アイズ・オブ・チャイルド 投稿者:AE
「アイズ・オブ・チャイルド」                    by AE
                        1998.12.(ぜったい)25
                                (ほんとは)27






   20××年 12月25日
   16:15
   快晴。全システム異常無し。

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「浩之ちゃん、早く早く!」

   寒いと元気になるのは、属性のためだろう。
   浩之はしょうがねえなあ、などとボヤきながらポケットに突っ込んだ両手を抜き出した。
   拳を軽く握り、五十メートルほど先を早歩きする神岸あかりに向けて、走る。
   昨夜はクリスマス・イブ。
   浩之は腰を痛めていた。
   太陽が黄色く見える理由は、夕暮れだからというだけではないだろう、きっと。
   なぜなら、一昨日からマルチが研究所に帰っていたから。
   二人きりで迎えたイブは壮絶だったから。

「でもねえ、こんな近くにこんな場所が在るなんて知らなかったな」

   にこにこしながら、あかりが元気に言った。
   おう、と浩之はうなずきながらも、「女って凄いなあ」等と思うのだった。

   ちなみに・・・こんな場所、というのは来栖川中央研究所のことだ。
   前に通っていた高校の近くの停留所から、バスに揺られること二十分。
   緑に囲まれた研究所が、途方も無い面積を占拠している。
   マルチのメンテに付き合った事のある浩之と違い、あかりにとっては全てが新しい未探査区域。
   もっとも、つい半年前までは浩之もどういう所かは知らなかった。
   在る、という事はマルチから聞いて知っていたのだが。

   バスの終点から塀に沿って歩くと、ゆるやかなカーブの向こうから正門が見えてくる。
   いつもの厳粛な感じはどこへやら。
   明らかに不釣り合いな手作りの看板が、十六tトラックがすれ違える正門の上に祭られている。
   ベニヤの継ぎ合わせによるアーチ、その渡しの部分に大きく、

『20××年度 来栖川中央研究所 大クリスマスパーティー』

   20××の所だけ、貼り紙。 どうやら毎年流用しているらしい。

「浩之さーん! あかりさーん!」

   声のした方に向き直ると、門のすぐ向こう側、HMX−12マルチが両手を大きく振っていた。
   HMX−13セリオも一緒だ。こちらはお辞儀をしている。
   人間二人は吹き出してしまった。

   メイドロボたちは割烹着姿だったから。

   で、そのままマルチは駆けて来る。
   「ひーろーゆーきーさーーん!」と駆けて来る。
   疲れを忘れて、浩之は笑い転げた。

「・・・見事だ、マルチ」

   ここまで俺のツボに入るとは!
   ロボコン100点!! と叫びたくなった。

「セリオちゃん、すっごく似合ってると思う」
「ありがとうございます(ぺこり)」

   あかりは本気でそう思っていた。

「しかし、何だよその格好? 仮装パーティーか何かか?」

   セリオが淡々と答える。

「今年からは簡単な食事も用意して、周辺住民の方々に日頃の御迷惑を詫びるのだそうです。
 そのために必要な装備です。 すでに数百人分のオードブルを調理致しました」

   あまりこの付近には住みたくないな、と二人は密かに将来計画を建て直した。

   待てよ、ということは・・・

「南テーブルはまかせたわ! 肉よ、肉!」
「がってんだ!」

   四人の脇を忍者部隊な姉弟が通り過ぎたような気がしたが・・・
   ・・・気のせいだろう、きっと。

        ・

        ・

        ・

        ・

   セリオが守衛に挨拶をし、浩之とあかりは所内へ入ることができた。
   聞けば、一般解放は催し物が始まる時刻からなのだそうだ。

「開幕まで時間がありますから、所内を案内致しましょうか?」

   一般開場前の閑散とした雰囲気。
   正門をくぐって中央広場に向かっている時に、セリオが申し出た。

「あ、嬉しい。 ・・・でもお料理の方は大丈夫なの?」

「妹たちが頑張ってくれましたから、ほとんど終わりましたー」

   マルチはとても嬉しそうだ。
   妹たちと働けた事がよほど嬉しかったらしい。
   普及しつつあるとはいっても、メイドロボはまだまだ高価。
   街中で二体が偶然出くわす確率はそんなに高くない。
   しかし、ここには出荷直前のHMシリーズが大勢居るのだ。
   マルチ、そして表情には出にくいセリオも、きっとここが一番心地好い場所なのだろう。

「わたし初めてだし、ちょっと見学させてもらおうかな・・・」

   あかりは辺りを見回しながら浩之をチラリ。
   ああ、と浩之がうなずくと、嬉しそうにセリオの腕を取った。

「楽しみだなー、研究所っていろんなモノがあるんでしょ?
 巨大ロボが沈めてあるプールとか、秘密な戦闘機とか、滝の裏側の秘密基地とか・・・」

   額を押さえた浩之だったが、

「それでは御案内致します。御期待に沿えればよろしいのですが・・・」

   というセリオのセリフに少し恐くなった。

「例えば、さりげなく置かれているあのゴミ箱にも、スゴイ秘密が隠されてるんだよね?!」

   小走りで近づき、銀色のゴミ箱をぱんぱんと叩く。
   あかりは幼児退行まっしぐらだ。
   と、そのとき。

「ゴミ箱とは失敬なっ!!」

   叫んだゴミ箱が、あかりの手をハネのけた!
   ひっ、と驚いたあかりに向けて、腰の高さくらいのゴミ箱がズリ動いて来る。
   あかり、凝固。
   近寄ったゴミ箱は、四本の足ですっくと立ち上がり、円筒と直方体から成るボディを左右に揺らし始めた。

「あっ、おじいちゃん!」

   はい?

