「約束」第20章 上洛  投稿者:DOM


「約束」
The Days of Multi <番外/時空編>
第20章 上洛



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<おもな登場人物>

 柏木耕治    かつての次郎衛門。官は能登介。能登の守護にして雨月城主。
 小太郎     耕治とリネットの間に生まれた男子。
 マルチ     21世紀初頭に製造された試作型メイドロボ。
 セリオ     マルチと同時期に製造された試作型メイドロボ。
         自律型データベース「セレナ」の中によみがえる。
 HM1377  22世紀から来た20体のメイドロボ。
         戦闘用にカスタマイズされている。
 静原主水    天城氏の旧臣で今は柏木氏に仕える。かつてのエルクゥ討伐隊の一員。
 長瀬源忠    もとの中村新左衛門。畠山氏の旧臣で今は柏木氏に仕える。京都目付。
 佐々木氏興   もとの京極氏広。近江守、近江・飛騨の守護。
 禧子(よしこ) 前天皇の娘。「六の宮」と呼ばれる。
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「上洛か……」

 すっかり大国の城主にふさわしい風格が身についた耕治は、重々しい声を出した。

「今がその時期、と申すのか?」

「御意」

 使者が頭を下げて肯定の意を表する。
 京の長瀬源忠からの使いだ。



 源忠を目付として都に派遣してからほぼ一年。
 その短い期間に二度も陰謀騒ぎがあった。いずれも、公卿と幕閣の中の反柏木分子によるものだが、
その都度源忠によって事前に摘発され、事なきを得ている。
 しかし、こうたびたび騒ぎが起こるようでは、やはり油断はできない。
 ことに、そうした陰謀のたびに、必ず将軍家や皇室をかつぎ上げて利用しようという動きが見られ
るのが厄介である。
 ここらでひとつ、耕治自ら大軍を率いて上洛し、武威を輝かすと共に、天皇・将軍から直々に覇者
としての地位を確認してもらい、反対派の策謀を抑えるのがよいのでは、というのが源忠の提案で
あった。



「−−西国では、細川、山名、大内などの有力大名も、
 あわよくば天下に覇を唱えんと上洛の機会を伺っております。
 ここは長瀬殿の申される通り、とりあえず上洛を遂げておくべきかも知れません」

 使者が宿舎に引き取った後で、セリオがそう意見を述べた。
 ……東方では、関東一の有力大名である扇谷家の上杉との友好関係が続いており、今のところほと
んど憂うべき点はない。
 もちろん、かつての小笠原氏の裏切りで懲りているので、全面的に心を許しているわけではないが、
美濃・信濃・上野などの新領もほぼ安定しており、いざと言う時の守備体勢も万全である。
 一軍を率いて上洛するための機は熟した、と言ってもよかろう……

 間もなく耕治は、静原主水を雨月城の留守居役に任じると、メイドロボ親衛隊を筆頭に、夥しい数
の騎兵・歩兵を率いて上洛の途に着いたのである。



 先の源忠の場合とは規模の違う大軍上洛の報に、都中大騒ぎとなった。
 これまでの陰謀騒ぎは市中にも知れ渡っていたので、てっきり怒りを燃やした耕治が朝廷や幕府を
軍靴に踏みにじるつもりだと思われたのだ。

「お上(天皇)には位を宮様(皇太子)にお譲りあって出家なさるそうな」

「関白様、大臣様方もすべて官を解かれるとか」

「公方様(将軍)は幽閉され、側近はことごとく首を刎ねられると聞いたぞ」

 さまざまな流言飛語が巷に溢れ、都は騒然となったのである。



 そのうち、帝(みかど)が悪夢にうなされるようになった。
 内容は日によって少しずつ違うが、必ず「鬼」が登場する。
 身の毛もよだつような悪相をした赤鬼青鬼の群れが、刀剣を引っさげ、松明を掲げて夜の御所を襲
うのだ。
 鬼どもは、男と見れば切り殺し、女に会えば嬲りものにしつつ、所々に火を放ちながら、帝の姿を
探し求める。
 物陰に身を潜めて震えていた帝は、やがて鬼どもに見つけ出され……

 目が覚めた時には、恐ろしさに汗だくになっているのが常であった。
 それが毎晩続くのである。
 帝は次第にノイローゼ気味になってきた。
 ついにたまりかねて、陰陽博士らを召し、この夢の意味と、それから解放される方法を尋ねたとこ
ろ、博士らはひとしきり相談の後、

「『鬼』はすなわち柏木某の軍。
 こたびの上洛成りし曉には、
 必ず皇宮に害をなさんとの徴(しるし)に相違ありますまい。
 柏木が京に入る前に、厚く皇恩を垂れ給い、
 その猛き心を静めることがよろしいのでは……」

 と奏上してきた。
 されば、と今度は公卿を召して、柏木氏をなだめる方法について意見を聞くことになったのである。

 関白や左右大臣を中心にあれこれと問題が論じられた挙げ句、二つの案が出された。
 一つは、お定まりの官位の昇進。
 位を一挙に四段階上げて従四位下とし、官も今まで能登国司の介(次官)であったのを守(長官)
とする。
 ……が、この程度で相手の怒りを静められるとは誰も思っていない。
 本命は、もう一つの方であった。

