「約束」第13章 出世  投稿者:DOM


「約束」
The Days of Multi <番外/時空編>
第13章 出世



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<おもな登場人物>

 柏木次郎衛門  かつてのエルクゥ討伐隊の長。柏木庄の領主。
         天城忠義の死後、代わって稲村城主となる。
 リネット    次郎衛門の妻。エルクゥのただひとりの生き残り。
 マルチ     21世紀初頭に製造された試作型メイドロボ。
 セリオ     マルチと同時期に製造された試作型メイドロボ。
         自律型データベース「セレナ」の中によみがえる。
 HM1377  22世紀から来た20体のメイドロボ。
         戦闘用にカスタマイズされている。
 天城忠義    能登の守護、同国稲村城主。
         次郎衛門を謀反の疑いで誅殺しようとして逆に殺される。
 静原主水    天城氏の旧臣で今は柏木氏に仕える。かつてのエルクゥ討伐隊の一員。
 畠山教親    越中の守護。天城氏のライバル。幕府や京極氏とのつながりが深い
 中村新左衛門  畠山氏の家臣。知勇兼備と称される。
 京極広直    近江に領地を持つ京極氏の当主。派手好きで、体面にこだわる男。
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 −−天城忠義、家臣に弑殺さる。

 この知らせはたちまち近隣諸国に知れ渡った。
 特に、天城氏と領地を接して長年小競り合いをくり返して来た畠山氏では、天城の旧臣のうちの反
次郎衛門派を迎え入れることによって、かなり詳細な情報を掴むことが出来た。

「好機至れり」

 時あたかも岩木砦陥落の報復戦のため兵を動員しつつあった畠山氏の当主教親(のりちか)は、天
城領の動揺を知ると、さらに思い切った兵力の増員に踏み切った。
 岩木を降した張本人であり、天城氏に取って代わった「謀反人」でもある、次郎衛門を倒す……の
みならず、この際天城の旧領を全面的に征服してしまうつもりだったのだ。

 能登では領主天城氏が殺され、譜代の重臣もことごとく命を失った。
 残っているのは、腕に覚えはあれども、昨日今日足軽あたりから成り上がったばかりのような武臣
ばかり。
 身分からすると特に抜きん出た者もなく、どんぐりの背比べと言ってよい。
 新たに稲村城主となった次郎衛門にしたところで、似たようなものである。
 統率の中心(天城氏)を欠いた武臣たちは、畠山の大軍の前に総崩れとなるに違いない−−教親は
そう踏んだのである。



 次郎衛門も家臣たちも、畠山氏が今度の一件に乗じて侵略戦争(表向きは、天城の旧臣を助けて謀
反人を討つ、という大義名分がある)に踏み切ることは十分予想がついていたので、応戦準備に大童
であった。
 が、兵の徴募には時間がかかる。
 岩木陥落直後から戦争準備を進めていた畠山氏の方が、どうしても有利である。
 次郎衛門たちが十分な兵数を得ぬうちに、畠山の大軍が旧天城領目ざして進発したという知らせが
入ったのであった。



「−−敵の兵力はこちらの約5倍。まともに戦えば、結果は明らかです」

 次郎衛門から意見を求められたセリオは、状況を分析する。
 傍(はた)から見ると、大きな銀色の卵が娘の声を発して次郎衛門と話しているわけで、何とも奇
観である。

「大軍と戦うには、狭隘の地を戦場とするか、奇襲をかけるか……」

 次郎衛門が考えつつ言うと、セリオも、

「−−そうですね」

 同意を示す。

「−−ただし、今回は、敵に天城の家臣の一部がついています。
 こちらの地形に通じているはずですから、
 みすみす不利な場所に誘い込まれるような真似はしないでしょう」

