The Days of Multi<綾香と浩之編>第一部第3章 旅のみやげ  投稿者:DOM


The Days of Multi <綾香と浩之編>
第1部 Days with Hiroyuki
☆第3章 旅のみやげ (マルチ生後4〜5ヶ月)



 本編第一部第2章で”C.葵ちゃんの練習を見に行こう。”を選択した場合の続きです。

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 浩之はぼんやりと、中庭の芝生に腰をおろしていた。
 マルチと別れて以来、体の芯が抜けてしまったような心持ちがする。
 幼馴染みのあかりが心配するのも、今はただうるさく感じるだけだ。
 喧嘩友だちの志保ともやり合う気になれない。
 雅史が気を使ってひとりにしようとしてくれるのが、一番ありがたい。

 ふと、傍らに人の気配を感じた。
 見上げると、芹香の顔があった。
 どことなく心配そうだ。
 何か言われる前に浩之が機先を制する。

「先輩… お願いだから…
 何も聞かないでくれ…」

 それきり黙る。

 しばらくして、芹香がやはり芝生の上に腰をおろす。
 浩之の隣ではない。さりとて、そう離れているわけでもない。
 浩之がちらっと見ると、芹香は、よくやる中庭でのひなたぼっこのように、あらぬ方を見てぼうっ
としている。

 芹香なりの心遣いだろう。
 芹香は浩之と無関係にそこにいる、と言いたいのだ。浩之が余計な気を使わないように。
 しかし、浩之が必要とするなら、いつでも応じられる、そういう距離にとどまっていた。
 そして、浩之が頼んだように、何も言わず、しかもその沈黙が重苦しくならないように配慮しなが
ら、座っていた。
 浩之は、芹香のそうした態度がありがたかった。

 魂の抜けたような浩之と、ぼうっとした表情の芹香は、長い間そのままの姿勢を保っていた。

 やがて浩之は立ち上がると、

「ありがとな、先輩。
 …少しは元気が出たような気がするぜ。」

 と、心から礼を言った。
 芹香も嬉しそうな表情を見せて頷いた。



「お嬢様。お迎えに参りました。」

 巨漢の執事が、車のドアをあけながら、さりげなく周囲を見回す。

(今日もあの小僧は姿が見えぬな。
 …大旦那様のご計画がうまくいったようだ。)

 芹香につきまとい、綾香にも手を出しているらしい藤田浩之を、メイドロボのマルチに夢中にさせ
る。
 それが来栖川翁の計画だった。

 翁の思惑通りいったことは喜ぶべきことだろうだが、セバスチャンは、もうひとつ手放しで喜ぶこ
とができなかった。
 いくら何でも、「からくり人形」にセックスまでさせて男を誘惑するというのは、やり過ぎだと思
うからだ。
 さらに…芹香の表情がある。
 以前は表情らしいものをほとんど見せなかった芹香が、あの「小僧」の出現以来、次第に微笑みら
しいものを見せるようになっていた。
 それが、この何日か、どことなく憂わしげな顔をしているのである。
 そんな表情を毎日見ているセバスチャンは、喜びとは程遠い気分だった。



 数日後。

 バシッ! バシッ!

 うら寂れた神社の境内に、小気味の良い音が断続的に響いている。
 太い木の枝に吊したサンドバッグ相手に、小柄な少女がしきりに蹴りの練習をしている。
 練習に打ち込んでいた少女は、吹き出る汗を拭うため、蹴りを中断してタオルを取ろうと体の向き
を変えた。

「…あ? …先輩!?」

 そこには浩之が立っていた。

「よう、葵ちゃん。相変わらずやってるな?」

 その声に、少女…松原葵は、嬉しそうに駆け寄って来た。

「先輩! ずっと見てらしたんですか?
 声をかけてくだされば良かったのに…」

 葵はちょっと照れくさそうな顔をしている。

「いや、今さっき来たところさ。」

 毎日芹香に「慰め」られているうちに、少し元気をとり戻した浩之は、学校からまっすぐ帰るつも
りだったのだが、ふと、しばらく顔を出していないエクストリーム同好会をのぞく気になった。
 同好会といっても、浩之の一年後輩にあたる葵しか部員がいないので、まだ学校からは正式に認め
られていないのだが。

