The Days of Multi<綾香と浩之編>第一部第7章 綾香の調査  投稿者:DOM


The Days of Multi <綾香と浩之編>
第1部 Days with Hiroyuki
☆第7章 綾香の調査 (マルチ生後5ヶ月)



(まったく、姉さんも妙なところが鋭いんだから…
 それにしても、どうやって調べたらいいかしら?)

 面と向かって浩之に問い正しても、しらばっくれそうだし…

(浩之の友達にでも聞くしかないかしらね?)

 しかし、質問の内容からして、あかりに聞くのはまずいだろう。

「…あ、セバス。
 ちょうどいいところに来たわ。
 ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」

「はは、何でございましょう?」

「あんた、浩之のこと知ってるわね?」

「浩之? …あの、藤田という小僧のことでございますか?」

 セバスチャンは、やや警戒の色を浮かべる。

「そうそう、その藤田よ。
 姉さん以外に、あいつが手を出していそうな女の子、心当たりがない?」

「それは…」

 執事の顔に困惑の表情を読み取った綾香は、勢いづいて、

「知ってるのね? 誰?
 教えてちょうだい。」

「…………」

 綾香の質問に、セバスチャンが真っ先に思い浮かべたのは、「からくり人形」のマルチだった。
 だが、うっかりマルチのことを持ち出して、来栖川翁の策略がばれたりしたら厄介だ。
 セバスチャンは、懸命に考えて、マルチ以外に浩之の傍にいるのを見かけた女の子たちの特徴を挙
げ始めた(名前がわからないためである)。

 綾香が聞いていると、ひとりはあかりのことらしい。
 もうひとりは、どうやら浩之のけんか友達のようだ。
 そして、さらにもうひとり…

「下級生?」

「は、さように見受けましたが…」

 下級生なら、浩之が修学旅行のみやげを買って来るのもうなずける。

「紫がかった長い髪に、赤っぽい瞳、抜けるように白い肌…か。」

 それだけの特徴があれば、調べるのに手間はかからないだろう。



 次の日。
 綾香は、浩之の通う高校の校門近くに立っていた。
 セバスチャンから聞き出した情報を早速姉に伝えたところ、こういう羽目になったのである。

(…ったく。何であたしが、こんなことしなきゃなんないのよ?)

 寺女の制服を着ているため、目立つこと目立つこと。
 おまけにとびきりの美少女ときては…
 校門から入って行く生徒たちは、ほとんど例外なく、綾香にいぶかしそうな視線を向けたり、興味
津々といった感じで眺めたり、友達とひそひそやったりしている。
 綾香としては、一刻も早く目的を果たして寺女に向かいたいところだ。

(…?)

 そのとき、綾香の視界の端に何かが引っかかった。…長い紫色の髪だ。
 慌てて目をこらすと、ひとりの女子生徒の姿が目にとまった。
 美しい少女だ。
 肌の美しさでは姉といい勝負の綾香でさえほれぼれするような、きれいな白い肌の持ち主であるこ
とが、離れていても見て取れる。
 ややうつむき加減なのではっきりわからないが、瞳の色も周囲の生徒とは異なっているような…

(この娘ね…)

 綾香はその少女の前に近づいた。

「?」

 いきなり自分の前に現われた綾香に、少女は怪訝そうな顔を上げた。
 …やはり、赤い瞳だ。

「初めまして。私、来栖川綾香と申します。」

 綾香は、わざと丁寧に頭を下げて挨拶をする。
 少女もつられて頭を下げながら、

「あ、は、初めまして。あの、姫川琴音です。」

 と名のった。
 うまく乗せられて、自分の名を明かしてしまったのだ。

(ひめかわ・ことね…)

 綾香はその名前を頭に刻み込んだ。

「あの、私に何かご用ですか?
 …あ? 来栖川さんて… もしかして、来栖川先輩の?」

 琴音がようやく気がついたように言うと、

「ええ。来栖川芹香は、私の姉です。
 …そしてあなたは、藤田浩之のガールフレンド。
 そうですね?」

 綾香がすばりと切り込むと、

「ええ!? そ、そんな、ガールフレンドだなんて…」

 琴音は、制服の袖口からわずかにのぞく手を口元に持って行き、白い顔を真っ赤にして恥じらって
いる。

(なるほど… 浩之が好きになるのも無理ないわ。)