「その通り。どうやら敵の本隊は……」

 次郎衛門は絵図面を指さしながら、

「こう、開けた地ばかりを選んで侵入して来るものと見える」

「−−これでは奇襲攻撃もできそうにありませんね」

「そういうことだ」

 次郎衛門はさすがに憂慮の色を深めつつ、息を吐き出した。

「−−…………」

 セリオはしばらく黙したが、ややあって、

「−−ここは真正面からぶつかるしかないようですね?」

 と結論を出した。

「敵の本隊を真っ向から迎え撃って、全軍討ち死にせよと言うのか?」

「−−本隊は、総大将が率いているのでしょう?」

 その言葉を聞いた次郎衛門は、しばらくセリオの顔−−がないので、「卵」の上部あたり−−を見
つめていたが、やがて、

「なるほど……」

 とうなずいたのである。



 次郎衛門は、掻き集められるだけの兵力を結集して、畠山軍と対峙していた。
 大きな川を挟んで、此岸と彼岸に敵味方の陣がある。

 ……敵前渡河は危険。これは兵法の初歩だ。
 こちらが川の中にあって自由に動けぬところを狙って矢を射かけられ、岸辺で待ち構えた兵に攻撃
されれば、非常な苦戦を強いられることになる。
 今回のように、彼我の兵数の比が五対一というような場合は、なおさらである。
 できれば畠山軍に川を渡らせ、その隙をついて攻撃するのが望ましいのだが、そんなことは敵も先
刻承知だ。
 川の向こうから、しきりに柏木軍を罵るばかりである。
 こちらからも罵り返すのだが、舌戦では向こうが有利だ。
 いかに下剋上の世とはいえ、主君殺しという事実は、心理的な負い目を抱かせるに十分だからであ
る。
 敵は次郎衛門を謀反人、家臣を不義の腰抜け侍と決めつけて、悪口雑言の限りを尽くしている。
 挑発して、川を渡らせようとしているのだ。

 そして……
 早朝から続いていた両軍の対峙が、昼前になってついに崩れた。
 何と、大将である次郎衛門自ら、郎等(メイドロボ)を率い、騎馬のまま川の中に進み入ったので
ある。
 続いて、柏木の全軍が渡河を開始する。
 対岸の畠山教親は、その形勢を見てほくそ笑んだ。
 柏木勢はこちらの挑発に乗って、自ら死地に突入して来たのだ。思う壷である。
 勝った、と思った。

 だが。
 川の中の柏木勢を攻撃しようと態勢を整えた畠山軍が、次の瞬間、一斉に驚愕の叫びを上げた。
 渡河の先頭に立っていた次郎衛門が、突然馬の鞍の上に立ち上がると、いきなり「跳んだ」からで
ある。
 武将の鎧兜は重い。
 兜だけでも10キロ前後、慣れぬうちは首を動かすのも容易でないほどだ。
 だが、次郎衛門は、その重い甲冑姿のまま、高く遠く跳んだ。
 いったん岸辺近くで水中に降り立ったものの、そのまま再び跳躍して、岸辺に待ち構えていた兵士
たちの頭上を難なく飛び越えてしまったのである。
 メイドロボたちも同じような動きを見せて、次々に対岸に着地すると、飛び越えたばかりの兵士た
ちの背後から素早い攻撃をしかけ始めた。
 おかげで岸辺にいた畠山勢は大混乱に落ち入り、渡河中の柏木軍を攻撃するどころではなくなって
しまった。

 大将の床几に悠々と腰掛けていた教親は、予想外の展開に唖然としたが、次の瞬間には早くもおの
が身に危険が迫っていることを悟らざるを得なかった。
 岸辺の攻撃を18体のメイドロボたちに任せた次郎衛門が、残り2体と共に、教親の数メートル手
前に降り立ったからである。
 教親の親衛隊は慌てて抜刀して応戦しようとするが、白兵戦で次郎衛門や戦闘型メイドロボにかな
うわけがない。
 見る間に討ち倒されて、残るは教親ひとりになった。
 その頃には、無事渡河を果たした柏木側の武将たちがメイドロボと協力して畠山の大軍と力戦中で
あった。
 畠山側では、とっさに主君の危機を救うべく駆けつける余裕のある者は、誰ひとりいなかったのだ。

 教親は顔面を蒼白にした。
 が、さすがは幕府において重鎮をなしてきた家柄に相応しく、降伏をよしとせず、刀を抜き放った。
 ほぼ確実に自らの死を悟っているにもかかわらず、次郎衛門と真っ向から対峙する。

 ひゅんっ!

 教親が振った刃は虚しく空を斬っただけであった。
 次の瞬間、次郎衛門の剣が教親の首を宙に刎ね上げていた……



 戦いは畠山側の惨敗に終わった。
 大将を失っては、さしもの大軍も総崩れとならざるを得ない。
 畠山軍は名ある武将のほとんどを討ち取られ、壊滅的な打撃を受けたのである。
 柏木勢は、戦場付近でしばしの休息を取ると、一気に畠山の本城である白橋城を突いた。
 これを迎え撃つだけの兵力は、城内にはない。
 篭城の構えを取って柏木軍の疲弊・撤兵を待とうとしたが、城内に侵入したメイドロボたちがそこ
かしこに火を放ったので、その目論見はあえなく崩れ去ってしまった。
 後世、一国に一城のみと定められた頃と違って、この当時は「城」と言ってもさほどの規模はない。
 火の手が上がると城の守りはあっけなく破られ、生き残った全軍が柏木方に降伏したのである。