「ほら。汗、拭きなよ。」

 葵の額に流れる汗を目にした浩之は、タオルを手渡してやった。

「あ、す、すみません。
 先輩にこんなことしていただいて…」

 葵はしきりに恐縮している。
 空手少女から、異種格闘戦であるエクストリームの大会出場を目指すようになった葵だが、伝統的
な空手部からも、一般の生徒からも理解が得られず、いつもひとりぼっちだった。
 そのせいか、葵が熱心に同好会への勧誘をしているのを目にして感動した浩之が時々顔を出すのが、
大きな励みとなるらしい。

「いや、これくらい、どーってことないぜ…
 それより、すっかりご無沙汰しちまって、悪かったな。」

「そんな…もともと無理にお誘いしたのは私の方ですから。」

 葵の熱心さに打たれはしたものの、自分のようないい加減な性格では部活はつとまらないと考えた
浩之は、正式の部員になることを断わった。
 その代わり、二、三日に一度は顔を出すことにしたのだが…間もなくマルチとの出会いと別れが
あって、すっかり足が遠のいていたのだった。

「今日はもう少し練習するのか?」

「はい。もっとキックの稽古をしたいと思っています。」

「そっか? それじゃ、俺が時間を計ってやろう。」

「すみません。では、よろしくお願いします。」

 汗を拭きとった葵は、再びサンドバッグに向かう。
 浩之は時計を見ながら、葵に合図する。
 葵の蹴りが連続して放たれる。
 …心なしか、先ほどよりもさらに気合いが入っているように思われる。

 一心にサンドバッグを蹴り続ける葵を見ながら、浩之はなぜかマルチの姿を思い出していた。
 運動神経、反射神経ともにゼロに等しくて何もないところでも転げ回っていたマルチと、小柄なが
ら敏捷で良く鍛えられた身体を持つ葵とは、何ら共通点などなさそうなのだが…それでも、似ている
と思う。
 ふたりとも、ひたむきで、熱心で、純粋で、それがまるで双子の姉妹のようにそっくりなのだ。
 マルチは人に喜んでもらうために、葵は少しでも強くなるためにと、目的は違うものの、その姿勢
はまったく同じだった。

 浩之は美しいと思った。
 マルチも葵も、美しいと。
 ひとつのことにそこまで集中して打ち込める姿は、この上なく美しかった。

(俺には…マルチや葵ちゃんのように打ち込めるものがない…)

 そんなことを改めて実感しながら、せめて少しでも葵の練習の手助けができればと思う浩之だった。



「姉さん? 何かいいことでもあったの?
 え? どうしてですか、って?
 …だって、このところずうっとふさいでいたのに、
 今日は何だか嬉しそうな顔をしているから。
 …もしかして、例の彼? 浩之とかいったっけ?」

 綾香は、よく知っているはずの名前を、ことさら曖昧な風を装いつつ口にした。

「…………(ぽっ)」

「やっぱりそうなの?
 ひょっとして、愛の告白でもされたとか?」

 ふるふる

 姉の芹香は慌てて首を振った。

「…………」

「え? 修学旅行が終わったら、魔法の実験につき合うって約束してくれた?
 …はあーっ、姉さんったら相変わらずのんきねえ。
 それじゃ、全然進展してないのも同然じゃない?」