 耕治は美女を好む、という風評がある。
 亡くなった妻のリネットは、瞳の色と形を除けば、類いまれな美女であった。
 常に耕治を守るメイドロボたち(一般には「赤鬼」と見なされている)も、みな美形。
 これらの点から導き出された帰結であろう。
 そこで、都でも一、二を争うほどの美女を与えて骨抜きにしよう、というのが、「もう一つの案」
だったのだ。

 ちょうど、うってつけの人物がひとりいた。
 報酬次第でどうにでもなる浮かれ女などではない。前天皇の娘、つまりれっきとした皇女である。
 名は禧子(よしこ)。一般には「六の宮」と呼ばれている。
 芳紀17歳にして、長く艶やかな黒髪と抜けるように白い肌の持ち主。公家の間では「当世随一の
美女」と評判の女性であった。
 ……が、それほどの美女でありながら、この年齢に至るまで言い寄る男のひとりもなく、もちろん
結婚もしていない。この時代としては極めて不自然なことである。
 公卿たちはその理由を知っていた。知っていながら、「美女であれば鬼をも厭わぬ能登介のこと。
子細あるまい」と勝手に決めつけていたのだ。



 近江に至って佐々木氏興に迎えられた耕治は、その館で一晩歓待を受けた。
 朝廷からの使者がやって来たのは、その翌日である。
 その趣きを聞いた耕治は、珍しく困惑の面持ちであったが、とりあえず返事は保留ということで、
氏興に頼んで使者を十分饗応してもらうことにした。



「−−いかがなされました?」

 メイドロボの体を借りて耕治の傍に侍っていた「セリオ」は、使者との会見をひとまず終えて奥に
入る主君について来たが、人気のない一室に入ると、訝しげな声を発した。
 先ほどから耕治の様子が何となくおかしかったからだ。
 すると耕治は、

「馬鹿にするにも程がある!」

 と吐き捨てるように言った。

「宮様だろうが何だろうが、今さら嫁を迎えるつもりなどない!
 そもそも、リネットが死んだのは、
 朝廷や幕府がうまく広直に乗せられたせいではないか!?」

 なるほど、とようやく「セリオ」にも耕治の苛立ちの理由がわかった。
 自分自身に感情がないため、いまだに人の心の細かい動きをとらえることが苦手なのだ。

「−−では、お断りになりますか?」

「当たり前だ!」

「−−客観的に見ると、さほど悪い話ではないと思いますが?」

「『きゃっかんてき』とは何のことだ?」

 互いの意思の疎通にはほぼ支障のないふたりであったが、ごくたまに理解できない言葉が口に上る
こともある。

「−−感情を抜きにして、落ち着いて考えますと、
 柏木のお家にとって良いことかもしれません」

 「セリオ」が言い直す。

「では、宮様を娶れと言うのか?」

 耕治が「セリオ」を睨みつける。

「−−ご主人様に指図することなど、私にはできません。
 ただ、今後の事や小太郎様の行く末などを考えますと、
 今度のお話は良い機会かと思ったまでです」

 小太郎の名が出ると、耕治はやや面を和らげた。

「小太郎の行く末? あれに母親が必要だと申すか?
 ならば、マルチが立派な母親代わりに……」

「−−はい。
 小太郎様もマルチさんにすっかり懐いておられますし、
 その点は心配ないでしょう」

「では?」

「−−ただの公家の娘ならいざ知らず、
 宮様を妻とした者など、諸大名の中にも例を見ません。
 この話が実現すれば、柏木の家の権威は武家の中でも抜きん出たものとなりましょう。
 いずれ小太郎様が後を継がれる時に、最高の家柄をお譲りできるとすれば、
 素晴らしいことではないのでしょうか?」

「…………」



 やがて使者の饗応をすませて来た氏興の意見も聞いてみたが、

「いや、この上なく喜ばしき儀と存じ申す。
 これにて柏木殿も、名実共に天下一の武家となられるわけ。
 めでたし、めでたし」

 と、我がことのように喜んでいた。

 念のため、都で耕治を迎える準備をしている長瀬源忠に使いをやってみたところ、やはり「賛成」
の返事が返って来た。

(「客観的」に見れば、皇女を妻とするは益、ということか……)

 耕治は、セリオが口にした言葉を意識しつつ、そんなことを思っていた。

(感情を抜きにして考えると……小太郎のために良いことなのか……)

 リネットを失い、その復讐戦も終わった後の耕治の生きがいは、ほとんど小太郎のみと言ってよい。
 亡き妻の忘れ形見。その小太郎のために、できるだけのことをしてやろう、そのために自分の生涯
の残りを費やそう……耕治はそう決意していたのだった。



