「約束」第18章 信濃攻め  投稿者:DOM


「約束」
The Days of Multi <番外/時空編>
第18章 信濃攻め



−−−−−−−−−−−−
<おもな登場人物>

 柏木耕治    かつての次郎衛門。官は能登介。能登の守護にして雨月城主。
 リネット    耕治の妻。エルクゥのただひとりの生き残り。
 小太郎     耕治とリネットの間に生まれた男子。
 マルチ     21世紀初頭に製造された試作型メイドロボ。
 セリオ     マルチと同時期に製造された試作型メイドロボ。
         自律型データベース「セレナ」の中によみがえる。
 HM1377  22世紀から来た20体のメイドロボ。
         戦闘用にカスタマイズされている。
 静原主水    天城氏の旧臣で今は柏木氏に仕える。かつてのエルクゥ討伐隊の一員。
 中村新左衛門  畠山氏の旧臣で今は柏木氏に仕える。知勇兼備と称される。
 みお      新左衛門の娘。
 小笠原信清   信濃の守護。柏木氏と同盟を結んでいたが裏切る。
 小笠原信貞   信清の嫡子。
−−−−−−−−−−−−



「うう、申し訳ありませえん。
 何のお役にも立ちませんでしたぁ」

 再び越後を平定して雨月城に帰って来た耕治を迎えたマルチは、ぽろぽろ涙を流しながら詫び続け
た。
 リネットを助けることができなかった、というのである。

「……もうよい。そなたの咎ではない」

 耕治にはマルチを責めるつもりなど毛頭なかった。
 彼は、リネットの死を確認して以来ずっと、誰よりも自分自身を責め続けていたのである。

(リネット…… 俺の思慮が足りなかったばかりに……)

 最愛の妻を死なせてしまった。
 どんなに悔いても足りない、苦々しさと喪失感がおのが身を責め立てる。
 その思いは、当然のごとく、そのまま小笠原氏への復讐の炎となって燃え上がった。

(小笠原め…… 根絶やしにしてくれる)

 実際、耕治は、越後から帰って来ると、そのまま信濃に兵を向けようとしたほど怒り狂っていた。
 それを必死にくい止めたのは、セリオであり、主水であり、新左衛門であった。

「−−味方は疲れ切っています。
 このまま信濃に向かえば、十中八九、全滅の憂き目を見ることになるでしょう。
 そうなっては、奥様の仇討など思いも寄りません」

「信濃は広うおざる。おいそれと手に入れることはかないますまい。
 しかも、小笠原の傘下にある村上、諏訪、木曽などは、
 いずれも生え抜きの豪族にして、侮れぬ勢い。
 構えて、万全の支度をなさることが肝要かと愚念致す」

「越後も能登・越中も、敵を追い返したばかりで、依然動揺しており申す。
 新たに加わりし美濃の経営も、ようやく端緒についたところ。
 まずは領内の安定を図ることこそ、長く国を保つの道かと……」

 三者三様の理にかなった申し分に、耕治もやむなく怒りを収め、時節を待つこととなったのである。



 半年が過ぎた。
 復讐の念に燃える耕治にとっては百年にも等しい期間であったが、信濃攻略の準備に追われたセリ
オたちにとっては、瞬く間に過ぎ去った半年である。
 その半年の間に、領土領民を安定させ、失われた兵力を補充し、武器の性質向上と増産に努め……
ようやく、対小笠原戦への備えが整った。
 耕治は、軍勢召集の触れを出した。



 信濃出兵を二日後に控えた耕治は、中村新左衛門宅に招かれた。
 近頃流行の茶の湯をご披露したい、というのである。
 待ちに待った出陣の時を前にして、自分でも抑え切れないほどの高ぶりを持て余していた耕治は、
さすがにこのまま戦場に臨むのはまずいと考え、いささか気を落ち着かせんものとその招待を受け入
れたのであった。 

 中村の屋敷をおとなった耕治は、丁重な出迎えを受けた後、一室に通された。
 主客の座が定まると、ほどなくひとりの娘が現れた。
 年の頃15、6かと思われるその少女は、耕治に向かって丁寧におじぎをすると、おもむろに茶を
立て始める。

(…………?)

