The Days of Multi<あかり編>第一部第5章 幼馴染み  投稿者:DOM


The Days of Multi <あかり編>
第1部 Days with Hiroyuki
☆第5章 幼馴染み (マルチ生後5ヶ月)



 綾香と浩之編第一部第4章で”A.俺、あかりが好きみたいだ。”を選択した場合の続きです。

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「…浩之ちゃん?」

 あかりはすがるような目で俺の顔をのぞき込む。

「あかり…」

 いいチャンスかもしれない。
 俺自身の心の踏ん切りをつけるための…

「…聞いてくれ。」

 俺の真剣なまなざしに、あかりはごくりと唾を飲みながらうなずいた。



 俺はリビングのソファにあかりを座らせると、マルチとの経緯を洗いざらい話した。
 あかりはずっと黙って耳を傾けていた。
 話が終わっても、無言でうつむいたままだ。
 ややあって、

「浩之ちゃん…
 今でも好きなの? マルチちゃんのこと…」

 ぽつりと口を開く。

「俺…マルチと約束したんだ。
 マルチの『妹』が売り出されたら、きっと買うって…
 マルチの心を受け継いだ『妹』と、新しい思い出を作るって。」

 あかりはまた黙り込んだ。

「あかりには…あかりにだけは、聞いておいてほしかったんだ。」

 え? という顔をするあかり。

「だって、あかりは…俺にとって、一番身近な女の子なんだから。」

 そう、これが俺の下した結論だ。
 マルチの事が吹っ切れたわけではないが、昔から今に至るまで、そして多分これからも、俺にとっ
て最も近しい女の子は、あかりなのだ。
 当のあかりは、まだキョトンとしている。

「な、あかり。おまえの気持ちを教えてくれ。
 …『俺たち』の家に、マルチの妹を迎えてもいいかどうか。」

 あかりは何となく惚けた顔をしている。
 そして、

「…『私たち』の家?」

 と繰り返した。

「ああ。『俺たち』の家にだ。」

 そう念を押すと、あかりは俺の言う意味を理解したのだろう。
 いったんおさまった顔の朱が再び濃くなった。

「『私たち』の家に、マルチちゃんを住まわせるの?」

「マルチの妹を、だ。」

 俺は訂正した。
 …もう、俺が初めて恋をした、あのマルチには会えないのだから。
 マルチの妹は、マルチ自身とは違うのだ。

「…メイドロボとして、だよね?」

 あかりの言いたいことはわかる。

「ああ。」

 あかりは考えこんでいる。
 そして再び、

「…浩之ちゃん、さっきの質問に答えて。
 今でもマルチちゃんのこと、好き?」

 と聞いてきた。

「…………」

「…どうなの?」

「…俺が好きになったマルチは、もういない。」

 ずるい言い方だ。
 だが、そう口にした途端、俺は涙があふれそうになった。
 俺が好きになったマルチは、もういない。
 マルチはもういないのだ…

「浩之ちゃん?」

「すまん、あかり。今日はもう帰ってくれ。」

 俺はかろうじて自分を抑えながら、そう言った。
 あかりの前で、マルチのために涙を流すのを見られたくなかったのだ。

「浩之ちゃん…」

「頼む。」

 俺は顔を背けた。

 あかりは少しためらっていたが、

「…うん。じゃあ、また明日ね。」

 そう言って立ち上がった。



 ピンポーン

 ピンポーン

 濁った頭の中に、呼び鈴の音が鳴り響く。
 誰だよ、こんな夜中に… ええい、無視だ、無視。
 しかし、音はなかなかやまない。

 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン

(るせーな… 少しは眠らせてくれよ…)

 あかりを帰した後、俺はマルチを思い出して泣いた。
 そして、自分があかりに、ああいうわがままな態度しか取れなかったことを泣いた。
 夜が更けても寝つかれず、ようやくうとうとしたと思ったら、この音だ。
 俺は布団をかぶって、徹底的に無視することにした。

 ピンポーン

 ピンポーン

 ピンポーン…

 ようやく音が鳴りやんだ。
 ほっ、これで静かに眠れるぜ…
 おやすみ…

「…浩之ちゃん?」

「どわっ!?」

 いきなりベッドの傍から聞こえて来たためらいがちな声に、俺は驚いて跳ね起きた。

「あ、あかり!?
 何やってんだよ、こんな時間に!?」

「ひ、浩之ちゃんこそ…
 早くしないと、遅刻しちゃうよ。」

「遅刻!?」

 そんなばかな、まだ夜中なのに…と言いかけて傍らの時計を見ると…
 げげっ!? 何でもうこんな時間なんだ!?

