Is it You ? −2− 投稿者:AE 投稿日:12月20日(金)03時06分
2.

 うちのロボットとは、かれこれ三年の付き合いになる。
 購入のきっかけになったのは、ちょっとした検査で入院したときのこと。
 近所に身寄りの無かった僕は、初めての手続きや何やらで途方に暮れてしまった。
 その時は隣室のおばさんの御助力により、何とかしのげた。
 しかし、このままで良いわけがない。
 検査は肝機能からみの人間ドックだったのだが、医者からは疲労過多と言われた。
 生活習慣不良、睡眠不足とも言われた。
 ついでに、最良の解決策は結婚ですな、わははは、なんて言われた。
 そのときに勧められたのだ。メイドロボを雇ったら、と。
 メイドロボットとか、マリオネット、ドールという物を知らないわけではなかった。
 町で見かけることも多い。今では町を歩く二割方はロボットだろう。たぶん。
 話題に登ることも多いと思う。
 雑誌掲載イラストの打ち合わせに良く使うファミリーレストラン。
 隣の席の会話に耳を澄ませば、たいていはロボットの話題だった。
 「家のは…」とか「新型の…」で始まる話題は、ほとんどの場合、自慢話に終わる。
 車のようなものなんだな、と聞き流すのが常だった。あまり興味は湧かなかった。
 それまでに僕がロボットに触れたのは、ただ一度だけだったと思う。
 祖母が寝たきりになってから亡くなるまでの三カ月間のこと。
 母が家事と仕事を両立できずに、レンタルしたことがあった。
 やって来たのは緑髪の背の低い、無表情なロボットだった。
 初め面白がった僕は色々と話しかけたが、彼女は祖母の面倒を優先しているらしく、
 あまり僕の相手をしてくれなかった。
 看病に一生懸命、とでも言うのだろうか?
 彼女は三カ月間、祖母の相手をし、面倒を看た。
 用のない時でも祖母の傍らに着き、話し相手になっているようだった。
 僕は、表情の無いそのロボットの、小さな背中しか覚えていない。
 祖母が亡くなり、通夜が終わって次の日、ロボットは返却された。
 玄関で深く頭を下げ、彼女はレンタル会社へ帰っていった。
 僕がロボットについて覚えているのは、このくらいだ。
 人間の姿をした、道具。それが僕の認識だった。

 だから、メイドロボットを雇おうと決めて情報を集め始めた時には仰天した。
 ランダムに選んで買った数冊の専門誌。表紙はアイドルのバストアップと思いきや、
 それはカスタマイズされたロボットの写真だった。
 僕の知るロボットとは比べ物にならない豊かな表情、肌の質感。よくよく見れば、
 不必要に大きい髪飾り、奇抜な色の瞳など、見分ける要素は十分にあったと思う。
 しかし、これはもう、僕から見れば人間そのもののエクステリアだった。
 頁をめくると、見開きの大手メーカーの広告が延々と続く。
 僕のような素人には理解不能な記事群のあと、巻末に部品メーカーや改造メーカーの
 雑多な広告が続いている。多いのは、「もっと表情を!」というタタキ文句だった。
 そんな文字の下に、宝石のような電子部品の細々とした写真が並んでいる。白黒印刷
 では良くわからないが、きっと本物は美しいのだろう。こういう人目に触れない製品
 は、アクティブにデザインされない代わりに機能美を纏うのである。いつか何かのモ
 チーフになるかもしれない、と僕は頁に折り目を付けた。
 そんな読書(鑑賞?)を続けて、一時間。
 僕は一番重要な事を思い出し、巻頭広告に戻る。そこには、大手各社の代表モデルが
 並んでいる。頁の下の方の、テキストが密集している所を注意深く見た。
 何行かの数字の羅列、その一番下の行の数字。