「お久しぶりです、教授」

   セリオがぺこりとおじぎをする。
   どうやら知り合いらしい。

「最近、姿をお見かけしませんでしたが。こんな所でなにをなさっていたのですか?」

「落ち葉を見ていた」

   見上げるようなジェスチャーで、銀色のボディが近くのイチョウの木を見る。

「万有引力の法則無しに重力のみで、この世の力学を説明しようと考えていたのじゃ」

   なんかスゴイことになっている。
   あかりやマルチはもちろんのこと、浩之まで固まってしまった。
   セリオはフムフムとうなずきながら無線の会話を始めたが・・・
   浩之の疑問の視線に気づいて、箱の隣に立った。

「紹介します。HMX−01ジェイムスン教授です。私たちの偉大な先駆者です。
 教授、こちらはかの有名な藤田・・・」
「おお、きみが藤田浩之君かね?!」

   教授は四本あるマニピュレータを同時に浩之に差し出した。
   どれが手なんだろう、などと躊躇していると、あかりが自分の側の二本を取って、握手。
   それに習って、浩之も握手をし、振った。

「お、俺って有名なんですか?」
「そりゃそうだとも!」

   マニピュレータの振られる速度が上がった。

「マルチ君との”あの夜”のコトは、我々HMXシリーズの中で誇らしい事象じゃよ。
 我々ロボットの永年の願いであった人間との交感、それを果たした勇者なのだから・・・」

   マルチがオーバーヒートした。
   そして、

「お、お嬢ちゃん、痛い痛い」
「あっ、ごめんなさい! ・・・・・・詳しく聞きたいなあ、浩之ちゃん」

   マニピュレータを離したあかりの手は、真実の標的に向けて伸ばし直された。
   倒れたマルチを支え、教授と握手している浩之は逃げる術がない!

「そ、そういえば、教授はHMXシリーズなんですか?
 随分違って見えますね。HM−01ってのは箱型のメイドロボの事でしょう?
 なんか、何と言うか・・・」

   身の危険を感じての話題転換だったが、事実、浩之は疑問を感じていたのだった。
   浩之は御近所の箱型の風貌を思い浮かべて、首をひねる。
   ・・・彼に比べると、この”教授”は随分と違う印象を受ける。

「言葉が流暢なのは、製作者のおかけじゃよ。
 最新の言語発現エンジンをインストールされているのだ。
 しかし、基本的な思考アルゴリズム、すなわち、中身は変わっておらん」

   コホン、と咳払いまでやってのけた教授は、空を仰ぎ見るように円筒型の上体を反らした。

「HM−11の歩行シーケンス、セリオやマルチに搭載された言語エンジン等々・・・
 このボディにフィードバックできる機能は全て、後から順々に付加されたものだ。
 ある研究者がヒマつぶしと言いながら、部門費扱いで改良していったのだ」

「凄い人ですね」

「ああ。立派な研究員じゃった・・・」

   しーん。

   一番星がキラリ、と光る。
   荘厳な雰囲気の中、一同は同じ空を見上げて黙祷を捧げた。


「まだ生きてます」


「「わっ?!」」

   振り向いた位置に立っていたのは、やはり長瀬主任だった。

「勝手に殺さんでください、教授」

   眉をひそめて長瀬主任が言った。

「研究員の長瀬源五郎はもう居ない。今は管理職の一歩手前ではないか」

「またそんな皮肉を。私のモットーは初心忘るべからず、ですよ。
 さあさあ、そろそろ撤退しないと子供達に落書きされますよ」

「それは困る。人間の子供というのは苦手だ。またイヤな日が来たのだな」

   ぶつぶつ言いながら教授は巧みな動作で逃げ去った。
   どうやら毎年遊ばれてしまうらしい。
   そんな教授を見送りながら、長瀬主任が捕捉説明。

「とか何とか言いながら好きなんですよ、子供が。
 ・・・藤田君、よく来てくれたね。昨夜はマルチを手伝わせてくれてありがとう。
 そちらのお嬢さんが・・・?」

   はい、とうなずいたあかりは、背筋を伸ばしてから会釈した。

「神岸あかり、と申します。いつも浩之ちゃ・・・浩之さんがお世話になってます」

   浩之 ”さん” ?!
   浩之はとてつもなく恥ずかしくなった!