 そう言いながら、綾香は何かしら安堵感のようなものを覚えてもいた。

「…………」

「浩之さんはずっと元気がありませんでした?
 今日ようやく、笑顔を見せてくれたんです?
 …ふーん、あんなやつでも落ち込むことがあるのね?」

「…………」

「え? 浩之さんの悪口を言わないでください?
 この何日かほんとうに寂しそうだったんです?
 …はいはい、恋する乙女には逆らえませんものね。」

「…………(ぽっ)」



「よし、葵ちゃん。そろそろ上がろうか?」

「はい! どうもありがとうございました!」

 ふたりしてサンドバッグを片づけながら、浩之が口を開く。

「ええと、久しぶりに顔を出したばかりで何だけど、
 俺、来週はずっとだめなんだ。
 修学旅行があるからな。」

「そうですか…」

 ちょっと寂しそうな顔をする葵。

「その代わり、何かおみやげ買って来るからさ。
 どんなものがいい?」

「え? あ、そんな、おみやげなんて結構ですよ。」

「いいから、いいから。どうせ大したものは買えないんだし。
 遠慮しないで言ってくれよ。」

「そ、そうですか?
 …あの、修学旅行はどちらです?」

「北海道だ。」

「北海道ですか?
 それでしたら…何か、狐のものを…」

「狐?」

「はい! ずっと前にテレビで見たんですけど…
 北海道に棲むキタキツネのお話でした。
 その、子狐がとってもかわいくて…
 あの、狐に関係するものでしたら、何でも結構ですので!」

「そうか、わかった。
 ま、あまり期待しないで待っててくれ。」



 翌週、土曜日。

 バシッ! バシッ!

 葵は例によって、立て続けにサンドバッグに蹴りを入れながら、

(もうすぐ…もうすぐ、先輩に会える。)

 そんなことを考えていた。
 修学旅行は今日までのはずだ。
 来週早々におみやげを持って来ると浩之は言っていた。

(先輩に…会いたい。)

 先週久しぶりに葵の練習につきあってくれた浩之。
 そして、修学旅行のため一週間姿を見せなかった浩之。
 浩之のことを思うと、待ち遠しさがつのるばかりだ。

 バシッ! バシッ!

「なかなか気合いが入っているわね。」

「え?」

 突然背後からかけられた声に驚いて振り返ると、長い黒髪の美少女が立っていた。

「あ…綾香先輩!?」

 葵は思いきり焦っている。
 来栖川綾香−−エクストリーム女子高校生の部のチャンピオンであるこの少女こそ、葵が空手から
異種格闘戦へと転校するきっかけとなった人物だったのだ。
 つまり、彼女にとって綾香は、憧れの人であると同時に自らの到達目標なのである。

「ど、どうしてここに!?」

「ん? こないだ好恵に会ったとき、
 あんたがいつもここで練習してるって聞いたもんだから。
 どれくらい強くなったか、と思ってね。」

「わ、わ、私、綾香先輩に比べたら、まだまだです!」

「あらあら、そんな弱気でどうすんの?
 あんたは、もうかなりの実力を持っているはずよ。
 あとは、本番でそれが発揮できるようにするだけ。」

「そ、そ、そ、そんな…」

 などと言っているところに、もうひとりの人影が現われた。

「よ、葵ちゃん。」

「あっ!? 先輩!?
 どうなさったんですか、今頃?」

「いやな、さっき修学旅行から帰って来たんだけど、
 葵ちゃんのことだから、今日もここで練習してるだろうと思って、
 早いとこおみやげを渡そうと…
 …あれ? おまえは確か…来栖川先輩の妹の…?」