    本体価格:\3,500,000
    基本備品:\  280,000

 これは普及製品らしい。上の行には、もっと大きな数字もある。別段、高いとも安い
 とも思えない。というか僕には相場がわからなかった。頭の中で銀行残高を確認。
 一括払いで、十分購入できる貯えがあった。フリーでもかなりコンスタントに依頼は
 来ている。生活に困らないどころか、独り暮らしなので裕福な方……なのだと思う。
 使わないので貯まるばかり、というのは嬉しい環境なのか、哀しいのか?
 買えないことはない、という財政状態だった。
 別にレンタルでも構わないのだろうが、珍しく僕は購買欲に押され始めていた。

 僕は光沙という少し離れた町に行くことにした。専門月刊誌の巻末広告の住所を辿っ
 たのだ。そのほとんどに「光沙」という地名があった。鈍行で三駅、そこから特急で
 二駅、各駅停車で五駅の所に、その街はあった。
 第一印象は、なんと形容したら良いかわからない街だった。
 表通りのほとんどの店が大手メーカーのショールームになっている。
 車のショールームのような間取りに、たくさんのテーブルと、椅子。
 そして、ロボット。そこには確かにロボットが居た。
 商談中の者、飲み物を配る者、客の子供をあやす者。
 そのうちの一体と窓越しに目が合った。
 自然な微笑みに、思わずこちらも会釈してしまう。
 なるほど、これなら立ち寄ってしまうわけだ、などと納得していると。
 ……視野の片隅に、奇妙な町並みが映った。
 大通りの反対側である。そこにもたくさんの店舗が立ち並んでいるが、こちらはショ
 ールームではなかった。いわゆる普通の商店街に見えた。ただ、明らかにこちら側と
 違う雰囲気があった。
 そこを歩いているのはロボットばかりだったのだ。いや、たぶん人間もいるだろう。
 しかし、耳カバー等の様々な装飾品を着けたロボットが多く、人間は目立たない。
 見つけたとしても、ロボットと二人連れだったりする。
 異世界を見つけたような気分だった。そして、僕の足は自然にそちらへ向いていた。
 横断歩道を渡り、狭い小さな公園の前を過ぎると、その商店街に辿り着いた。
 近くで見ると、その店々は部品屋の集まりだった。
 あの専門誌で見たような宝石のような部品もあれば、メートル売りの配線まである。
 面積の狭い雑居ビルは、そのフロアフロアが異なる商店のようだ。
 その看板を立ち止まって見上げていると、歩いてきた人影にぶつかってしまった。

