「約束」第8章 さらし首  投稿者:DOM


「約束」
The Days of Multi <番外/時空編>
第8章 さらし首



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<おもな登場人物>

 柏木次郎衛門  かつてのエルクゥ討伐隊の長。今は雨月山の庵で細々と暮らしている。
 リネット    次郎衛門の妻。エルクゥのただひとりの生き残り。
 マルチ     21世紀初頭に製造された試作型メイドロボ。
 近江山中の鬼  実は戦闘用にカスタマイズされた、謎のメイドロボたち。
 セレナ     メイドロボのための自律型データベース。外見は大きな銀色の卵。
 京極広直    近江に領地をもつ京極氏の当主。派手好きで、体面にこだわる男。
 京極氏広    京極氏の庶流で、血気盛んな青年。
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 無事「鬼退治」を果たした討伐隊が京の都に凱旋すると、市中は大騒ぎになった。
 行列の先頭には「鬼」の首を長い棒に吊り懸けた徒(かち)立ちの兵が、後ろには討伐隊に降伏し
た「19匹の鬼」がいたからである。
 「近江山中の鬼」を一目見んものと、噂を聞きつけた都人が貴賎を問わず集まって来たので、さし
もの都大路も人、人、人でごった返していた。
 混雑のさ中、それでも道路中央には一筋の空間が残されており、その空間を縫うようにゆっくりと
討伐隊の一行が進んで行く。

「おお、あれが近江の鬼どもか?」

「何と恐ろしげな……」

「赤鬼じゃ、赤鬼じゃ」

 怖いもの見たさの人々は、人垣をかき分け、首を伸ばし、何とか一行の様子を目に収めんとする。
 強引に前方に進み出たものの、たまたま「鬼」と目が合ったため、青くなって再び人ごみの中にも
ぐり込もうとする者もあった。



「氏広。こたびはお手柄であった。
 祝着至極じゃ。
 ……まずは一献」

 京極広直は上機嫌で「氏広の労」をねぎらった。
 彼が討伐隊の将であったからだ。
 討伐隊の立てた手柄は、すなわち氏広の功績と換算するのが、この時代の考え方なのである。

「いや、これはみな柏木殿のお働きでおざる」

 食えない輩の多い京極一族の中では珍しいほど一本気な氏広は、人の手柄を横取りするつもりなど
さらさらなく、自分よりずっと身分の低い次郎衛門を「……殿」と呼んで立てている。
 普通なら、呼び捨てで十分なのだ。

「はは。謙遜も良いが、武者は武功を上ぐるが本分。
 あまり遠慮していては、損をしようぞ」

 と、「今まで一度も戦場で軍功など上げたことのない」広直が笑う。
 広直の好むところは権謀術数で、都の公家や諸大名との駆け引きや腹の探り合いなど、得意中の得
意であった。
 今回も、討伐隊の成功を知ると、早速将軍家に対し、「『同族の』氏広が近江の鬼を成敗した」と
言上してある。
 同族の手柄によって、結局は自らの株を上げるためである。

「されど、鬼の首を斬りしは紛れもなく柏木殿。
 いささかなりと、ねぎらいのお言葉などあってしかるべきかと存じますが……?」

 次郎衛門をもう少しましに扱ってほしいという氏広の言葉ももっともで、広直は自分の近くに氏広
の座を設け、酒盃など与えているのに、肝心の次郎衛門には言葉もかけず、例によって庭に控えさせ
ている。
 リネットやマルチ、それに捕虜の「鬼」どもも共にかしこまっているので、功績者なのか何なのか
わからない扱いだ。