 女の綾香が見ても、実に可愛いらしい仕草だ。
 芹香にも、もちろん綾香自身にも、こんなに可愛く恥じらってみせることなど到底不可能だろう。

「わ、私はそんなんじゃ…」

「でも、あんた、浩之から修学旅行のおみやげもらったでしょう?」

 いい加減丁寧言葉に疲れた綾香が、砕けた口調で尋ねると、

「ど、どうしてそれを!?」

 琴音は焦っている。
 やっぱりそうか、と思いながら、

「それは…」

 と綾香が口を開きかけると、

「あれ? どうして寺女の娘が、こんなとこにいるの?」

 遠慮のない声が、背後からかかってきた。
 思わず振り向くと、褐色の玉ネギのような頭をした女の子が、半ばうさんくさそうな、半ば興味あ
りそうな顔でこちらを見ている。

 綾香は無視しようとしたが、

「え? 来栖川先輩?…が、寺女の制服着てるわけないか…
 とすると、あんたは一体誰?」

 相手は綾香の顔を見て、いっそう興味を引かれた様子である。

「ええと、長岡先輩…ですよね?
 こちらは来栖川先輩の妹さんで、綾香さんとおっしゃるそうです。」

 志保ちゃんニュースのおかげで全校に売れている顔と名前は、人づき合いの少ない琴音でさえも
知っていた。

「来栖川先輩の妹?
 その妹さんが、こんな所で何をしているわけ?」

「あたしは、藤田浩之のガールフレンドに用があるのよ。
 邪魔しないで。」

「ヒロのガールフレンド?」

 志保が驚いたような顔になる。

「『ヒロ』? …ははあ、なるほど。
 浩之のけんか友達って、あんたのことね?」

「『浩之』ですって?
 …あんた、ヒロとどういう関係?」

 お互い、浩之の呼び方のことで、何となく目くじらを立てている。
 琴音は困惑の表情を浮かべている。

「…志保? どうしたの?
 …あ、姫川さん…だったよね?
 それに…来栖川先輩?…じゃない?」

 そこへちょうど登校して来たあかりまで加わったから、事態はさらにややこしくなった。

「あかり!! いいところへ来てくれたわ!!
 ヒロのやつ、来栖川先輩だけでなく、その妹にまで手を出してるらしいのよ!!」

「え…?」

 あかりの表情が何となく曇ったのにも気づかず、

「違うわよ。浩之のガールフレンドは、この姫川さんよ。
 そうなんでしょ?」

 と綾香が水を向けると、琴音は再び顔を赤らめる。

「あ、い、いえ、ですから、私はそんな…」

「ちょっと、何言ってんの!?
 ヒロのフィアンセは、ここにいるあかりに決まってるじゃない!!」

「フィ、フィアンセ!?」

「か、神岸先輩、藤田さんと婚約しておられたんですか?」

 綾香と琴音が焦っていると、

「違うよ… 私は、ただの幼馴染み…」

 あかりが微笑む。
 何とも痛ましい、寂しげな笑顔だ。

「あかり? やっぱり、ヒロと何かあったの?」

「ううん、何も…」

「ほんと? …それじゃ、もっと元気出して!!
 この人たちの前で言ってやんなさい、
 『私はヒロの恋人です』って!!」

「違うよ…」

 あかりはもう一度否定した。

「浩之ちゃんが好きなのはね…」

 そう言いかけた時。
 少し離れた所で、彼女たちのよく知っている声が上がった。

「よ、先輩。また会ったな。」

 皆がはっとして声のする方を向くと、いつの間にか例のリムジンが止まっており、ちょうど中から
出て来た芹香と、遅ればせに登校して来た浩之が挨拶を交しているところだった。
 …浩之に対して思いきり不愉快そうな視線を向けるセバスチャンは、完全に無視されている。