「失礼」

 ロボットだった。無愛想な感じ。
 でも悪いのは僕の方で、この街では立ち止まるなら、店に入った方が良いようだ。
 軽く会釈してから人の波に乗る。歩速を合わせると、周りを観察する余裕ができた。
 人間とロボット、人間同士、ロボット同士などなど。皆、立ち並ぶ店に目的の品を見
 つけては、品定めを始めている。
 ロボットばかりの街。不思議な街だった。
 部品街の端まで歩いたが、結局あったのは部品屋ばかりで、ロボットそのものを扱う
 店は皆無だった。やはりショールーム街へ戻ろう、と思いかけたときのこと。
 たたーっ、と少女が駆けてきた。
 長い青い髪の女の子。たぶん、ロボットだろう。くるりと振り返り、後を歩いてきた
 青年に微笑みかける。青年は紙袋一杯の荷物を持って、ゆっくりと歩いてくる。ロボ
 ットは駆け寄り、なかば強引にその袋の一つを奪って持った。重いらしく、二人の歩
 幅は同じくらいになる。二人が出てきたのは、大通りから分岐した路地からだった。
 とても店のあるような雰囲気ではないが、僕は覗き込んでみた。
 十メートルほど向こう側に樹脂製の箱が積み上がった一角がある。
 近寄ると、薄汚れた宅配用のコンテナだった。宛先欄には様々な企業名が消されては
 書き込まれている。そのコンテナでできた壁に、一人が通れるほどの隙間があった。
 覗くとドアがあり、「営業中」という手書きの札がかけられている。
 怪しげな雰囲気が、逆に僕を誘った。意を決してノブを捻り、ドアを開ける。
 狭い。通路は一本のみで、それが真っ直ぐに奥のレジまで伸びている。
 通路の両脇には天井まで届くラックが幾つも並べられており、それらの棚には商品ら
 しき物体が満載されていた。無印の箱や、裸で置かれている物まで。
 視線だけ動かして物色していると、レジにいた初老の男と目が合った。
 髪には白いものが混じっており、片目にのみ丸い眼鏡をかけている。
 パルプ誌に出てきそうな、いわゆる「怪しげな博士」といった風貌だった。
 店主…なのだろうか。じろりと僕を見ると、読んでいた雑誌に視線を戻してしまう。
 なんとなく無視された気分になり(抵抗の意も込めて)店に入り込んだ。
 店主は気にもせずに雑誌に見入っている。僕は知ったふうな態度で見物を始めた。
 商品の多くは、外見に何の変哲もない機械部品ばかりだった。
 雑誌で見たような美しい宝石のような部品は全く無い。
 だが、二つ目の棚に、僕を立ち止まらせる物があった。
 雑多な棚の奥、空を掴むかのように「腕」が置かれて、いや、立てられている。
 僕は直感した。これだけは他の品と違う。光沢感が無く、人間の肌に限りなく近い。
 手首の辺りにブレスレット状の飾りがあり、それを良く見るために僕はその「腕」を
 手に取った。意外に軽い。人間なら同じ容積の水と等しいが、機械の腕は見かけに寄
 らず軽いらしい。
 その時、手前の品がズルリ、と滑り始めた。あっ、という間に棚の端から落下する。
 けたたましい音が店内に鳴り響いた。店主がカウンタを飛び越えて駆け寄ってくる。
 僕には構わず、しゃがみ込んで、まず床に落ちた部品の数々を調べ始める。
 とても大切そうに、一つ一つ検分している。その様子に僕が感心していると。

「そんなに珍しいかい?」

 店主の胡散臭そうな台詞に、僕は我に帰った。

「見物なら表通りに行ってくれ。うちはそういう店じゃないんでね」

 思いっきり不満げなトーンだったが、僕は手にした商品を見つめて言った。

「これ・・・S.E.社の義手ですよね」

「あん?」

「なつかしいな。この飾りの部分、僕がデザインしたんですよ」

「なに?」

「この手首の所。中身は専門じゃないんで良くわからないんだが、たしか接合手術後に
 感度を調整する端末でしょう? 金属を露出させる必要があるけど目立たないデザイ
 ンで、って発注されたんだ」

 そう、これは十年くらい前の僕の初仕事だった。
 こんな所で、自分の手がけた製品に出会えるとは思わなかった。
 現在は義手なんて滅多に使わない。組織培養で殆どの欠損は修復できるからだ。

「・・・ほう」

 顎の無精髭をこすりながら、店主が僕を見つめた。

「それの素性を言い当てたのは、あんたが初めてだよ。
 マリオネットの腕パーツだと思って買おうとするヤツが多いんだ。
 で、接続部を見てビックリするわけだ。こんな規格あるんですか? ってね。
 そういう余興のために置いておいたんだが……」

 それから僕たちは話し込んだ。いわゆる職人同士の近親感というやつ。
 僕のような外装専門のデザイナー職があることを知らなかったらしく、
 店主の質問は多岐に渡り、僕の初心者的質問にも丁寧に答えてくれた。

「この光沙は内燃型の街なんだよ。街中から香ばしい燃料の香りがするだろう?
 内燃型は自作ユーザーが多いから、大手の工場跡にこういう街ができたんだ。
 電力型の街ってのもあるが、そっちは来須川製が中心だ。
 電力型は来須川がパテントの殆どを抑えているんでね」