「あんた、浩之だったわね?
 ここへ何しに来たの? 葵に何か用?」

「あ、あの、おふたりとも、お知り合いだったんですか?」

 葵がそう尋ねると、

「いや、別に知り合いというわけじゃ…
 知り合いの妹ではあるけどな。」

「…ずいぶんな言われようね。
 それで、あんたと葵とはどういう関係なの?」

「そういうおまえこそ、葵ちゃんとどういう関係なんだよ?」

「あたしは、葵の格闘技の先輩よ。」

「え? …すると、葵ちゃんが目標にしてる先輩って、おまえのことだったのか?」

「そうらしいわね。で、あんたは?」

「俺は… 時々、葵ちゃんの手伝いをしてやってるだけだよ。」

「手伝い? …うまいこと言って、
 男慣れしていない葵をだましてたぶらかすつもりでしょ?」

「んだとぉ?」

「大体あんた、姉さんという恋人がありながら、
 後輩にまで手を出すなんて、どういう了見?」

「え!? 恋…人…?」

 葵がショックを受けている。

「あ、葵ちゃん。こいつのいうことは真に受けないでくれ。
 …それより、ほら、北海道のおみやげ。」

 浩之は、背中におぶっていた大きな包みを葵に渡した。

「? こんな大きなものを?」

「ま、開けて見てくれ。」

「はい。失礼します。」

 葵は礼儀正しくお辞儀をすると、包みを開いてみた。

「…わあ。大きな狐さん。」

 それは、葵が目を丸くするほど大きなキタキツネのぬいぐるみだった。

「それくらいしか見当たらなかったんだけど…」

「いえ! とても嬉しいです!!
 ありがとうございました!!」

 葵は本当に嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめて見せた。
 格闘技に打ち込んでいるときと違って、いかにも女の子らしい可愛い表情だ。
 浩之は、そんな葵の意外な一面を見て、思わず顔をほころばせた。

「わざわざ届けていただいて、申し訳ありません。
 お帰りになったばかりで、お疲れでしたでしょうに…」

 葵はしきりに恐縮している。

「おみやげか…
 当然、姉さんにもおみやげを買って来たんでしょうね?」

 綾香が口を挟む。

「ん? …ああ、まあな。」

 しぶしぶ認める浩之。
 葵は何となく心配そうに、ふたりのやり取りを聞いている。

「ふーん。…で、あたしには?」

「え?」

「あたしには、おみやげくれないの?」

「はあ? 何で、俺が、おまえに、おみやげを、やる必要があるんだ?」

 呆れ気味の浩之は、一語一語区切りながら反問する。

「いいじゃない。
 姉さんだけでなく、葵にまでおみやげがあるってことは…
 どうせ、そこら中の女の子におみやげばらまくつもりでしょう?
 だったら、あたしにもひとつくれたって、ばちは当らないと思うけど?」

「おい… 俺は見境なしにばらまいたりはしないぞ。
 第一、おみやげを買って来たのは、先輩と葵ちゃんと…」

「それから?」

「…いや。まあ、それぐらいで…」

「何だか怪しいわね?
 他にも手を出している女の子がいるんでしょ?」

「余計なお世話だ!
 大体、来栖川のご令嬢ともあろうものが、
 俺みたいな下賎な人間からつまらない物をもらおうなんて、おかしくねーか?」

「そんなことないわよ。
 おみやげなんて気は心、物の良し悪しより、もらうこと自体が嬉しいの。
 …それに、姉さんだって来栖川のご令嬢なのに、
 あんた、『つまらない』おみやげを受け取ってもらうつもりなんでしょ?」

「いや… それはそうだが…」

「というわけで、観念してあたしにもおみやげを渡すことね。」

「何でおみやげやるくらいで、いちいち観念しなくちゃなんねーんだ!?
 …わーったよ、そんなに言うなら、この次何か持って来てやる。」

「ありがとう。あてにしないで待ってるからね?」

「…………もう少しまともな口は聞けねーのか?」



 その夜、葵は自室で、珍しくぼんやり物思いにふけっていた。


(先輩…)

 今まで浩之のことを、異性としてはっきりと意識したことはなかった。
 だが、今日の浩之と綾香のやり取りを聞いているうちに、葵はそれまで経験したことのない胸苦し
さを覚えていた。

(先輩は…来栖川先輩のことが好きなんですか?
 それとも…)

 浩之を取り巻く女性たちの顔が思い浮かぶ。
 艶やかな黒髪の物静かなお嬢様、来栖川芹香。
 毎朝一緒に登校して来る、幼馴染みの神岸あかり。
 何かというと浩之につきまとっている、長岡志保。
 そう言えば、葵と同級らしい女の子と話している浩之を見かけたこともある。
 少し前までは、運用試験中のメイドロボ、マルチの面倒をよく見ていたようだし…
 それぞれ個性は違えど、みな美少女と呼ばれるにふさわしい娘ばかりだ。

(先輩にとって私は…どういう存在なんだろう?)

