神岸家の秘密 投稿者:AE

「神岸家の秘密」                        by AE
                            1998.8.29



「あれ・・・なんでお赤飯?」

  帰宅したわたしを向かえたのは、キッチンテーブルに山と盛り上げられた赤飯だった。
  ほこほこして、おいしそう。
  微笑みを浮かべて、お母さんが既に席に着いている。

「お、おまえの大事な日だからねぇ」

  調理場の方から声がする。・・・お父さんだ。
  お父さんは物心ついた頃から、一度もわたしに顔を見せたことがない。
  きっと今だって、走っていっても隠れてしまうのだろう。
  幼い頃、動物園に連れていってくれたときも、記念写真には首から下だけが映っていた。
  まあ、そういうものなのだろう、とわたしは納得している。
  浩之ちゃん家だって似たようなものだもの。

「ま、まあ、座りなさい、あかり」

  お父さんの言葉の通りに、着替えるヒマも無く、わたしは席に着いた。

「まずはおめでとう、あかりちゃん」

  お母さんがにっこりと微笑んだ。

「な、なんのことかなー?」

  わたしもにっこり微笑んだ。

「あかりちゃんも大人になったわけねー」

  ・・・なんのコトかは、だいたい想像がついた。
  さすが母親。
  やっぱり、わかっちゃうんだろうか。
  でも、言えるわけないじゃない・・・っていうか何で知ってるの?!

「まずは一献・・・」
「あ、どうも・・・」

  お母さんがおちょこに熱燗を注いでくれた。
  いいんだろうか・・・などと思いながらも、ぐびり。
  ・・・おいしい。
  なんておいしいんだろう。
  これがお酒の味なのれ。
  とっれもおいしいれす。
  からまもろっれもあっらかくなっれ、わらしはしあわれれす・・・・・・



  はた、と気づいたとき。
  わたしは制服のままで、寝かされていた。
  目をこすりながら、起きる。
  ・・・どうやら庭に居るらしい。
  縁側の戸は閉まっていて、わたしだけがここに居る。
  ふと。
  風景とわたしとの間に、格子状のモノが見えるのは錯覚なのだろうか?

「な、なんですかぁ〜〜?!」

  柵、だ。
  檻、ともいう。
  座敷牢? いやいや、庭にあるから違うよね。
  とにかく。
  なんでわたしが、『飼育!女子高生色情教育』みたいな環境に置かれているのか?
  あ、ちなみに、志保が無理矢理見せたんだからね。
  わたしは決して見たくなかったんです、はい。
  ・・・・・・。
  ・・・火照っちゃったけど。

  がらっ、と縁側の戸が開いた。


  どおぉぉ〜〜ん、どおぉぉ〜〜ん、ぱぷうぅぅ〜〜♪


  どこかで聞いたような銅鑼や、笛の音が響く。
  なぜか巨大な鍋がぐつぐつと煮え立っている。
  もう驚かないぞ、と思っていたわたしの決意はあっさりと粉砕された。

「ついにこの日が来たのね、あかりちゃん!」

  お母さま、なんなのでしょうか、その侍娘紫バージョンな装束は?
  わたしはそんなあなたに育てられた覚えはありません。

「それでは始めましょうか・・・」

  お母さまは、そんなわたしの蔑みの眼差しを無視して、勝手に会話を続けられました。

「この神岸家に伝わる、由緒正しき成人の儀式・・・」

  ・・・その時のお母さんの舌なめずりな表情を、わたしは一生忘れないだろう。


「・・・『イヨマンテ(熊祭り)』 をッ!!」


  ♪ ぴろりろり〜〜♪ ちゃららら〜ちゃ〜ら〜ら〜〜 ♪

  侍娘なBGMがスタート。
  がらがらがら〜〜と、わたしと反対側の柵が開く。
  だいたい予想はしていたけど、そこからノッシノッシと出て来たのは・・・

「く、クマあああぁぁああぁ〜〜っ?!」

  月の輪とかいう種類だ。
  自慢じゃないけど、わたしは地球上のクマならすぐに分類できる。
  えへん・・・・・・なんて言ってる場合じゃないっ!
  直感で、敵意が無い事はよくわかりました。
  でも、愛敬のある瞳は「遊んでよおうぅぅ!」と言ってるみたい。
  クマさん、接近。
  ちょっと嬉しがってるわたしは・・・・いったい何?
  クマさんも嬉しいみたい。じゃれたがってるみたい。

「がおおおおぉぉぅ・・・」
「アウッ?!」

  爪こそ出してはいなかったけど、クマさんの握手はわたしを檻の反対側に叩き付けました。
  ああ、志保がこんなゲーム、うまかったっけ。
  このあとで壁際の猛攻、相手を容赦なく削り倒すんだったよね。
  わたしも同じ運命なんだろうか?
  ああ・・・身体中が遺体、いや、痛い・・・・・・
  わたしはこのまま死んじゃうんだ。
  でも、お母さんが悪いんじゃないんだよね。
  たぶん、maybe、probably。
  弱いわたしが悪いんだよね、きっと・・・。

”無残!女子校生、熊に噛み殺される!! なぜっ?!”