「ああ、あかりさん。マルチがいつもお世話になってます。このあいだもこの子が・・・」

   微笑んで浩之の腕の中のマルチを見る。意識はまだ、無い。

「メンテナンスの時に何度も何度も言うんですよ。
 あかりさんは料理の先生だ、世界一の奥様だ、なんて・・・」

   今度はあかりが真っ赤になった。

「えっ、あっ、あのう・・・
 奥様だなんてそんなまだわたしたちそういう仲ですけど指輪ももらっちゃったけど
 でも決していい奥さんになれるだろうなあなんて思わないわけじゃないんですが、
 あっわたしもマルチちゃんを手伝っていいですか?!
 まだ人手が足りないみたいだしお祭り始まらないみたいだし・・・」

   グルグル目のマルチの片腕を握り締め、あかりは常人を越える速度でダッシュ。
   風がそれを追う。
   林の中、新しい獣(けもの)道が完成した。

「あ、右手の本館で綾香君たちが準備を・・・」

   はーい、と言う声と共に、遠方から風を切る音が聞こえてきた。
   多角形コーナーリングを仕掛けたらしい。

「あの・・・彼女、陸上の選手かなにか?」
「いえ、ときどき人を越えるんです。いつもの事です」

   ははは、と力無く笑う浩之に長瀬主任は少し同情してしまった。

「長瀬主任、そろそろリハーサルの時間ですが」

   やはりマイペースなセリオが腕時計を見るジェスチャーで言った。
    (↑本当は体内クロックを参照しているのだろうが)。
   割烹着姿でかしこまるセリオはとてもシュールだ。

「ああ、もうそんな時間か・・・。
 藤田君、私たちは催し物の準備があるんだが、君はどうする?」

「うーん。マルチとあかりは、ああなると料理の鬼になりますからね。
 邪魔をしちゃマズいし、そこらをふらついてますよ」

「そうか。それなら18:00になったらステージまで来るといい。
 それまでは・・・そうだ、新しくウチが作った展示場があるんだ。
 混まないうちに見て来るといい。時間をつぶせるはずだよ」

「へえ・・・。なんか凄そうですね」

   にっこり笑った長瀬主任は「あっちだよ」と言いながらセリオと共に本館の方に去って行った。
   取り残された浩之は、昨夜の疲れを少しでも癒そうと、独りになれる場所に向かった。
   そこでふと、目の下のクマをこすりながら、

「もしかして、見抜かれてたかなあ」

   などと思うのだった。

        ・

        ・

        ・

        ・

   実際、そこは凄い場所だった。
   「HALL of FAME in HMX 」と名付けられた展示建屋。
   その名の通り、今までの全てのHMXシリーズと、その開発技術が紹介されていた。
   副産物としての製品も多数存在する。
   来栖川メディカルの義手・義足、来栖川ソフトウェアの擬似思考アプリケーション等々・・・・・・。
   大学で精密機械工学を学び始めた浩之にとって、技術的にも興味深い場所だった。   疲れを忘れて、見入ってしまった。
   だから、初の二足歩行商品HMX−09の所に来たときに初めて気が付いたのだ。
   あれ、と浩之は立ち止まる。

   HMX−01や12や13は現実に稼動して、外で生活しているではないか。
   ならば、ここで展示されているのは・・・?

   ・・・その疑問はパネルの協賛出資の欄を見た瞬間、解凍した。
   「通産省」「NEDO」・・・
   なるほど、と浩之はうなずいた。
   お国が関わっているとなると、タテマエが必要なわけだ。
   停止した国家プロジェクトは、停止した証しが必要になる。
   たとえ、出資の担当者たちが真実を知っていたとしても、書類上は印鑑が必要なのだ。
   ここはそういう場所でもあるらしい。
   高官を招いて説明するわけだ。これらの人形を前にして「とても優秀なロボットでした」とか何とか。
   研究員の苦労を垣間見たような気がして、浩之は身を引き締めた。

   浩之は、ロボットの技術者になりたかった。
   それも非合法の。
   秋葉などで流行り始めた、「あなたのHMに表情を!」とか「夜のお共を!」みたいなアレだ。
   マルチのような人間らしいロボットが公けに認められていない現実。
   一般販売のHM−12に表情が与えられていないのは、政府の圧力だと聞いている。
   ならば、自分は非合法でそういうロボットを作って行こう、マルチの仲間を増やしてやろう、そう思っていた。

   しかし。

   この研究所の人間はもっと上を行っている。
   ペーパー仕事の騙し方を心得ているのだ。
   つまり、ケンカを売っているのだ。お役所に。
   浩之は楽しくなった。
   自分の位置が、道が、目標が定まったような気がした。


   そのまま歩いていくと、予想していたとおりの場所に着く。
   『HMX−12 マルチ』
   『HMX−13 セリオ』
   そこには高校の制服を着たマルチとセリオが立っていた。
   二人とも腰の前で両手を合わせ、目を閉じて。
   背後には内装の1/1三面図が印刷されたパネルが立ててある。
   骨格の中にほとんどの機能を有するHMX−12,13のインテリアは意外に細身だった。
   この上にシリコン樹脂製の人工皮膚が厚ぼったく塗布される。
   頭部の骨格は・・・予想していたグロテスクな感は全く無く、むしろ、滑稽だった。
   マンガか何かのようだ。きっと子供にはウケるのではないだろうか。