 次郎衛門は、降伏した敵兵のうち、柏木に仕えることを希望する者のみを残して、他は解き放って
やった。
 敗残兵の中に混じっていた数名の武将は、これをしかるべき待遇で召し抱えることにした。
 ……その武将たちの中に、次郎衛門は知った顔を見い出した。
 中村新左衛門。
 岩木砦で次郎衛門が助けてやった男だ。
 砦を失ったことで教親の不興を受けて、今度の戦いに参加させてもらえなかったのである。

「……中村新左衛門におざる」

 床几に腰掛けた次郎衛門の前に、新左衛門がかしこまる。

「中村か」

 次郎衛門は過日のことなどおくびにも出さず、ただ、今後忠勤を励むべしとのみ言葉をかけた。
 新左衛門も、岩木の礼など言って次郎衛門を困らせることなく、「神明に誓って、二心なくお仕え
致しまする」とのみ答えたのだった。



「歴史が変わりつつあります」

 メイドロボのひとりが口を開くと、

−−そうですね。−−

 セリオが信号で、直接メイドロボの意識内に返事を送って来た。

「これで良かったのでしょうか?」

 別のメイドロボが尋ねると、

−−ほかに道はなかったと思います。−−

 再びセリオの落ち着いた声が、皆の内側に響いたのである。



 セリオもメイドロボたちも、最初のうちはできるだけ、すでに出来上がった歴史の流れを変えない
ように配慮しつつ行動していたのだが、天城忠義が次郎衛門を討とうとした時点で、重大な決断を迫
られることになった。
 セリオの持っている日本史のデータによると、天城家は忠義以降も何代か続くはずである。
 一方、次郎衛門たちの今後の系譜については……「この」セリオは知らない。
 歴史をできるだけ変えないためには、当然、忠義を助けて、次郎衛門を討つべきだったのだ。
 さもなくば、天城家は本来の歴史におけるよりも早く滅亡してしまい、周辺の諸大名の動向にも影
響が出て来る。
 多かれ少なかれ、歴史が変わってしまうのだ。
 ……しかし、セリオは次郎衛門に味方した。
 なぜそうしたかは……わからない。
 だが、強いて言えば、マルチの存在が挙げられる。

 なぜマルチはこの時代にいるのか?
 マルチの話を聞く限り、彼女の務めは、芹香の依頼で「耕一=次郎衛門を助ける」という、極めて
私的なものであるらしい。
 その点、22世紀から、れっきとしたプロジェクトに基づいて−−つまり公的な使命を帯びて−−
この時代にやって来たHM1377とは異なっている。
 だが、それぞれ目的の違うメイドロボたちが、奇しくも同じ次郎衛門=リネットに関わることに
よって、この時代で出会った。
 偶然にしては、出来過ぎてはいないだろうか?
 この時代の、次郎衛門とリネットという存在が、歴史の流れを変えても構わぬほど重大な意味を
持っているのではないのだろうか?
 そうだとすると、やはり柏木家の存続を選んだ自分の判断は間違っていないのかも知れない−−セ
リオはそう考えた。
 そして、今後新しい判断材料が得られない限り、柏木家を守ることを第一に行動しようと決意した
のである。



 天城氏の旧領を収め、畠山氏を滅ぼした結果、能登と越中の大半を手中にした次郎衛門であったが、
その支配はまだ安定しているとは言えない。
 かつての同僚たちに畠山の遺臣も含め、にわかに増し加わった家来たちの適切な処遇だけでも神経
を使う問題だった。
 領民の生活を安堵し、物産を豊かにして国力を蓄える努力も怠ってはならない。
 特に注意しなければならないのは、新たに境を接するようになった、越後の上杉氏(山内家)、加
賀の富樫氏、飛騨の京極氏(近江の京極氏と同族)だ。
 どうやら、次郎衛門がわずかの手勢で岩木砦を落としたり、兵数で言えば5倍もの大軍と戦って壊
滅させたりしたために、必要以上に脅威的な存在として警戒されている節がある。
 能登と越中を取り囲む諸大名の同盟・包囲網が出来上がりつつあった。
 これは次郎衛門たちにとって、極めて不都合な状況である。



「−−第一に、柏木家の支配を合法的なものとすること。
 第二に、できるだけ戦力を整えること。
 とりあえずこの二点に集中してはどうでしょう?」

 セリオが提案する。

「具体的な策でもあるのか?」

 次郎衛門が問う。

「−−まず、幕府と朝廷に運動して、官位を得るようにしましょう。
 戦力増強は、兵員の確保と武器の充実に努めます」

「しかし、幕府や朝廷に運動するとなると、かなりの金品が必要だ。
 畠山と戦った直後で、わが領内にはそのような余裕はないぞ?」

「−−多少の金銀なら、用意がございます」

「誠か?」

「−−はい」



 京の都。
 京極家の当主広直の館を、ひとりの武将がおとなった。

「……その方が中村か。
 わしに話があるとか?」

 広直は、かつて次郎衛門を迎えた時とは打って変わり、上機嫌で中村新左衛門を迎え入れた。
 新左衛門が「ご挨拶代わり」と称していくばくかの黄金を差し出したのが効いたのだろう。

