「約束」第14章 築城  投稿者:DOM


「約束」
The Days of Multi <番外/時空編>
第14章 築城



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<おもな登場人物>

 柏木耕治    かつての次郎衛門。官は能登介。能登の守護にして同国稲村城主。
 リネット    耕治の妻。エルクゥのただひとりの生き残り。
 小太郎     耕治とリネットの間に生まれた男子。
 マルチ     21世紀初頭に製造された試作型メイドロボ。
 セリオ     マルチと同時期に製造された試作型メイドロボ。
         自律型データベース「セレナ」の中によみがえる。
 HM1377  22世紀から来た20体のメイドロボ。
         戦闘用にカスタマイズされている。
 静原主水    柏木氏の旧臣で今は柏木氏に仕える。かつてのエルクゥ討伐隊の一員。
 中村新左衛門  畠山氏の旧臣で今は柏木氏に仕える。知勇兼備と称される。
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 能登の守護、また能登介となった次郎衛門は、大名に相応しい諱(いみな)すなわち本名として、
「耕治(やすはる)」と名のることにした。
 もともとの根拠地である柏木庄を始め、その領内には未開拓の地が多い。国土を「耕」して富をも
たらし、安定した統「治」を図る、という意図が込められているのだ。

 その能登介耕治は今、越中に出兵していた。
 このところ不穏な動きを見せていた反柏木の諸大名−−越後の山内(やまのうち)上杉氏、飛騨の
京極氏、加賀の富樫氏が、ついに大挙して柏木領内に侵入して来たからだ。
 両軍が衝突したのは、とある平原。 
 敵は夥しい数の騎馬武者を揃えている。
 対する柏木勢は、騎馬の将はさほど多くない。歩兵が大半だ。
 こういう兵員構成の場合、平原での戦いは、柏木方が不利である。
 加えて相手方の兵数はこちらの7、8倍。
 いったん退いて戦いに有利な地形を選ぶのが得策なのだが、耕治はその方法を取らず、敵軍の姿を
見るや否や、ただちにその場に布陣し、前面にびっしりと盾を並べさせた。
 盾の間から矢を射かけて、前方から来る敵を迎え撃つ構えだ。

 それを見て、相手方の騎馬武者たちはせせら笑った。
 皆、「一もみに踏みにじってくれる」と息巻いている。

 ……矢というものは、命中率が存外低い。
 猛スピードで突撃して来る騎馬の兵を正確に狙い打つには、かなりの熟練が必要だ。
 しかも、ある程度距離が離れると、威力が削がれてしまい、甲冑で簡単にはじき返されてしまう。
 敵が近ければ近いほど、弓矢の効果が発揮される。
 できれば、刀を振ってこちらに害を与えることがぎりぎりできないくらいの距離にいるのが、射手
にとっては一番都合がよい。
 その距離ならば威力もあり、狙いをはずす率も少ないからだ。
 けれども、夥しい数の騎馬武者がまっしぐらに突進して来る場合には、あまり接近してから射かけ
ると、たとえ最初のひとりは倒せても、後続の騎兵に踏みにじられてしまう……

 予想通り相手方は、騎馬武者の全員突撃をもって柏木の陣に迫って来た。
 耕治は動じない。
 黒々と平原を埋め尽くした騎馬の兵がいい加減迫って来たところで、

「放てーーーーーっ!!」

 と大声で叫んだ。
 その瞬間。

 夥しい数の轟音が沸き上がった。
 そして、まっしぐらに柏木方に突っ込もうとした敵軍が、人馬共にばたばたと倒れていく。
 ……鉄砲だ。
 数百挺の鉄砲が、びっしり並んだ盾と盾の間から一斉に放たれたのだ。
 この思いもかけぬ攻撃により、戦端が開かれたばかりだというのに、敵方は軍の主力をほぼ全滅さ
せてしまったのである。

「突っ込めーーーーーっ!!」

 再び耕治が叫ぶと、盾の列が一斉に前に倒れ、鉄砲隊が退いて、代わりに槍を持った歩兵隊と、静
原主水・中村新左衛門らの騎馬隊が押し出して来た。
 雄叫びを挙げて、そのまま敵陣に突っ込んで行く……



「……いや、鉄砲とは、恐ろしき道具でおざるな」

 戦いが柏木方の圧勝に帰し、耕治のもとに帰って来た静原主水は、そう感慨を漏らした。

「あたら勇猛な武者どもが、ひとたまりもなく倒されてしまうとは」

 主水の言葉には、むしろ敵方に同情するような響きがある。
 騎馬と騎馬の堂々たる戦いこそ、武者の正道と心得ているのであろう。

「まこと、これをうまく用いれば、数万の兵を得たも同然。
 お館様の御威光にかなう者とており申すまい」

 主水の後から帰って来た中村新左衛門は、年が若いだけあって、鉄砲の有効利用がどれほどの威力
を発揮し得るか、そちらの方に考えが向いているようだ。



 本来、この時代に鉄砲は存在しない。
 明の太祖が建国の戦いに採用して大いに効果があったという、中国製の「火槍」(銅銃)が一部に
知られてはいたが、ヨーロッパ系の銃に比べると性能はかなり劣る。
 そのヨーロッパ系の火縄銃−−いわゆる「種子島」がポルトガル人によって伝えられるのは、数十
年後のはずである。
 相手方の武者が、鉄砲による攻撃など予想だにできなかったことは当然であろう。