   そのとき浩之は、HMX−12のパネルの右下隅に妙なモノを見つけた。
   なにかが貼ってある。

「あ・・・」

   小さな小さな一枚の写真。
   ネコプリだった。
   にっこり笑う浩之と、かしこまったマルチ。
   そういえば、マルチに大事にしていた八枚のうち、一枚無くなっていたことに気づいた。
   きっと、「”わたし”が寂しくないように」なんて言いながら貼ったのだろう。
   自分の身代わりの人形のために。
   きっとこの展示されているHMには”中身”は入っているまい。
   それでも浩之は、自分でも気付かないうちに言葉を漏らしていた。

「さんきゅ・・・な」

   制服を着せられてまぶたを閉じている人形が、微笑んだような気がした。

        ・

        ・

        ・

「”中身”・・・か」

   場内を一回りした浩之は、広間にある長椅子に寝転んで天井を見ていた。
   マルチの人形と、先ほど教授から聞いた言葉が、妙にしみたのだ。
   あわせて、幼い頃に聞いた箱型メイドロボの声が蘇って来た。

”スミマセン、スミマセン”
”タタカナイデ、タタカナイデ”

   単に言語エンジンの問題だったのかもしれない。
   マルチと同じモノを積んだだけで、教授は随分と人間臭いロボットになった。
   言葉使い、という外見だけで。
   自分もHM−12の電源を初めて入れた時、同じ過ちを犯す所だった事を思い出した。
   外見や第一印象は大切だ。
   しかし、使い込んで生じてくるモノを理解する事、理解しようとする事を忘れてはいないか?
   人間は機械やロボットに対して、とんでもない勘違いをしているのではないだろうか。

”HM−01の扱われようを見て、HMX−01はどう思っているのだろう・・・?”

   問えば教授やマルチは応えてくれるだろう。
   しかし浩之は聞いてはいけない、と思った。
   そして、それを自分の力で感じ取ってみたい。
   それを成す事が、マルチ”達”を幸せにする事なのではないか?

「うーん・・・」

   やっぱり、就職先は来栖川電工しかない、もっともっと勉強だな・・・、などと浩之は思うのだった。



「メリークリスマスですー!」

   背後からの不意打ち!!
   わわっ、とベンチから落ちそうになる。
   振り返ってから。またもや浩之は吹き出してしまった。
   今度はサンタクロースの衣装だった。

「ぷっ」

   ハマりすぎた衣装に、浩之は爆笑した。

「おかしいですか? これから子供達にプレゼントを配るんですけど・・・」

   マルチはとても不安げだ。

「いや、バッチリだ。だがなあ・・・」

   言いながら手を伸ばし、
   ぴりぴり・・・

「ヒゲは取ってくれ。頼む。
 子供がお礼を言えないくらい笑い転げるぜ、それ」

「あ、やっぱり変ですかー。綾香さんやあかりさんが笑ってらしたので、おかしいとは思ってたんですけど・・・
 あとでセリオさんにも教えますー」

「セリオも・・・・・・?」

   「メリークリスマスです」
   と、無表情にプレゼントを配るセリオサンタ。 ヒゲ付き。
   そのうしろで角を生やした綾香トナカイ。 鼻の頭、塗装済み。

「ぶひゃひゃひゃひゃはははははーっ!!」

   浩之は呼吸ができなくなった。
   わけのわからないまま、マルチも笑った。つきあいの良いロボットだった。



   ・・・・・・少しして。
   落ち着き始めた浩之を確認してから、マルチは小さな声でつぶやいた。

「・・・ごめんなさい、浩之さん」

   浩之は深呼吸をひとつしてから、マルチを見る。
   トーンが低い。表情も心無しか少し暗くなっている。

「イブの夜、ほんとうは浩之さんやあかりさんに誘われて、とっても嬉しかったんです。
 でも・・・ 」

   きっと、これを言いたくて俺に会いに来たんだろうな、と浩之は思った。
   三人揃った初めてのクリスマス。
   あかりが一緒に過ごそう、と言い出したのだ。
   でもマルチは研究所の手伝いを選んで、二日間、ひまをもらったのだった。
   はじめ、自分とあかりの事を気遣っているのだ、と浩之は思っていた。
   それもあるのだろうが・・・マルチはできるだけ多くのみなさんの幸せを選んだらしい。

「マルチもあかりも優しいな」

   それでもマルチはあかりとは違う。
   人間ではない。嫉妬しない。怒らない。少なくとも浩之やあかりは見た事が無い。
   マルチは優しい。
   「浩之さんのためにお役に立ちたいです」とも言ってくれた。
   それでもその優しさに甘えてはいけない、その優しさが自分独りのためでなく、
   全てのみなさんに平等に配られるよう、主人でありパートナーである自分自身が努力しなければならない。

「・・・気にすんなよ! 俺は嬉しいぜ。
 マルチと俺は・・・その、いつでも逢ってるわけだし。
 マルチが自分のしたい事をして、しかもそれがみんなのためになってるんだろ?
 前にも言ったけどな、俺はそういうマルチを見てるのが嬉しいんだ。
 そういうマルチが・・・」

