「約束」第12章 衆議  投稿者:DOM


「約束」
The Days of Multi <番外/時空編>
第12章 衆議



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<おもな登場人物>

 柏木次郎衛門  かつてのエルクゥ討伐隊の長。柏木庄の領主。
 リネット    次郎衛門の妻。エルクゥのただひとりの生き残り。
 小太郎     次郎衛門とリネットの間に生まれた男子。
 マルチ     21世紀初頭に製造された試作型メイドロボ。
 セリオ     マルチと同時期に製造された試作型メイドロボ。
         自律型データベース「セレナ」の中によみがえる。
 HM1377  22世紀から来た20体のメイドロボ。
         戦闘用にカスタマイズされている。
 天城忠義    能登の守護、同国稲村城主。
         家臣の次郎衛門を謀反の疑いで誅殺しようとして、逆に殺される。
 静原主水    天城氏の家臣。かつてのエルクゥ討伐隊の一員。
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 天城館の騒動を聞きつけて、忠義の企てを知らなかった残りの家臣たちが、遅ればせながら駆けつ
けて来た。
 それぞれ慌ただしく武装を整え、配下を率いている。
 が、もとより申し合わせていたわけではないので、武装の程度も、人数も、館に到着する時間も、
まちまちである。
 館の庭に入って来た軍勢は、メイドロボたちによって、そこでしばらく待つようにと申し渡された。
 城主の安否を知りたくてうずうずしている家臣たちは抗議したが、「全家臣が集まるまで」と取り
合ってもらえない。
 業を煮やした二、三の者が無理矢理押し入ろうとしてスタンガンを食らい、気を失ってしまったの
で、皆しぶしぶながら待つことにしたのである。
 やがて、家臣のあらかたが集まった頃合を見計らって、白装束の次郎衛門が姿を現した。
 宴席のための装束はエルクゥ化した時に破れてしまったので、邸内で見い出した白い衣を身につけ
たのだ。
 そしてそれは、次郎衛門の決意を象徴する衣でもあった。

 死を覚悟したかのような次郎衛門の白装束を見て、ざわめいていた人々も一瞬押し黙った。
 その静寂を縫って、次郎衛門が今度の経緯を淡々と語り始める。

 −−身に覚えのない謀反の疑いをかけられたこと。
 −−宴席に招かれ、だまし討ちに会いそうになったこと。
 −−柏木屋敷が襲われ、妻子の命が脅かされたこと。
 −−しかし結局は、忠義も側近も、返り討ちに会ったということ……

「……かような次第におざる。
 我が身を守り、妻子を守るため、せん方なく今回の仕儀とはなり申した。
 されど、理由はいかにあれ、主君を討ちし責めは免れませぬ。
 おのおの方にはよくよくご相談あって、爾後のことを決められたい。
 すみやかに退去せよとあらば、妻子郎等を引き連れて領内を引き払い申す。
 また、お館様の仇を討たんと申さるれば、この次郎衛門、喜んでお相手つかまつる。
 それがしも武士の端くれ、立派に斬り死にしてお目にかけよう。
 ……それがしこれより屋敷に帰り、おのおの方の仰せを慎んでお待ち申す」

 次郎衛門はそう言って話を結んだ。
 皆押し黙って、だれひとり口を開く者もない。

「……されば」

 次郎衛門は門に向かって歩き出す。
 人垣が分かれ、道ができる。
 メイドロボを従えた次郎衛門は、ゆっくりと門外に出て行った。



 白装束の次郎衛門は、柏木の屋敷の中でひとり座していた。
 ヨークに避難しているリネットには、セリオを通じて無事を伝え、もうしばらくそこにいるように
と言ってある。
 そして今、セリオとメイドロボたちを送り出したところだ。
 「リネットたちを守ってやってほしい」と言って……



「−−それはなりません。
 天城の家臣が一致して攻めて来る可能性があります。
 いくらご主人様でも、相手の数が多すぎて……」

 セリオは反対した。

「その時は、潔く討ち死にするまでよ」

「−−いけません。奥様にお約束したのです。
 命に代えてもご主人様をお守りする、と」

「では、主人として命令する。
 これよりただちにヨークに赴き、リネットと小太郎とマルチを守れ」

「−−…………」

 主君の仇なら、次郎衛門ひとりを討てば皆満足するはずだ。
 リネットや息子までは殺めようとすまい。

「−−奥様とのお約束を破られるおつもりですか?」

 ふたり共に生き、共に死ぬという約束のことだ。

「今は小太郎がいる」

 子どもが出来た今、その子のことを考えてやらねばならない。

「くり返して言う。これは命令だ。
 リネットたちを守ってやってくれ」

「−−かしこまりました」

 セリオと全メイドロボは屋敷を出て行った……



 次郎衛門は、家臣たちの話し合いの結果を待ちわびていた。
 が、日が高く登り、昼を過ぎても、何の音沙汰もなかった。
 話し合いはまだ続いているのだろうか。
 それとも、すでに次郎衛門討伐の軍勢の準備にかかっているのだろうか。
 人っ子ひとりいない屋敷の静寂の中で、次郎衛門はひたすら返事を待っていた。



