「Unhappy Birthday」 投稿者:beaker


 その日、柏木千鶴は朝から機嫌が悪かった。

 普段は和やかな朝の食卓は糸が張り詰めたように緊張していたし
 (梓はおぼんを持つ手が震えて味噌汁をぶちまけそうになった)、
 会社は会社で普段はニコヤカに「おはよう」と挨拶を交し合う仲の
 受付のおねーさんは「お」を言った途端、瞬間冷凍した。

 足立さんに至っては会長室から流れ出る殺気に
 思わず180度ターンして二度と近寄る事はなかった。

 彼女が不機嫌な原因は誰もが知っている、

 そして誰も口に出さなかった、コワイから。

 会長専用の運転手はこれほど長く柏木邸までの時間が感じられた事はなかったと後に語った、

 昼のワイドショーの「あなたの怪談体験」コーナーで。


 柏木千鶴は今日何十回目かのため息をついた。
 無論、彼女もそれほど馬鹿ではないから、今日が何の日で、皆がどうしたいのか、は分かっていた。
 でも、やはり、乙女には耐えられないのだ(この際、誰が乙女なのかは問わない事にする)。


「千鶴さん」
 扉を開けようとしたところで声をかけられた。
 誰か、なんて事は振り向かないでも分かる。
 そして、今日、何をしにここに来たのかも。
「耕一さん……」


「おた……」
「言わないでくださあああああああああああい!!!!!!!」
 耳を塞いで絶叫した。
 きょとんとした顔のまま絶句する耕一。
「どして?」
「だってだってだってもうお誕生日おめでとうって歳じゃないし、それにそれに
絶対に『何歳?』って聞かれるし、それで正直に答えたら何となく皆より一番年上な
私の立場が……」
 相当錯乱しているようだ。
 耕一はしばらくポカンと口を開いていたが、苦笑しながらそっと千鶴を抱き寄せた。
 たちまち真っ赤になる千鶴。
「でも良い事もたくさんあるでしょ?」
 耕一はそう言った。
「いいこと……?」
「まず、プレゼントが貰えるじゃないか。それにパーティを開く口実になるし」
「ううう、それだけですか……」
 それにね、耕一は次にこう付け加えた。

「キスの口実ができるじゃないか」

そう言って耕一は千鶴にそっと、なるべく優しく、キスをした。


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