「約束」第10章 夜襲  投稿者:DOM


「約束」
The Days of Multi <番外/時空編>
第10章 夜襲



−−−−−−−−−−−−
<おもな登場人物>

 柏木次郎衛門  かつてのエルクゥ討伐隊の長。柏木庄の領主。
 リネット    次郎衛門の妻。エルクゥのただひとりの生き残り。
 マルチ     21世紀初頭に製造された試作型メイドロボ。
 HM1377  22世紀から来た20体のメイドロボ。
         戦闘用にカスタマイズされている。
 天城忠義    能登の守護、同国稲村城主。次郎衛門の主君。
 京極氏広    京極氏の庶流で、血気盛んな青年。
−−−−−−−−−−−−



 戦国の様相が深まりつつあった時代である。
 天城領の周辺でも大小の合戦がくり返され、次郎衛門はそのすべてに参加した。
 戦場に出る回数が多いということは、それだけ危険な目に遭う率が高いということであるが、同時
に武功をたてるチャンスも多いということだ。
 20体のメイドロボを従え、自らもエルクゥの力を宿す次郎衛門は、戦(いくさ)の度に、幾多の
危険をかいくぐりながら戦功を上げ続け、次第に家臣団の中でも重きをなすようになっていった。
 と言っても、天城氏の側近から成る家臣団上層部はほとんど譜代の家柄で、野武士上がりの次郎衛
門ほか、武功だけで地位を得た面々とは、一線を画していた。

 この側近連中が、次郎衛門に対して次第に疑いの目を向け始めた。
 もともと、城主天城忠義がリネットの一件で次郎衛門を不興した際、後押しをしたのは彼らである。
 鬼とは非情な者、信頼できぬ者、人を裏切る者、情けをかけてはならぬ者−−鬼に対して嫌悪感以
外の何ものをも持たぬ彼らにとって、リネットの助命などもってのほかのことだったからだ。
 しかるに、どういう巡り合わせか、鬼の妻と鬼の部下を持つ次郎衛門が、今や家臣団の中でも頭角
を現しつつある。
 少なくとも戦場における次郎衛門の働きに関しては、天城氏も絶大な信頼を寄せているのだ。
 しかも、次郎衛門の背後には、合戦の度に発言力を増し加えつつある武臣たちが控えている。
 そうした武臣たちからの日増しに強くなる突き上げが、彼ら側近にとっては自分たちの地位を脅か
すもののように思われつつあったのである。



 ある日、柏木の屋敷に遠来の使者が到着した。
 例の「鬼退治」で懇意になった、京極氏広からの使者だ。
 この秋リネットが男子を産んだので、その出産祝いであった。
 使者が携えて来たのは、都の物らしく凝ったつくりの蒔絵の箱。
 それに、氏広の書状が添えてある。
 次郎衛門が手紙を開いて見ると、氏広は、一別以来の挨拶と男子出産への祝辞を述べた後、時世に
対する若者らしい不満を並べ立てていた。

  −−京の都は腐っている。

 そう氏広は断定する。

 −−朝廷は無力と化し、幕府は体面と形式のみにこだわり、
   公家は気位が高いくせに貪欲、
   諸大名は自分の領地か地位のことくらいしか頭にない。
   天下麻のごとく乱れ、民が塗炭の苦しみを受けつつあることも意に介さず、
   或いは利殖にふけり、或いは謀(はかりごと)をたくましくして日々を送る輩のみ……

 どうやら、他に腹を打ち割って話す相手もいないので、次郎衛門への音信にかこつけて、日頃の鬱
憤を吐露しているらしい。

 −−京極氏とて例外ではない。
   近江源氏の誉れもどこへやら、公家や諸大名に混じって「腹芸」をしつつ、
   他者を陥れることのみに努めている。
   誠に嘆かわしい限りだ。

 同族への不満も積もり積もっているようだ。

 −−柏木殿は武徳盛んにして、かつ義理をわきまえ恩情をも解する、
   今の世には珍しき器である。
   やがては遠大なる志を遂ぐべく立たれる日もあろう。
   その節は、京に氏広あることをお忘れなく。

