魔笛 -zauberfloete- 投稿者:ALM
/*これは、拙作”否定”の続編です。
    単品では全然分かり難い作品だと思いますが、ご了承ください。*/

 
  新緑が映える山道を黙々と歩く。
  全く何もない。
  獣道がただ続いているだけ。
  むせるような草いきれも、
  やぶ蚊の群れも、
  どうでもよかった。
  全てに悩むのも、これが最後なのだから。

  あの日からもう数年経つ。
  僕は、衝動によって人を壊し、その罪によって彼女に”壊された”。
  思えば、あの日から、僕が厳密な意味で”人間”でなくなった日ではないだろうか。
  肉人形とは違う、けものとも違う。
  何度も自分を傷つけているうちに、平気で人を殺せるようになっていたのだ。
  当たり前だ。
  自暴自棄な人間が人にかける情けなど持ち合わせているものか。
  情け、痛み、苦しみ、悲しみ、そして喜び、その他もろもろ。
  バランスの欠けた心は、戻そうとする力がない限り、崩れていくしかない。
  くずれていく過程で恐いのは、粗暴ではなく知性。
  しばらくは虚無感を埋めようと漫然と試みを繰り返していただけだが、それでも僕の
  崩壊は止まりはしなかった。
  そして、僕は力と知性を用いてガラクタ達に”本能”を与え、沢山の人たちを殺戮し
た。

  僕が引き起こした荒れ狂う非日常も、昔のように僕の心に彩りを添えることはなかっ
た。
  暗闇も光もごちゃごちゃに混ざり合っていく。
  喜怒哀楽も、本能も、全て、ごちゃごちゃになる。
  エントロピーは、0になる。

  ・・・。


  僕は、今、山を登っている。
  何かに呼ばれたような気がして、気がついたらここにいた。
  手にもつ地図には、山小屋に大きなバツ印がついていた。
  背中には小さなリュック。
  記憶にないように見えても、全て僕がしたことだ。
  いよいよおしまいは近い。

  足を進めるうちに色々な言葉が僕を掠めた。

  漱石が本の中に書いた外国の詩人の言葉。
  たしか、”詩人には詩人なりの苦労がある。”
          ”感じる必要のないことさえ感じてしまうのだから”
  と言っていた。

  苛ついたときにいつも聞いていたラップの歌詞。
  僕は音楽よりも歌詞を聞くほうだった。
  安っぽい愛を歌う人が少ないところが好きだった。

  いままでにあったいやなことすべて。
  ことばにしないで、つつみこむ。
  ぼくをこわすとしても。

  よかったことはすべてわすれる。
  それがぼくだから。

  頂上が見えた。
  到底人が泊まれそうにないようなボロボロの建物が僕を出迎えた。
  空き地が切り裂く林の穴から、青い空を見上げる。
  その青さが、
  僕が何をするためにここに来たのか、それを思い出させたような気がした。

  魔笛を、吹くためだ。
  正義の味方を。
  おざなりの試練を。
  嘘つきな鳥落としを。
  全部がけの淵から突き落とす為のハメリンの笛。
  全てのワーグナー達の鼓膜を破れ!
  全てのロメロ達に活力を!

  ぼくは、でんぱをあつめだした。
  これいじょうにないくらいに。
  しんけいはいきているのだろうか。
  ちからとふるえだけがあたまのなかをふるわせる。
  ”ちりちりとしたかんかく”はどこにいったんだろう。
  ねっとりとしたかいかんも、
  れいせいなるにじゅうじんかくも、
  すべてごちゃごちゃになれ、
  すべて・・・!!



  数ヶ月後、彼はY県の山中で腐乱死体となって発見された。
  だが、彼の妄念が生み出した傷跡はあまりに大きなものであり、
  死してなお色々な所で人々を苦しめることとなる。

  彼が最後に吹いた笛の音はいったいどんな音色だったのか。
  知っている人がいれば教えて欲しい。

/*以下、後書き。*/
  お目汚し失礼しました。
  今回のコンセプトは、否定を自分の中で終結させるために、
  他の人が書いた”TRUE後の祐介自滅STORY”に自分なりの方向づけをしてみたつもりです。
  R/D氏の”歌劇”を見て思い付きました。
  意見、感想、その他もろもろ、待ってます。
    
コメント:”否定”続編。