「約束」第5章 死闘  投稿者:DOM


「約束」
The Days of Multi <番外/時空編>
第5章 死闘



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<おもな登場人物>

 柏木次郎右衛門 かつてのエルクゥ討伐隊の長。今は雨月山の庵で細々と暮らしている。
 リネット    次郎右衛門の妻。エルクゥのただひとりの生き残り。
 マルチ     21世紀初頭に製造された試作型メイドロボ。
 京極氏広    京極氏の庶流で、血気盛んな青年。
 近江山中の鬼  ???
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(この男は人間ではありません)

(力もスピードも、人間では考えられないレベルに達しています)

(しかし、ロボットでもありません)

(正体不明。ただ、私たちに敵意を抱いていることだけは確かです)

 次郎右衛門を取り囲んだ20人の娘は、セレナを通じて目紛しいやり取りを交わしていた。
 相手の正体がつかめないというのは、メイドロボにとって好ましくない事ではある。
 ……戦闘用にカスタマイズされたメイドロボにとっては、特に。



「…………」

「…………」

 次郎右衛門と娘たちは、かなりの時間睨み合いを続けていた。
 互いに隙を見せない。
 どちらかが一瞬でも隙を見せれば、それでバランスは崩れるはずだが……



 その時、どこからともなく大音声が響いて来た。

「やあやあ、そこな鬼ども、よっく聞け!」

(あれは……?)

 京極氏広の声だ。
 見ると、茂みから出て来て、抜き身の太刀を引っさげ、両足を踏ん張って叫んでいる。

「我こそは宇多源氏佐々木定綱の末裔、佐々木入道道誉が子孫、
 京極氏隆が一子、治部大輔氏広!
 汝ら鬼ども、王城の近きこともはばからず、
 みだりに往還の人を襲い、世に害悪を流せし事、言語同断!
 すみやかに前非を悔いて、我が軍門に降るべし!
 さもなくば……」

 血の気の多い氏広は、鬼の姿を間近に見てどうにも我慢できなくなり、リネットの制止を振り切って飛び出し
て来たらしい。
 当時の名ある侍にふさわしく、堂々と戦いの前口上を述べ始めたのだ。

(愚かな……!)

 次郎右衛門は舌打ちしたが、すぐにこれが絶好のチャンスであることを悟った。
 氏広が滔々と述べ立てる口上に、一瞬娘たちの注意が次郎右衛門からそれたのだ。

 びゅっ!

 真正面の娘に向かって飛びかかる。
 相手がはっとした時には、次郎右衛門の太刀がつむじ風を起こしていた。
 ……娘の首が胴を離れ、地に転がる。



((((00108がやられた!))))

 メイドロボたちは、瞬時に仲間のひとりが戦闘不能になったことを認識する。
 次郎右衛門は続く太刀で、すぐ隣にいた娘に切りかかろうとしたが、際どい所でかわされてしまった。
 すかさず別のふたりが、次郎右衛門の両脇から迫る。
 スピードにおいて優る次郎右衛門は、ふたりの攻撃を避けて宙へ飛び上がった。

(あの体勢から、甲冑をつけたまま高さ3メートルの跳躍!
 やはり人間ではありません!)

(相手は人間ではありません!
 セレナ! リミッターの解除を要求します!)

((((リミッターの解除を要求します!))))

 メイドロボたちの一斉の要求に、セレナが回答した。

 −−要求を受諾。非常事態とみなし、リミッターを解除します。−−



(?)

 彼我の拮抗が崩れたのを機に、一挙に敵を倒そうとした次郎右衛門は、突然娘たちがパワーアップしていくの
を感じとって、思わず動きを止めた。
 ……彼女たちの力は、「狩猟者」のそれに匹敵するほどに高まっている。

(何だと!?)

 もはや、人間の姿のままでは勝てる見込みはない。
 力を全面解放するほかは……
 しかし、氏広の目がある。
 鬼となった姿を見られてしまう……

 次郎右衛門が思案していると、当の氏広が、ようやく長々とした口上を終えて、おもむろに太刀を振り上げた。

「だあああああああああああっ!!」

 そのまま娘たちに向かって突っ込んで来る。

「危ない!」

 次郎右衛門が叫んだ時には、ひとりの娘が氏広に手刀を食らわせていた。

「ぐっ!?」

 仰向けに地面に倒れる氏広。
 別の娘がその喉に向けて手を振りおろそうとする。

「待てっ!! お前の相手は俺だ!!」

 次郎右衛門が大声で叫んだ。
 娘は、あわやと言うところで手をとどめる。

 次郎右衛門は覚悟を決めた。
 このままでは、氏広が殺されてしまう。

「……本気で相手になってやろう」

 言いながら、次郎右衛門は兜の緒を解き始めた。
 間もなく、兜を脱いだ次郎右衛門は、ざんばら髪を気にもかけず、さらに具足をとりはずしていく。

「か、柏木?」

 氏広はわけがわからず、地面に仰向けになったまま呟いた。

(何をするつもりでしょう?)