 次郎衛門は苦笑した。
 氏広は血の気が多すぎる。
 今の世を慨嘆するのはともかくとして、次郎衛門が天下を目ざすことを期待し、その旗上げの際に
は自分も協力したいなどと漏らしているのは、あまりにも不用意だ。
 大方、鎌倉幕府を立てた源頼朝に協力した佐々木定綱とか、北条政権を倒すために足利尊氏を助け
るという大博打に出た佐々木道誉とか(定綱も道誉も氏広の先祖)の事蹟を念頭に置いているのだろ
うが、あいにくと次郎衛門には天下への志などない。
 彼の心には、リネットとの生活を守り、息子に相応のものを残してやる以上の欲はないのだ。
 幕府の膝元である京に住まいする氏広がこういう発言をしていることが知れたら、謀反人と断定さ
れる恐れがある。
 次郎衛門は簡単な返書をしたためると、祝儀の礼を述べると共に、言動にはくれぐれも慎重である
べきことを書き送ったのであった。



「柏木は、たびたび都と連絡を取っているそうでおざるぞ」

 と、側近のひとりがさり気なく漏らすと、

「都とな? それはいかなることか?」

 天城忠義は不審そうに聞き返した。

「さて、子細は存じませぬが、
 一日(いちじつ)都より、京極の使者と見えし侍が
 『忍びやかに』柏木をおとなったとか」

「京極の使者? それは誠か?」

 かつて忠義が能登守護職を得るための斡旋をしてくれた京極氏は、間もなく自家の利益のため、長
年天城氏と領地を接して小競り合いをくり返している越中の畠山氏と手を結んでしまった。
 京極氏が対天城戦に直接参加して来るわけではないのだが、もともと足利政権下で重きをなしてき
た畠山と、中央にあって幕府や朝廷とのつながりが深い京極が信を通じているのは、天城氏にとって
極めて都合の悪い状況だ。
 その京極の使者が、秘かに天城氏の家臣宅を訪れたとすれば……

「誠とすれば、けしからぬことよの」

 側近たちは、うまく天城氏の猜疑心をあおるのに成功したことを知って、ひそかにほくそ笑んだ。
 一般に、戦国大名は猜疑心が強い。
 うっかりしていると、すぐ家臣に背かれ裏切られるのだ。自然に疑り深くなる。
 謀反の徴候を感じ取ると、先手を打って容疑者を討ち取ってしまわねばならない。
 さもなくば、自分の方が滅ぼされてしまうからだ。
 天城忠義も、御多分に漏れず、そういう意味では疑り深い男である。
 そもそも、忠義の父の代に、主君を倒して大名に成り上がった家柄なのだ。
 同じようなことが今度は忠義自身に起こっても、不思議ではない……そう考えるのはむしろ当然と
言えよう。