 耕治は、その娘に見覚えがあるような気がした。
 茶を一服もらったところで、新左衛門に問う。

「……そちの娘か?」

「左様におざる。……これ、ご挨拶申し上げぬか?」

 すると、娘は居ずまいを正して、再び耕治に向かって頭を下げた。

「みお、と申します。
 ふつつか者ですが、よろしくお願い申し上げます」

 型どおりの挨拶の後、

「その節は、親子ともどもお救いいただき、誠にかたじけのう存じます。
 お館様のご恩は、一生忘れるものではありませぬ」

 と、心底から感謝の念を現した。

「……やはり、あの時の……」

 岩木砦で、新左衛門に縋って泣いていた女の子だ。
 余人の前では断じてあの時のことを口にしない耕治であり新左衛門であったが、幸い今日は当事者
しかいないので、憚る必要もない。

「よき娘になったの。見違えたわ」

「……まこと、先頃までは、
 男子(おのこ)と変わらぬ様で野山を馳せ回っており申したに、
 いつの間にやら、すっかりしおらしゅうなり……
 やはりおなごは、年頃になると相応に化けるものでおざるな?」

「……父上」

 娘をほめられた照れ隠しのような新左衛門の言葉に、みおが頬を赤らめる。

「……それにしても、我らが今日あるは、あの時お館様のご度量により命拾いしたおかげ。
 本来なら、砦に在りし者は、女子どもに至るまで根絶やしにされてしかるべきを、
 かく有り難き命を長らえて、のどやかに茶の湯など楽しむことができ申す。
 このご恩、子々孫々にまで伝えて、
 末代に至るまで、柏木のお家のために忠義を尽く所存におざる」

 新左衛門は改めて、深々と頭を下げるのであった……



「……父上?」

 耕治を送り出した後、屋敷に入った新左衛門に、みおが声をかけた。

「何だ?」

「何ゆえ、今頃になってお館様にお引き合わせくださったのですか?
 みおが幾たび『あの時のお礼を申し上げたい』とお願いしても、
 『かえってご迷惑だから』と、お聞き入れありませんでしたのに……」

「……さしたる理由はない」

「誠に?」

「ちと、娘自慢がしとうなっただけだ」

「…………」

 父の真意を図りかねたみおは、ただその顔を見つめるのみであった。



 時が来た。
 柏木の大軍は一斉に信濃に攻め込んだ。

 小笠原方も、この半年間虚しくすごしていたわけではない。
 いずれ柏木方の侵攻があることは火を見るより明らかだったから、領内の城や砦を補強したり、領
民から新たに兵士を徴集したり、弓矢甲冑を買い入れたりと、なし得る限りの対応策を取っていたの
である。
 ……が、信濃勢の間には、柏木氏に対するほとんど本能的な恐怖が蔓延していた。

−−柏木勢の中には鬼がいて、恐るべき魔力を用いる。

 前々から諸国で囁かれていた噂が、雨月山の戦いによって確固たるものとなってしまったのだ。
 ヨークが死の間際に放った光は、城の外にいたわずかの雑兵を除いて、小笠原すべての将士を跡形
もなく蒸発させてしまった。
 命からがら信濃に逃げ帰って来たその雑兵たちの報告は、たちまち小笠原家中に知れ渡り、さしも
歴戦の勇者たちをも震え上がらせていたのである。

 そうした恐怖心が小笠原方の足を引っ張った。
 おかげで信州北部の諸城は柏木軍の猛攻撃にひとたまりもなく、次々に抜かれて行ったのである。
 そして、耕治が信濃に軍を進めて一週間後には、早くも小笠原信清の本城、赤志に迫る勢いを見せ
ていたのだ。



