The Days of Multi <綾香と浩之編> 第1部 Days with Hiroyuki ☆第4章 あかりと夕食 (マルチ生後5ヶ月) 綾香と浩之編第一部第3章で”A.あかりと買い物をする。”を選択した場合の続きです。 −−−−−−−−−−−− あかりの泣きそうな顔を目にした浩之は、思わず芹香に向かってこう言った。 「先輩、わりい。 今日はその、のっぴきならない用事ができちまって… あ、明日は必ず顔を出すからさ。」 芹香は浩之にだけわかる程度に顔を曇らせた。 そして、浩之の後ろにいるあかりにちらっと目を走らせたが、 「…………」 それでは、また明日、と言って静かに廊下を歩いて行った。 その後ろ姿を見送った浩之は、嬉しそうな顔をしているあかりに、わざと無愛想な調子で、 「んじゃ、帰るぞ。」 と宣言した。 「うん!!」 あかりは勢いよくうなずいた。 ふたりは、学校の帰りにスーパーで買い物をした。 浩之としては、制服姿で仲良く食材を買い込んでいる自分たちの姿が面映ゆい限りなのだが、あか りの方はあれからずっと浮かれ気味だ。 浩之が芹香との部活よりも、自分との買い物を選んでくれたことが、よほど嬉しかったらしい。 「…おい。そんなに買い込んでどうすんだよ?」 思わずそう聞きたくなるほど大量の食物が、カゴに入っている。 「大丈夫だよ。 ついでに日持ちのするお料理を余分に作っとくから。」 あかりは平然とそう答える。 「どう見ても予算オーバーだぜ?」 「はみ出た分は、私が払うから。」 いつになく強いあかりの押しに呆れながら、大きなビニール袋をいくつもぶら下げて帰途につく浩 之だった。 あかりはいったん自宅に帰ると、制服のまま俺の家にやって来た。 貸してやったおふくろのエプロンを身につけると、夕食の下ごしらえに取りかかる。 楽しそうな鼻歌まじりに台所に立っているあかりの後ろ姿を見ながら、俺は、しばらく前に同じ台 所に立っていたメイドロボのことを思い出していた。 (マルチ…) あかりと同じように制服姿で、同じようにおふくろのエプロンを借りて…見事なミートせんべいを 焼き上げた、ドジだけどかわいいメイドロボの女の子。 俺が、生まれて初めて好きになった女の子… 「…浩之ちゃん? どうしたの?」 あかりの声に、はっとする。 「いや、別に…」 「下ごしらえはできたから、ちょっと手を加えればいつでもご飯ができるよ。 でも、今からじゃ、いくら何でも晩ご飯には早すぎるよね?」 「そうだな。」 「…ちょっと時間があるけど… 私、一度帰って来ようか?」 そう言いながら上目遣いにこちらを見るあかりの目は、「引き留めてほしい」と訴えているようだ。 こいつ、相変わらず妙なとこで遠慮しやがって… 「いいじゃねーか。 たまには、ゲームでもして遊ぼうぜ。」 「…いいの?」 と言いつつ、嬉しそうな顔をするあかり。 俺は、そんなあかりをパソコンの前に連れて行った… …あかりにコンピューターゲームを教えようと一時間ばかり奮闘した挙句、俺は人生でこの上なく 貴い教訓を得ることになった。 すなわち、 「『人間、その気になれば何でもできる』というのは大嘘だ」 という真理である。 …それ以上は何も言いたくない。 (つ、疲れた… これじゃ、マルチとエアホッケーしてる方がまだまし…かな?) モニターを前に「? ? ?」という顔のあかりと、ぺしっ、へろへろ…という何とも気の抜けた 音を立てるマルチの姿が妙にダブってしまう。 「え、えーと… それじゃ、そろそろご飯のしたくするね?」 さすがに自分でも自分のトロさに気がひけるのか、あかりは一段落ついたところでそそくさと立ち 上がると、またもや台所に向かう。 俺はその姿を目の端で追いながら、あかりのつけた「一段落」の後始末をする。 (それにしても、見事にフリーズしちまったなあ… あれ? 再起動できない?) …まさか、システムをインストールし直す羽目になるとは… 「浩之ちゃーん!! ご飯できたよー!!」 あかりの明るい声が俺のイライラをつのらせる。 まだインストールの途中だが、やむなくパソコンの前から立ちがるとダイニングへ向かった。 「…ごめんなさい。パソコン、大丈夫?」 俺の不機嫌そうな顔を見て、あらかた状況を察したらしい。 あかりがしょげている。 …しょーがねーなー、そんな顔されたら、怒るに怒れねーぜ。 「いや、大したことはない。心配するな。 …それよか、早いとこ食べさせてくれ。 腹が減って死にそうだぜ。」 「…うん!!」 嬉しそうにご飯をよそうあかり。 そんな顔をするから、犬チックだなんて言われるんだよ… 「ふいーっ、うまかった。」 マルチには悪いが、料理の腕に関しては、あかりがダントツだ。 俺は、久しぶりの家庭料理に、満ち足りた思いを味わった。 あかりは約束通り、余分の材料で何日か分のおかずを作ると言って、俺がお茶をすすっている間に 台所に立って行った。 軽やかな包丁の音。 鍋で何かを煮ているらしい物音と、うまそうな匂い。 …そんな何気ないことのひとつひとつに、不思議な安らぎを覚える。 今さらおふくろが家にいてくれないと寂しい、なんてことはないはずなのだが… 台所に女性が立っている。 その女性が、俺のために料理を作ってくれている。 ただそれだけで、心が暖かくなるのだ。 台所にあかりがいる。 同じ台所に、マルチがいたこともある。 あかりのいる台所。 マルチのいた台所… 俺は何となくぼんやりと、エプロン姿の少女の像を目で追っていた。 「…ええと… 浩之ちゃん?」 「おう、すんだか? ずいぶんたくさん作ってくれたみたいだな。 あかり、サンキュな。」 「べ、別に、これくらい大したことじゃ…」 あかりはちょっと照れ臭そうに口ごもった。 「すっかり遅くなっちまったな。 悪かったぜ。そろそろ帰るか?」 「…浩之ちゃん。」 ん? 何だかあかりの様子が変だ? 頬も赤いし… 「ちょっと聞きたいことがあるんだけど…いいかな?」 「何だ? 言ってみな。」 「うん…」 あかりはしばらくためらっていたが、やがて意を決したように口を開いた。 「ひ、浩之ちゃん… 来栖川先輩のこと…好きなの?」 「え?」 あかりは不安そうに視線をさまよわせながら、ちらちらと俺の顔を見る。 「だって… この頃、しょっちゅう一緒に部活しているみたいだから… オカルト研究会の部員って、先輩ひとりだけなんでしょ? ということは… 部活って、浩之ちゃんと先輩のふたりきりで…」 「だから… 勘違いするなって。 ふたりで真面目に、ちゃんとした魔法の実験をしているだけなんだから。」 「でも… 来栖川先輩って美人だし…」 「確かに美人だな。」 うっかり相槌を打つと、あかりの目が見る見る潤んでいく。 「や…やっぱり! やっぱり、そうなんだね!? 浩之ちゃん、来栖川先輩のことが…!! …う、うわーん!!」 泣きながらしがみついて来る。 「わわっ!? あ、あかり!?」 焦りまくる俺の鼻孔を、アルコールの匂いが刺激する… 「あかり? 酒飲んだのか?」 俺に先輩のことを尋ねようとしてどうしても言い出せず、景気づけに料理用の酒を飲んだらしい。 道理で、やけに頬が赤いと思ったら… あかりは俺の質問には答えず、 「いやだよぉ… 浩之ちゃあん!!」 いよいよ強くしがみつく。 「あ、あかり! 落ち着け!!」 「浩之ちゃんは…だれにも渡さないんだもん!!」 「え、えーと… ほら、そろそろ夜も遅いし… 家に帰らないと、おばさんが心配するぜ。」 苦し紛れにそんなことを口にすると、あかりは意外なことを言い出した。 「心配なんかしないよぉ… 今日は志保の家に行くって言ってあるもん。 もしかしたら、そのまま泊めてもらうかも知れないからって…」 「な、何!? それじゃ、これから志保の家に行くつもりだったのか?」 俺はどうやら、間の抜けたことを質問してしまったらしい。 「違うよ… 浩之ちゃんちに泊めてもらおうと思って…」 何だって? 最初からそのつもりだったのか? しかし、俺の家に泊まるということは…? おひ。もしかして…? 「…浩之ちゃん。いいでしょ? 泊めてもらっても…」 潤んだ目で俺を見つめるあかり。 やっぱり…そういうことなのか? 「そ、そりゃ… やっぱし、まずいんじゃねーか?」 意外な展開にうろたえる俺。 「浩之ちゃん。私のこと…嫌い?」 う… 俺は言葉に詰まった。 幼馴染みのあかり。 いつでも俺の傍にいる女の子。 俺にとってあかりは、どういう存在なのだろう? …何だか、いつかは答えを出さなければならないと知りながら先延ばしにしていた問題を、いきな り目の前に突きつけられたような気がする。 (どうすればいい? どういう答えを出せばいいんだ?) A.俺、あかりが好きみたいだ。(あかり編第一部第5章 幼馴染み へ) B.あかりの気持ちには答えられない。(綾香と浩之編第一部第5章 綾香とデート へ)