とある会議室。 小太りした男とその取り巻き。 テ−ブルを挟んで、僕がいる。 「だから、このテ−ブルじゃいけないっていってるだろ!?」 その男は書類を机の上に放り投げると、僕をねめつけてこう続けた。 「大体、先方の都合ってのもあるんだから」 「これだからスポンサ−と会ってないやつは困るんだよ」 その男は耳鳴りを呼び起こすようなその声で一通り僕をなじり終わると、一息ついてこうのたまった。 「ここのタレント、俺が選んどくからな」 僕は、その声に合わせて出来るだけ殊勝な顔付きを選び、彼に向かってこう言うのだ。 「すいません・・・。」 彼は仏頂面を崩さない。僕を萎縮させる為だ。 どうしてそれが分かるのか、それは僕が怪物だからだ。 その男の思考が電気の粒となって流れ込んでくる。 (これで俺には逆らえんだろ) (しかし顔見せに出ないでよくこれだけ仕事が出来るもんだ) (まあ、これ以上使えんようなら絞るだけ絞って・・・だな) (しかし、本当に不気味なやつだよ) 「もう行っていいぞ。制作部には顔だしてけよ」 「失礼します・・・」 部屋を出る。 僕はその足で局の入り口にある自動販売機に向かった。 甘ったるい缶コ−ヒ−の味が僕の意識をはっきりさせる。 手に負えない倦怠感を感じながら僕は考えを巡らした。 僕がここにいる理由は何だろうか。 美味しい仕事だからに決まっているじゃないか。 既知外がコマ鼠のように動き回っている腐った世界であることを除けば、世間体もあるし、高給取りにもなれる。そして世の中に置いてかれることも無くなる。 その為には、今日のような上層部の権力の示威行為も甘んじて受けなければいけない。 僕は知っていた。 その男は、僕が選んだタレントのライバル会社に接待を受けていた。 だから、僕が考えたタイムテ−ブルは都合が悪いのだ。 そこさえ変えられれば、あとはどうでもいいように見えた。 ヒエラルキ−は生きている。 ある意味仕方のないこと、必要悪というやつだ。 道徳教育を教え込まれたよいこちゃんなら、彼等の理不尽な要求も霞みに邪魔されて直視出来まい。 霞みの向こうが見えるということは、便利であると共に残酷でもある。 何せ、取捨選択を行った最後には人っ子一人残らなくなってしまうのだから。 それが本当に悲しいことではあるのだろうけれども、僕はそれが分からなくなってしまっている。 そのことにさしたる感慨を持つ事も無く、僕は前に進む。 それでいいさ。 僕の親父も、何も考えなかった。 結果、機構に疎まれ、無能な人間でなかったにも関わらず山間部の僻地に飛ばされた。 せめて家族にいい顔しておけば、あんなに傷つくこともなかったのに。 僕も親父も、お母さんも。 僕はあの高校を出たあと、猛勉強の末に最高学府と呼ばれる大学に合格した。 色彩の無い世界にいたころの僕のままだったら、天地がひっくり返っても無理だったと思う。 ひとえにそんな離れ業を成し遂げられたのは、他でもない”力”のおかげだった。 遊び惚けることもなく無難に学業に努め、そして選んだのがこのTV局だった。 入社からもう3年もたつ。 仕事は人一倍の成績だったが、宴会に顔をあまり出さなかったために上層部に疎まれる結果となった。やはり僕は親父の子供らしい。 この業界の人間は、人一倍飲み、人一倍買う。 さっさと壊してもよかったのだが、仕事のやりかたを知っているのも彼等だ。 僕が彼等と同じ能力をつけるまでは生かしておいてやろう。 そう思った。 これから、僕はどんなふうにしてこの仕事に向き合うのだろうか・・・。 取りとめなく、そんなことを考えながら制作部に向かおうと何げなく振り返った。 白髪の軽薄そうな男が、もう一人の男と話している。 たしか・・・、制作部のバイトADだったよな・・・。 僕は、彼等の話にそれとなく耳を傾けてみた。 軽薄そうな男は立て板に水を流すように喋り続ける。 この男、誰だ? 上層部の人間にも、心当たりはない。 男は続ける。 「うん。 あれはせいぜい趣味に留めてた方がいい。 感性のままにラブソングなんて書いてたら収拾つかなくなる」 アーティスト・・・かねえ。 いるんだ。消耗品のくせに自意識だけは一倍のやつが。 「はあ…」 バイト君はただあいずちを打つのみ。 「自分の恋心の始末もつけられないのが愛の詩なんか書いて、ヒステリックになってくのが常識みたいだからな」 「だ、誰かそういう人が…?」 「んー…? 個人的には誰をも指してないけどな…」 「多いよな、最近」 「はあ…」 「ふん…。あれは要は、脂ぎった感情をいかにドライに処理するかっていう、冷徹この上ない作業なのにな」 冷徹・・・ねえ。 「即興芸術とは違うんだよ、この場合」 「はあ…」 「たとえば恋人が車にひかれたとするよ」 「いきなり嫌な例えですね」 「まあ黙って聞いてくれ」 「ひかれた恋人は血まみれだ」 「要するに、それを冷静に写真に収められるかってことなんだ」 「考えてみろ、写真の写りは鮮明な方が、観る奴らは大喜びするんだぞ。 感情に駆られて死体に泣きすがったって、作品にはならないんだ」 ・・・。 「ま、まあそうでしょうね…」 「苦しい恋愛や綺麗な恋愛を、苦しいまま綺麗なままに歌にできるなんて、 そりゃあ、なあ、あんまり感心できた作業じゃないんじゃないかなあ」 「そういうものですか…」 「これがね、感情のままに恋人の死体にフラッシュ焚いてさ、ブレてできた写真は芸術にはなるかも知れないけど、 ちょっと俺にはできそうもないね」 「でも、あれだけの感性で…」 「感性と感情はこの際関係ないぞ。 ここは覚えておけよ、青年」 「それ判ってなきゃ、上手いラブソングなんか書けないんだ」 「はあ…」 しばらく、動けなかった。 胸が、痛かった。 僕は、彼らが去っていくのを呆然と眺めていた。 クルシイママデ、キレイナママデ。 テニオエナイ感情。 覚悟が出来ないままで、僕は生きている。 人を食らって。 僕が生きていることは、本当に自然なことではなくて、その男が言った”感情のままの写真”そのものなのだろうか・・・。 そう思った。 その瞬間だけは、陽光の差し込まない指令塔が疎ましく感じられた。 それと同時に、彼に対する強い興味が僕の中に存在するようになった・・・。 コメント:少年は、異端と出会う。