「されば、妙案がおざる。
 柏木に命じて、岩木の砦を攻めさせてはいかが?」

 すかさず、もうひとりの側近が提案する。

「岩木の砦か…… なるほどの」

 天城領と畠山領との境界線上にある岩木の砦は、規模は小さいが、三方が深い崖となった要害堅固
の地にあり、畠山氏にとって重要な前線基地である。

「少しも異心あらば、隠しおおせますまい」

「うむ……」



「柏木次郎衛門、まかり越しておざる」

「柏木か。こたびはその方に頼みがある」

「頼み……と仰せられますか?」

 いつになく腰の低い主君の態度を、次郎衛門は訝しんだ。

「そうじゃ。その方でなくてはかなわぬ務めでな」

「何事におざる?」

「岩木の砦を取ってくれい」

「岩木を……」

「かの砦は小なりと言えども、守るに易く攻むるに難き天険の地。
 大軍を遣わしても、いたずらに疲弊するのみで益もなし。
 ……されど」

 忠義は次郎衛門に顔を近づけて、続けた。

「その方ならば、むしろ容易にこれを落とす工夫もあろう?」

「……されば、こたびは我が家中(かちゅう)のみにて岩木に迎えとの仰せでおざるな?」

「その通り。……不服か?」

「いや、その儀ならば、この次郎衛門、確かに承っておざる」

「ほほ。さすが柏木じゃ。臆する色もなく受けおった。
 男子(おのこ)は、かくあるべきよの? ははは……」

 忠義は、側近に向かって笑ってみせる。
 側近どもも、主君に合わせて笑い声を上げる。

「さればじゃ、畠山とは長年のいくさにもかかわらず、一向に埒が開かぬ。
 この際大いに武威を示し、敵を戦慄せしむるが、今後のためにもよかろう」

「いかようにせよと?」

「皆殺しじゃ」

 砦や城の兵員が戦いに敗れて皆殺しにされることは、この時代そう珍しいことではない。

「皆殺し……でおざるか?」

 次郎衛門はあまり気が進まないが、主君の命とあらば致し方ない。

「そうじゃ。降参は一切認めぬ。
 砦の者は、猫の子一匹逃してはならぬ。
 よいな?」

「ははっ、かしこまっておざる」

 次郎衛門は退出した。



 夜。
 月もない、無明の闇の中、切り立った崖をよじ登る人影がある。
 次郎衛門と20体のメイドロボだ。
 砦の三方は崖。残る一方に守備兵の注意は集中している。
 エルクゥの力を半ば解放した次郎衛門と、高性能の戦闘型メイドロボたちは、難なく崖を登りきる
と、敵の不意を突いて斬り込んだ。

「敵襲ーーーーーっ!!」

 案の定、砦は大混乱に落ち入った。
 次郎衛門の前に立ちふさがる者は、ひとりまたひとりと斬り伏せられていく……
 やがて、敵の影は絶えた。
 だが、まだどこかに潜んでいるかも知れない。
 次郎衛門はエルクゥの力で強化された耳をすませてみた。
 ……いる。
 まだ、十数名の人間がいる。
 気配をたどっていくと、小さな木戸の前に出た。
 メイドロボのひとりが無言で戸を開けようとするのを、次郎衛門はこれまた無言で制し、自らがら
りと戸を開けると、すぐに大きく飛び退いた。
 だれも打って出る者がなく、扉の脇に隠れている気配もないことを確認すると、思い切って中に飛
び込む。
 メイドロボたちも後に続いた。

(……?)

 次郎衛門は、その暗闇の中にエルクゥの視力で見い出した人々の姿を見て、当惑の表情を浮かべた。
 そこにいたのは、女こどもばかりだったのだ。
 皆息を殺している。

(皆殺しじゃ。猫の子一匹逃してはならぬ)

 忠義の言葉が、次郎衛門の耳に蘇る。

(しかし……)

 次郎衛門は迷った。
 まさか、こんな山中の砦に、これほどの非戦闘員がいるとは思わなかったのだ。

「……敵のお方と存ずる」

 その時、闇の中から、落ち着いた男の声が響いた。
 声のした方に注意を向けると、30代くらいの武士がいる。

「ここにおるは、それがしひとり」

 嘘である。
 次郎衛門にはわかっている。
 次郎衛門が嘘を見抜いていることを、相手の男も知っている。

「尋常に勝負せんと存ずるが、ここはいかにも手狭。
 おまけにこの暗さじゃ。
 いったんお引きあらば、それがしも木戸より出て、お相手致そう」

「……いかにも、ここにはお手前ひとりとお見受け致す」

 次郎衛門は、相手の嘘に乗ることに決めた。

「されば、わが主君の命により、お手前を斬り、砦に火をかけ申す」

 わざと女こどもに聞こえるように言う。
 ここにいては焼け死ぬので、ふたりが斬り合っている間に逃げよ、ということだ。

「心得た。されば、外に出て勝負」

「おう」

 次郎衛門はメイドロボたちを促して外に出た。
 砦の庭で待つ。
 相手はすぐにはやって来ない。

(逃げたか……?)

 それならそれで、見逃してやってもよい、と思ったのだが……

「お待たせ致した」

 出て来た。
 恐らく、家族が別れを惜しんでいたのであろう。

「……よろしいのか?」

 思わず尋ねてしまう。

「もはや思い残すことはおざらぬ」

 相手の声はあくまでも涼やかだ。
 次郎衛門は剣を抜いた。

「能登の守護、稲村城主天城忠義が家臣、柏木次郎衛門」

「……柏木殿とな。鬼退治の勇士でおざったか」

 相手は幾ばくかの感嘆を込めてそう言った後、

「越中の守護、白橋城主畠山教親(のりちか)が家臣、中村新左衛門。
 ……それがしの頼み、快くお聞き入れくださり、かたじけのう存ずる」

 暗に、次郎衛門が女こどもを見逃してくれたことへの感謝だ。

「礼には及ばぬ。
 お手前の言葉、いかにも理にかなえりと思うたまでじゃ。
 ……いざ」

「いざ」

 相手も刀を抜いた。
 しばしの睨み合い。
 ……敵が斬りかかって来た。

 ひゅん!