「ロボットにも種類があるんですか?!」

 単純に驚いた。自力で選ぶにも基礎知識が必要らしい。

「何を食うかの違いだよ。
 メイドロボってのは来須川の商標なんだが、これは電気を食う。
 マリオネットは燃料だ。さつまいもから抽出したアルコールを主成分にしている。
 あとは外資系の亜流があってな。S.E.社のシンシアってのはメシを食うんだ。
 しかも見せかけじゃ無い。糖分をバイオ素子で分解して、ある程度エネルギー化する
 らしい。蚊にも食われる。昔で言えば『未来の世界のネコ型ロボット』だな。
 まあ色々あるんだが、どれにせよ、買うんなら急いだほうがいいぞ。
 例の法律が制定される前にな」

「え?」

「なんだ、それも知らないのか。
 ……まあ、表立って報道されてないんだが、マニアの間じゃこの噂で持ちきりだよ。
 ある程度精神的に育ったロボットに、人権みたいな物が与えられるんだと。
 その登録をされたロボットは、主人を選べるんだそうだ。
 もうすぐ、自由に買ったりできなくなるんじゃないか?」

「ちょっと待ってくれ」

 笑う店主に、僕は横槍を入れる。

「ロボットに、精神がある?」

 そのとき店主は、驚いた顔で僕に言ったのだ。

「ああ? 何言ってんだ、あんた? あるに決まってんだろ、そんなの」

 ……どうやら僕は、今まで知らなかった世界に足を踏み入れたに違いない。

「しかし、な」

 店主はため息をついてから、視線を外した。

「どんなに優れたAIを書いてもだな、造られたままではモノに過ぎないんだな」

 言いながら、レジの脇に埋もれていた名刺状の板をつまみ上げ、僕に差し出した。
 紫水晶のような半透明の基板。基板は厚みがあり、良く見ると八枚積層されている。
 基板上には直径二センチ程度の丸い鏡のような部品が一枚乗っていた。
 鏡から放射状に伸びる幾線もの配線パターンが、鏡の周囲に正方形に並ぶ六角形の部
 品に吸い込まれていく。

「それがロボットの脳味噌だよ」

「ええっ?!」

 落としそうになったそれを、慌てて持ち直す。笑いながら店主は続けた。

「いや、正確にはそれはまだ脳とは言えないか…。それはROM焼きされた演算部分と
 ロボットの本能が読み書きされる光記憶素子だけだからな。それの周囲に個体用の記
 憶素子が付属して、はじめてAIとして機能するんだ」

 店主は僕の手からチップを取り戻し、蛍光灯の明かりに透かした。

「AIの中身を覗いたことがあるかい?
 扱われるデータは膨大だが、その基幹部は単純なものなんだ。
 これで良く人間らしさが表せるもんだと感心するよ。
 膨大なデータの海に浮かぶ、自分。それがAIの精神の基底状態だな。
 きっとな、産まれたばかりのAIは赤ん坊以下なんだよ。それが学習していくことで
 ある日突然、魔法がかかるんだ」

「魔法?」

「ああ。その魔法にかかったロボットは、何かが違う。俺にはわかる。
 歩き方ひとつ見ても何かが違うんだ。何というか、自分を持っているというか……
 話してみると違いは明らかだ。『そこに居る』という空気が在るんだな」

 なんとなく、僕には理解できるような気がした。
 僕が依頼された対象を前にしたとき。
 『それが在る』と自己主張しているような感覚を受けるときがある。
 僕が描くのは、持ち主に強く想われた品ばかりだ。
 その想いが画家の端くれである僕に何かを訴えている、そう思うようにしている。
 実際、街で全く同じ品(車なり、宝石なり)を見ても、その感覚は強くない。
 この店主は、その感覚を感じ取っているのではあるまいか?