「……いよいよ正念場じゃ。お家の浮沈はこの一戦にあり。
 おのおの、心して働いてくれい」

 いささか青ざめた顔で、信清が家臣一同に念を押した。

「はっ!」

 一斉にひれ伏す一同。
 この勝敗が小笠原家と自分たちの運命を決定することを心得て、緊迫した面持ちばかりだ。

 幾たびか繰り返された評定では、篭城策も出た。
 城門を厳しく閉ざし、どのような挑発にも乗らず、相手方の疲弊と物資の不足を待つ……だが、最
終的にその案は退けられた。
 大砲を持つ柏木勢は攻城戦にはむしろ長けていることが、先の飛騨・美濃の戦いで立証されている。
篭城はかえって不利、という意見が大勢を占めたのだ。
 さりとて、平原で戦えば、まともに鉄砲の脅威にさらされることになる。
 結局、赤志城から約一キロのところにある、山間の狭隘な道が戦場に選ばれた。
 敵が赤志に至るには、必ず通らなければならない道筋だ。
 道が開けた地に出るあたりで、陣を布いて迎え撃つ。これなら、敵は狭い場所で思うように動けず、
鉄砲もあまり威力を発揮できないはずだ。
 そうして柏木軍の進撃をくい止めつつ、別の一隊が秘かに山を越えて後方に回る。
 最終的には挟み撃ちにするつもりなのだ。

 午前10時頃、柏木勢が姿を見せた。直後、激しい戦闘が始まる。
 小笠原方の思惑通り、能登の兵は大軍であることが災いして、火器の効果的な使用ができない。
 その間に、例の別働隊が山越えを開始した。

 ……かなりの時間が経った。
 激戦はまだ続いている。

「間もなく味方が敵の後方を衝く頃合と存じ申す。
 さすれば、相手は総崩れとなりましょう。
 今しばしのご辛抱におざる」

 家臣の言葉に、陣中の信清が無言でうなずいた。
 鎧はまとっているが、兜は用いず、代わりに烏帽子を被っている。
 このところ体調が思わしくないため、重い兜が負担に感じられるのだ。
 その額には、うっすらと汗が浮かんでいた。

「早う、敵の目にもの見せてやりとうおざります」

 信清の傍らに控えた若武者が、いくさ場に出たくてうずうずしている様子で、そう言った。
 若武者というより、まだ14、5歳の少年に見える。

「信貞、そちは小笠原の嫡男ぞ?
 こたびが初陣ゆえ、気負い立つは道理なれど、軽々しきふるまいがあってはならぬ」

 父親が穏やかにたしなめた時だった。

 がきっ!

「ぐわっ!」

「て、敵じゃ!」

 突然間近で、剣戟の音と味方の叫び声が挙がった。

「何!?」

 味方による挟み撃ちの体勢が出来上がるのを今や遅しと待ち構えていた信清や側近たちは、思いが
けぬ成り行きに愕然となった……



 「挟み撃ち」を考えたのは、信濃勢だけではない。
 斥候によってあらかじめ小笠原の陣の位置を知っていた耕治も、本隊が正面で戦っている間に、一
軍を山越えさせようとしていたのだ。
 小笠原方と違って、このあたりの地形に通じた者はいなかったが、メイドロボ数体に先導させるこ
とによって、道を誤ることなく進むことができた。
 ……そして、途中の林の中で、敵の別働隊と遭遇したのである。

 人間より遥かに優れた感覚を持つメイドロボたちは、敵の気配を察知すると、味方の兵に言い含め
て林のそこかしこに潜ませた。
 一方、小笠原の隊は完全に不意を突かれた形となった。まさか、この道なき道を、地理に不案内な
敵が進んで来るとは思っても見なかったからだ。
 何も知らず林を抜けようとした敵兵は、合図とともに一斉に切りかかって来た柏木勢に対してほと
んどまともに太刀を合わせる暇もなく、ことごとく討ち取られてしまったのである。
 その柏木の兵士たちが、無事山越えを果たして、今、小笠原の本陣に突入して来たのだ……



 状勢の急変に、信濃勢は大混乱に陥った。
 挟み撃ちの成功に力を得た柏木の本隊も、ここを先途と猛攻を開始する。
 そして、とうとう狭隘な谷間を抜け出すことに成功したのである。

 ここぞとばかり一斉に火を吹く数百挺の鉄砲。
 ばたばたと倒れていく信濃勢。
 次いでくり出す騎馬武者、歩兵隊。
 小笠原氏の劣勢はもはや明らかだった。

 騎馬武者の先頭には、この半年間包み込んで来た復讐の念を一気に燃え立たせた耕治と、それを守
るメイドロボたちがいた。
 小笠原信清を追い求めて、立ちふさがる敵を薙ぎ払うように切り捨てていく耕治は、まさに悪鬼と
呼ぶに相応しい姿をしている……



