる前に何か出来たはず。
  もう2度と同じ失敗をせぬように勤めます。
  ご迷惑をおかけしました。

  
  樹木の隙間から体を抜き、何事も無かったように歩を進める。

  その先には、白骨化した死体がとり残されていた。

  懐から山刀を取り出し、女は一言呟いた。
  山刀がひとりでに動き出して白骨の首をはねる。

  女は、その頭を大事そうに抱えると、夜明けの空へ飛び立っていった・・・。

    
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   期待している人がいたかどうか非常に疑わしい”否定”シリーズですが、
ようやく決着を付けることが出来ました。

   応援してくださった皆様に深く感謝しますと共に、不快にさせた皆様に
お詫び申し上げます。


  一応、補足しておきます。
  
  祐介が電波を使える原因についての論文が全然無かったので、そこらへん
にファンタジーの要素を突っ込んで
”脳の中の物質の希少物質を媒介にして、電子の操作を可能にすることが出来る”
”それが賢者の石と呼ばれるもので、長瀬一族の中に時折そういった存在が
現れる”
  といった要素をでっちあげました。


  あと、「氷云々・・」という部分は、
「温暖化が進み過ぎると、いきなり氷河期が来てしまう」という学説に由来してい
ます。
  思いっきり強引なので、指摘をたくさん受けそうですねぇ(汗)。

レスです。

>夜蘭さま
>霞タカシさま
>久々野 彰さま
  感想ありがとうございました。
>ご指摘の数々
  ・・・やっぱ強引すぎでしたねぇ。
  反省します。

>ざりがにさま
>”コップ一杯の狂気””メイドロボ処分SS”
  古い作品の感想ですいません。
  いや、マジで好きです。こーいうの。
  大ファンになりました。
  ”パイロット”、どうなるんでしょう?楽しみです。


>takatakaさま
>”東鳩はコンピューターに卵を産む”
  最高ですなぁ。
  ギャルハッカーは伊達じゃありませんって感じですか・・・。

  この路線で
”23人のビリー・ミリガン”−>”13人の藤田浩之”なんてのもできそうですね。
  二人ほど余計?気のせいでしょう(笑)



  失礼しました。では・・・