「……柏木能登介耕治におざる」

 正面には、御簾を隔てて天皇が。
 その左右には関白以下の公卿が居流れる中、耕治はそう言って頭を下げた。

「…………」

 帝が、上洛をねぎらう言葉をかける。もちろん、しきたり通り、取り次ぎの者を通しての間接的な
語りかけだ。
 だが、いずれにしても、エルクゥの力を解放している耕治の耳には、やや震え気味に話す帝の声が
はっきり聞こえていた。
 先日来の悪夢によって植えつけられた恐怖感の上に、耕治が放っている鬼の気に当てられて怯えて
いるのだ。
 帝だけではない。居並ぶ群臣も秘かに冷や汗を流している。
 君臣ともに、公の場では滅多なことで威儀を崩さないことが骨身に徹しているからこそ辛うじて平
静を装っているものの、内心では一様に、この東国一の大々名を恐れていた。

 耕治がエルクゥパワーを一部解放しているのは、ある意味自己防衛のためである。
 宮中という場所には独特の雰囲気があって、場慣れしていない者はまずその雰囲気に飲まれてしま
う。
 そこへ持って来て、しきたりがどうだの先例がこうだのと公家どもが細かいことを言い出すので、
知らず知らず相手のペースに巻き込まれることになる。
 武力のみを誇示する成り上がり者など、なまじ宮中に入ったりすれば、公家連中の手玉に取られる
のが落ちなのだ。
 耕治はそれを警戒して、公家どもにつけ込まれぬよう、エルクゥの気を若干解放していたのである。
 おかげで、自らも雰囲気に飲まれることなく、多少宮中の礼を失するようなことがあっても大目に
見られていた。
 誰かが「前例が……」「このような場合は……」などと口を開きかけても、耕治がそちらに目を
やっただけで、青くなって黙ってしまうのだ。
 むしろ、耕治の雰囲気に、帝も公卿も飲まれていた、という方が正しかった。



「…………」

 帝は次いで、先日の使者が告げた内容に触れた。
 耕治は近来、武をもって諸国の動乱を静め、大いに功あり、よって官位の昇進と皇女の降嫁をもっ
てその労に報いる、というのである。
 これは破格のことであるから、よろしく皇恩を拝謝し、今後ますます忠勤を励むべし……と、何と
か体面を保ちつつ言うべきことを言い終えた帝は、秘かに安堵の息をもらしつつ、「忠臣」の返事を
待った。
 群臣も、「諾」の言葉を期待しつつ、耕治に目を注いだ。
 ……が、耕治は、頭を下げて拝聴する姿勢を取ったまま、黙している。

(さては、望外の喜びに言葉も出ぬほどか?)

 と思った公卿もあった。
 だが、耕治の顔が見える位置に座していた関白ら数名は、そこに感激とは全く縁のなさそうな無表
情を見い出して、次第に不安になった。

(官位が不足と申すのか?)

 しかし、ある程度以上高い位階を与えると、その役職に関わりなく公卿の一員と認められてしまう。
 つまり、国政に口を挟む権限が自動的に与えられるのだ。
 普通の公家なら、公卿に成り立ての新参者はあまり発言権がないので、さほど問題がないのだが、
耕治は武家、それも事実上10カ国を領する実力者である。
 武力を背景に強気の発言をされたら、誰も反対できないだろう。 
 そのような事態は何としても避けたい、というのが君臣共通の本音である。

「能登介は知るまいが、六の宮様は都でも評判の美女なるぞ?」

 長引く沈黙に耐えられなくなったのか、関白がやや戯れ言めいた口調でそう言った。
 座の雰囲気を和らげると共に、美人に弱いという相手の気を引いてこの話を受諾させるつもりであ
ろう。

「おお、いかにも……」

 関白の言葉を受けるように、何名かが口を開き、皇女の美しさを次々にほめたたえた。

「……まこと、かような女性(にょしょう)を妻となし得るとは、
 能登介は三国一の果報者じゃの。ほっほっほ」

 皆の賞賛の言葉を締めくくるかのように、公家特有の女性的な笑い声を上げた右大臣は、そのまま
顔を引き攣らせた。
 耕治が右大臣に横目で一瞥を与えたその顔が、無表情というよりはむしろ怒りの表情に見えたから
である。
 たちまち部屋の空気が凍りついた。

(怒っておるのか?)

(しかし、何ゆえ?)

 わけのわからぬまま、内心怯える公卿たち。



 ……耕治の不機嫌は、いまだにリネットのことを忘れられないところへ、縁談を持ち出されたとこ
ろに起因する。
 あらかじめ使者をもって予告されたとはいえ、また、セリオや長瀬らのアドバイスを考慮したとは
いえ、やはり簡単に割り切ることはできないのだ。
 そこへもって来て、美女の特徴をあげつらう軽口など聞かされては、睨みつけてやりたくもなろう
というものである。

(……だが)

 考え抜いて、結論は出したはずなのだ。

(小太郎のためとあらば……)

 耕治はようやく重い口を開いた。

「……もったいなきお言葉におざる。
 謹んでお受けつかまつる」

 それを聞いて、居並ぶ公卿のみならず、御簾の中の帝までも、思わず安堵のため息を漏らしたので
あった。