「……見つけたぞ」

 血刀を提げた「悪鬼」が目を光らせた。
 陣営深く突入して、ついに信清父子を発見したのだ。
 その凄まじい形相に、信清は身震いを禁じ得なかった。

 主君を守ろうとした側近たちは、耕治とメイドロボたちによって瞬く間に一掃されてしまった。

「裏切り者め。貴様のせいでリネットは……」

 耕治は、どす黒い怒りに包まれながら馬を降りた。
 ゆっくりと信清に歩み寄る。

「……思い知るがよい」

「だああああーーーっ!!」

 突如、腹の底から絞り出すような声を上げながら、少年・信貞が耕治に切りかかった。

「信貞!?」

 父親が慌てて止めようとした時には、既に耕治の刃が少年の命を絶っていた。

「の、信貞ぁ!!」

 父の悲痛な嘆きも耳に入らぬかのように、「悪鬼」がさらに近づいて来る。

「裏切り者め……」

「お、おのれ!」

 信清も太刀を抜き放った……



 柏木勢は赤志城を包囲していた。
 指揮を取る耕治の馬には、小笠原父子の首がくくりつけられている。

(皆殺しにしてくれる……)

 耕治は今や完全に復讐に狂っていた。小笠原一族を根絶やしにするまでは、とても収まりそうもな
い。
 柏木方の大砲が轟音をとどろかせ、城門が、櫓が次々と破壊されていく。
 もともと数少ない守備兵たちは、矢玉の餌食となって、たちまち沈黙させられた。

 奥へ奥へと進み入る耕治、メイドロボ、そして武将たち。
 やがて、小笠原氏の妻子がこもる部屋を探し当てた。
 まずはメイドロボが扉を開け、安全を確認した後、耕治に道を譲る。
 耕治は、部屋に入り込んだ。

 小さな女の子を守るように抱きしめた、信清の妻と思しき中年の婦人を中心に、二十名ほど。すべ
て女性であった。
 中にふたりほど赤子を抱いているのは、城主の妾だろうか。

「…………」

 耕治は無言のまま赤子に目をやり、こう思った。

(男か? おなごか?
 ……いや、どちらでもかまわぬ。
 この場にある者を皆殺しにして、我が恨みをはらさん)

 その時、いつの間にか自分のすぐ脇に来ていた人物に気がついた。
 中村新左衛門だ。

「…………」

 激戦の後にもかかわらず、いつもの涼やかな目をしている。
 主君と目が合うと、軽く頭を下げるような仕草をした。

(…………)

 その姿を見ているうちに、耕治はふと、岩木の砦を思い出した。
 あの時も、新左衛門は今のように落ち着き払っていた。
 自分の命に代えて、砦の中にいた婦女子を逃がすことを第一としていた。
 その新左衛門に取りすがって泣いていた女の子……

 耕治は、信清の娘と思しき女の子に目を向けた。
 小太郎より一つ下のはずだから、まだ満6歳というところか。
 母に抱かれつつ、怯えた目をしながら、気丈にも泣き声ひとつ挙げないで堪えている。
 それでも、小さな肩の震えは抑えることができないでいるようだ。

 耕治は、みおの姿を思い浮かべた。
 先日中村の屋敷で見た、あの姿を。
 もしかしたら岩木で命を落としていたかも知れない少女は、美しい娘に育っていた。
 「かく有り難き命を長らえて……」という新左衛門の言葉が耳に蘇る。
 まこと、命あればこそ……

 耕治はさらに、エルクゥを絶ち滅ぼした日のことを思い出した。
 恋人の復讐のため、女子どもに至るまでことごとく切り捨てた、あの日のことを。
 そして、すべてが終わった後に残されたどうしようもない空虚感と、仲間を失って悲嘆に暮れるリ
ネットの姿を……

 ……復讐の虚しさは、知り尽くした自分ではなかったのか?

 さまざまな過去の情景が耕治の脳裏を駆け巡っていた。
 一言も口を聞かぬ敵将を、不安そうに見つめる女性たち。

 ……よほど経って、ようやく耕治の唇が動いた。

「安心せよ。女こどもには危害は加えぬ」

 ほっとした空気の広がる部屋の中で、新左衛門が再び頭を下げたのが、耕治の目の端に映った。