  ふと、明日の朝刊の地方ページを飾るタタキ文句が浮かんだ。
  のっしのっし。
  もっと遊んでよお、という顔でクマちゃん接近。
  遠ざかる意識の中、最期の最期にお母さんの声が届いた・・・。

「あかりちゃんっ! その熊を浩之くんだと思うのよっ!」

  ひ、浩之ちゃん・・・?
  わたしの幼なじみ。
  わたしの好きなひと。
  わたしのはぢめての男性。
  ああ、聞こえる・・・浩之ちゃんの声が聞こえるよう・・・。


             ”愛してるぜ、マルチ”

                 う・・・?

             ”好きだよ、琴音ちゃん”

                うぅ・・・

              ”大好きだぜ、先輩”

               ううぅっ・・・



          うっがあああぁぁああぁぁぁ〜〜っ!!
       (Wordにて、フォントを48以上に加工して下さい)



「目覚めたわね・・・」

  そう言ったお母さんが視野に入った。腕を組んで、仁王立ち。

「あなたの中の・・・『熊』が!!」

  わたしの腕が熊の腕と、がっぷり。
  ああ、この力は何?
  身体の奥底から溢れ出るこの快感は?!
  ああ、わたし、闘ってる。
  浩之ちゃんと。
  優柔不断で浮気者の・・・・・・浩之ちゃんとおおおおぉぉぉぉ!!

「うらうらうらうらうらあああぁぁぁーーーっ!!」

  いつの間にか浩之ちゃんはわたしの視野から消えていた。
  あ・・・わたしの手、真っ赤だ。
  どこ?
  浩之ちゃんはどこ?
  わたしだけの浩之ちゃん。
  わたしだけの・・・
  わたしだけのおおおおぉぉおおぉぉ〜〜〜〜っ!!

「くっ・・・まさか?!」

  お母さん、浩之ちゃんを出しなさい。

「身を切るかのようなこの波動・・・これはまさしく・・・」

  隠したって無駄よ。

「『殺意の波動?!』」

  どっかあああぁぁーんっ!!!
  檻はわたしの目の前で引き裂かれた。
  正確にはわたしが引き裂いたんだけど。
  いいのよ。
  わたしと浩之ちゃんとの間にあるものは・・・・・・

「あかりちゃん。さあ、あなたの中の”熊”を制御してみせなさい!!
 さもなくば、私はあなたを・・・あなたを・・・」

  お母さんはビーストモードにとらんすふぉーむした(外観は変わらないけど)。

「・・・あなたを殺します!」

  対峙する二頭の野獣。
  見える姿はヒトだけど、今日もどこかで熊女。
  ああ・・・お母さん。
  あかりはあなたを越えねばならないのですね。
  で、引き分けて、獲物を求めて人間界をさまよっちゃったりするんだろうか?

「あかりちゃん、普通の人間だった頃の事を思い出すのよ!」

  普通の人間・・・・・・?

「みんなとの楽しい想い出を!」

  ああ・・・そういえば、修学旅行(北海道)の夜、みんなで食べたお料理はおいしかったなあ。
  もう一度、みんなでアレを食べたいな。普通の女子高生に戻って。
  アレ、なんて言ったっけ・・・?

「く・・・」

「く?!」

「く・・・ま・・・」

「くま?!」

「クマ鍋、出来ました!」

  理性を取り戻したわたしは”白糸バラシ”でおろしたクマ肉を鍋の中に叩き入れた。
  ぐつぐつぐつぐつぐつぐつ。
  煮立つ鍋。
  すかさず、顔を隠したお父さんが赤味噌を入れる。
  とってもおいしそう。
  ぱちぱちぱち、とお父さんとお母さんが拍手。
  ・・・二人とも泣いてる。わたしのために泣いてくれてる・・・。

「制御できたわね・・・合格よ、あかりちゃん。
 これであなたも立派な、『神岸家の娘』・・・」

「お母さん・・・」

  ひしっ。
  ああ、親子ってステキ。

「これで浩之くんもイチコロよ!」

  うん、と思いっきりうなずく。

「でもね、ひとつだけ約束して頂戴。
 あなたのこの力は、愛する人のためだけに使って欲しいの」

「愛する人にだけ?!」

「そう、愛する人『のためだけ』に!」

「愛する人『にだけ』は使っていいのね? わかったわ、お母さん!」


 − − − − − − − − − − − − − − − − − − −

  いま、万感の想いを込めて熊が鳴く。
  限りなく深い勘違いを抱き、一人の少女が大人になった。
  さらば、おさげのあかり。
  さらば、藤田浩之(成仏しろよ)。

  ・・・さらば、少女の日々よ・・・・・・。


  挿入歌『滅殺人間 アカリ』(キャシャ○ンの節で)

     (夕陽をバックに制服姿のアカリのシルエット)
   「たった二本のおさげを捨てて(中略)アカリが殺らねば誰が殺る?!」

      響けアカリ (←宙に舞うアカリの図・バク宙)
      叩けアカリ (←宙に舞うアカリの図・側転)
      砕けアカリ (←宙に舞うアカリの図・手前に正転)

      噂に聞こえたスゴイやつ
      キック アタック 電光パンチ
      生まれ変わった 黄色のリボン
      藤田浩之 キメるまで
      燃える嫉妬を ブチかませ!

     「マルチちゃーん、ジェーット!」 「飛べませええぇぇぇ〜〜ん!!」

      滅・殺・人・間・アカリ!
      アカリー!
      アカリーーーっ!!



以上。