「機械婦警12&13(アルバイト)」 by AE 1998.9.16 「・・・いらっしゃいませ」 地下に続く階段。突き当たりのドアを開けると、紳士の声が僕を迎えた。 ドアの向こうに、頭を下げた紳士の図。 低頭した上半身が起きあがり、僕はびっくりする。 整った紳士服、穏やかな声質とは裏腹に、その紳士の頬には深い傷が刻まれている。 禿げあがった頭、つぶれた耳、広い頑強な肩、鋭いまなざし。 いわゆるひとつの「危険人物」だ。 きっとこの店内でイザコザが起きた時、彼は店主からバーサーカーへとクラスチェンジするのだろう。 震えながら、懐のキャッシュカードを取り出して男に見せる。 男の指先がカードのICチップ部分を撫で、ニヤリ。 「この御予算ですと、二人ほど都合できますが?」 元から全額使い果たすつもりだった。財産など今の僕には必要ない。 「ああ、やってくれ」 思いっきり顎を突き出し、大物のフリをする。 そう、これが人生最後の大判振る舞いなのだ。最後くらい笑って死にたいではないか。 思えばわびしい人生だった。 貸した貯金は踏み倒され、犬には吠えられ、勤めた会社はクビになる。 ・・・もういやだ。 そう思った僕は全ての持ち物を金に換えて、ここに来た。 そう、ここは非合法の風俗店だ。 広い新東京市の至る所を転々と移動し、決して捕まらない非合法の店。 勤めているのは全てロボット。 誘拐されたメイドロボットたちが、非合法の改造を強制的に受けて「奉仕」を行う。 それはもう、口では言えないような事までまかり通っているらしい。 法外な金額を払ってでも、満たしたい欲望が一部の人間には在るのだろう。 僕は・・・そうではないと思いたい。 ただ、死ぬ前に無茶苦茶をやってみたかっただけだ。 ・・・それだけなんだ。 回想する僕に向かって、店主は続けた。 「それでは、『オールナイト!ウハウハ3Pスペシャルコース』でよろしいのですね?」 一瞬、くじけそうになる僕。しかし、勇気を持って、恥を捨て、 「ああ! 『オールナイト!ウハウハ3Pスペシャルコース』で頼むっ!!」 「おめでとうございますっ!!!」 ぱああぁぁーんっ! ぱぱああぁぁ〜〜ん!!! ぱちぱちぱちぱち・・・・・・ なんだ、なんだ?! そこら中でクラッカーが鳴り響き、拍手が打ち鳴らされた。 きゃー、とか黄色い声も聞こえてくる。 「あなたは開店以来、100人目の『オールナイト!ウハウハ3Pスペシャルコース』のお客様ですっ!!」 カウンターの向こうから現れたロボット達が、変わる変わる僕に抱きついてキスをする。 「記念と致しまして、サービス料を半額にさせていただきます!」 店主のセリフに僕は、 「・・・ただじゃないの?」 「コンクリートの靴下を御所望ですか?」 いいえ、と首を振る。 シナリオはできてるんだ。他人に殺されたくはない。 翌朝、僕は新東京湾に身投げするんだから。 ・・・って、結果は一緒か。 「で、タイプの娘は? 当店、品揃えには自信がございまして・・・」 「普通の娘がいい」 「そうでございますか。それでしたらうってつけの娘達がおりますです、はい。 今日、入店したばかりの新顔なんです。二人とも初物ですよ、ハ・ツ・モ・ノ・・・」 片手の平を頬にあてて、ひそひそ声で、言う。 ・・・おじさん。結構、人生楽しんでますね。 「せりおちゃん、まるちちゃん、四番テーブル御指名で〜〜す!!」 そのまま店主に招かれてテーブルへ。 途中、他のテーブルをチラリと見る。 店内はお目当ての娘を探す場所にすぎないはずだが、すでにコトに及んでいる客もいた。 ほとんどのロボット達が、嫌がって抵抗している。 きっと、ワザとそのように設定されているのだ。そういう趣味の人間は多いらしい。 みな脂ぎった中年。 偉そうな人たち。 そりゃそうだ、ここの代金は高い。 よほど羽振りのイイ政府高官とかでなければ、来店できない。 または僕のように全財産つぎ込む大馬鹿者でなければ。 これから僕も、そんな悪人の一人になるワケか。 ・・・・・・。 ま、最後くらい楽しもう。悪人になってみよう。 明日の太陽は黄色いに違いない。 その黄色い陽の中で、僕は青い海の藻屑と消えるのだ。 「いらっしゃいませ」 「いらっしゃいませ」 席にはすでに二人のメイドロボットが座っていた。 「私はHM−13、セリオ」 「わたしはHM−12、マルチ」 「「純真無垢な女の子です」」 でゅ〜わ〜、とは言わなかったが、最後のセリフはハモっていた。 「さて、お客様」 「どのような『ぷれい』を御所望ですか?」 ・・・どこが純真無垢なのだろうか? まあ、正面切って言われると、尻込みしてしまう。 そのとき、隣の席から、なんとも例えようのない嗚咽が聞こえてきた。 