 鉄砲の採用は、セリオの案だった。
 柏木方の兵力不足を補うために、この時代の技術で製造可能な、できるだけ強力な武器を、と考え
た結果である。
 セリオを信頼している耕治は、まだ見たことのない「鉄砲」というものの威力がもうひとつ理解で
きないながら、領内の優秀な鍛冶職人をかき集め、法外な報酬を約束して、できるだけ多くの鉄砲を
鋳造させたのである。
 その結果が、今回の大勝利であった。



「お帰りなさいませ。
 ようこそご無事で」

 リネットが嬉しそうな顔で迎える。
 今や城主の館となった柏木の屋敷に、耕治が帰って来たのだ。
 柏木の命運を賭けた一戦を終えたばかりの耕治にとって、妻の笑顔は何にも優る馳走と言えよう。

「ご主人様、ようこそお帰りなさいませー」

 やや後ろから、マルチも満面の笑顔を見せる。

「今帰った。皆変わりはないか?」

 夫の言葉に、リネットはやはり笑顔で、

「はい。小太郎も元気ですし」

「そうか。何よりだ」

「さぞお疲れでしょう。
 ごゆっくりお休み下さいませ」

 リネットがやや改まった口調で話しているのは、周りに侍女がいるからだ。

 次郎衛門が天城氏の一家臣に過ぎなかったときは、メイドロボたちが郎等と侍女を兼ねていても十
分間に合ったのだが、耕治として大名の列に加わった今では、それ相応の生活をしなければならない。
 というわけで、家臣の縁者などから侍女が募られることになった。
 合わせて、館を警護する侍たちも選ばれた−−メイドロボたちは、平時はともかく、戦争になると
耕治の親衛隊として参戦するので、留守を守る武者が必要だったのである。
 従って、柏木館には、かなりの人数が寝泊まりするようになっていた。

 今や大名の「北の方」(正妻)となったリネットは、かつてのエルクゥの服ではなく、この時代こ
の国の城主の妻にふさわしい服装をしている。
 長い艶やかな髪を持ったリネットがこの時代の和服を着ているところは、瞳の色を別にすれば、誰
が見てもほれぼれするような姿だった。

 一方マルチは、髪が自然に伸びるはずもないので、相変わらずの短髪だ。
 おまけに鮮やかな緑色。
 これは当時としてはかなり異様な姿なので、耕治は思案の末、鬘を造らせて、マルチに与えること
にした。
 耕治夫妻以外の人物がいるところでは、従って、マルチは長い黒髪の鬘をつけている……センサー
はそのままだが。
 因みに、服装はリネット同様、この時代の既婚夫人の服だ。
 マルチはリネットにとって友人のようなものだし、近江山中では捨て身で次郎衛門夫妻を助けよう
としたこともあって、普通の侍女とは違った扱いを受けていたのである。
 ……おかげで、マルチは一般には耕治の「側室」と理解されていたが、もちろん、ふたりの間に妙
な関係はない。



 風呂を使い、衣服を替えた耕治は、よちよち歩きの小太郎を抱いたりしながら、リネットやマルチ
とひさしぶりの団欒を楽しんでいた。
 侍女は皆下がらせてあるので、マルチも鬘をはずして本来の姿になっている。
 なお、「卵」のセリオも同席していた。

「ご主人様。もう戦争は終わりですかぁ?」

 話の合間に、マルチが問いかける。
 彼女の感覚では、この時代のように戦争が日常茶飯事となっている状況が信じられないらしい。

「ん? 終わり……というわけではないが、
 しばらくは大きな戦(いくさ)をすることもなかろう」

 戦国の世は、誰かが天下を統一するまで続くだろう。
 それまでは、柏木氏が戦いから解放されることもないわけだ。

「そうね……」

 心優しいリネットも、戦争で傷つけ合うことを好まない。
 やや憂いを帯びた表情で俯いている。

「−−今のうちに、城を造られてはいかがですか?」

 湿っぽい雰囲気を変えようとしたのか、セリオが淡々とした声で、そう提案した。

「城を?」

 耕治は訝しそうな顔でくり返した。

「城なら、稲村城があるではないか?」

「−−あれでは不十分です。
 これからの戦を乗り越えて行くには、もっと大規模な城を築かなねばなりません」

 稲村城も、この時代の例に漏れず、砦に毛が生えた程度の造りだったのだ。

「……わかった。その話は後で聞こう」

 耕治は苦い顔をする。
 せっかくの団欒の時を、不粋な話で邪魔されたくないのだ。
 
「−−善は急げと申します。
 逆に、まごまごしていると、手遅れになる恐れがあります」

 冷静なセリオにしては珍しく、いささか焦り気味のようだ。

 ……セリオはこの際、柏木家の地位を確固不動のものにしようと思っていた。
 鉄砲による大勝利の結果、柏木氏の領地は、能登・越中の全土に及び、さらに越後の南端、加賀・
飛騨の北部にまで及ぶようになったが、それは天城氏の滅亡に始まるごく短期間に得られたものに過
ぎない。
 柏木家の支配はまだまだ不安定なのだ。