 「その他大勢」のひとりに過ぎないのだろうか?
 …葵は思わず、浩之からもらった狐のぬいぐるみを抱きしめた。



 同じ頃、もうひとり寝苦しい夜を迎えていたのは、綾香だった。

(あたし… どうしてあんなにムキになっちゃったんだろう?)

 浩之が修学旅行に行ったことは姉から聞いていたが、おみやげをもらおうなんてついぞ考えたこと
もなかったのに…
 狐のぬいぐるみをもらって嬉しそうにしている葵を見ているうちに、何となくムカムカしてきたの
だ。
 最初はそれが、浩之の(芹香に対する)背信行為(?)への憤りだと思ったのだが…

(だったら…なぜ、「あたしにも」おみやげをくれなんて言っちゃったの?)

 いや… 答えは最初からわかっている。
 わかっていながら、それを認めるのがこわいだけだ。
 自分が浩之に寄せる思いを認めるのが。

 …とっくに諦めたつもりだった。
 17年間友人に恵まれなかった姉に初めてできた友達、いや、友達以上の存在、それが浩之だった。
 自分は、それが一体どんな男性なのか、興味本位にのぞきに行って、一目惚れしてしまったに過ぎ
ない。

(あたしは、あくまでも「遅れて来た存在」…)

 せいぜい、浩之と姉の仲を冷やかすピエロの役割を演じるのが関の山だ。
 そう思って潔く諦めた…はずなのだが…

(もし、あたしの方が、姉さんより早く浩之に出会っていれば…
 …は!? あたしったら、何てことを!?)

 またしても浩之に向かう思いを、必死に押さえ込もうとする綾香だった。



 芹香もまた、なかなか寝つかれないでいた。
 ただし、こちらはいとも上機嫌である。

(明日は日曜。あさっては月曜。)

 などと、あたりまえのことを考えては(気持ちだけが)はしゃいでいる。
 なぜなら…

(月曜になれば…浩之さんに会える。)

 修学旅行から帰ったら、月曜にはオカルト研究会に出席すると約束してくれたのだ。
 久しぶり、本当に久しぶりに「ふたりで」魔法の実験ができる。
 そう思うと、月曜日が待ち遠しくてたまらない。
 幽霊部員の皆に断わって、その日は部室に出入りしないようにしてもらおうか、などとも考える。
 そうすれば、正真正銘のふたりきりになって…

(…………ぽっ)

 それ以上は考えられない芹香だった。



 月曜の朝。

「浩之ちゃーん!!」

 藤田家にとっては恒例とも言うべき元気な声が響き渡る。
 その声には、普段よりもいっそうリキが入っているようだ。

 しばらくあかりに対してよそよそしかった浩之だが、修学旅行の時には以前のような打ち解けた態
度に戻っていた。
 そのため、志保や雅史を含む例の4人で、にぎやかしくも楽しい日々を送ることができたのだ。
 あかりが張り切るのも無理はない。

「浩之ちゃーん!!
 早くしないと遅刻しちゃうよー!!」

「…るせーな。
 毎朝飽きもせず、大声出しやがって…」

 ぼやきながら、玄関に浩之が現われる。
 これはまだ、ましな方だ。
 ひどい時には、ベッドに寝ている浩之をあかりが直接揺り起こす羽目になる。

「今、トーストかじって来るから、ちょっと待っててくれ。」

 そう言って姿を消したかと思うと、瞬く間に鞄を手にして現われた。

「待たせたな。行こーぜ。」

「…トーストは?」

「もう食べた。」

 浩之がこういう食生活をしているから、自然とあかりが世話女房のような役割を担うことになるの
だ。
 案の定あかりは、学校への道すがら、この頃どんなものを食べているのかとしつこく尋ねてくる。
 浩之が適当に答えていると、心配の晴れないあかりは、今夜夕食を作りに来る、と言い出した。