「んじゃ、そこまで一緒に行こうか…」

 と校門の方へ目をやった浩之は、そこで初めて綾香たちに気がついた。

「あれ、綾香じゃねーか? こんなとこで何してる?
 …それに、志保と琴音ちゃん…? あかりも…」

 最後の方は、何となく気まずそうな響きがあった。

「あ、ヒロ!?
 今日という今日は逃さないわよ!!」

 志保は今にもかみつきそうな勢いだ。

「何だよ、いきなり?」

「あんた!!
 あかりという『妻』がありながら、来栖川先輩や、その妹や、
 この超能力少女にまで手を出して、乱行の限りを尽くしているそうじゃない!?」

「…あの、私、姫川琴音と言います。」

 琴音の遠慮がちな発言は、志保によって完全に無視された。

「どういうこと!?
 そりゃ、あんたが浮気者の甲斐性なしだってことは前から知ってたけど、
 よりにもよって、誰もが恐れて寄りつかないオカルト少女や、その妹や、
 不幸を呼ぶ女にうつつを抜かすなんて、いくら何でもあかりがかわいそうよ!!」

「…………」
 どういう意味ですか?

 さすがの芹香も抗議をさしはさむ。

「あんた、人のことを『妹』『妹』って…
 あたしには、綾香というちゃんとした名前があるんですからね。」

「あの、私も、姫川…」

「さあ、ヒロ!!
 今日こそ白黒はっきりさせてもらおうじゃないの!?
 あんたが好きなのは、この神岸あかりただひとり。
 そうでしょう!?」

 志保はすべてを無視して浩之を問い詰める。

「お、おい。こんな人目につく所で…」

 寺女の制服を着た美少女、リムジンから降り立ったばかりのお嬢様、ついこの間まで「不幸の予知」
で知られていた琴音(浩之の尽力で、周囲の誤解がようやく解けたところだ)、さらに「歩く電光掲
示板」の志保が、一緒になって校門前でやり取りをしていれば、注目を集めない方が不自然というも
のだ。
 浩之が戸惑っていると、

「違うよ…」

 という、悲しげな声が聞こえた。
 今まで会話にとり残されていたあかりだ。

「浩之ちゃんが好きな娘は、私じゃない。
 ほかにいるの。」

「何ですって!?」

 志保が目を剥く。

「やっぱり、この姫川さんが本命なんでしょう?」

 綾香がしたり顔に、ひとりうなずいている。

「違う… 姫川さんでもないの。」

「え? じゃ、やっぱり…姉さん?」

 首を横に振るあかり。

「あかり!!
 ヒロが好きな娘って、一体誰なの!?」

 志保の問いに、あかりは泣きそうな顔になった。

「浩之ちゃんが好きなのは…」

 その両目から、大粒のしずくがあふれた。

「…マルチちゃんなの。」

 そのまま顔をおおって、泣き出すあかり。

 一瞬の沈黙。
 そして、

「な、なあんですってえ!?」

 綾香と志保の大きな叫び声が続いた。
 …芹香と琴音も叫んだはずなのだが、前のふたりの声にかき消されたようだ。



 芹香、志保、あかり、そして琴音の4人は、結局校門から中へ足を踏み入れないまま、浩之をつか
まえて藤田家に上がり込んでいた。
 綾香も、寺女に行かないでメンバーに加わっている。
 全員、セバスチャンのリムジンで送ってもらったのだ。
 …もっとも、あかりと琴音は、一応教室へ向かおうとしたのを、志保と綾香のふたりに無理やり連
れて来られたようなものなのだが。
 芹香は相変わらず、何を考えているのかよくわからないが、ともかく自発的に藤田家に来たのは確
か…らしい。

 もちろん執事は、芹香たちが学校をサボる結果になることに難色を示したが、

「浩之の女性関係を清算するいい機会なんだから、協力しなさい。」

 と綾香に言い含められて、しぶしぶ従ったのである。
 うまくすれば、浩之を芹香・綾香から引き離すことができるかもしれないと考えたからだ。
 その代わり、女の子たちだけを浩之宅に上げるのは心配だとばかり、自らもリビングの隅に陣取っ
て監視体勢に入っている。

「さてと…それじゃ整理してみましょうか?」

 いつの間にか、勝手に司会役を引き受けている志保である。

「これまでにヒロと接触があった女性をリストアップすると…
 まずは、幼馴染みの神岸あかり。
 続いて、オカルト愛好家の来栖川芹香。
 その妹の、来栖川綾香。
 呪われた超能力少女、姫川琴音…」