「あ」

「・・・好きなんだって」

   小さなサンタを抱き寄せて、額にキス。

「浩之さん・・・わたしも浩之さんのことが一番・・・」

   もう一度見つめ合って、目を・・・




   ♪♪ 〜 ぎゃおおおおおお〜〜んんん!! 〜 ♪♪




   けたたましい不協和音が外から聞こえてきた。

「・・・最近こういうノリが多いよな」

   ・・・すみません。

「あ、始まったみたいですよ!」

「なにが?」

「毎年好例なんだそうです」

「だから、なに?」

「”ナガセ おん すてーじ” だそうですー」

        ・

        ・

        ・

        ・

        ・

        ・

「盛り上がってるかーっ?!」

   「「「「「「「「イエーイッ!!」」」」」」」」

「今年も張り切っていくぜーっ!」

   「「「「「「「「オウイエーッ!!」」」」」」」」 (←パクマン風に)

   ノリノリ(死後、いや死語)のステージの中、来栖川綾香は額を抱えていた。
   隣のセリオは両手を胸の前で組みながら、

「・・・素敵です、主任」

   この娘はどこでこういう仕草を覚えてくるんだか。ちなみにセリオはサンタ姿、ヒゲ付き。
   どこがよ、と綾香はメイクを落としながら(←トナカイ役は教授に譲った)、ため息をひとつ。
   長瀬主任、いや、ミュージシャン・ナガセの姿を見、綾香は思った。
   赤く染めた爆発髪。黒い丸メガネ。頬にはLOVE?
   (意外にも)贅肉の無い半裸の上半身に白衣を纏ってる。 あ、コイツ鍛えてるな?
   たしかに普段よりは野性的でカッコイイ・・・・・・ってあたしは何を考えているのか?!
   三十代半ばを過ぎた中年の格好じゃないわね、しかも毎年演ってるって?
   「ナガセさ〜ん」とか黄色い声を聞くところによれば、固定ファンも居るらしい。
   困ったオジさまだこと・・・などと下を向く。
   しかし、イントロが始まった所で綾香は耳を疑った。

   巧い!

   『ホテルカリフォルニア』だった。
   ナガセの弾くベースは、綾香が留学先で聞いたどのアマチュアより巧かった。
   それにバックの研究員sのワザも並ではない。
   オリジナルを習うだけではなく、言葉に言えない響きが加わっている。

   できる!

   両の拳を握り締め、綾香は立ち上がっていた。
   そしていよいよナガセの第一声が・・・

「待てい!! なんだ、その格好は?! 貴様はイーグルスを侮辱しているッ!」

   邪魔が入った。

「なにやつ?!」

「仮面大学生ヤジマ、ここに惨状!」

   ぎよ〜ん、と仮面の男のギターがかき鳴らされた。

「・・・きみも十分侮辱していると思うが」

「なんだとぅ?!」

   そして、速弾き大会になった。



   ・・・やっぱり、就職先は来栖川電工は止めようか、もっともっと鍛練だな・・・、
   などと最後列で見ていた浩之は思うのだった。
   ふと、傍らを見ると。
   昨夜の疲れがたたってか、あかりは浩之の肩で寝息を立てていた。
   当然、ヤジマの愚行というか活躍は聞こえていない。
   ・・・やはりヤジマは不憫なヤツだった。

        ・

        ・

        ・

        ・

   闘いは一時間に及んだ。
   お互いの持ち曲が尽きたのか、ステージの上の全員が肩で息をしながら、完全停止した。
   一瞬の後、観客から惜しみの無い拍手が浴びせられた。
   その中で、がっちりと握手する二人のミュージシャン、ナガセとヤジマ。
   場内に割れんばかりの拍手が轟いた。
   おお、受けてるぞ、よかったなヤジマ。
   そしてどちらからともなく、

「「また来年!!」」

   またも沸き起こる歓声!
   その中、ナガセとヤジマはステージを降りる。

”次の出し物は・・・”

   女性研究員の声がスピーカーから流れた時。
   綾香の視線は長瀬主任の姿を探していた。
   あのワザの由縁を聞いておきたい、と思ったからだ。
   すぐに見つかった。
   御近所の若い娘やお婆さんに捕まって、もみくちゃにされている。
   きっと普段の姿を知ったら幻滅するんだろうなあ、などと思いながら、綾香は待った。
   案の定、うまい具合に人の波をノラリクラリと抜け出て、長瀬主任が歩いて来る。
   それを追って、綾香は小走りに近づく。

「?!」

   と、そのとき、綾香の視界に光るモノが見えた。
   芝生の中に何か落ちている。
   首を傾げながら、しゃがんですくい上げたとき。
   どこか押してしまったのか、パチン、とそれが鳴った。
   綾香はそれを手の平に乗せ、覗き込んだ。
   光るモノはペンダントだった。
   開いたままだが、中身は向こう側を向いている。
   一瞬、中を見るのはやましいことではないか、などと考える。
   しかし、好奇心は強敵だった。
   持ち主を調べないとねー、などと理由をデッチあげてから、綾香は指でそれを転がして自分の方を向かせた。
   予想通り、写真が入っていた。 男と女と女の子。
   家族だろうか? とてもにこやかに、楕円のフレームに収まっている。
   黒髪の男、金髪の女性、五才くらいの女の子。

