「約束」第11章 夜宴  投稿者:DOM


「約束」
The Days of Multi <番外/時空編>
第11章 夜宴



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<おもな登場人物>

 柏木次郎衛門  かつてのエルクゥ討伐隊の長。柏木庄の領主。
 リネット    次郎衛門の妻。エルクゥのただひとりの生き残り。
 小太郎     次郎衛門とリネットの間に生まれた男子。
 マルチ     21世紀初頭に製造された試作型メイドロボ。
 セリオ     マルチと同時期に製造された試作型メイドロボ。
         自律型データベース「セレナ」の中によみがえる。
 HM1377  22世紀から来た20体のメイドロボ。
         戦闘用にカスタマイズされている。
 天城忠義    能登の守護、同国稲村城主。次郎衛門の主君。
 中村新左衛門  天城氏のライバルである越中守護・畠山教親の家臣。
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「さ、柏木。今宵はちと過ごすがよい」

 忠義がしきりに盃を勧める。

「もったいのうおざります」

 次郎衛門は謹んで受けると、大盃になみなみとつがれた酒を一気に飲み干した。

「……ほう、見事なものじゃ。
 大丈夫(一人前の男)かくあるべきか。
 ……さ、もう一杯」



 わずか郎等20人を引き連れただけで、要害堅固な岩木の砦を落としてしまった次郎衛門は、主君
天城忠義の館に招かれて慰労を受けていた。
 次郎衛門は忠義や側近たちの盃を手ずから授けてもらい、しきりにあおっている。
 慰労の宴は深夜にまで及んだ。



 宴に招かれたのは次郎衛門ひとりで、「郎等」であるメイドロボたちは柏木の屋敷に残っていた。
 もっとも、招かれたら招かれたで、飲食ができぬことの言い訳を考えなければならないので、か
えって面倒なだけだ。
 夜が更けて、リネットは床に就き、マルチも「睡眠」状態に入った。
 HM1377は、数名を見張りに残し、やはり休息を取る。
 あるじの次郎衛門が泊まりがけで出ている以外、いつもと変わらぬ夜であった。



 夜半を回った頃、突然、全メイドロボの意識に、セリオからの緊急信号が入った。

−−武装兵の接近を感知。全員警戒体勢を取ってください。−−

 セリオの信号が非常用の強力なものだったので、リネットもその信号を受けて目を覚ました。
 屋敷中が緊張に包まれた中で、「眠っている」のはマルチだけだ。

「マルチちゃん! 目を覚まして!」

 リネットが押し殺した声でマルチを揺り動かした。

「う、うーん……
 あれ? リネットさん?
 もう朝ですかぁ?」

 メイドロボらしからぬ寝ぼけまなこをこするマルチに、リネットはやはり小声で言った。

「大勢の人がこの屋敷を取り囲んでいるの。
 すぐに戦いになるわ」

「た、戦い、ですかぁ!?」

 ようやくマルチもうろたえ始めた。

−−敵は外から屋敷に放火しようとしています。そうなっては不利です。
  こちらから先制攻撃をしかけます。−−

 セリオが冷静に状況を分析する。
 20体のメイドロボが一斉に飛び出した。
 屋敷の塀を飛び越え、外にいた兵士たちに襲いかかる。

「うわっ!?」

 今まさに屋敷に向けて火矢を放とうとしていた何人かが、まともに攻撃をくらって倒れる。

「しまった!! 気づかれたぞ!!」

 叫ぶ声がする。
 手はずが狂った軍勢は、慌てて矢をつがえたり剣を抜いたりして応戦しようとするが……
 深夜、灯りのない状態だ。
 屋敷に火をかけてしまえばその炎が一帯を照らし出してくれるのだが、それは阻止されてしまった。
 この場合、数は多くとも、人間の方が不利である。
 夜目の利くメイドロボたちは、混乱する軍勢の中を突き抜け駆け抜け、わざと撹乱し続けたので、
寄せ手の側は同士打ちが続出する有様だった……