「はは。わがあるじ柏木次郎衛門より、
 折り入ってお頼み致したき儀あり……」

「申してみよ」

 ……新左衛門は、幕府及び朝廷と深い関わりを持つ京極広直に、次郎衛門が正式な官職を得るため
の斡旋を頼みに来たのである。
 次郎衛門の家臣の大半は、静原主水に代表されるように、戦場での武勇においては引けを取らない
が、対外折衝などは苦手、という者ばかりである。
 しかし、畠山の旧臣であった中村新左衛門は、もともと知勇兼備で天城領にも聞こえていた男だ。
 今度の役目にはうってつけ……というセリオの勧めを、次郎衛門ももっともだと思い、京極家への
使者として立てることにしたのである……

「……確か柏木『殿』は、現在無位無官とか?」

 話を聞き終わった広直は、まずそう切り出した。

「御意」

「さすれば、並大抵のことではまとまった官職は得られまい。
 この世界にはやかましい『しきたり』があるでな……」

「心得ており申す」

 広直の言わんとすることは先刻承知だ。
 新左衛門は和紙に記した目録を広直に示した。

「恥ずかしながら辺境の小国にて、物珍しき宝もおざりませぬ。
 笑止とは存じますが、これだけ取り揃えるが精一杯……」

「…………」

 広直は目録を見て、内心秘かに驚いていた。
 運動のための資金として、かなりの量の金銀が記載されている。
 目録の最後に記されている広直への礼物だけでも大したものだ。

 ……使者の新左衛門はおろか、次郎衛門でさえも知らないことだが、この金銀は、セリオ(もとの
セレナ)に搭載された元素転換炉によって生み出されたものだ。
 もちろん偽金ではない。正真正銘の純金純銀である。
 元素転換炉が小型なので一度に造り出せる量は限られているが、時間をかけて何度も作業をくり返
せば、まとまった量を得ることができる。
 材料は何でもよいのだが、金銀を作り出す場合は鉱物質のものであった方が作業が楽だ……という
わけで、メイドロボたちにそこらの石ころを運んで来てもらって、貴金属に変えたのである……

「……いや、ようわかった」

 そうとは知らぬ広直は、柏木氏の財力に舌を巻いていたが、さすが海千山千の男だけあって、表向
きは平然とした態度を装っている。
 それでもいくぶん愛想笑いを浮かべながら、こう語を継いだ。

「柏木『殿』とは、いささか『ゆかり』もある。
 ここは一肌脱がずばなるまいて」

「かたじけのう存じ申す」

 新左衛門は深々と頭を下げた。



 京極氏は早速幕府と朝廷に対し、金銀をばらまきながらの運動を開始した。
 その甲斐あって、間もなく次郎衛門は朝廷から従五位下を贈られて能登介(のとのすけ)に任じら
れ、幕府からはかつての天城氏のように能登守護職を与えられたのである。

 従五位下と言えば、公家の常識では「下っ端」の位に過ぎないが、野武士上がりの次郎衛門にして
みれば破格の出世だ。
 「介(すけ)」は国司の次官で、この時代はほとんど有名無実の官職だが、むろんこれも見境なし
に任じられるものではない。
 広直が言った通り、特に公家にはやかましい『しきたり』があって、前例にないことを行なおうと
すると、必ず抵抗に会う。
 今回も、次郎衛門が「下賤」の出身であるという理由で、位官を授けることに難色を示す向きが
あったのだが、広直から金銀を受け取った一部有力貴族の「ゴリ押し」で、とうとう実現してしまっ
た。

 無理もない。
 武家によって荘園を奪われ、経済的な基板を失って久しい貴族たちは、ほとんど例外なしに窮乏し
ている。
 それゆえ、たまたま「もらいの多い」役職や立場についた者は、それこそ貪欲なまでに蓄財にふけ
る傾向があった。
 金のためなら、厚顔無恥と言われても、先例にもとると言われても、一向平気なのだ。

 朝廷だけでなく、幕府にも同様の人物はごろごろしている。
 そもそも、次郎衛門のために猟官運動をしている広直自身、「盟友」の畠山氏を倒したのみならず
飛騨にある同族と対立している「敵」のために骨を折っていることになるのだが、一部の心ある人々
を除いて、誰も驚いたり呆れたりしなくなっている。
 そういうご時勢なのだ。
 従って、昔なら到底考えられないような次郎衛門の授位任官も、比較的容易に進んだのである。

 ……もちろん、広直が、柏木家からの莫大な礼物を受け取ってご満悦だったことは、言うまでもな
い。