The Days of Multi<綾香と浩之編>第一部第6章 芹香の疑惑  投稿者:DOM


The Days of Multi <綾香と浩之編>
第1部 Days with Hiroyuki
☆第6章 芹香の疑惑 (マルチ生後5ヶ月)



 綾香と浩之編第一部第5章で”B.葵ちゃんは単なる後輩だ。”を選択した場合の続きです。

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「あ、葵ちゃんは…俺にとって、可愛い後輩だ!
 ただ、それだけだ!!」

「それって、恋人とか、ガールフレンドとかじゃないってこと?」

「…ああ。」

「ふーん…
 じゃあ、やっぱり姉さんのことが好きなんだ。」

「どうしてそうなるんだ?
 先輩だって、ただの友達だぜ。」

「あらら、いいのかな、そんなこと言って?
 姉さんが聞いたら、ショックを受けるわよ?」

 そう言いながらも、綾香は何となくほっとしたような顔をしている。

「んなこと言われたって、事実だからしょうがねえだろ?」

「そうなの?
 …それじゃ、ほかにガールフレンドがいるわけ?」

「いねーよ。」

「いない? 嘘でしょう?
 あんた、特別ハンサムってわけでもないけど、まあまあの線だし、
 あちこちで女の子に手を出してるみたいだし…」

 からかうような口調の綾香。
 いよいよ上機嫌に見える。

「人をスケコマシみたいに言うな!!」

「まあ、スケコマシですって?
 何ですの、それ?
 英語か何かですかしら?」

「…気持ち悪いから、急に気取るなよ。」



 何やかやで、浩之と綾香は一時間くらいヤックに陣取ってダベっていた。
 ようやく腰を上げて外に出たところで、マルチと遊んだゲーセンが浩之の目に止まった。
 思わず立ち止まった浩之の視線を追った綾香は、

「ゲーセン、よく行くの?」

「ん? ああ、まあまあな。」

(そう言えば、マルチと別れて以来、ご無沙汰だったな…)

「どう? ひとつ勝負しない?」

「勝負? 何の?」

「エアホッケーなんか、どうかしら?」

 ぐっ…

 浩之は、思わず呻き声を上げそうになった。

「…どうかした?」

 綾香は怪訝そうだ。

「い、いや。別に…
 よ、よし、エアホッケーだな?」

 ふたりはゲーセンの中に入って行った…



「…何でこんなに強いんだよ?」

 対戦の結果は、13勝2敗で綾香の圧勝。
 浩之はげんなりしている。

「…ま、実力の差ってとこね。」

 涼しい顔の綾香。

「…っくしょー、次は必ず見返してやるからな。覚えてろ!」

「はいはい。あてにしないで待ってるわ。」

(あてにしないで待ってる? あ、そう言えば…)

 浩之は綾香の言葉を聞いて、あることを思い出した。

「…おい、ちょっと俺んちまで来てくれ。」

「え?」

 さすがの綾香も、意表を突かれたような顔をしている。

「すぐそこだから。手間は取らせないからさ。」

「な、何よ、一体…?」

 綾香は、何となく不安そうな、それでいてどことなく期待しているような顔で、浩之について行く。
 …ほどなく藤田家に到着した。

「ちょっと待っててくれ。」

 浩之は綾香を玄関先に待たせたまま、家の中に上がり込んだ。
 待つほどもなく、何かを手にして現われる。

「ほら、これ。」

「…なあに、これ?」

 綾香は、手渡された包みを見ながら、いぶかしげに尋ねる。

「おみやげくれって言ってたじゃねーか?」

「え? …あ、じゃあ…?」

「大したもんじゃねーが、まあ、一応北海道みやげには違いねーからな。」

「…開けてもいい?」

「ああ。」

 綾香が包みを開けて見ると、中から出て来たのは、熊の一刀彫りだった。

「何よこれ?
 …これが女の子へのおみやげ?」

「しかたねーだろ? 予定外なんだから…」

「姉さんには、きれいなペンダントだったじゃない?」

 綾香は口をとがらせている。

「るせーな。いやなら返せ。」

 浩之が手を伸ばしかけると、綾香はいささか慌て気味で、

「ま、まあ、せっかくだからもらっとくわ。」

「何だよ? それなら最初から文句言うなよな。
 …んじゃ、わざわざ来てもらってすまなかったな。」

「? …おみやげを渡すそれだけのために、あたしをここまで引っぱって来たわけ?」

「不服か?」

「いえ、そうじゃないけど…」

(まったく、あたしをこんな風に軽ーくあしらうのはあんただけよ。)

 もちろん、そこが浩之の魅力でもあるのだが…



 浩之の前では文句を言っていたものの、自宅に帰った綾香は、例の一刀彫りを早速自分の部屋に
飾ってみた。
 …やはり、女の子の部屋にはあまり似つかわしくないようだ。

(しかたねーだろ? 予定外なんだから…)

 あいつ、そう言ってたっけ。
 ということは、もしものときのために余分に買っておいたものに違いない。
 それを隠そうともしないのが、また失礼というか無雑作というか、憎らしいような憎めないような
…

(まったくあいつときたら…
 まあいいわ。今度また、エアホッケーで負かしてやるから…)