 やがて、敵はその軍勢の大半を失い、敗北を悟って散り散りに逃げ始めた。
 メイドロボのひとりが、逃げ行く兵士に追いついて後ろから首根っこを掴む。

「わわっ!? 助けてくれ!」

 兵士はすでに戦意を喪失している。

「わが問いに答えよ。さすれば解き放たん」

 メイドロボの言葉に兵士は震えながらうなずいた。



「ご主人様が危険です」

 兵士から聞き出せることをすべて聞き出したメイドロボは、急ぎセリオを通じて仲間に呼びかけた。

−−敵の正体は天城忠義の直轄軍と判明。
  天城館に招かれたご主人様の危険が予想されます。
  これより全員、天城館に向かいます。−−

「私も行きます!」

 リネットがセリオに向かって叫んだが、

−−奥様は、小太郎様とマルチさんを連れてヨークに避難してください。
  ここも再度襲撃されないとも限りません。−−

 小太郎とは、次郎衛門夫妻のひとり息子である。

「でも……」

−−お任せください。メイドロボの命に代えても、ご主人様を守ってみせます。−−

「……わかりました。くれぐれもお願いします」

−−かしこまりました。−−

 銀色の卵型をしたセレナ=セリオの体が、屋敷内から夜空へと浮かび上がる。
 そして、天城館目ざして猛スピードで移動を開始した。
 その後を追って、20体のメイドロボが駆け出す。

 しばらく見送っていたリネットは、まだ眠っている小太郎をそっと抱えると、

「行きましょう。マルチちゃん」

「は、はい」

 夜目の利かないマルチの前に立って雨月山に向かった。



 セリオたちが天城館に着いた時には、館は喧噪のさ中にあった。

−−間に合った。−−

 セリオはとりあえずほっとした。
 騒ぎが続いているということは、まだ次郎衛門がしとめられていないということだ。

−−全員突入します。−−

 館の上空からセリオが指令を出す。
 メイドロボたちは、館の塀を難なく飛び越え、騒動の中心を目ざして駆け出した。



 次郎衛門は大勢の鎧武者に取り囲まれていた。
 手には血刀、装束にも点々と返り血が見える。
 斬り倒された侍がそこかしこに転がっている。

「お館様! これはいかなること!?」
 
 次郎衛門が叫ぶ。
 家臣の壁に守られた忠義は答えた。

「その方の謀反は明白。
 よってその身を誅せんとしたまでじゃ」

「謀反……!?」



 次郎衛門が岩木砦の人々を見逃したことは、付近を見張っていた忠義の部下によって一部始終見届
けられていた。
 女こどもはともかく、畠山の家中でも知勇兼備と言われた中村新左衛門を助けたことが、謀反の印
象を決定づけてしまったのだ。

 −−柏木が畠山・京極と内通せしは、もはや明白。

 忠義も重臣たちもそう断を下した。
 そして早速、次郎衛門を館に招いてだまし討ちにする手はずを整えたのである。
 大酒を飲ませて酔いつぶれたところを、大勢で討ち取る予定であった。



「……今宵は我にもなく過ごし申した。
 お館様の御前で見苦しき仕儀をお見せするは憚りあり」

 やがて泥酔した次郎衛門はそう言って退席しようとしたのだが、忠義は許さず、さらに酒を飲ませ
ようとする。
 いよいよ酔っぱらった次郎衛門は、ついにその場で体を傾けて、いびきをかき始めた。

「柏木殿? −−これ、柏木殿」

 隣にいた侍が揺り起こすが、次郎衛門は正体もない有様だ。
 再三揺すっても起きないと見て取ると、忠義と周囲の者たちは目配せを交わしてそっと立ち上がっ
た。
 音曲がやみ、そこかしこで交わされていた賑やかしい会話もぴたりと止まった。
 宴の座は、しんと静まり返る。
 ……が、すぐに、鎧武者たちの入って来る音で、静寂は破られた。
 武者たちは、床に倒れ伏している次郎衛門を取り囲んだ。
 それでも次郎衛門は心地よさそうに高いびきをかいている。