「え? そりゃ…ありがたいけど。
 …いいのかよ?」

 正直、家庭料理とは無縁の生活をしている浩之にとって、あかりの申し出はありがたいものでは
あったが、何となくそれを安易に受けることがためらわれた。

「うん!!」

 力を込めてうなずく犬チックな幼馴染みの顔を、浩之はしげしげと見つめた。
 その表情に、マルチと、そして葵と共通する何かを見い出したような気がしたからだ。
 人間の役に立ちたいと言っていたマルチ。
 格闘技への情熱を語る葵。
 自らの打ち込めるものを知っている者の顔。
 …あかりも、またそうなのか?

「…どうかした?」

「いや…」

 結局浩之は、あかりの好意を受け入れることにした。



「ねえ浩之ちゃん、それなあに?」

 食事の話が一段落した後、あかりはふと、浩之の手にした大きな包みに目を止めた。

「これか? …まあ、大したもんじゃねーよ。」

「…そう。」

 納得はいかないものの、そこは長いつきあいで、浩之が話すつもりがないのを感じ取ったあかりは、
それ以上突っ込むのを諦めた。



 校門の近くにやって来たとき、ちょうどそこから入ろうとしていた下級生らしい少女が浩之に気が
ついた。

「あ、藤田さん。おはようございます。」

「おう、琴音ちゃん。おはよう。」

 笑顔で言葉を続けようとした一年生の姫川琴音は、浩之のすぐ後ろにあかりがいることに気がつく
と、少し寂しそうな顔になった。

「…えーと、それではまた…」

 琴音がそそくさと立ち去ろうとすると、

「あ、琴音ちゃん、待ってくれ。
 …良かったら、これ、受け取ってくれないか?」

 浩之は、例の大きな包みを差し出した。

「? …あの、これは?」

「修学旅行のおみやげだよ。」

 それを耳にしたあかりが、ちょっと複雑な表情を浮かべる。

「おみやげ…ですか? …私に?」

「ああ。」

 琴音の顔は、怪訝そうな表情から、嬉しさに紅潮したものになった。

「あ…ありがとうございます!!
 …あの、開けてもいいですか?」

「ああ。気に入ってもらえるといいけど。」

 琴音は、普段の慎み深さを忘れてしまうくらい嬉しかったようだ。
 人の出入りの多い校門前であるにもかかわらず、いそいそと包みを開け始めた。

「まあ… イルカ!」

 瞳を輝かせながら、大きなイルカのぬいぐるみをしっかりと抱きしめる琴音。

「琴音ちゃん、確か、イルカが好きって言ってただろ?
 だから…」

「覚えていてくださったんですか?
 …ありがとうございます。
 きっと大事にします!」

 幸せいっぱいの顔を、半ばぬいぐるみにうずめるようにして答える琴音。
 その様子を微笑ましそうに眺める浩之。
 そんなふたりをじっと見つめるあかり。

「…お、そうか。ふたりとも、初対面だっけ?
 琴音ちゃん。こいつは俺の幼馴染みで、神岸あかりっていうんだ。
 あかり。この娘は、一年生の姫川琴音ちゃん。
 ま、俺にとっちゃ、『妹』みたいなもんだ。
 ふたりとも、これを機会に、よろしく頼むぜ。」

