The Days of Multi<魔女芹香編>第一部第4章 禁断の魔法  投稿者:DOM


The Days of Multi <魔女芹香編>
第1部 Days with Hiroyuki
☆第4章 禁断の魔法 (マルチ生後5ヶ月)



 綾香と浩之編第一部第3章で”B.先輩と部活をする。”を選択した場合の続きです。

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 あかりの泣きそうな顔を目にした浩之は、慌てて弁解した。

「あ、あかり、勘違いするな!!
 ただの部活だ。
 ずっと前から、今日は部活に顔を出す約束だったんだよ。
 そんなに遅くならないと思うから…
 それよか、晩飯、楽しみにしてるぜ。」

 それを聞いて、あかりはようやく微笑みを浮かべた。

「…うん。それじゃ、腕によりをかけて、
 おいしいご馳走を作るからね!!」

「ああ、頼んだぜ。
 …んじゃ、先輩、早速『部活』を始めようか?」

 浩之があかりを気づかって、「部活」というところを強調しつつそう言うと、芹香は例のごとくマ
イペースな足取りで歩き出した。



 薄暗い部室に入る。
 キャンドルに灯をともす芹香。
 その姿は、いつもと何の変りもないように見える。
 …が、実のところ、芹香の心は大きく揺れ動いていた。
 先ほどの浩之とあかりのやり取りが、気になっていたのである。

(晩飯、楽しみにしてるぜ…)

(腕によりをかけて、おいしいご馳走を作るからね…)

 今日、あかりは浩之のために夕食を作るつもりなのだ。…そしてその後は?
 …食事だけで終わるのか、それとも…
 そう考えると、芹香はいまだかつて経験したことのない息苦しさに見舞われた。
 それは、明らかに嫉妬の感情だった。

(浩之さんを取られたくない…
 せっかく、私のところに帰って来てくれたのに…)

「お、そうだ。忘れないうちに…」

 浩之は、芹香の内心の葛藤に気がついた様子もなく、ポケットから小さな包みを取り出した。

「はい。先輩。」

「?」

 芹香がキョトンとしていると、

「おみやげだよ。
 ほら、修学旅行に行っただろ?」

 芹香は嬉しそうな顔になった…浩之にしかわからないが。

「…………」
 ありがとうございます。

 そう言って包みを手にしたままの芹香に、

「ほら、先輩。遠慮はいらないからさ。
 開けて見てくれよ。」

 嬉しさにぼんやりしていた芹香は、そう言われて我に返ると、やや慌て気味に包みを開け始めた。

「…………」
 きれいです、と感想を述べる。

 小さなペンダントがその手に光っていた。
 もちろん来栖川家のレベルからすれば大した値うちもないアクセサリーに過ぎないが、浩之として
はかなり痛い出費だったのである。
 芹香が気に入ったらしいのを見て、浩之は報われる思いがした。

「ところで先輩、今日は何の実験?」

 のんきな声をかける。

「…………」
 今日はふたりで心を合わせて、雨を召還したいと思います…

 そう芹香が答えると、

「あんまり時間はかからない、って言ってたよね?」 

 何気ない浩之の言葉に、芹香は再び胸苦しい思いにとらわれた。

(…そんなに急いで実験を切り上げたいのですか?
 そんなにあかりさんのところに行きたいのですか?)

 その瞬間、芹香は「魔女」になった…



 …意識のない浩之の体が床に横たわっている。
 芹香が「召還の準備」と称して飲ませた眠り薬が効いたのだ。

(姉さんったら相変わらずのんきねえ。
 それじゃ、全然進展してないってことじゃない…)

 綾香に指摘されるまでもなく、浩之との仲が思うように進まないことは、自分でももどかしかった。
 しかし、どうしても心の内を伝える術が見い出せなかったのだ。

(浩之さんを取られたくない…
 誰にも取られたくない…)