「え?!」

   綾香は女の子に見覚えがあった。

「ま、マルチ・・・?」

   どう見てもマルチだった。
   女の子はマルチに瓜二つだった。
   さらに、男性にも見覚えがある。
   師でもあり、お目付役でもある長瀬源四郎さん。それに似ているこの人は・・・・・・


   綾香は見てはいけないものを見てしまった、そんな気分になった。


   すぐにでも持ち主に返さねばならない、そして見てしまった事を告白しなければならない、そう直感した。
   そしてすぐに持ち主を追い始めた。
   最短距離を目指すため、客人でゴッタ返すテーブルの間を。

「あ、綾香さん! 今日はお招きありがとうござ・・・きゃあっ!」

   長瀬主任を追う綾香に声を掛けようとした理緒は見事に転んだ。

「あ、綾香・・・わっ?!」

   好恵はすべった。

「お嬢さん、どちらへ・・・ぐはっ?!」

   橋本は突然生えた電柱に、顔面から突っ込んだ。
   綾香に声を掛けようとした全ての人間が転び続けていく。
   やがて綾香は、主任を追って林の中へと無事に消えて行った。


   そして、その背後に忍び立つ二つの影!


   じゃん!


   でん子ちゃん(○C 東京電力)の登場擬音と共に現れた、その正体は?!

「私はHM−13セリオ(ひそひそひそ)」
「わたしはHM−12マルチ(ひそひそひそ)」
「未来の世界のメイド型ロボットです(ひそひそひそ)」

  でゅーわー、とは言わなかったが、最後のセリフはハモっていた。
  ちなみにHM−13の手にはトラップ用の荒縄、HM−12の小脇には電柱数本が ARM READY だった。

「いいですか、マルチさん」
「はい、セリオさん」
「今宵、あの御二人の会話を邪魔する者は何人たりとも許してはなりません」
「なんぴとたりとも俺の前は走らせねえ、というわけですね」
「その通りです。どんな方法を用いてでも阻止するのです。それが時間計画なのです」
「わかりました、セリオさん」

   わくわくわく。(←メイド服を脱ぎ始めた。)

「その格好は何でしょうか、マルチさ」
「セリオさん」

   左頬にバンソウコウを貼りながらストップをかける、HM−12。

「今のわたしは、”松原葵”以外の何者でもありません」

   赤いぶるまあがまぶしい。とうの昔に耳カバーは外されていた。

「わかりました。それでは私も・・・」

   HM−13暗号名セリえもんは、用意してきた黒髪のカツラを身に着け始めた。

「行きましょう、葵さん。この会場は私たちが乗っ取ったー、のです」
「わかりました、綾香さん。やっぱり会場の良い子たちを怪人に改造したりするわけですね」

   2Pカラーの二人(ちなみに二人とも体操着)は見つめ合い、
   うむ、と、うなずき合った。
   すでに手段と目的が差し替わっているらしい。


   ・・・その後、会場で爆発やら格闘やら色々な事が起きたらしいが、原因は不明だ。

        ・

        ・

        ・

        ・

   長瀬主任は、ステージから林ひとつ隔てた芝生の上に寝そべっていた。
   さすがに寒くなって来たのか、白衣の前は合わされている。
   薄暗いので綾香の目にはそれくらいしか映らなかった。

「長瀬博士」

   自分でも驚くような、小さい、ためらうような声で綾香は声をかける。
   ん、と長瀬主任は起き上がり、振り返った。

「・・・いいですか?」

   ああ、と長瀬主任。
   その隣、五十センチくらい離れた場所に綾香は腰を降ろしながら、ジーンズで良かったなどと思った。
   姉は厄介なドレスを着て屋敷のパーティーに出ているのだ。

「いい夜だねえ」

   長瀬主任は空を見上げている。その表情はよくわからない。
   綾香も見上げた。
   この場所の唯一の光源である星々の、なんとまぶしいことか。
   しんしん、という擬音がふさわしく、ただただ静かに振って来る。

「こんな夜は思い出す言葉があるんだ。
 ”・・・この満天の星々の元、それよりも美しい星が私の傍に在る”」

   クスクス、と綾香は笑ってしまう。

「くどき文句みたいですよ、それ」

「そうだよ」

「え?」

   綾香、凍結。

「かみさんをくどいた時に使ったセリフなんだ」

「あ、ああ・・・」

「・・・すまないね、変な事を口走ってしまった」

   頃合だ、と綾香は思った。

「あ、あの、気に触ったらごめんなさい。
 奥さんと娘さん・・・亡くなられたんですか・・・?」

   言いながら綾香は件のペンダントを差し出した。
   おや? と長瀬主任は自分の胸元を探る。
   ああ、とそれを受け取る。
   綾香は意外にあっさりとしてるなあ、などと思った。
   そして、自分の予想が外れていればいい、と思った。
   こんな落ち着いた人の過去にそんなことがあるなんて、信じられない。
   もし本当なら、自分が会った人間の中で最も”強い”人間だ、この人は。