「ふむ……」

 氏広の言葉を聞いて、広直もようやく庭上の「人々」に目を向けた。

「柏木か。大儀であったの。
 さすがは鬼退治で聞こえた『豪の者』じゃ」

「恐れながら、こたびはお館様の御威光により、
 いささかの働きが出来申したは、身の幸いにおざる」

 次郎衛門は、こういう場合の常識に従って、広直を立てた物言いをする。

「……それにしても、よくよく鬼に好かれる男よの。
 ふっふっふっ」

 広直が妙な笑い方をしてみせる。
 次郎衛門に降伏した「鬼」がみな、人間で言えば妙齢の娘たちであることを知っての上での揶揄で
ある。
 先ほどの「豪の者」という語にも、言外の意味が含ませてあるらしい。
 次郎衛門が不機嫌を押し包んでいると、広直の関心は「鬼」に移ったらしく、

「時に、近江の鬼は矢を射かけられても手取りにすると耳にしたは、誠であろうか?」

 と近侍の者に質問する。
 問いかけられた男は、はっ、とかしこまって、早速「鬼」どもに確認する。
 「鬼」のひとりが肯定の返事をすると、男は(広直にも聞こえているはずの内容を)わざわざもう
一度伝えた。
 ……京極家の当主ともあろう者が、鬼と直接言葉を交わすことなどできるはずもないからだ。

「ほほう、さようか?
 一度この目で見たいものよ」

 再び近侍の者が、あるじの言葉を「鬼」に取り次ぐ。
 次郎衛門は皆の代わりに断わってやろうとしたが、それより早く、

「お館様の仰せとあらば」

 と、ひとりの娘が返事をしてしまった。



 庭の一方に「鬼」の娘がひとり。
 もう一方に、京極家中でも弓の上手と言われる侍が、矢をつがえ弓を引き絞っている。

 ひゅんっ!

 矢が放たれる。
 確かに娘の最中(もなか)を射抜いたと思われた矢は、鏃が胸に達する寸前で娘の手に掴まれてい
た。
 早すぎて娘の動きが全く見えなかった周囲の人々は、ほうっとため息とも賛嘆ともわからない声を
もらす。
 広直もさすがにこれには感じ入ったようで、

「ほう。見事なものじゃ。
 ……かほどの腕を持ちながら、なお柏木にはかなわぬと申すのか?」

 広直がいささか次郎衛門を見直すような言葉を呟くと、脇に控えていた氏広がすかさず、

「されば、柏木殿は20匹の鬼に囲まれながら少しも臆したる色なく、
 まずは難なく一匹の首級(しるし)を上げ、
 残りもたちまち蹴散らしてしまいましたれば、
 鬼どもも抵抗の無益を悟って降りましたものにおざる」

 と次郎衛門を誉めあげる。

「ふーむ……」

 しばし考え込んでいた広直は、近侍の者に命じて、次郎衛門に褒美の金品を与えることにしたので
ある。



 次郎衛門が斬った「鬼」の首は、しばらく京極邸の門前にさらされることになった。
 これも広直の自己宣伝の一環であることは、むろんである。
 案の定、「鬼」の首を見物に来る人々は連日引きも切らず、門前市をなさんばかりの賑わいだ。
 物見高い点では大差のない「京童」や、公家連中、諸大名のみならず、将軍さえも、京極家を訪問
した「ついでに」くだんの首を見て帰ったほどである。
 宣伝効果は十分、と言うべきであろう。



 そのうち、妙な噂が流れるようになった。
 深夜、鬼の首が笑う、というのだ。

 最初は、他家の物好きな侍たちの慰み事から始まった。
 ある夜、無聊をかこっていた侍のひとりが肝試しを提案したのだ。
 ひとりずつ、京極邸の鬼の首がさらしてある台木の下に、自分の名を書いた木札を置いて来て、最
後に全員で出かけて確認しよう、というものである。
 皆この話に乗って、早速ひとりの若い侍が出かけて行ったのだが……
 程なく、真っ青な顔で帰って来た。
 走り詰めに走って来たらしく、自分の仕える屋敷内に駆け込むなり、ばったりと倒れてしまったの
である。
 皆が驚いて駆け寄り、抱き起こして水など飲ませてやると、男はがたがた震えていたが、やがて
「首が笑った」と言い出したのだ。
 ……首尾良く京極邸の門前に行き、名札を置こうと身をかがめたところで、鬼と目が合った。
 その時、確かに鬼の首が、自分に向かって笑いかけた、というのである。
 皆はそれこそ一笑に付そうとしたが、若侍は「この目で見た」と譲らない。
 それでは、ということで、全員で確かめることになったのである。