「その品に込められた愛着が匂ってくる、って感じじゃないですか?」

 少し考え込んでから、店主は首を振った。

「いや、違う。あんたの言いたいことはわかる。それとは違うな。
 俺がロボットから感じるのは、刻まれた愛着だけじゃないんだ。
 人間に付帯されるだけじゃない、何か。ロボット自身が発言しているような……
 ええい、うまく説明できん!」

 首を振って、こつこつと額を叩く。そのまま片手で額を掴み、数秒後、

「そうだな……視線だろうか? 外界を捉えようとする、意欲のようなモノ。
 それの有る無しが見えているような気がするな。
 ロールアウトしたばかりのロボットにはそれが無いような気がする。
 きっと、生まれたてのAIが認識するのは、自分と自分以外の違いだけなんだろう。
 Iとotherだけなんだ。Youって概念が無いんだ。
 otherに対して、”自分だったら”を投影できないんだ」

 店主はそれだけ言って、僕を見た。意見を求められているようだが、反応できない。
 僕にとっては、まだ理解できない概念だった。
 ロボットとはいえ、物には違いない。それが意欲を持っている、等と言われても、
 当時の僕には夢のような世界だった。
 静寂を嫌ったのか、店主は話題を変えた。

「とにかく、起きたばかりのロボットってのは、本当に愛想がない。
 それが変わっていくのが面白いんだが……そうだ。良い例をお見せしようか」
 
 店主は言いながら立ち上がり、レジの奥の方を振り返って叫んだ。

「おーい、ちょっと! 店の方を手伝ってくれないかー?!」

 とんとん、という階段を降りる音が近づいてくる。
 レジの奥の暖簾をくぐって現れたのは、場違いな服装に身を包んだロボットだった。
 いわゆるメイド服。ワンピースは紺、エプロンは当然、白。
 受けを狙ったデザインではなく、裾が長いタイプ。カチューシャは着けていない。
 緑…いや、ビリジアンのショートカットに青い瞳、銀色の耳カバー。
 背丈は低くはない。僕より頭一つ分低いくらいだろうか。
 そして無表情。若干冷たい感じを受けるが、人間で言えば理知的な顔だ。

「お呼びですか?」

 ロボットが、無表情のまま店主を見つめて尋ねた。
 店主はそれには応えずに、僕を振り返って親指でそれを指しながら尋ねた。

「あんた、こいつをどう思う?」

「どうって……ロボットらしいロボットですね。
 これ……いや、彼女は?」

 言い直した僕を、彼はニヤリと笑った。

「来須川電工HMX−16、通称エリスタイプ。かの七研、藤田チームが設計した型だ。
 記念すべき、光AIチップを世界で初めて採用した機体でな。
 従来のソリッドステートのノウハウが使えなくて、開発陣は七転八倒だったそうだ。
 もっとも、今の御時世じゃ、光チップなんて珍しくもないが。
 しかもこいつはXだ」

「Xって?」

「HMXっていうのは試作型なんだよ。開発者の藤田ってヤツが、退職金代わりに試験
 の終わったコイツを下取ってたんだが、数年前に死んじまってな。
 遺言で、借金の代わりに、って預けられちまった。
 まあ、同じロボ業のヤツに預ければ安心ってわけなんだろう。
 勝手なヤツだよ、まったく」

 そう言いながらも店主は微笑んでいた。

「しかも厄介な注文をつけていった。
 こいつは良く出来た娘なんで、今は眠らせたままにしておいてくれ。
 将来必ず、俺の親友がロボットの行動権利を認める法規を整えるはずだから、
 その兆しが見え始めたら、起こしてやってくれ、ってね。
 で、最近そのニュースが盛んになってきたんで、先週初めて起動したんだ」

「で、どんなトラブルが?」

「あん?」

「しまってあった、ってことは何か問題があるんでしょう?」

 店主は苦笑しながら、

「不具合じゃないんだが……この型の特長は『気配り』なんだ」

「気配り?」

「そう。先を読むんだ、人間の。あらゆるデータを分析して。
 推論シーケンスが神憑りでね。
 学習が進むと、黙ってても今夜食べたい物が夕食に現れる。
 便利便利と喜んで使っていると、人間が自覚しない要求まで叶えようとする。
 そりゃ、黙れと言えば黙る。ロボットだからな。だが、逆に不気味だろう?
 使用者が気づかない細かいところまで知り尽くして黙っている機械なんて。
 藤田自身も恐いと言ってた。笑いながらな」