「あの、私は…」

 琴音が何か異を唱えようとしたが、またしても無視されてしまった。

「そして、ここにはいないけれど、格闘少女の松原葵。」

 葵は毎朝早くジョギングをした後、そのまま登校するせいか、綾香が校門で待ち伏せを始めるより
もずっと前に校内に入ったらしい。

「同じく姿はないけれど、ヒロを誘惑した、にっくきメイドロボのマルチ、と…」

「おい…」

 今度は浩之が抗議しようとしたが、

「そこに、『けんか友達の長岡志保』も入れてよね。」

 という綾香の声にさえぎられた。

「はあ? な、何であたしが…?」

 妙に焦っている志保。

「『浩之と接触があった女性』のリストなんでしょ?
 …あんただって、しょっちゅう『接触』してるじゃない?」

「そ、そんな!!
 誤解を招くような言い方しないでよ!!」

 志保は真っ赤になって文句を言いながら、あかりの方を気にしている。

「あらら、そんなに赤くなっちゃって…
 なあんだ。
 ただのけんか友達だと思ったら、あんたも浩之のことが好きだったのね?」

「え?」

 と、うろたえ気味の浩之。

「ば、ば、ば、馬鹿なことを…!!」

 焦りまくる志保。

「志保。やっぱりそうだったんだね?
 いいんだよ、私に遠慮しなくても…」

 あかりが駄目を押す。

「あ、あ、あ…」

 パニクった志保は、口をぱくぱくさせるばかりだ。

「…ま、恋人候補は大体そんなところとして。」

 代わって綾香が司会を引き受ける。

「その中で、あかりが真っ先に浩之に告白したところ、
 意外な返事が帰って来た、ってわけね?」

 あかりがうつむいたまま、小さくうなずいた。

「浩之は、メイドロボのマルチのことが好きだって、はっきり認めたのね?」

 またうなずく。

「ふーん…
 まさか、マルチとは、予想外だったわね。
 でも、考えようによっては、対処しやすいかもしれないわ。
 何せ、相手は人間じゃない、ただのロボットだから…」

「おい…」

 さっきから自分の意向を無視されている浩之は、いささか不機嫌そうだ。

「マルチは運用試験が終わった後、研究所に永久保存されたはずだから、
 浩之がどうあがこうと、手を出すわけにはいかないものね。」

「…つまり、浩之とマルチの恋は、これ以上進展する見込みがないってわけ?」

 いつのまにか回復した志保が口をはさむ。

「そういうこと。
 たぶん、マルチがもう一度目覚める可能性は、ほとんどないでしょうからね。」

「…よかったわね、あかり!!
 まだチャンスはあるわよ!!」

「でも、浩之ちゃんは、マルチちゃんのことが忘れられなくて…」

「忘れようが忘れまいが、本人がいなくちゃ話にならないわよ!!
 今のうちに、しっかりヒロのハートをつかんでしまいなさい!!
 あんたが一番ヒロの身近にいるんだから、確率も一番高いわよ。」

「でも、志保も浩之ちゃんのことが…」

 などとふたりがやっていると、来栖川姉妹の方でも、

「姉さん、聞いたでしょう?
 浩之が心引かれていたのは、マルチだったのよ。
 でも、肝心のマルチはもういない…
 今こそ、姉さんの魅力を発揮して、浩之をものにするチャンスよ。
 そのためには、もう少し積極的に…」

「…………」

「え? 綾香も浩之さんのことが好きなのではないですか?
 …そ、それは、ひとまず置いといて…
 万一マルチがまた現われたとしても、手も足も出ないくらい、
 浩之を夢中にさせるには…」

「いい加減にしろ!!」

 ついに切れた浩之が怒鳴る。
 一同驚いた顔を向ける。

「さっきから聞いてりゃ、好き勝手なことばかり…
 帰れ!! 皆、出てけ!!
 誰が何と言おうと、俺はマルチが好きなんだ!!」

「浩之…」

「ヒロ…」

「小僧、よく言った。
 おまえのような男にとって、来栖川のお嬢様方は、所詮高嶺の花。
 からくり人形でも相手にしている方が、分相応というもの…」

 当惑する少女たちの中で、ひとりだけ、したり顔のセバスチャン。

「さっさと出てけ!!」

 浩之の剣幕に押されて、セバスチャンを含む全員が、藤田家から外へ追いやられてしまった。