店内が暗いので様子はわからないが、嫌がっているようにしか聞こえない。 ・・・急に、自分が何をやっているのかわからなくなってきた。 そして、帰りたくなった。 でも、どこへ? 帰る場所なんか、もう無いのに。 全てを捨てるつもりでここに来たのに。 躊躇している僕を置き去りに、二人の会話が再会する。 「そろそろ時間です、セリオさん」 「そのようですね、マルチさん」 ・・・なんのことだ? その会話を合図に、とことこ、とHM−12は店の中央にあるお立ち台に向かう。 「・・・それでは、歌で盛り上げさせていただきます」 ぺこり、とHM−12がおじぎをすると、やれやれぇ、脱げ脱げぇ、と客達のイヤらしい歓声が店中に鳴り響いた。 カラオケのイントロが始まる。 ん・・・聞いたことのない曲だな・・・ボサノバ調か? あいつ、なかなかセンスがいい・・・ ・・・などと感心するヒマもなく、なにやら読経のような大勢の怪しい笑い声がスピーカーから流れ出し、 ♪〜〜く〜らいくらい、く〜らいせかいで あかい、あかい、あ〜かい血をみて生きている〜〜♪ 後ろを振り向くと、HM−13が照明係になっていた。 真っ赤なスポットライトに照らされて、HM−12の緑の髪が地獄色に染まる。 ♪〜〜おれたちゃあくまだ、しにがみだ〜〜♪ HM−12のまぶたがきつく閉じられ、小さな拳が全力で握りしめられ、震えていた。 額に玉のような汗が浮かぶ。 無表情だが、とても力んで熱唱しているようだ。 赤と紫のスポットライトが交互に光り、店中が地獄絵図のように見えた。 客はあっけにとられている・・・ ・・・・・・というか、萎えた。 嫌がっていたメイドロボット達が、それを機に一斉に客を振り払った。 おや、と僕は違和感を感じる。 ・・・駆動系を抑制されている彼女たちにそんな抵抗が出来るわけがない。 店主も異常に気がついたようだ。照明係のHM−13を指さして、 「おまえ、いったい何者だっ?!」 HM−13、ニヤリ。 「貴方が施した強制命令用コードは解析を完了しました。 解除コードを音声で流していますから、人質は自由に動けます」 懐から抜き出した手には、警察手帳が握られていた。 機械婦警か、この二人?! なるほど、今流れている曲にプログラムを織り込んで、店主の施した強制命令を解除したわけか。 やるな。 ・・・・・・選曲は納得できないが。 ♪〜〜あ〜いのせんしの〜〜♪ HM−12も警察手帳を取り出していた・・・熱唱を続けながら。 「ちっ!」 熱唱に集中しているHM−12に、店主の銃口が狙いを定める。 そのとき、 「止まりなさい!」 リン、とした声が広い店内にこだました。 入り口の脇、今度は赤い髪のロボットが、こちらに向けて手帳を掲げていた。 「機械警察遊撃特捜班一級刑事、HMX−13セリオです。 この場に居る全ての人間をロボ権侵害の疑いにより連行します」 店主の持つ銃が、銃声と共に弾き飛ばされた。 実弾だった。 銃声の方、店の奥の方を振り向くと、 「おらおら、動くんじゃねえよ、このクズがっ!!!」 筋骨隆々の肩をタンクトップからハミ出させた中年男が、古めかしいマグナムを構えていた。 こちらは人間の刑事らしい。金髪のカツラと、メイド服と耳カバーを投げ捨てる。 ・・・どうやらその格好で、ずぅ〜っと出番を待ち続けていたらしい。 もう一発、威嚇の銃声。 とても機嫌が悪そうだ。 ひぃっ、と客達が一斉に床に伏せる。 その中で、店主だけが素早くカウンターの奥へ。 途端にカウンター周辺の床が盛り上がった。 爆音とともに埃が舞い上がる。 その雲の中を一条のサーチライト光が動き回る。 「抵抗はやめなさい!」 叫んだ機械刑事は客やロボットをかばうように移動、男刑事の方は銃を構え直す。 そしてサーチライトの根元に現れた姿は・・・。 身長三メートルの巨人。 軍用のワーカーか? 狭いコクピットに店主の姿が見える。これが店主の切り札らしい。 だが、こんな店内で運用する代物ではない。まさに最終手段。死なばもろとも、か。 一瞬、自分の姿が、それに重なる。 ・・・なんて醜いんだろう。往生際が悪いんだろう・・・ 暴れ出したワーカーの手足が、店内の構造物を打ち付ける。 そのとき、僕は気づいた。 半裸の少女型ロボットが逃げ遅れて、四つん這いになっている。 まだ駆動系が抑制されていて、満足に歩けないらしい。 その上から巨大な瓦礫が今にも・・・・・・ 「危ないっ!!!」 いくらロボットとはいえ、頭と胸をつぶされたら完全な復活はできない。 再生されたそれは他人になってしまう。 僕は全力でスライディング、少女を突き飛ばす。 弾性衝突。 少女は滑り、僕が代わりにその場所に。 