「販売されたんでしょう?」

「量産型は少し制約を加えたそうだ。それでも消費者からの苦情は来たらしいな。
 お節介すぎる、って。だから生産数が少なくて、レアだ。
 来須川初の赤字ロボットだったそうだ。
 ただ、推論を必要とされる特殊職には引っ張りダコらしい。
 小説家とか、探偵業に使っているヤツもいるとかな」

「でも、機械じゃないか。そんなに気を使うことはないだろうけど……」

「こいつらも、そう望んでるよ。私たちをうまく使って下さい、って。
 ……待てよ、そうか。 ふーむ………」

 そう言って店主は、顎をさすりながらロボットを見た。それから僕を見て、

「あんたは、なぜロボットが欲しいんだい?」

 ためらわずに、僕は正直に答えた。

「いわゆる健康的な食生活、ってのをしたいんだ。
 睡眠時間とか、そういった生活管理も任せられるロボットが欲しい」

「ただそれだけ?」

「他に何か?」

「夜のお供とか」

 びっくりする。噂には聞いていたが、本当にそんな機能もあるのか?
 が、僕は不機嫌そうな顔をしていたらしい。
 店主が両手の平を振ってなだめようとしている。

「冗談だよ。そういう理由で買う客は多いんだ。二号さん向けだからな、ロボットは。
 初めはそうでなくても、情が移って、という例もあるが。
 あいにくというか、幸いというか、こいつにはそういう機能は無い。
 もっとも、噂ではエリスタイプの改造型で風俗を営んでるヤツもいるらしいが」

 それからロボットの方を向いて、

「なあ、おまえさんはこの方をどう思う?」

 なんと、ロボットに僕の印象を尋ねている。
 ロボットは僕を見つめ、その瞳でじっくりと観察し始めた。
 検分されているようで奇妙な気分になる。負けるものか、と見返すと視線が合った。
 相変わらず、表情は無い。古い型というのは本当のようだ。
 今のモデルならこんな時は大抵、微笑むだろうから。
 数十秒間の観察の後、ロボットが言った。

「失礼ですが……栄養バランス過多の傾向があります」

 第一声がこれだった。たしかに退院してからまだ三日しか経っていない。
 顔色などで推察したのだろうか。
 驚く僕に構わず、ロボットは続けた。

「お望みの用途を考察させて頂きますと、新型のロボットの方が適しております。
 例えばHM−20のスタンダードモデルでしたら、350万円で栄養士相当の機能が
 デフォルトで完備されております。私の場合は学習の必要がありますので、数週間の
 調整が必要となり、お客様のご希望に即日に対応することは叶いません」

 僕は眉をひそめて、主人を振り返る。
 にやにや笑ってる。

「気づいたかい?」

 店主の言いたいことが理解でき、僕は頷いた。
 たぶん、店主はこのロボットを僕に売りつけようとしている。
 このロボットは、そのことを認識しているのだろう。
 そして、僕がなるべく早くロボットを購入したい旨をも理解して、そのうえで自分が
 適さないとまで発言したのだ。

「余計なお世話、だろ? そんな感じなんだよ、他のロボットと少し違うんだ。
 藤田は彼女の擬似思考を自己成長に任せていたらしい。
 ……悪く言えば放任主義ってとこか。とは言っても、実働一年未満らしいが。
 興味深いんで、初期化しないで店を手伝ってもらうことにしたんだ。
 このままどこまで行くんだろう、ってね。
 ただ、この光沙で電力型ってのも合わないから、困ってたんだが……」