 鎧武者たちは揃って抜刀すると、一斉に振りおろした。
 が……

 確かに次郎衛門の体を切り刻んだはずの数枚の刃は、空しく木の床を斬りつけただけだった。

「なっ……!」

 慌てふためく武者のひとりの背後から手が伸び、刀を奪い取る。

「あっ!?」



 ……よい機嫌で主君や重臣たちの盃を受けていた次郎衛門は、ふと末席にいる侍たちの顔がどこと
なく強ばっているのに気がついた。
 不審に思ってエルクゥの感覚を強めてみると……隣室で、微かな甲冑の音がしている。
 ひとりやふたりではない。かなりの人数だ。
 酒宴の隣室に、何ゆえ物々しく武装した侍たちが息を潜めているのか。
 ……次郎衛門の刀は、宴席につく前に係の侍に預けてしまっている……
 そこで次郎衛門は、わざと酔ったふりをして様子を見ることにしたのである……



「謀反などとは身に覚えのないこと!
 濡れ衣でおざる!」

「黙れ!
 お館様の命に背き、岩木砦にて敵将中村新左衛門を助けしこと、
 我らが知らずと思うてか!?」

 重臣のひとりが叫ぶ。

「な!? そ、それは……!!」

 次郎衛門はとっさに言い訳ができない。

「それ見よ。その方の叛心は明白じゃ。
 大方、我に怨みを持つ鬼の娘にたぶらかされて、
 わが家中を傾けんとの悪巧みであろうが、そうはいかぬ。
 ……今頃は、その鬼どもも、軍勢の手にかかりし時分。
 その方も観念して、鬼と共にあの世へ行くがよい!」

 忠義も憎々しげに言う。

「な、何と!? リネットを!?」

 一瞬青ざめた次郎衛門は、次の瞬間、怒りに全身を赤く染めた。

「リネットを……わが妻を……手にかけたと?
 殺めたと、申さるるか?」

 エディフェルを守り切れなかった悔やみが、いまだに次郎衛門の内にはある。
 それが今度はリネットまでも……
 次郎衛門はエルクゥの力を解放し始めた。

「本来なら、とっくの昔に失われしはずの命。
 これまで長らえただけでも幸い……と……?」

 忠義は、異様な圧迫感を感じて言葉を途切れさせた。
 忠義だけではない。
 その場にいたすべての者が、全身を押さえつけられるような感覚に息を飲んだ。
 圧迫感は、怒りに顔を紅潮させた次郎衛門から発せられている。

「おおお……!?」

 周囲の人々から、驚きの声が漏れた。
 次郎衛門の体が大きくなっていく。
 装束を内から圧迫し、押し破りながら、次第に膨れ上がっていく。
 それと共に、圧迫感もいよいよ強まっていった。
 ……やがて次郎衛門は、天井に頭が届くほどに巨大化し、二本の角、牙、鋭い鈎爪を持った鬼の姿
に変わったのである。

「……うわああああああああああああああああ!?」

 恐怖に駆られた人々の叫び声が館中に響き渡った。



 メイドロボたちが駆け込んで来た時には、すでに次郎衛門の手で、居合わせた侍の大半が命を落と
していた。

「おまえたちは……!?
 リネットは、リネットはどうした!?」

 メイドロボたちに気がついた次郎衛門が大声で問うと、

「奥様はご無事です!」
「敵は打ち負かしました!」
「奥様も、小太郎様も、マルチさんも、皆ご無事です!」

 メイドロボたちが口々に叫ぶ。

「ぶ……無事……だったか……」

 次郎衛門は、鬼となった巨体で大きな安堵の息をついた。
 だが、それも一瞬のことで、すぐにまた怒りの表情を浮かべると、重臣たちに守られた天城忠義の
方に体を向けた。

「じ、次郎衛門! 落ち着け!
 まずは腹打ち割って話そうではないか!?」

 形勢悪しと見た重臣のひとりが今さら話し合いを申し入れようとするが、白々しさの極みと言うべ
きだ。

「この上話すことなど、おざらぬ……」

 次郎衛門はゆっくりと歩み寄る。

「わが妻に害をなさんとする者は、だれであれ容赦はせぬ」

「血迷うたか!?
 主君殺しは地獄に落ちて、未来永劫浮かばれぬぞよ!」

 別の家臣が脅しをかける。

「……地獄?」

 次郎衛門はせせら笑った。

「……リネットのためとあらば、喜んで地獄へ落ちようぞ!!」

 鈎爪が空を切り裂いた。