 まごまごしていると、自分の最愛の人をあかりに奪われてしまう…
 芹香のぼんやりとした目の奥に、怪しい決意の炎がゆらめいた。
 彼女は、とんがり帽子とマントを身に着けると、何やら呪文を唱え始めた…



 あかりは、学校帰りに立ち寄ったスーパーで、夕食の材料を買い込んでいた。

(おいしい、って言ってくれるといいな…)

 自分の料理に舌鼓を打ってくれる浩之の姿を思い浮かべる。

(それに、うんと栄養をつけてもらわなくちゃ。)

 元気いっぱいの浩之が自分を抱きしめてくれる様子を想像する…

(ち、違う!!
 ふだん栄養が偏りがちだから、こういう時こそと思って… それだけよ!!)

 自分の想像に慌てふためいて自分で弁解するあかりの顔は、真っ赤になっている。
 …ようやく少し落ち着いたところで、卵のパックを取り上げたときだった。

 ぱしっ!

「えっ!?」

 何の衝撃が加わったわけでもないのに、いきなり鋭い音がしたかと思うと、卵がひとつ割れた。
 さらに、

 ぱしっ! ぱしっ!

 あかりの手にしたパックの中で、立て続けに卵が割れていく。
 瞬く間にすべての卵がだめになり、呆然と立ち尽くすあかりの足もとに、どろどろした中身がこぼ
れ落ちていった…



 浩之が目を覚ました時には、かなりの長さがあったはずのキャンドルが今にも燃え尽きようとする
ところだった。

「…あれ? …俺、どうして…?」

 自分が床に横たわっていることに気がついて身を起こそうとした浩之は、すぐ傍に人の気配を感じ
た。

「? …先輩?」

 床に膝をついて心配そうに覗き込んでいるのは、芹香だった。
 その美しい白い顔を目にした途端、浩之の全身に電流のようなものが走った。

(先輩って…こんなに魅力的だったのか?)

 浩之は夢中で体を起こすと、芹香の体を抱きしめた。
 芹香はじっとしている。

「せ、先輩!! 俺、先輩のことが…!!」

 どうして今まで気がつかなかったんだろう?
 こんな身近に、こんな素敵な女性がいることに…

「先輩が好きだ!! 大好きだ!!」

 いとおしい。
 芹香のことがたまらなくいとおしい。
 マルチよりも、あかりよりも、葵や琴音よりも、ずっとずっといとおしい。

「…………」
 私も浩之さんが大好きです。

 耳もとでそうささやかれるのを聞くと、たまらなくなった浩之は、芹香の体を押し倒した…



「浩之ちゃん!?
 遅かったね。何かあったの?」

 夕食の支度ができても一向に帰って来ない浩之の身を案じていたあかりは、開口一番そう言った。

「いや… ちょっとな。」

 浩之は言葉少なだった。
 もの憂げに靴を脱いで上がって来る。
 あかりはいそいそと給仕をしながら、あれこれ話しかけた。
 が、浩之はどことなく上の空で、ぼんやりとした返事を返すだけだった。



 次の日から毎日、放課後になると芹香が浩之を迎えに来るようになった。
 一日うつろな表情で過ごしていた浩之は、芹香の顔を見ると急に元気になって、後について行く。

(藤田の奴、いよいよお嬢様に黒魔法でもかけられたんじゃないか?)

 クラスメートがそんなささやきを交すほど、浩之の様子は芹香がいる時といない時で大きく異なっ
ていた。
 …そして、彼らの冗談半分のささやきは、真実を突いていたのである。



 部室に入った浩之は、すぐに芹香を抱きしめた。

「先輩!! 俺、俺…
 だめなんだよ、もう。
 先輩が傍にいてくれないと、何も手につかないんだよ!!」

「…………」
 私もです。

 そう芹香がささやき返す。

 ふたりはお互いに夢中になっていた。
 芹香が禁断の魔法を使ったからだ。
 相手を必ず自分に、自分ひとりだけに引きつけることのできる魔法。
 しかし、それには大きな「副作用」があった…