 まずは相手の太刀筋を見究めようとした次郎衛門は、際どい所で身を避けながら、外見に似合わぬ
鋭い太刀さばきにいささか驚いていた。
 なかなかの使い手だ。
 だが、エルクゥの力を持つ次郎衛門にとっては、恐れるほどのものではない。

 ひゅん!

 次郎衛門も剣を振るう。
 相手がかわす。
 ……その気になれば、一瞬でかたがつくが、それでは足弱の婦女子が逃げる暇がない。
 わざと相手が際どいところで避けられそうな剣の使い方をする。
 相手も次郎衛門の心中がわかっているようで、同じような太刀さばきを見せる。

 こそこそ……

 逃げて行く人々の足音が、エルクゥの力で敏感になった耳に聞こえる。
 ……その気配がよほど遠くなったのを見究めると、次郎衛門はいったん身を引いて、刀を構え直し
た。
 相手も正念場と心得たらしく、同じように体勢を整える。
 ……ほとんど同時に、お互いを目がけて突進する。

 がっ!

 相手は刀をはね上げられ、どうと仰向けに倒れた。
 次郎衛門が相手の腹に乗って、太刀で喉を突こうとした瞬間。

「父上!」

 女の子の声が響いた。
 次郎衛門ははっと手を止める。
 まだ建物の中に残っていたらしい、10才に満たぬ女の子が、母親と思しき女性に引き止められて
いるのが見えた。

(……この男の妻子か?)

「父上!」

「なりませぬ!」

 父親のもとへ駆け寄ろうとする娘を、必死に抱きかかえる母親。



 ……次郎衛門の脳裏に、ある情景が浮かぶ。
 エルクゥ討伐の凄惨な戦いの情景だ。
 すでにエルクゥの男は皆命を落とし、残るは女こどもばかりだった。
 むろん、女とて、エルクゥである以上、並の人間には負けない力を持っている。
 だが、次郎衛門は「並の人間」ではない。

 ひゅん!

 次郎衛門は斬った。
 斬って斬って斬りまくった。
 女たちは逃げない。
 逃げないで、立ち向かって来る。
 もはや逃げ場はないと覚悟したのか。
 それとも、姉妹や子どもたちを守ろうとする一心なのか。
 次郎衛門は斬った。
 子どもをかばう母を斬り、母にすがる子どもを斬り、
 姉を斬り、妹を斬り、
 全身が返り血で朱(あけ)に染まるまで斬り続けた。
 ……そして、エルクゥは根絶やしにされた……



「父上!」

 女の子は涙を浮かべながら叫ぶ。
 父親は、次郎衛門に組み敷かれたまま、わずかに首を動かし、娘の方を見た。
 そして……

 ……微笑んだ。

 びゅっ!

 その瞬間、男の喉にその切っ先を向けていた次郎衛門の剣が突き下ろされた。

「きゃああああああああああっ!!」

 娘が絞るような悲鳴をあげる。

 次郎衛門はゆっくり身を起こすと、母娘の姿が目に入らぬかのように、建物に近づいた。
 傍らにいたメイドロボ、00108に声をかける。
 都で「首」の役目を演じた娘だ。

「砦にいた者は『皆殺し』にした。
 火をかけて引き上げるぞ」

「はい」

 答えながら00108は、父親の亡骸に近づく母娘の姿にそれとなく注意を払っていた。

「父上ええええ!!
 ……あっ?」

 女の子の泣き声が、息を飲む音で断ち切られた。
 次郎衛門は全く意に介さず、建物の裏手の方へ歩いて行く。
 メイドロボたちも全員後に従う。
 一行の姿が見えなくなると、母親は、自分の娘の口を覆っていた手を放した。

「……ち、父上!
 ご無事で!?」

 男がゆっくりと身を起こした。
 次郎衛門の刀は、男の喉のすぐ脇の地面を抉っただけだったのだ。

「うう…… うわああああん!!」

 女の子は、嬉しさの余り父の胸にすがって泣き出した。
 男は、娘の髪を撫でながら、すでに建物の陰に消えた次郎衛門に、黙って頭を下げた。