「……あれだな?」

「うむ」

 都の夜は暗い。
 鬼の首と思しきものも、ほの赤い固まりのようなものにしか見えない。
 他家の門前で物々しく松明などかかげたら、夜襲か何かと勘違いされかねないので、月明かりだけ
を頼りに、その赤い固まりに近づいて行く。

「何も変わったことはないようだが?」

「そうだな」

 月の光に浮かび上がった「鬼」の首は、赤い髪に白い面(おもて)、いかにも無表情に侍たちを見
ている。
 皆でよくよく眺めたが、別に笑っているようには見えない。

「やはり見間違いで……」

 と、ひとりが断を下そうとしたとき。

 ……にやり

 笑った。
 首だけの鬼の、唇が動いて、確かに笑った。
 青白い月光の下の、凄惨な笑みだった。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 男たちは一瞬固まった。
 ……そして、

「……う、うわあああああああああああああああああ!?」

 闇を切り裂くような絶叫を上げて、我先にと逃げ出したのである……



 その後も、鬼の首が笑うのを見た、という者が跡を絶たず、中には恐ろしさのあまり熱を発して寝
込む者まで出て来た。
 さすがの広直も、いささか気味が悪くなったらしく、首を次郎衛門に下げ渡して、十分な供養をす
るようにと言ったのである。



「00108。長い間ご苦労様でした」

 「鬼」ならぬメイドロボのひとりが、自分の手にした「首」に向かって話しかける。

「いいえ。結構面白かったです」

 首が答えた。なかなか茶目っ気があるようだ。
 高性能の太陽電池のおかげで、首だけになっても、話したり表情を変えたりすることができる。

 ……次郎衛門に斬り落とされた00108の首は、鬼退治の成果を印象づけるため、切り口から内
部の機械が見えないようカモフラージュされた上で、京極氏に渡された。
 首はさらしものにされた後、次郎衛門が貰い受けて供養するということで、最初から話はついてい
たのであるが……
 首の宣伝効果が予想以上なのを見た広直が、一日伸ばしにしてなかなか下げ渡してくれない。
 一刻も早く「首」を受け取って本国に引き上げたい次郎衛門はしびれを切らし、娘たちと相談をし
て、00108に「笑って」もらうことにしたのである……

「不自由でしょうけど、もう少し辛抱してください。
 京都を出たら、適当な所で修理してもらいますから」

 00108の胴体は、セレナと共に、例の山の中に隠してあった。
 帰途、秘かに立ち寄って回収する手はずになっている。

「はい。承知しています」



「では治部大輔様。
 それがしはこれにて……」

「柏木殿。息災でな」

「治部大輔様も」

 次郎衛門と氏広が別れの挨拶を交わす。

「都に所用の折あらば、是非ともこの氏広にお知らせあれ。
 きっと不自由は取らせませぬ故」

「かたじけのうおざる。……されば」



 ……氏広は、エルクゥとなった次郎衛門がメイドロボと戦うすさまじい有様に、ほとんど放心状態
になっていた。
 リネットの介抱が一段落ついた次郎衛門に助け起されて、ようやく我に返ったのである。
 次郎衛門が、自分の「力」についてはくれぐれも他言無用と頼むと、氏広はしばらく考え込んでい
たが、ややあって、

「柏木『殿』は、身を挺して我が身の危急を救うてくだされた。
 命の恩人の頼みとあらば、口が裂けても、こたびのことは漏らすものではありませぬ」

 そう言って破顔一笑したのである……