「約束」第4章 遭遇  投稿者:DOM


「約束」
The Days of Multi <番外/時空編>
第4章 遭遇



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<おもな登場人物>

 柏木次郎右衛門 かつてのエルクゥ討伐隊の長。今は雨月山の庵で細々と暮らしている。
 リネット    次郎右衛門の妻。エルクゥのただひとりの生き残り。
 マルチ     21世紀初頭に製造された試作型メイドロボ。
 京極氏広    京極氏の庶流で、血気盛んな青年。
 近江山中の鬼  ???
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「では、次郎右衛門殿。
 まずはこの先の様子を探って来てくだされ」

「……承知つかまつった」

 年輩の武者の言葉に、次郎右衛門は愛想のない顔で答えると、そのまま「斥候」に出かけようとした。



 鬼が出ると思しき地域に踏み込んでから、次郎右衛門はたびたび斥候を言いつかっていた。
 彼が安全を確認して帰って来ると、初めて全軍が進むのだ。
 そして、ある程度進むと、再び次郎右衛門が斥候に出る……こういうパターンがくり返されていた。

 今度の討伐隊の目的は、次郎右衛門と鬼とを戦わせることにある。
 しかし、討伐隊そのものが鬼に出くわした場合、さすがに次郎右衛門だけを戦わせて高見の見物をするわけに
はいかない。第一、それでは「武士の面目」にかかわる。
 それならば、「次郎右衛門ひとり」が鬼に「遭遇」するように工夫すればよい……というわけで、頻繁な斥候
派遣となったのだ。
 そのうち、斥候に行った先で鬼に出くわすだろう。
 そして、次郎右衛門対鬼の戦いになるだろう。
 ほかの武者は、戦場と離れた所にいるので、「不本意ながら」戦いに手を出すことが「できない」のだ。

 むろん、次郎右衛門にも彼らのねらいはわかっているし、もともと鬼との戦いは自分が一手に引き受けるとい
う暗黙の了解があるのも承知しているから、今さら腹を立てる気にもならない。
 だからと言って、愛想を振りまくつもりもないのは当然であろう。



「……次郎右衛門」

 馬を降りて草むらに分け入ろうとした夫を、リネットが呼び止めた。

「私も行きます」

「何だと?」

 押しとどめようとした次郎右衛門は、リネットの表情を見て口をつぐんだ。
 この上なく真剣で、緊張した面持ちだ。

「……この先に何かがいる」

 感覚の鋭いリネットが、何者かの存在を感知したのであろう。

「……『鬼』か?」

 鬼はエルクゥかもしれない、そうでないかも知れない。
 両方の意味をかけて、次郎右衛門は聞いたのだ

「エルクゥではない。
 ……でも、人間でもないみたい」

 リネットはそう言った。

「ふむ……」

「私も行きます。
 足手まといにはなりません」

 この様子では、駄目だと言ってもついて来るだろう。
 こういうところは姉のエディフェルにそっくりだ……

 次郎右衛門は、思わず懐旧の思いにひたりそうになる自分を叱咤すると、

「危うくなったら、俺に構わず逃げるのだぞ?
 ……おまえは、柏木家の跡継ぎを宿しているのだからな」

 リネットが小さくうなずいたとき、

「あ、あのぉー、私も連れて行ってくださぁい」

 とマルチが近づいて来た。

「マルチ? ……駄目だ。
 おまえは連れて行くわけにはいかぬ。
 ここに残っておれ」

「で、でもぉ……」

 リネットにはマルチの気持ちがよくわかった。
 次郎右衛門は知らないが、彼が斥候に行っている間、リネットとマルチは針のむしろに座らされているような
いたたまれない思いを経験していたのである。
 それは他の武者たちの、「鬼」に対する嫌悪であり軽蔑であり……ほとんど敵意と言ってもよいほどの視線の
せいだった。
 リネットとふたりならまだしも、ひとりぼっちでは、いくら人の良いマルチでも到底耐えられないだろう。