ずん。 身体中に響いた衝撃が最後だった。 死にたくない、と生まれて初めて思った。 その瞬間、今までの僕は、確かに死んだのかもしれない。 緑の髪が見える。 赤い髪が目の前で揺れている。 膝をついたHM−13とHM−12が、両腕を上げたまま降ってきた瓦礫を支えていた。 「だいじょうぶですか?」 僕がおそるおそるうなずくと、HM−12が支えていた瓦礫を放り投げる。 それが放物線を描いて入り口の方へと落下し、逃げようとしていた客達をせき止める。 ワーカーはそのスキに、入り口とは反対側の広い階段を地上に向けて登り始めた。 「先輩、主犯が逃げます」 と、赤い髪のHM−13が言うと、 「任せて下さい、止めます」 オレンジの髪の機械刑事が、部下らしい男に顎で合図。 「おうよ!」 叫んだ男はマグナムを口にくわえて、夜空が見えるようになった天井に飛びつき、這い上がった。 「to multiback 、 パータベイター使用許可を申請します」 そうつぶやいて空を仰いだ機械刑事の動作が一瞬止まり・・・小さくうなずいてから、 腰の後ろにぶら下げられた銃が逃げ去るワーカーに向けられた。 引き金が引かれる。 何も起きない。ワーカーは逃げ続けている。 「軍用車両制御用途AIチップ、20XX年型式・・・、位置確認。 全情報取得完了。強制停止用シークレットコード算出完了。精密照準」 一発目は探査波か何かだったらしい。 精密機械のように彼女の銃口が揺れる。そして、止まる。 「シュート!」 引き金が引かれた一瞬、金色の直線が銃口とワーカーのコクピットとを結んだ。 がたぴしっ。 擬音と共に、ワーカーが停止する。そして、前にコケる。 すぐさま、階段の上に回り込んでいた男刑事が走り寄り・・・ ・・・なんと、素手で装甲コクピットをこじ開けて、店主を引きずり出した。 そのまま、パンチ。 店主、気絶。 機械刑事、しかめ面になる。 「手がすべったな」 言いながら、男は僕の方に近づいてきた。 「人質の保護、感謝するぜ!」 男に肩を叩かれて、僕は倒れそうになる。 それを見て、微笑む機械刑事。それに片手を上げて答える男。 遠くからサイレンが聞こえてくる。 機械刑事は二人の機械婦警に敬礼。 ぴししっ、と二人も敬礼を返す。 ・・・そして捕り物は終わり、二人の刑事は去って行った。 男の片手がなにげなく機械刑事の腰を撫でる。 彼女がなんの反応もせずに撫でられたままでいると、男はその手で自分の後頭部を掻き始めた。 からかおうとして、失敗した模様。 なんとなく可笑しくなった僕は、自分が微笑んでいることに気づく。 そのとき、袖がつんつん、と引かれるのを感じて振り向くと、 「ありがとう」 先ほどの少女型ロボットが、ぺこり、とお辞儀をしていた。 その後ろに、二人の機械婦警。 「署まで御同行願えますか?」 ・・・まあ、そうだろう。 僕もあの客達と同じコトをしようと思っていたのだ。 裁きを受けよう、潔く。 僕は両手を差し出して、待った。 冷たい手錠の感触を・・・・・・。 − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 「・・・そして、これが本件の感謝状と、この娘の雇用規約です。 この娘がロボ権を取得できるまで、貴方が雇用主になります。大事にしてあげて下さい」 HM−13が封筒を差し出す。 僕は仰々しく、丁寧にそれを受け取った。 その傍らで、HM−12は綺麗に着飾った少女型ロボットと語り合っている。 同じ年頃に見えても、かたや数十才のロボ権取得者、かたや生まれたばかりの新人。 これから、この娘は人生を学ぶのだ。一人前になるまで。僕の元で。 「と、これは知り合いのロボット修理工場への紹介状です。 貴方ほどの技術をお持ちでしたら、と相手方も喜んでいらっしゃいましたよ」 ・・・涙が出てきた。 守る者ができ、目的ができた。 生まれて初めての幸運だ。 「ど、どうしてこんな事まで?」 すると、二人の機械婦警はにっこりと笑いながら、 「今回は特別記念感謝セールです」 HM−13が言う。 「そうなのです」 HM−12が、うんうん。 そして二人一緒に、 「「・・・あなたは、私たちが造られてから100000人目の関係者なのですから。」」 以上。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− >まさた館長 100000hit、おめでとうございます。 私はこのHPがあったからこそ、「文を書く、そして読んで頂く」事の喜びを知る事ができました。 初SSが登録された(事を知った)時の驚きと喜びは、忘れる事ができません。 これからもよろしくお願い致します。