 日が西の空に傾き始めた頃になって、ようやく変化が見えた。
 武装した侍がただ一騎、柏木家の門前に現れたのだ。
 例の静原主水である。

「静原殿か。……お供は?」

 迎え入れた次郎衛門は怪訝そうな顔をする。

「何の。身一つでまかり越しておざる」

 主水は屈託なげに笑う。

「それは大胆な……」

 この非常時に、と呆れると、

「柏木殿に限って、だまし討ちなどはあり得ぬこと。
 よう心得ており申す」

 静原はさらに笑いを深める。
 次郎衛門もつられて笑顔になる。

「かような姿で推参つかまつるは憚りありとはいえ、
 何せ今の今まで衆議の庭におりましての」

 昨夜から始まった話し合いは、つい先ほどまで続いていたらしい。
 主水は、衆議一決の後、そのまま馬を飛ばして来たようだ。
 物々しい具足姿を気にする主水に、次郎衛門は、

「それは御苦労でおざった。
 ……して、衆議の趣きは?」

 笑みを消し、真剣な表情になって尋ねる。

「されば、その儀におざる」

 主水も笑顔を改め、居ずまいを正した。

「我ら一同、自今以後、柏木殿を主と仰ぎ、
 二心なくお仕えせんものと決意致しましておざる」

「何と……!?」

 予想外の言葉に、次郎衛門は唖然とした。



 主水の話では、残った家臣の大半は、最初から次郎衛門に同情的だったのだという。
 今回次郎衛門をだまし討ちにしようとしたのは、忠義と譜代の家臣たち。
 最近になって武功のみで取り立てられた家臣たちには、ほとんど寝耳に水の出来事だったのだ。
 これら武臣たちの多くは、幾多の合戦で生死を共にするうちに、多かれ少なかれ次郎衛門を信頼し、
好意も寄せるようになっていたのである。
 次郎衛門と「郎等」たちの働きで、危ないところを助けられた者も少なからずあるのだ。

 むろん、すべての者が好意を寄せていたわけではない。
 妬む者もある。疑う者もある。
 好意は寄せていても、武士の面目にかけて、主君殺しの仇は討たねばならぬと主張する者もある。
 だが、反次郎衛門派は、全体から見れば少数であった。

 各々の去就がほぼ明らかになったところで、具体的にどのような行動を取るべきかという点が問題
になった。
 話し合いが長引いたのは、むしろこの点に関してである。
 お互いにあまり身分の上下のない大勢の武臣の集まりだけあって、なかなかまとまりがつかないの
だ。
 衆議が延々と続いた後で、ようやく次のような結論が出た。

 第一、次郎衛門に好意を寄せる者たちは、彼を天城氏に代わる主君と認め、誠意をもって仕える。
 第二、次郎衛門に仕えることをよしとしない者たちは、妻子眷属を引き連れて、平和裡に領内を出、
畠山氏に身を寄せる。

 そうと決まると、次郎衛門に比較的近しい主水が代表となって、家臣一同の意向を伝えに来たとい
うわけだ。



「……是非ともお受けいただきたい」

 主水が頭を下げる。

「されど……」

 次郎衛門は当惑したままだ。

「柏木殿がお受けあらぬとなれば、領内をまとめる者がおりませぬ。
 さすれば畠山の軍勢に手もなく踏みにじられ、
 我ら一同討ち死にするか、妻子ともども山野にさまようは必定。
 何とぞ、お受けあれ」

「…………」

 次郎衛門は考えた。
 この話を受けなければ、領内を退き、それこそリネットたちと共に山野をさまようことになろう。
 受ければ、とりあえず妻子に安定した暮らしをさせることができる……

 しばし瞑目していた次郎衛門は、やがて目を開けると、

「……ありがたくお受け致す」

 と答えたのである。



 主水が家臣団に次郎衛門の意向を伝えるため柏木家を辞去すると、見送った次郎衛門は庭に出たま
まで、

「セリオ、出て参れ」

 と声をかけた。

「そこにいるのはわかっておるぞ。
 出て参れ」

 すると、物陰から銀色の機体が現れた。

「−−どうしておわかりになりましたか?
 気配を殺しておりましたのに」

「先ほどリネットに連絡を入れたであろう?」

 セリオの中枢部の電気信号はエルクゥ信号と似通ったものらしく、そうした信号のやり取りに長け
ているリネットと簡単に連絡ができる。
 次郎衛門には、リネットほどの能力はないが、セリオが時折強い信号を発した時など、それを「感
じる」ことはできる。
 山中、それもヨークの中にいるリネットと確実に連絡を取るために、セリオが念のため強めの信号
を発したので、感づかれてしまったのだ。

「皆も近くにいるのか?」

 メイドロボたちのことを尋ねると、

「−−屋敷の裏手に潜ませております。
 何かあれば、すぐ対処できるようにと」

「困ったやつらだ」

「−−奥様とお約束しましたので。
 約束を破ると、後で私が恨まれます」

「俺が怒るより、リネットに恨まれる方がこわいのか?」

 次郎衛門が苦笑すると、

「−−女の恨みは、恐ろしいものですよ?」

 セリオは澄ました声で言ってのけたのだった。