 さらにニヤけた表情になり、わざとらしく両手を擦りながら店主が言った。

「と言うわけで、安くしとくよ、お客さん」



 ……で、結局、僕は即決した。
 その日初めてじっくりと見たロボットだったから、というのも決断の理由だろう。
 キャッシュで250万という要求には参ったが。こういう店には現金が必要らしい。
 うまく言いくるめられて中古品を押しつけられた…そう感じないこともなかったが、
 市価より安いのは魅力だった。HM−16扱いの来須川の保証書も見せられたし、
 問題は無いようだった。何より、ロボットらしいのが気に入った。

 次の日の昼過ぎ。
 キャンバスに向かっていると、ノックの音がした。名字を呼ばれている。
 ドアを開くと、昨日のロボットが立っていた。一人で。
 なんと、一人でやってきたらしい。服装はいわゆる普段着だった。

「マスター、昨日ご購入頂きましたHMX−16エリスと申します。
 御住居にお邪魔してよろしいでしょうか?」

 雇用者登録は店主が済ませたらしい。
 うん、と頷く僕に小さく会釈して、ロボットは玄関に入り、靴を脱ぎ、

「失礼します」

 と、部屋に入ってきた。
 入ってきたが、その場で立ち尽くしている。
 何をどう話したらわからないので、とりあえずコタツを指差して、座るよう薦めた。
 向かい合って、僕も座る。
 会話がない。かと言って、気を使うこともない。
 そのような気まずい空気を僕は感じなかった。
 このロボット自身が空気に溶け込んでいるような、そんな感覚。
 TVの音声だけが部屋に木霊している。僕一人でTVを見ている時と変わらない。
 ロボットの方は首だけ動かして、部屋のあちこちを見回していた。
 これまた検分されているような気分だったが、突然、僕を見つめ、

「これから、よろしくお願い致します」

 と言った。ついつい、頭を下げてしまう、僕。
 そんな僕に微笑むでもなく、ロボットは立ち上がり台所へ向かった。

「お食事の仕度をしてよろしいでしょうか?」

 こくこく、と頷くとロボットは台所に向かった。
 たしかに既に主人の購入理由を知っているわけで、この提案に驚く必要はなかったが
 それでも自発的に提案するという点に、僕は感心した。
 ごく自然にロボットは冷蔵庫の前にしゃがみ、その中を覗き込んで眉をひそめた。

「食材がほとんどありません」

 あるのはミネラルウォーターと、ジュース、ビール。食パンが半斤とマーガリン。
 冷凍庫を開ければ冷凍食品があるはずだが、きっと食材とは認められないだろう。
 ロボットは台所の片隅の即席ラーメンのダンボール箱を観察し、立ち上がった。

「買い物に関しての設定は、いかが致しましょうか?」

「ロボットの買物用の口座を作る気はないんだ。現金を渡すよ。
 いくらぐらい必要かな?」

 視線を外してほんの少し考え、一万円と答えた。
 ええっ、と僕は額を確認し直した。

「調理器具がほとんどありませんので、最低限必要な物も買おうと思いますが、
 許可して頂けませんか?」

 なるほど、確かに家には調理器具が皆無だった。
 僕は現金を渡す代わりに、買い物に着いていくことに決めた。
 心配というのではなく、興味があったのだ。
 すぐに仕度をし、玄関に鍵をかけながら、ひとつ気になることがあった。

「電気とか、その、エネルギーは大丈夫なのか?」

「昨日、業者に主骨格内のポリマー二次電池を全て交換して頂きました。
 それと、現在の残電力は60パーセントです。
 単純な演算と歩行だけでしたら、12時間の駆動が可能です」

 バッテリーは消耗品と聞いていた。
 つまりこれで記憶以外は新品同様というわけなのだろう。
 そう、僕は記憶の初期化を頼まなかった。
 なんとなくイヤな気分になったのだ。自分だったらどんな気がするだろう、と。