 わけがわからないのは娘たちも同じだ。
 ただ油断なく身構えつつ、相手の動きに注目している。

 ……やがて、ほとんど全裸に近い姿になった次郎右衛門は、不敵な笑みを浮かべると、大きく深呼吸した。
 そして……

((((!?))))

 今度は娘たちが驚く番だった。

(異常なエネルギーの集約を感知!)

(敵のパワーレベルが急上昇しています!)

(敵の……姿が……変わっていきます!?)

 ……エルクゥの力をことごとく解放した次郎右衛門は、頭に二本の角を生やした巨大な鬼の姿になっていた。

 氏広はその姿に圧倒されて、青くなっている。
 娘たちも一瞬唖然としたが、すぐに体勢を整えて、再び次郎右衛門を包囲する構えを見せた。

 びゅっ!

 包囲網が完成するより早く飛び出した次郎右衛門は、真直ぐ氏広めがけて跳躍し、次の瞬間にはもう若者を小
わきに抱えてさらに遠くへ飛んでいた。

「わわっ!?」

 「鬼」に抱えられた氏広が焦っている。
 次郎右衛門は、リネットが潜んでいるはずの茂みの傍に若者をおろすと、再び娘たちに向かって飛んだ。

「次郎右衛門!」

 リネットの叫びが聞こえたが、今は戦いが先決だ。
 次郎右衛門めがけて殺到して来る娘たちを迎え撃つような形で、右に左に鈎爪を振るった。
 たちまち三人の娘が弾き飛ばされる。

 ……どんなに息の合った仲間であれ、人間であるからには、一斉に動いたつもりでもどこかにリズムの乱れが
生じて来る。
 メイドロボにしても、それぞれ異なる意識を持つ個体である以上、同じことだ。
 次郎右衛門は、襲いかかる相手の微妙な乱れを素早く見い出しつつ、三人に強烈な打撃を与えることに成功し
たのである。
 弾き飛ばされた三人は機能に支障をきたしたらしく、地面から起き上がろうとして、それがかなわないでいる。

(……これなら、何とか勝てるぞ)

 大勢いる敵の攻撃の乱れを突きながら、少しずつ倒していく……そういう見通しを立てた時だった。

−−相手は強大です。このままでは勝てません。「意識統一」を行ないます。−−

 セレナの声が娘たちの内に響いた。

 次郎右衛門にはセレナの声が聞こえない。
 次の攻撃に対して身構えた時だった。

 ずざっ!

 突如5人の娘が次郎右衛門の周囲から「一斉に」飛びかかって来た。
 そう、一斉に……
 5人の動きには塵ほどの乱れも食い違いもなかったのだ。

「ぐわっ!」

 相手の隙につけ入ることも攻撃を避けることもできない次郎右衛門は、腕を振るって三人までは受け止めるこ
とができたが、残りのふたりによって左の脇腹と右肩を抉られた。
 鮮血がほとばしる。

(どういうことだ!?)

 残る16体のメイドロボが、セレナを通じて「意識統一」を行なったことを、次郎右衛門は知らない。
 体は16でも、それを動かす意識はただひとつ−−セレナの意識である。
 これで、メイドロボたちの動きには、寸分の乱れもなくなったのだ。

 別の5人が次郎右衛門に飛びかかる。
 さらに次の5人が……

 攻撃の度に傷が増えていく。
 致命傷と言えるほどのものはないが、次郎右衛門の戦闘力は確実に削がれていく。
 後は時間の問題だ。
 やがては防ぎ切れなくなって、致命的な一撃を食らうことになるだろう。

(俺は……死ぬのか? ここで……)

 どうやら年貢の納め時のようだ。

(リネット、逃げろ。マルチを連れて。
 氏広様も一緒に逃げてくれ)

(次郎右衛門!)

 リネットから返って来た信号には悲痛な響きがあった。

(逃げてくれ……)

 その瞬間、次の攻撃が襲って来た。

「ぐっ!」

 今度は三箇所から血が吹き出した。
 ……意識が朦朧として来る。

(俺は死ぬのか…… 死ねば……)

 ふと、甘美な思いが心に湧いた。

(死ねば……エディフェルのところへ……)

 懐かしい恋人の笑顔が見えるような気がする。

(エディフェル……)

 うっすらと笑みを浮かべた次郎右衛門にとどめをさそうと、次の5人が飛んだ。
 が……

 ばしっ!

 5人の構えが崩れ、そのうちのひとりが弾き飛ばされた。
 攻撃に失敗した娘たちは、すかさず後退して間合いを取る。

「次郎右衛門! しっかりして!」

「……リネット?」

 朦朧とした目で、しかし次郎右衛門は確かに見た。
 リネットの姿を。
 ……愛する者を守るため、生まれて初めてその鈎爪を敵に向けた、リネットの姿を。