「見たのかね?」

   黙っている事が肯定を意味する・・・そんな沈黙が二人の間に満ちた。

「じゃあ、マルチの容貌についても・・・気付いたわけだ」

   鼓動がひとつ、大きく跳ねた。
   やっぱり・・・と思いながらも、答えなければならない。
   視線を外し、何も言わずに綾香はうなずいた。

「・・・二人とも飛行機事故でねぇ」

   新聞の記事を読むような口調だった。

「日本で就職した私の元へ来る途中だった。
 たしか・・・」

   長瀬主任は星空を見上げたままだった。


「クリスマスの晩だったかな・・・」


   綾香は胸が痛くなるのを感じた。
   本当に、痛い。苦しい。
   その痛みが、塊となって喉を押し分けて這い上がって来る。
   鼻の奥から、目の奥にかけて。
   瞬間、本当に瞬間に、大粒の涙が頬をつたった。

「ごめんなさい!」

   涙に焼けた声で、綾香は叫んだ。
   まるで意に介さない感じで、なぜ、というように笑ってから、長瀬主任は言った。
「君や藤田君には本当に感謝しているよ。
 あの子たちは、藤田君や君にめぐり合う事でマルチやセリオになることができた。
 もし出会わなかったら、きっと・・・」

   珍しく、鼻にかかった声。

「亡霊のままだったのかもしれない。私の想いによって。
 そして、あの子達が自分自身を得た事で・・・」

   そこで、綾香の方を向いて、

「私は長瀬源五郎に戻れたのかもしれない」

   目が慣れてきていた。
   かろうじて、白い白衣と、表情だけが見えた。
   とても優しい、悟り切った笑みだ、と綾香は思った。

   ちょうどそのとき、一番大きな花火が天に咲いた。いや、もしかすると何か爆発したのかもしれない。
   火薬の照明が、二人の周囲を昼間のように照らし始める。
   そしてそれは、染めて爆発したミュージシャンの頭髪をライトアップした。
   綾香は、面と向かった長瀬主任の表情とスタイルのギャップに・・・・・・

「きゃはははははははははっ!!」

   合わせて長瀬主任も、

「わっはっはっはっは!!」

   ・・・二人して、心の底から爆笑した。
   泣きながら笑っていた。

「さぁて、じゃあ、もう一曲暴れてくるか!」

   すっく、と立ち上がった長瀬源五郎は、いつもの長瀬主任に戻っていた。
   小走りに、去る。
   綾香は追わなかった。
   ほんの数分間に、いろんな感情が押し寄せて来たので、休んでいたかった。
   しかし、それに気づくほどには人間的に成長していない者が現れた。

「どうしたんですか、綾香さま?」

「なによ?」

「体温が上昇しています。お風邪でも召しましたか?」

   そのときになって綾香は初めて気づいたのだった。
   自分の頬が先程つまんだ焼マシュマロのように火照っていることに。

「なななな、なんでもないわよ! さあさあ、サンタさんはプレゼントの時間でしょ?
 さっさと働く! あたしも手伝うから!」

「でも、ご気分がすぐれないのでは・・・」

「いいから!」

   どん、とセリオの背中を叩いてから、共に宴の輪に戻る。
   そしてセリオに見えないように、満天の星空を仰いでから小さくつぶやいた。

「ファザコンだったのかなー、あたしって・・・」

「なにかおっしゃいましたか?」

「なんでもないっ!」

   セリオの耳は高感度だった。

   熱い頬に、冷たい風が心地好い。
   綾香は、その風の中にクスクスという笑い声を聞いたような気がしたのだが・・・

   気のせいだろう。たぶん。

        ・

        ・

        ・

        ・

        ・

        ・

   ステージは終わっていた。
   一般客は帰途に着いた。
   門の所で、ロボット達に小さなプレゼントを手渡された子供達は、大喜びだった。
   大盛況のうちに、『20××年度 来栖川中央研究所 大クリスマスパーティー』は終了した。


「・・・ん?」

   浩之の膝の上であかりは目を覚ました。
   まったく、とつぶやきながらあかりの額をぴしゃり。
   答えるようにあかりは、

「・・・好き・・・」

   と、浩之に抱きついた。寝ぼけている。

「お熱いことで」
「興味深いです」
「いつもこんなに仲良しなんですよー」

   ギャラリーは燃え燃えだ。

「・・・あのな」

   片付けの始まった野外ステージの一角に、人の輪ができ始めている。
   すーすー、とイヤに規則正しい寝息を立てる恋人。
   浩之の心に疑念が生じた。

「起きてるな? おまえ起きてるな?!」

   膝の上で寝返りをうつ、あかり。 ちらりと薄くまぶたが開いた。
   ・・・どうやら酔っ払っているらしい。
   そのとき。
   爆笑する一同の背後から、一人の貴婦人が声をかける。

「盛り上がっているようですね」

「「「「「あ、所長!」」」」」

   来栖川コンツェルン現頭首兼 来栖川中央研究所所長兼 綾香の母があらわれた!
   綾香はにげだした。
   セリオはにげだした。
   0ゴールドをてにいれた。
   けいけんち0EXPをかくとくした。