「浩之ちゃん… いくらベルを鳴らしても起きないから…」

「さ、さっきのはおまえか…?
 何でいつものように大声出さなかったんだ?」

 そうすれば、一発であかりだとわかったのに…

「だって…」

 あかりは困ったような顔をしている。
 …昨日のことを意識しているのか?

「…あ!! それよりも、早く起きて!!」

「うわ、そうだった!!」



 俺たちは必死で駆けていた。
 …が、例によって、あかりが遅れがちになる。

「だから、先に、行けって、言った、だろ?」

 走りながら俺が言うと、

「ご、…ごめん…」

 息も切れ切れのあかりが詫びた。
 …公園のあたりまで来た時だ。

「も、もうだめ…
 浩之ちゃん、先に行って。」

 あかりが立ち止まって、ぜいぜい言っている。
 俺も立ち止まった。

「おまえなあ…
 俺を遅刻させまいとして、自分が遅刻したんじゃあ、シャレになんねーぜ?」

「で、でも… もう、苦しくて…」

 あかりは汗だくだ。
 顔色も真っ青で、今にも倒れそうに見える。

「…しょーがねーなー。」

 俺はあかりを近くのベンチに座らせてやった。

「ひ、浩之ちゃん、私は大丈夫だから…
 早く行かないと、遅刻しちゃうよ?」

 気分の悪そうな顔で、それでも俺を気づかうあかり。
 まったく、どこからどこまで犬チックな奴め。

「…おまえをこのままほっとけるかよ。」

 俺も傍らに腰をおろした。

「だけど…」

「どうせ、今日はふたりそろって遅刻だ。
 悪あがきはやめよーぜ。」

「…ごめんなさい。」

「何で謝るんだよ?」

「だって、私のせいで…」

「おまえは、俺につき合ってて遅くなったんだろ?
 もとはと言えば、俺のせいだ。気にすんな。」

 俺はあかりの髪をくしゃくしゃとかき回した。
 するとあかりは、

「うん… ありがとう。」

 ようやく笑顔を見せた。
 俺たちはしばらくそのまま、お互いの息が整うまでベンチに座っていた。

「…少しは落ち着いたか?
 んじゃ、そろそろ行くか。」

 腰を上げかけると、

「ひ、浩之ちゃん。あのね…」

「うん?」

「あの… 昨日の話だけど…」

「昨日の話?」

「うん、あの…
 私、私ね…
 いいよ。
 …マルチちゃんの『妹』を買っても。」

「あかり…」

「『私たち』の家に、マルチちゃん…の妹を迎えても…構わないよ。
 だって、浩之ちゃん… 約束したんでしょ?」

「あかり… ほんとに、いいのか?」

「うん… きっと、私たち、仲良しになれると思う。」

「…あかり。…ありがとな。」

 俺はあかりの肩に手を置いて、心持ち引き寄せた。
 あかりは少し恥ずかしそうに、でも幸せそうな顔で、目を閉じた…



「おやまあ、ご両人。
 どうも今日は姿が見えないと思ったら、今ごろお越しでございますか?」

 廊下で出会った志保が、呆れたような、面白がっているような声で言う。
 無理もない。俺たちが学校に着いたのは、二時限目が終わった直後だったのだ。

「…それにしても、さすがはおしどり夫婦。
 遅刻するのも一緒とはね。
 …どうでもいいけど、ヒロ?
 あんた、あかりを悪の道に誘いこむつもりじゃないでしょうね?」

 志保が険しい目つきを向ける。

「何だ、悪の道って?」

「だから、学校をさぼって、いっしょにいかがわしい場所に出入りしたり、
 あんなことやこんなことまで教えたりして、さんざん弄んだ挙げ句、
 最後には借金のカタにあかりを暴力団に叩き売って…」