「…姉さん。その後、例の『彼』との仲はどう?
 少しは進んだ?
 …え!? 『好きだ』って言われた!?
 ほ、ほんとなの!?」

 綾香はいささか焦り気味だ。
 潔く諦めたとはいえ、自分が思いを寄せていた男性が他の女性に愛をささやいたと思うと、やはり
平静ではいられない。

「そ、それで? …もう、キスとかしたの?」

「…………(ぽっ)」

「そ、そうなの…」

 綾香はさらなるショックに見舞われた。

「…で、でも、まさか、まさか姉さんに限って、
 行き着くところまで行っちゃった、なんてことはないわよね?」

「…………(ぽっ)」

「え、えええええーっ!?
 そんな!! 嘘でしょう!?」

 あまりのことに、パニック状態の綾香。
 芹香はそんな綾香の頭をなでながら、ひそかに詫びていた。

(ごめんなさい、綾香。私のわがままを赦して…)

 綾香も思いを寄せていた浩之を奪ってしまったこと。
 そして、例の「副作用」のつけを綾香に負わせる結果になることを、芹香は詫びたのだ。



 朝。
 リムジンを降り立った芹香を待ち構えていたように、浩之が声をかける。

「おはよう、先輩!!」

 芹香も朝の挨拶を返す。
 セバスチャンが浩之をうさん臭そうににらみつけるのも、芹香をたしなめるのも、まるで気にしな
いふたりである。

 …浩之は知らないが、ふたりの命は余り長くないのだ。
 それが、芹香の使った禁断の魔法の「副作用」。
 自分の思う相手と必ず添い遂げられる代わり、ふたりとも一年以内の同じ日に死ぬことになる。
 芹香はそれを承知で使ったのだ。
 芹香はこの学校を卒業できないかもしれない。浩之はむろん不可能だ。
 その前に、定められた日が来るはずだから。

(それでもいい…)

 衆目もよそに、浩之と手をつなぎつつ校庭を横切って行く芹香は、そう思った。

(浩之さんと結ばれ、一緒に死ねるのだから…)

 来栖川家の跡は綾香が継ぐことになるだろう。
 自由奔放な生き方を好む綾香には、気の毒かもしれないが…

(これで私たちは…いつまでも一緒… いつまでもふたりきり…)

 浩之の手をそっと握り返す芹香の胸元には、小さなペンダントが揺れていた。


<魔女芹香編> 完


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−魔女芹香編 あとがき−

「The Days of Multi」完結後の宿題であった<綾香と浩之編>を書こうともがいているうちに…
なぜか、すでに書き上げたはずの芹香編がもうひとつ出来上がってしまいました。
仕方がないので、<芹香「再び」編>とでも銘打とうかと思ったのですが、
少し考え直して、より内容に即した<魔女芹香編>と呼ぶことにしました。

この分岐での芹香さんは、恋を成就させるために敢えて危険な魔法に手を出し、
首尾よく浩之を手に入れるものの、そのせいでふたりの寿命を縮めてしまうことになります。
実に思いきったことをしたものですが…

なぜこういう展開になったのか、例によって書き終えた後で考えていたら(笑)、
「これがひとつのきっかけでは?」ということが思い浮かびました。
それは、「The Days of Multi」について寄せられた感想の中に、芹香さんの性格について、
「思い込んだらかなり大胆な事でもやってのけるのでは?」という趣旨のものがあったことです。

芹香さんって、確かに思い込んだら結構大胆なことをやってしまいそうで…
特にそれが恋のためとなったら…
そんなことが頭の片隅にこびりついていて、
「思い切った行動を取る」芹香さんを描いてみたのがこの分岐、というわけです。

まあ、経緯はどうあれ、皆様の気に入っていただければそれでよいのですが…
…いたずらに芹香ファンの怒りを買うだけのような気も…(汗)

       1999.9.22                 by  DOM