 一人きりでない買い物というのは久しぶりだった。
 しかも(見た目は)女性連れとなると、馴染みの店員も黙ってはいない。
 調理器具を探したホームセンターでは(普段行かないこともあって)穏便に済んだが、
 酒屋やマーケットでは冷やかされた。
 もちろん、彼女は耳カバーを着けていて、一目でロボットとわかる。
 それでも、僕たちは声をかけられた。ロボットが珍しいわけではない。
 僕がロボットを連れていることが珍しかったのだろう。
 夕暮れの商店街、気をつけて見ればロボット連れの客は多かった。
 ロボット一人で買い物、というケースより多いような気がする。
 たいていは主婦とロボットのペア。楽しそうに話し合いながら買い物を進めている。
 会話に耳を澄ませば、他愛のない雑談だった。

 案外、人がロボットに求めていたのはこんな他愛のない機能だったのかもしれない。

 そんなことを考えながら、スーパーのレジの出口で彼女を待つ。
 買い物はこの店が最後で、彼女は生鮮食料品を物色している。
 僕の両手には調理器具が満載だ。 持とう、と提案したら素直に手渡された。
 「そんなことは…」とか言うと思ったのだが、作業効率優先というわけなのだろう。

「お待たせしました」

 彼女の荷物は意外に少なかった。まあ、一人分の食材ならこんなものだろう。
 僕は片手分の荷物を手渡し、並んでスーパーを出る。

「あらあら、おとなりの!」

 出たところで呼び止められた。
 聞き慣れた声に振り向くと、入院の時に世話になった隣のおばさんだった。
 家族構成は、たしか旦那さんと二人暮らし。ときどき子供夫婦が遊びに来ていた。

「あらぁ、隠し妻?」

 いきなり失礼なことを言う。
 言いながら僕の隣の彼女を見つめた。足元からじっくりと。
 顔の所まで視線が昇り、耳カバーで止まる。事態を把握したようだ。

「ロボットな方?」

 頷く僕。そして彼女。
 そのまま彼女は深々と礼をして、

「このたび、お隣にやってまいりました、来須川電工HM−16エリスと申します。
 よろしくお願い致します」

「礼儀正しい奥さんねぇ」

 ……把握していなかった。

「こちらこそ、よろしくお願いしますわ。
 じゃあ、わたしは主人を迎えに行きますので」

 駅の方を指差して、おばさんは去っていった。にこにこと微笑みながら。
 僕はため息を一つ。きっと、アパート中に誤った噂が流れることだろう。
 そんな苦笑し続ける僕を見て、彼女は言ったものだ。

「店の場所は全て記憶致しましたから、次回からは一人で参りましょうか?」

 うん、と頷いた時に僕は気づいた。

「エリス?」

「はい」

「いや、君の名前……」

 たしか今、彼女は自己紹介した。エリス、と。

「開発時の名称をそのまま取って”エリス”と名付けられておりました。
 お気に入りの名称があれば、再登録致しますが?」

「いや。いいよ、そのままで」

 記憶を初期化しなかったから、前のユーザーのつけた名称が残っているのだろう。
 前のユーザーは開発者だったと聞いた。
 もしかすると、この名がそのまま商品名になったのかもしれない。
 いずれにせよ、僕は名前を呼ぶことは少ないだろう、と思った。
 「おい」とか「ちょっと」とか呼ぶことになるだろう。
 だから、名前をつけるという行為に、特に興味はなかった。

 初めての夕飯は、たしかナポリタンだったと思う。
 少々火を入れすぎたせいか、固かった記憶がある。
 謝る彼女がなぜか痛々しくて、全部たいらげた。
 実働一年に満たない子供なのだ。仕方がないと思った。
 しかし彼女は子供ではなかった。ロボットだった。
 パスタ系の料理を失敗することは、それ以来一度もなかった。
 人間とは違うことを、僕は思い知らされていた。
 週に二度、彼女は近所のスーパーに買い出しに出かける。
 多彩に、かつ安価に食材を選び、飽きさせない献立を用意してくれる。
 有能な栄養士。
 それこそが、かつての僕が彼女に望んだ機能の全てだった。