The Days of Multi<綾香と浩之編>第一部第5章 綾香とデート  投稿者:DOM


The Days of Multi <綾香と浩之編>
第1部 Days with Hiroyuki
☆第5章 綾香とデート (マルチ生後5ヶ月)



 綾香と浩之編第一部第4章で”B.あかりの気持ちには答えられない。”を選択した場合の続きです。

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「…浩之ちゃん?」

 あかりはすがるような目で俺の顔をのぞき込む。

「あかり…」

 いいチャンスかもしれない。
 俺自身の心の踏ん切りをつけるための…

「すまん…
 おまえの気持ちに答えることはできない。」

 ぴくっ

 あかりの体が震え、その目が大きく見開かれた。

「俺…好きな娘がいるんだ。」

「…う…うう…」

 ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。

「それじゃ、やっぱり…来栖川先輩のことが?」

「違う。…先輩は、ただの友達だ。」

「じゃ、じゃあ… 一体だれ?」

 俺は大きく深呼吸をした。

「…俺が好きなのは…」



 翌日。火曜日の朝。
 俺はひとりで登校していた。…遅刻寸前で、息せき切って走りながら。
 昨夜、俺の言葉にショックを受けて呆然としているあかりを家まで送ってやったのだが…さすがに、
昨日の今日で顔を合わせるのは気まずいのだろう。今朝は迎えに来なかった。
 もっとも、顔を合わせたくないのは、俺の方も同じなのだが。



 放課後。
 来栖川先輩が部活の誘いに来た。

「昨日はごめん。
 代わりと言っちゃ何だが、今日は何時まででもつき合うぜ。」

 俺がそう言うと、先輩は俺だけにわかる笑顔を見せてくれた。
 先輩の後について部室に向かう。その長い黒髪を眺めながら、俺は昨夜あかりに言った言葉を思い
出していた。

(…俺が好きなのは…)



 水曜日。
 今朝もあかりは迎えに来なかった。
 そんなことだろうと思っていささか気をつけていたせいか、大した寝坊もせずにすんだのだが、校
門が見えたと思った瞬間、

「ちょっと、ヒロォ!?」

 後から声がかかる。
 朝っぱらから、やな奴につかまってしまった。

「…だれが『やな奴』ですって?」

 いけね… 思わず口に出してしまったらしい。

「あんた!! あかりに一体何をしたのよ!?」

 志保は、腹に据えかねる、といった顔で俺に迫って来る。

「俺は別に…何も…」

「嘘おっしゃい!!
 あかり、昨日は一日ぼーっとしてたわよ。
 あたしが『ヒロと夫婦喧嘩でもしたの?』って聞いたら、いきなり泣き出すし…」

 …んなこと聞くな、デリカシーのない奴め、と俺は心の中で突っ込む。

「あんたが何かしたに決まってるわ!!
 さっさと白状しなさい!!
 浮気!? 不倫!? 三角関係!?」

「…もっとまともな言葉は思い浮かばねーのか?」

「あんた相手に、まともな言葉なんか浮かぶわけないでしょう!?」

「こ、この…」

 俺が思わず熱くなりかけた時。

 キンコンカンコーン…

「…っと、いけね。
 じゃあな、志保。」

「あ、こら!! 逃げる気!? 卑怯者…!!」



 その日も一日あかりを避けながら、ついでに志保とも顔を合わせないように逃げ回りながら過ごし
た浩之は、放課後になると、飛び出すように教室を後にした。
 志保の待ち伏せの可能性を考えて、わざと裏門から出て行く。

 そのまま、月・火と顔を出していないエクストリーム同好会をのぞいて行こうかとも思ったが、よ
く考えると、今日は部活のない日だった。
 それでも一応、神社に人気のないことを確かめた上で、ぶらぶら帰ろうとした時、

「やっほー。」

 と妙に明るい声がかかった。

「?」

 見ると、芹香そっくりの美少女が手を振っている。

「綾香? 何してんだ、こんなとこで?」

「あら、ご挨拶ね。
 葵の練習を見に来たに決まってるでしょ?」

 …というのは嘘で、ほんとうは浩之に会いたくてやって来たのだ。
 実のところ、この三日ばかり、体調が悪いと称しては寺女を早退し、浩之の学校の回りをうろつい
ていたのである。
 …会ってどうしようというあてもなかったのだが。