 この領地のすべてを保持しきれるかどうかは別として、少なくとも誰かが天下を統一するまで、柏
木氏が一定の勢力を持った存在であり続けることが必要だ、とセリオは考えた。
 徳川家康のような「天下人(てんかびと)」の出現までうまく持ちこたえ、その傘下に入ることが
できれば、柏木家は滅亡を免れ、その後も長く存続することだろう。
 それまでに他家に滅ぼされてしまえば、それでおしまいだ。
 柏木家が押しも押されもしない地位を確保できるまでは、一日も無駄にできない−−そういう焦り
がセリオにはあった……

「……大きな城と言うが、どれくらいの大きさなのだ?」

 セリオの気迫に押されたのか、耕治はそう尋ねた。

「−−はい。大体の大きさは……」

 おおまかなプランを説明し始めたセリオを、耕治は途中で遮った。

「……待て。それは余りと言えば大きすぎる。
 そのような巨大な城は、見たことも聞いたこともないぞ?」

「−−はい。今までにない巨城(おおじろ)です」

 耕治の呆れた声を、セリオは平然と受け止めた。

「−−地下にヨークを収容できるくらい大きな城です」

「ヨークを?」

 リネットが思わず口を挟んだ。

「−−はい。
 ヨークは、飛行能力を失ったとはいえ、まだ多くの潜在能力を秘めています。
 そのヨークを、城の基部に据えれば、きっと全力を上げて城を守り、
 お館様や奥様を守ってくれるでしょう」

「……そうかな?」

 リネットは困ったような嬉しいような顔をしている。
 「友だち」が側にいてくれるのは嬉しいが、そのために巨城を築くとなると、領民はかなりの負担
を強いられるはずだ。

「ヨークを……」

 耕治は、「ヨークがリネットを守ってくれる」という言葉に心動かされていた。
 現に天城氏の陰謀の際も、リネットたちはヨークに匿ってもらったわけだし……

「……もう一度、その城の造りを説明してくれぬか?」



「……大きいのう」

 静原主水は呻くような声を出した。

「大きゅうおざるな」

 いかにも飄々とした態度で受けたのは、中村新左衛門。
 新しい城の縄張りを見ながらの会話である。

 ふたりは、耕治に最も信頼されている家臣で、今回は主水が城の普請奉行、新左衛門がその補佐を
命じられていた。
 エルクゥ討伐戦以来の知己である主水は、豪胆な歴戦の勇士。
 岩木砦以来の因縁がある新左衛門は、腕も立つし知恵もあるが、一見したところ掴みどころのない
感じがする。
 性格も風貌も異なるふたりだが、妙にウマが合うところがあって、なかなかいいコンビである。

「かように大きな城が必要なのであろうか?」

 城と言えば稲村城程度で十分と心得ている主水は、自ら普請奉行を務めていながら、今度の築城の
意図がどうにも解せぬらしい。

「お館様も今では北陸道有数の大名。
 今の城ではちと足りぬとのお考えでおざろう」

 新左衛門の方は相変わらずのんびりとした受け答えだ。
 と、そこへひとりの女性が通りかかった。

「−−静原殿、中村殿。お役目ご苦労に存じます」

 今はセリオの意識に支配された状態のメイドロボが、ふたりに頭を下げた。
 主水たちも挨拶を返し、

「お館様から何か?」

 と尋ねてみた。
 メイドロボたちは、言わば耕治の親衛隊なので、いつもその近くに侍っている。
 ひとりでこんな所へ来るのには、それなりのわけがあるだろうと思ったのだ。

「−−いえ、格別には。
 ……ただ、縄張りの様子を見て参れとのみ」

 そう言うと、「セリオ」は、自ら提案した築城のための縄張りをじっと見つめたのであった。

 ……セリオがヨークの件を持ち出したのは、実は「方便」である。
 ああ言えば、耕治夫妻が心惹かれるに違いないと思ったからだ。
 もっとも、城の地下にヨークがいれば一時的な避難所にもなり、何かと都合がよいと考えたのは本
当であるが、セリオとしては要するに、間もなく到来する巨城の時代を見越して、いち早く柏木家の
ための巨城を築いておきたかったのである。
 ヨークそれ自体が、ニ、三百人のエルクゥを収容できるほどの大きな「船」であるからには、その
ヨークを地下に蔵した城も並外れた大きさを持たねばならない。
 「城が大きいのはヨークのため」となれば、自分の提案は比較的容易に受け入れられるだろう−−
セリオはそう考えたのだ……

「……それにしても、まこと大きいのう」

 主水がもう一度唸った。