「…神岸先輩ですね? 初めまして。」

「姫川さん? よろしくね。」

 「幼馴染み」と「妹」は、お互い礼儀正しくおじぎを交したが…
 例のぬいぐるみをしっかり胸に抱きかかえた琴音の姿は、あかりの目には、浩之から寄せられる愛
情を誇示しているかのように見えた。
 一方の琴音は、あかりが浩之の「恋人」でないことに安堵しながらも、自分もまた「妹」以上の存
在ではないことに一抹の寂しさを覚えていた…



 その日の放課後。

「浩之ちゃん。一緒に帰ろ?」

 あかりが声をかける。

「わりーな。今日はこれから用事があるんだ。」

 浩之が断わる。

「帰りに、今夜のご飯の材料、いっしょに買おうと思ったのに…」

 あかりは残念そうだ。

(学校帰りに、あかりと夕食の買い物? …んなハズいことができるか!?)

「すまん。おまえに任せるわ。」

 などと言っていると、

「藤田くーん!!
 来栖川先輩が、部活のお誘いに来ましたってー!!」

 ドアの近くにいた女子生徒が、教室中に響き渡るような声を挙げた。
 そして、にやにやしながら浩之の方を見ている。

(…こいつ、わざとやったな?)

 おかげでクラス中の注目を浴びたのみならず、あかりの悲しそうな目が…
 浩之はいささか焦り気味で、無表情な上級生のもとに近づいた。
 芹香は例によって、皆の興味深そうな視線にも一向動じる様子がない。

「せ、先輩!!
 すまねーな、わざわざ迎えに来てもらって…
 それじゃ早速…」

「…浩之ちゃん。」

 ぎくっ

 浩之が振り返ると、今にも涙をこぼしそうな、あかりの潤んだ瞳があった。

 うぐ… 罪悪感…



 A.あかりと買い物をする。(綾香と浩之編第4章 あかりと夕食 へ)

 B.先輩と部活をする。(魔女芹香編第4章 禁断の魔法 へ)


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「これからはまた、一読者に徹することにしましょう。」と書いたはずの DOM でございます。
性懲りもなく、また投稿しております。(汗)

一応「The Days of Multi 」を完成させたものの、
分岐の<綾香と浩之編>を書かないうちは、どうも本当の意味で完結した気がしない…というわけで、
いろいろ模索しているうちに、<葵編>始め、他のキャラのための分岐もできてしまいまして…

つまり、以下のような形で、分岐<綾香と浩之編>が中心にあって、
そこからさらに「分岐の分岐(たいてい1章だけで終わり)」が出て来ることになります。

 分岐     綾香と浩之編  第3章〜第10章

 分岐の分岐  魔女芹香編   第4章
        あかり編    第5章
        葵編      第6章〜第7章
        琴音編     第9章
        志保編     第9章

というわけで、これからお届けする部分は分岐ばかりです。
本編よりも軽く短く…をモットーにしている(つもり)ですが…

正直言って、大した内容ではありません。
展開にいろいろ無理があるような気もしますし、
何となく、どこにでもあるような話ばかりですし。
図書館に残すのが恥ずかしいくらいの代物なんですが、
これで正真正銘「The Days of Multi」の完成、
つまりこれ以上は分岐などの付け足しをしないという区切りをつけるつもりで、
投稿に踏み切りました。

ですので、読者の皆さんも、さらりと読み流してください。
本編に対する「おまけ」程度の気持ちで…
要するに、あまり突っ込まないでくださいね。(汗)

感想も結構です。
読んだら即忘れていただくのが最善ではないかと…

なお、この分岐では、葵ちゃんと好恵の対決はなかったことになっています。
ただ、好恵がエクストリームを異端視していること、
そのせいで葵ちゃんと綾香さんに対するこだわりを持っていることは、ゲーム中の設定通りです。

また、琴音ちゃんは、自分の超能力が実は念動力であることを知って、
以前より少し明るくなっています。
ゲームの中でそうであるように、琴音ちゃんは思い切って浩之に自分の気持ちを告白したのですが、
浩之は彼女を、恋人としてではなくせいぜい「妹」としてしか見ることができない…という状況です。