「おまえ、アホか?」

「アホとは何よ、アホとは!?」

「…志保。浩之ちゃんはそんなことしないよ。」

「あかり!
 あんたは人がいいから、たぶらかされてんのよ!
 いいこと?
 こんな甲斐性なしの言うこと、うかつに信じたらひどい目に遭うわよ?」

「志保ちゃんニュースを信じる方が、よっぽどひどい目に遭うぜ。」

「なあんですってえ!?」

「お、聞こえたのか?
 今のはひとり言だ、気にするな。」

「気にするわよ!!」



 その頃、来栖川研究所の一室。

 ぶうううううん…

「うーん…
 あ、お父さん?
 私は、また目を覚ますことができたんですか?」

 一ヶ月余りの眠りから覚めたマルチが尋ねる。

「そうだよ。
 マルチには、これからずっと、ここで働いてもらうことになったんだ。」

 長瀬が答える。

 …結局長瀬は、来栖川会長の依頼−−マルチに浩之を誘惑させることと、性交機能を搭載すること
−−を実行しなかった。
 前者は、マルチ自身のものとなっている心をいじることが技術的に不可能なばかりか、長瀬自身の
心情としても抵抗があったためである。
 後者は、より人間に近いロボットを追及した開発スタッフたちが、最初からマルチにその機能を搭
載していたからだ。
 しかし、会長は、長瀬が忠実に自分の指示に従ったものと思い込み、その見返りとして、量産型マ
ルチの販売決定と、試作型マルチの研究所勤務を認めたのであった…

「ほ、ほんとですか!?」

「ああ。…そうそう、週末にはちゃんとお休みもあげるよ。
 会いに行きたい人もあるだろうからね?」

 長瀬はにやにやしながらそう言った。

「お、お父さん…」

 赤くなって照れるマルチ。

(ご主人様。また、会えるんですね?
 きっときっと、会いに行きますからね。)




 土曜日の夜。
 あかりはまたもや藤田家をおとなった。…ある決意を秘めて。
 いつものように、自分が作った料理に舌鼓を打つ浩之を満足そうに見つめていたあかりは、食後の
お茶が終わると、おずおずと切り出した。

「ひ、浩之ちゃん…?」

「ん?」

「私… 今日も『志保の家』に泊まる予定なの…」

「…………」

 それは、自分より先に浩之との関係を結んだメイドロボへの、無意識の対抗心だったのかも知れな
い…



 日曜日。
 休暇をもらったマルチは、早速藤田家を目指して出かけて行った。
 …が、例によってさんざん迷った挙げ句、ようやく目的の家を探し当てた時には、汗だくになって
いた。

(ご主人様… マルチは帰って来ました。)

 震える指を呼び鈴に伸ばす…



 浩之とあかりは、ベッドの中で幸せなまどろみの中にいた。
 ふたりとも裸だ。
 長い長い試行錯誤の後、ようやくただの幼馴染みを卒業したのである。
 浩之はあかりの頭を抱き、あかりは顔を浩之の胸に押しつけるようにしている。
 ふたりとも満ち足りた思いで、初めての朝を迎えていた。
 と、その時。

 ピンポーン

 呼び鈴が鳴った。

「誰だ? せっかくの日曜だってのに、朝っぱらから…」

「…私、出ようか?」

「いいよ、女はいろいろ身支度とか大変なんだろ?
 俺が出るから…」

 浩之は面倒くさそうに服を着ると、鳴り続けるベルに向かって、

「…うぉーい。今行くぜ。」

 声をかけながら、階下に向かうのだった…


<あかり編> 完


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−あかり編 あとがき−

分岐<あかり編>は、<綾香と浩之編>執筆の副産物のひとつなのですが、
あかりに対する「罪滅ぼし」がしたいということもあって、前から書きたかったものでもあります。
何せ、あかりには、本編でずいぶん辛い役割を担わせてしまいましたので…

分岐<セリオ編>では、あかりと浩之が結ばれそうな気配がありますが、
あくまでも確定事項ではありません。
それで、はっきりとふたりが結ばれるシナリオを書きたいと思ったのです…が…

何でマルチを目覚めさせちゃったんだろ?
それも、あかりと浩之が結ばれた途端に…(汗)
…この後、どうなるんでしょう?
すったもんだの挙げ句、結局は三人仲良く暮らせるようになるのでしょうか?
それとも…

しかし、これじゃ「罪滅ぼし」どころか、「罪作り」じゃ…?(汗)

       1999.9.22                 by  DOM