「いいわ。マルチちゃんも行きましょう」

「おい、リネット?」

「大丈夫。
 少し進んだところで、マルチちゃんには待っていてもらうから。
 ……要するに、あの人たちと一緒なのが嫌なんでしょう?」

 最後の方は小声でささやく。

「え、ええ……」

 マルチは申し訳なさそうに答えた。

「そうか……」

 それでようやく次郎右衛門にも察しがついた。

「ならば、途中まで一緒に行こう」

「あ、ありがとうございますぅ」

 マルチはほっとした顔になった。



 三人がしばらく草むらをかき分けながら進んだ時、後ろから何者かが近づいて来る気配があった。
 次郎右衛門たちははっとしたが、すぐに緊張を解いた。
 討伐隊の青年将校、京極氏広だったからだ。

「……いかがなされました?」

「柏木。わしも斥候じゃ」

「斥候? されど……」

 隊長自ら斥候に出るなど、前代未聞だ。

「いるのであろう、鬼が? この近くに」

「…………」

 氏広は、先ほどのリネットたちのやり取りを耳にしていたようだ。

 血気盛んなこの青年は、鬼が近くにいると聞きつけた以上、じっとしていられなかったのである。
 また、次郎右衛門ひとりに戦いを押しつけようとする当主や討伐隊員の意向にも、最初から不満を抱いていた
らしい。

「……危のうおざるぞ?」

「鬼退治に参ったのじゃ。
 危なくないはずがあるまい?」

 いかにも若者らしい物言いに、次郎右衛門も苦笑せざるを得なかった。
 と、その時。

「……来る!」

 リネットが小さな叫び声を上げた。
 皆がはっとする。

「マルチ! そこの岩陰に隠れろ!
 俺が良いと言うまで、出て来てはならぬ!」

 マルチは慌てて、大きな岩の後ろに回り込んだ。

 次郎右衛門たちはさらに進んで、手ごろな茂みの中に身を潜める。

「……リネット。相手の数はわかるか?」

「大勢です。
 ……10人。
 ……15人。
 ……20人! ちょうど20人いるわ!」

「どちらから来る?」

「斜め右前方から」

 次郎右衛門とリネットの緊張に満ちたやり取りに、氏広もすっかり興奮して、

「鬼どもめ!
 斬って斬って、斬りまくってくれる!」

 と、小声で叫んでいる。

「まっすぐこちらに向かって来るわ」

「我らに気がついているようだな」

 次郎右衛門は少しずつエルクゥの力を解放し始めた。
 敏感になった聴覚が夥しい足音をとらえる。
 軽やかで、かつ忍びやかな足音だ。

(近いな……)

(ええ……)

 ふたりはエルクゥ信号によるやり取りに切り替えた。

 20メートルほど前方までまっしぐらに近づいて来た足音は、そこで急に散らばり始めた。

(? ……いかん! 取り囲む気だ!)

 このままでは、次郎右衛門はおろか、リネットもマルチも、もちろん氏広も敵に包囲されてしまう。
 そうなってしまっては、人質を取られたようなものだ。

「リネット! ここを動くな!」

 次郎右衛門が茂みから飛び出した。
 自ら敵をおびき寄せるつもりだ。

「次郎右衛門!」

 リネットが押しとどめようとした。
 が、次郎右衛門は体変化寸前までエルクゥの力を解放すると、猛スピードで走って行く。
 足音が一瞬乱れたが、次には一斉に次郎右衛門を追い始めた。
 ……どうやら、次郎右衛門ひとりにねらいを定めたらしい。

 すぐ先の、やや開けた場所まで一気に駆け抜けた次郎右衛門は、立ち止まって振り向いた。
 すでに抜刀している。

 ほとんど間をおかず、追いついて来た「敵」がきれいな円形を描いた。
 円の中心に次郎右衛門がいる。

「…………」

 次郎右衛門は初めて、間近で敵の姿を見た。
 ……女だ。
 敵はすべて女性だった。
 それも、10代後半と思しき若い娘ばかりだ。

(……だが、人間ではない)

 次郎右衛門には及ばぬものの、人間離れしたスピードを持っている。
 身に着けているものと言えば、体にぴっちり吸い付くような黒っぽい衣服。
 何でできているのか見当がつかないが、たいそうしなやかな素材のようだ。

 次郎右衛門は、自分の真正面にいる敵を睨んだ。
 ……赤い髪、赤い瞳に二本の「角」を持った相手を。