 別にはっきりと約束したわけでもないのに、次の「デート」を楽しみにしていたりする。
 と、

 コンコン

 ノックの音がした。

「…………」

 ぼそぼそつぶやくような声は、姉の芹香に違いない。

「姉さん? 何か用?」

 そう言いながらドアを開けると、例によってぼーっとした様子で芹香が立っていた。
 胸元には、浩之が修学旅行のみやげに買って来た小さなペンダントが光っている。
 あれからずっと、肌身離さず身につけているのだ。

「…………」

「え? 相談したいことがある?
 なあに? あたしにできることなら、何でも言ってちょうだい。」

 部屋の中に招じ入れながら、綾香がそう促す。

「…………」

「え? 占いをしたら、結果がどうも芳ばしくない?
 占いって、何の?」

「…………(ぽっ)」

「…あらあら、そうですか? よくわかりましたわ。
 で、何がどう芳ばしくないわけ?」

「…………」

「え? 浩之の身近に別の女の子の影がある?
 …その女の子って、誰のこと?」

 むろん、綾香も無関心ではいられない。

 ふるふる

「誰だかわかりません? 
 でも、浩之さんとかなり相性がいいようなので、心配です?
 …で、あたしに相談って?」

「…………」

「え? その女の子に心当たりはないですか、って?
 …うーん、そうは言われても、あたしはあいつとは別の学校だし…
 姉さんの方が、様子がよくわかるんじゃない?」

 ふるふる

「学年が違うから、あまりよくわからない?
 …そうねえ、あたしが知っている限りでは、あの幼馴染みの…
 何て言ったっけ?」

「…………」

「神岸あかりさんですか、って? そうそう、その子だわ。
 (それにしても、フルネームで覚えてるなんて…相当意識してるのね)
 あとは、あいつが時々面倒見てる、格闘技の後輩くらいだけど…」

「…………」

「え? その後輩というのはどんな娘ですか?
 うーん、葵なら−−あ、その後輩のことね−−大丈夫だと思うわよ。
 浩之のやつ、葵とはただの先輩後輩だって言ってたし。」

「…………」
 そうですか。それではやはり、神岸さんが…

「…あ、ちょっと待って。」

 綾香の記憶にある情景がよみがえってきた。
 おみやげを誰に買ってきたかと突っ込まれて、何となく焦っている浩之の姿だ。

「…そう言えばあいつ、姉さんと葵に修学旅行のおみやげ買って来たんだけど、
 どうも、ほかの女の子にもおみやげ買った形跡があるのよね。」

「…………」
 本当ですか?

 芹香が心配そうな顔をする。

「うん。こないだ葵の練習に顔を出したとき、
 うっかり口を滑らせてたから。」

「…………」

「それが誰かわかりますか、って?
 うーん、そこまでは…
 あたしが問い正そうとしたら、あいつ、すぐ口をつぐんじゃったし。」

「…………」

 不安げな素振りを見せる芹香。
 何となく綾香の部屋のそこかしこに落ち着かない視線をさまよわせているうちに、その目が何かを
とらえた。

「…………」

「え? あれはどうしたんですか?
 なあに、『あれ』って?」

 綾香が姉の視線を追うと…そこには例の一刀彫りが…

(し、しまった!!)

 綾香の趣味で統一された調度の中で、それだけが浮き上がって見える。
 ぼーっとした芹香でも簡単に気がつくほど(?)だ。

「え、えーと… あの熊の置物?
 あれがどうかした?」

 思わず知らず焦りまくる綾香。
 芹香は妹の顔をのぞき込むようにして、

「…………」
 この間まであんな置物はありませんでした、と言った。

「あ、あれはね、あれは…」

「…………」
 北海道の「おみやげ」のようですが、と芹香がたたみかける。

(ご、誤解してる!! 姉さん、絶対誤解してるわ!!)

「ち、違うのよ!!
 あれは…
 こないだ、冗談で『あたしもおみやげほしい』って言ったら、
 あいつ真に受けちゃって…
 今日偶然会ったときに、あれをくれたのよ!」

「…………」
 今日、浩之さんに会ったのですか?

「い、いえ、だから、偶然よ、偶然!!」

「…………」
 偶然ですか? 会えるかどうかもわからないのに、浩之さんが「偶然」あなたのためのおみやげを
持っていたというのですか?

(な、何よ、姉さん? 今日はやけに鋭いじゃない?)

「そ、そうじゃなくて、あいつの家に連れて行かれて…」

 焦って墓穴を掘り続ける綾香。

「…………!?」
 浩之さんの家に行ったのですか!?

 芹香の声が心なしか険しくなったようだ。

「ううん、玄関先で失礼したの!!
 中には入っていないのよ!!」

 綾香は必死に弁解する。

「大体、一目でわかるじゃない?
 あの熊、女の子向きのおみやげじゃないって…
 あいつ、余分に買ってあったのを、義理でいやいやくれたに違いないわ。
 ほら、バレンタインの義理チョコみたいなもので…」

「…………」

「え? 『バレンタイン』の『チョコ』のようなものですか、って?
 姉さん!! どうして肝心の『義理』を抜かすのよ!?」

 …綾香は姉の疑いをなかなか晴らすことができず、ついに「浩之がおみやげを買って来た女の子が
誰なのか調べる」という約束で、やっと納得してもらったのであった。