「お久しぶりです、所長」

   長瀬主任が手を伸ばし、握手。

「あら、マルチもいっしょなのね? 元気でやってますか?」

「はい!」

   ぺこり、とマルチが深く深く、おじぎ。
   うんうんとうなずいて、所長はマルチの頭を撫でた。
   それから浩之の方を向いて、

「あなたが・・・藤田さん?」

「あ、はい。藤田浩之といいます。マルチの事では本当に世話に・・・」

   かしこまる浩之を止め、所長はひとこと、ポツリ。

「幸せにするのですよ」

   浩之は背筋が寒くなるのを感じた。
   あかりが不自然な寝返りをうった。
   世の中には人を越えた存在が在る事を、浩之は確信したのだった。

「主任、準備できました!」

   相変らず白衣の研究員Aと、その後ろに控えるHM−12。
   大きめの盆に、小さめの紙コップがたくさん並べられている。
   そして、そのまた背後に大きな酒樽が。

「おう、じゃ、乾杯の準備だ。
 マルチ達も手伝ってくれ。まだ全所員分、つぎまくらなきゃならない」

「あ、わたしも手伝います」

   やはり、あかりは起きていた。

「あ、俺も手伝います」

   並んだ所員に、あかりとマルチ達、セリオ達が手際良く酒を振る舞っていく。
   数十分で百人余りの所員全員に、「熊殺し」が行き渡った。


   長瀬主任が紙コップを掲げて言った。

「じゃ、みんな空に向かって・・・」

「「「 空 ? 」」」




 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   23:50。

   今日は忙しい一日だった。
   HM−13が発売されてから、初めての冬。
   ダウンロードサービスは大盛況だった。
   鶏モモの調理法、ケーキのデコレーション、etc、etc・・・

   私の現在の担当区域は、日本地区のみ。
   そこのほとんどのHM−13は一日の作業も終え、すでに眠りに着いている。
   最後のダウンロードサービスは、おとぎ話と子守唄だったろうか?
   今ごろ、そのHM−13は幼子を寝かし付けているのだろう。


   23:55。
   目の前には、いつも通りの光景が見える。
   真っ暗な半球に、蛍のような明かりが幾つも灯っている。

   あの一つ一つの中に人間が居る。

   この高度から見える光源は大都市の喧騒くらいのものだから、正確には人間達、か。
   そしてその中には、様々な人間の生活がある。
   こんな時間に可視光領域のセンサー、しかも最大倍率での観測などイレギュラーな事だ。

「24:00に楽しい事が起こるから」

   とは、開発主任の言。
   この衛星の全ての制御を任されている私こと、アルゴリズム型式HMX−13Zはほとんど自由に観測設備を利用できる。
   その利用頻度を調べるのも一つの実験テーマなのだそうだ。

   ・・・そろそろ時間だ。
   私は約束の場所に視点を移し、最大倍率に焦点を合わせた。

   来栖川中央研究所。
   そこは広大な敷地を持った実験施設。
   広大、といっても静止衛星高度からではネコの額(この表現は正しいだろうか)だ。
   それでも試験的に導入された精密望遠系は、その敷地の全容を1万×1万ピクセル程度に拡大できる。

   その一角に光々と輝く建屋がいくつかある。
   まさに不夜城。私もあの場所にある端末で調製されたそうだ。
   建屋が占める面積は非常に狭い。敷地のほとんどは森林やオープンスペースであり、実験場になっている。
   明かりは建屋にしかない。

   二分前。
   ふっ、と建屋の明かりが消えた。
   施設の全てが暗闇に染まる。
   当然のことながら、私の視野もブラックアウトする。


   24:00。

   それは森林らしき暗闇から始まった。
   初めは一つの輝点。強力なサーチライトか何かをこちらに向けているらしい。
   輝点の数は増えていった。
   少しずつ広がり、図形になっていく。
   ・・・いや、有意文字だ。
   アルファベットとカタカナ。



           M e r r y

           X’m a s !

           セ   リ   オ





   ・・・・・・・。


   セリオ、というのはHM−13に与えられた愛称だ。
   そして、HMX−13と私の実名でもある。
   私・・・すなわち、衛星回線システムの中枢である中央官制衛星の。


   地上のHM−13達と違い、私は人の姿を持たない。
   この真空の、熱く、寒い空間にその外観は適さないからだ。
   よって、人と同じ扱いを受けるのは不自然である。それは認識している。
   それでも私を調製した人間達は、よく私をそのように扱う。

   サーチライトの数は数百に昇る。
   情報を検索したところ、一カ月前から全敷地内の照明のメンテナンスが、
   今日この時刻に予定されていたことがわかった。


   まったく。


   いったい何人の人間が、この悪戯に加わったのだろうか?

   あの明かりの一つ一つに、彼らの想いが込められている事実を認識した。
   人の想いは物に宿る。
   昇華すれば、それは心になる。
   開発主任の言葉だったろうか? それを聞いたのは地上の私に違いないが。




   とても”良い気分”だ。

   今夜はクリスマス。

   この惑星の、愛すべき全てのモノ達にこの言葉を贈ろう。



   ア・ハッピー・ニューイヤー


   ・・・違った。




   メリークリスマス !





以上。


  ” In the eyes of a child
   There is joy, there is laughter
   There is hope, there is trust, a chance to shape the future
   For the lessons of life
   There is no better teacher
   Than the look in the eyes of a child ”

  (〜 AIRSUPPLY The CHRISTMAS ALBUM (A32D-73) 〜 より)