地球最後の日 投稿者:AE

「地球最後の日」                   by AE
                      1998.10.11



   どおぉぉお〜〜〜〜ん!!
   ぱらぱらぱらぱらぱら・・・・・

   近くに着弾したらしい。落下物の崩れる音が頭上で続いている。
   そのやかましいノイズに紛れて、歩調の揃った足音がやって来た。
   大勢の足音が途切れること無く、続く。
   ・・・やがて行進は過ぎ去り、静寂がおとずれた。

「・・・行ったみたいね」

   暗闇の中、誰かが言った。
   合わせて、小さな電灯が灯される。
   その球状の暖かい空間に、四人の顔が浮かび上がった。
   脅えた表情、険しい表情、無表情、無表情。

「ううっ、浩之さん、あかりさん〜」
   HMX−12マルチが泣き叫んだ。

「みんな、もうダメよね・・・」
   来栖川綾香が力無くうなだれる。

「どうしてこんなことに・・・」
   柏木楓のまつげには大粒の涙が捕われていた。

「みなさん、元気を出して下さい」
   そう言うHMX−13セリオのバッテリーは尽きかけていた。

   ・・・無理もない。
   この地下鉄跡に逃げ込む際に、綾香と共に壮絶な格闘戦を繰り広げたのだ。
   それでも追っ手は多く、そして執拗だった。
   かばっていた仲間達は次々に敵の軍門に下り、戦闘力のある少人数のみが入口にたどり着いた。
   避難後、入口を爆破する事で敵の侵入を防ぐ。
   浩之の提案は効果的だったが、陽動を行う者と起爆装置を押す者が必要だった。


「先に逝くわね」
   言いながら、おたまを握って敵の集団に飛び込んだ、神岸あかり。

「リーフ帝国と藤田一家に・・・栄光あれ!」
   言いながら、起爆装置を押した藤田浩之。

   ・・・尊い犠牲だった。それでも生き残ったのはこの四人だけだった。


「ううっ、ふぇっ、えええぇぇぇええぇ〜〜〜んっ!!」
   関を切ったようにマルチは泣き出した。
   ・・・誰も止めなかった。
   止める力が無かった。
「くっ!!」
   綾香は血まみれの拳を地下鉄構内の壁に叩きつけた。
   姉を守れなかった。友を守れなかった。
「あいつら・・・許せない!」
   ・・・敵・・・。
   彼らは尋常ではなかった。
   ある夜、突然の襲来。そして侵攻。
   襲われた人間は、そのまま敵に変わる。
   そして、なすすべもなく全人類が彼らの配下となったのだ。

「・・・とりあえず、脱出口を探しましょう。 ここに居ても事態は好転しません」

   セリオの台詞に、三人は無言で従った。
   まるで死者か何かのように、力尽きた姿勢で。

       ・

       ・

       ・

   行軍が三駅ほど続いた頃だろうか。

「明かりよ! ここから出られるわ!」

   そう叫んだ綾香の方向には、確かに一筋の光が通っていた。
   ・・・生き延びた四人の未来を導くかのように。
   どうやら朝が来たらしい。
   セリオはその光に、「希望」という単語を連想した。
   とりあえず今日も生き延びる事ができたのだ。
   生き延びれば明日は来る。 希望を捨ててはならない。
   そう思いながら、セリオは無意識に握り締められた自分の拳に気づいた。
   彼らに対する反撃のチャンスが失くなったわけではないのだ。
   いつかきっと、平和な世界を取り戻してみせる。
   大好きな人間のみなさんのために・・・・・。

   そのとき。

「ふ・・・」

   風の流れるような声だった。
   ため息のような、嘲るような、短いひとこと。
   先頭を歩いていたセリオは、声のした方向を振り向く。
   綾香、楓、マルチしか居ない。
   敵は居ない・・・はずだ。
   思い直して進行方向を向いた時に、

「ふ・ふ・・・・」

   確かに聞こえた!
   そして!

「せ、セリオっ、逃げなさいっ!!」

   綾香の叫びに振り向いた時、信じられない光景が繰り広げられていた。
   来栖川綾香が力負けしている?!
   そして、綾香を羽交い締めにしていたのは・・・
   ・・・楓とマルチだったのだ!

「あなた方は・・・まさか?!」

   セリオと視線が合った瞬間。 二人はそろって、あの呪いの言葉を吐いた!




「「ふ〜き〜ふ〜き〜〜」」




   それこそまさに人類の敵!
   ああ、なんということだろう。 彼女達はすでに・・・
   一夜にして三つの大陸を沈めたという、あの”ふきふき”達の仲間だったのだ!

「これは宿命なんですふきふきー」
   片手にポケットティッシュを持った柏木楓が言った。

「みんなで幸せになるのですふきふきー」
   片手にハンカチを握り締めたマルチが言った。

「逃げなさい、セリオ!」

「綾香さま?!」

「大丈夫、こんな所であたしは死なないわ!」

「無駄ですふきふきー」

「あなた方が最後の地球人なんですふきふきー」

「嘘です! そんなこと嘘に決まってます!」

「危ないっ!」

   突然の爆発音。天井が崩落。
   もつれ合う三人の頭上に、瓦礫がシャワーのように降り注ぐ。

「綾香さまーっ!」

   叫びながらも危険回避プログラムがセリオの身体を突き動かした。
   山のように降り積もった瓦礫。
   その丘を見つめながら、セリオは泣いた。 泣き続けた・・・・・・。

       ・

       ・

       ・

   数時間後。
   結局、生き延びたのはセリオ一人だった。
   半分埋もれた地下鉄の出入口から這い上がり、そのまま地面に突っ伏した。
   電力はほとんど残っていない。
   眠りのようなサスペンドへの誘い。
   これに屈した時、セリオもまた、彼らの軍門に下ってしまうのだろうか?
   そんな遠退く意識の中で・・・
   ざっ、と砂利の鳴る音がした。

「セリオ・・・?」

   慣れ親しんだ声。 顔を上げるとそこには、

「あ、綾香さま・・・?!」

   顔中ススだらけの来栖川綾香が、トランクのようなものを持って立っていた。
   それはセリオの緊急充電キットに他ならない。
   綾香はセリオを助け起こし、膝枕に寝かせてやる。
   そして、右手に持ったトラ縞の充電用コードをセリオの左手首に接続した。

「さ、これで充電するのよ。おなか一杯になったら・・・」

   にっこりと笑って、

「楽しみましょうふきふきー」

   その右手には木綿のハンカチーフが・・・・・・



 − − − − − − − − − − − − − − − − − − −

「・・・う〜ん、う〜ん」

「ちょっと、セリオ! どうしたのよ? しっかりしなさい!」

「あ、綾香さま・・・」
   はね起きたセリオの視界には、いつもの風景があった。
   六畳間、畳に敷いた布団の上。
   そして、主人の心配そうな顔。

「夢だったのですね・・・? よかった・・・」

「うなされるロボットなんて初めて見たわ。
 どんな夢見てたのよ?」

   遠い目のまま、ためらいながらもセリオは答えた。

「全人類が、”ふきふき”に取り憑かれてしまう夢を見たのです。
 それはそれは恐ろしい、言葉にできないような未来でした・・・」

   またか・・・、という表情で綾香はセリオを見た。
   立ち上がるなり机に向かい、何やらゴソゴソやっている。

「言葉にできないので・・・」

   セリオは机の引き出しから絵筆を取り出して、

「絵に描きます」

「描かんでいいっ!!」




以上。