 そんなこととは知らない浩之は、

「今日は部活はない日だぜ?」

「あら、そうなの? 知らなかったわ。」

 先刻承知とも言えず、綾香はとぼけて見せる。

「ま、そういうわけだ。
 葵ちゃんに用があるなら、出直すことだな。
 んじゃ、あばよ。」

「あ… ちょっと待って。」

 綾香は思わず呼び止める。

「あん?」

「ええと…
 実はね、葵のことで、ちょっと相談に乗ってほしいの。」

 とっさに思いついたことを口にする。

「葵ちゃんのことで? 俺に?」

 浩之は怪訝そうだ。

「そうよ。だって、葵って、あんたのほかに、
 友達らしい友達もいないみたいだし…」

「坂下はどうなんだ?
 あいつ、葵ちゃんとは長いつき合いなんだろ?」

「だめなのよ。
 好恵とまともに話そうとしても、すぐ口喧嘩になっちゃって。
 ね、あんた暇なんでしょ?
 ヤックおごるからさ、つき合ってよ。」

「俺は暇というわけじゃ…」

「何言ってんの?
 暇を絵に描いたような顔してるくせに。」

 どんな顔だ?
 …結局、浩之は綾香につき合わされることになった。



「で、相談って何だ?」

 ヤックのバリューパックを前にして、浩之が促す。

「うん…」

「葵ちゃんがどうかしたのか?」

「うん…」

「何だ? 珍しく歯切れが悪いじゃねーか?
 綾香って、もっとパーっとしてると思ったんだが…」

「何よ、その言い方?
 まるであたしが、年がら年中脳天気みたいじゃない?
 …まあいいわ。
 この際だから、はっきり言いましょう。」

「おう。何なんだ?」

「…あんた葵のこと、好き?」

 ちょうどコーラを飲みかけていた浩之は、思わず吹き出しそうになった。

「げほっ… な、何をいきなり?」

「どうなの?」

 綾香は油断のならないネコ科の獣のような目を光らせて、浩之の顔をのぞき込んだ。

「あ、葵ちゃんは…」

 浩之は口ごもる。

「葵は?」

 綾香が促す。

「その…俺の後輩で…
 一生懸命だから、つい放っとけなくて…」

「それから?」

「それからって…」

「異性としても、気になる存在なんじゃない?」

「それは…」

「男らしくないわねえ。
 はっきりしなさいよ、はっきり。」

「…何でそんなこと、おまえに言わなきゃなんねーんだ?」

 浩之が際どいところで持ちこたえると、

「好恵が心配してたのよ、葵のこと。」

「坂下が?」

「ええ。
 格闘技以外はまるで無知なあの子に、あんたが近づいているって知ってね。
 『葵のことだから、藤田にだまされてるんじゃないか?』って。」

「人聞きの悪いこと言うなよ。」

「あたしじゃないわ。好恵が言ったのよ。
 そうそう、こんなことも言ってたわね。
 『葵の方は、かなり藤田に熱を上げているみたいだけど、
  あんな目つきの悪い男のどこがいいのか…』って。」

「余計なお世話だ…って、葵ちゃんが? 俺に?」

「そうよ。あたしも、好恵と同じ意見だわ。
 葵はあんたのことが好きみたいね。
 だから、あんたの気持ちを確かめようと思ったの。」

「葵ちゃんのことで相談があったんじゃ…?」

「それが相談よ。
 葵は、格闘技のセンスはずば抜けてるけど、ものすごいあがり症というか、
 自分に自信が持てないところがあるの。
 そのせいで、試合のたびに損をしてきたわ。
 それが、あんたが時々励ましてるおかげか、
 この頃だんだん精神的にも強くなってきたようで…
 …でも、たとえば、もしあんたが急にあの娘の前から姿を消したりしたら、
 きっとすごいショックを受けるでしょうね。」

「それで? 俺にどうしろと?」

「あんたが、本気で葵のことを好きなら、
 そして、これからも葵の傍にいてやるつもりなら、何も言うことはないわ。
 …姉さんは悲しむでしょうけどね。」

「おい。どうして先輩が…?」

「とぼけてもだめよ。
 姉さんがあんたを好きだってこと、まさか気づいていないとは言わせないからね?」

「…………」

「で、葵のことだけど…
 もし、あんたにとって、葵がただの後輩以上の存在でないのなら…
 あんたは今すぐ葵から手を引きなさい。
 そして、もう二度と葵にちょっかい出さないでちょうだい。
 どうせショックを受けるなら、早い方がいいわ。
 今ならあの娘も、立ち直れると思うし。
 …でも、葵が完全にあんたに夢中になってしまった後で、
 実はあんたが葵のことを何とも思ってないなんて知ったら、あの娘一体どうなるか…
 だから、この際あんたに、態度をはっきりさせてもらおうと思ってね。
 …さあ、あんたにとって、葵は一体どういう存在なの?」



 A.確かに葵ちゃんは気になる。(葵編第一部第6章 対決 へ)

 B.葵ちゃんは単なる後輩だ。(綾香と浩之篇第一部第6章 芹香の疑惑 へ)