キス 投稿者:AE  投稿日:08月21日(金)01時20分17秒

「キス」                         by AE
                         1998.8.20



   私向けの台詞が発せられるまで、回想することにした。

   ・・・いろんな物語があった。
   
   不幸な物語。
   迫害され、悲しみ、引き裂かれた二人。
   迫害され、悲しみ、永遠に結ばれた二人。

   幸せな物語。
   祝福され、認められはしなくとも、結ばれた二人。
   やがて来る確実な別離に、立ち向かう勇気を持って。

   性別はいろいろ。
   男と女。
   女と男。

   ・・・この式は小さなものだ。
   報道される事は、無い。
   なぜなら、決して珍しくはないから。

   私は宗教に興味がある。
   隣の男は神を信じないらしい。困った時だけは信じるらしいが。
   それでも確かに荘厳な雰囲気を纏ったこの場所で、
   対面の男が重く厳粛な仕草、声で次の台詞を言った。


「来栖川セリオ。
 汝、貧しい時も富める時も。 病める時も健やかなる時も。
 その身が滅ぶまで、彼を愛する事を誓いますか?」


「あの・・・」

   イレギュラーな合いの手にも関らず、神父様は微笑みを返してくれた。

「何です?」

「その身が滅ぶまで、の所を、その身が滅んでも、に変えていただけませんか?」

   私はちらりと私の伴侶を見た。
   やっぱり、ニヤけて笑ってた。
   神父様も小さく笑った。
   教会の中にもクスクス笑いが充満する。
   私は笑わなかった。
   私は彼が死んでも、死ねない。・・・死なない。
   彼の実娘が死ぬまでは、死なない。
   正確には私を必要とする者が、物がある限り私は生き続けるだろう。
   それはみんな、父や、たった一人の主人や、優しい姉が教えてくれた事。

   そして、私は忘れない。
   今日という日を。
   父を。主人を。姉を。・・・そして、このひとを。
   『覚えておくこと』が私の役目だと、私は認識しているから。


「来栖川セリオ。
 汝、貧しい時も富める時も。 病める時も健やかなる時も。
 その身が滅んでも、彼を愛する事を誓いますか?」


「誓います。」


「それでは、誓いのキスを・・・」

   ゴクリ、という擬音のような喉音を感知。
   彼から。
   参列者たちから。
   そして、私自身から。
   なぜか、交換したばかりの指輪が気になった・・・薬指間接がおかしいのかな?

   向き合う。
   腕を伸ばす。
   背中に回す。
   腰の後ろに回ってくる。
   煙草の匂い。
   伸びた髭(昨夜、遅かったから)。
   視界を閉ざす。
   可視光だけでなく、あらゆる視覚センサーを。



   ・ ・ ・ くちびるがふれた ・ ・ ・ ・ ・



「っ!」
   腰が跳ねそうになる。
   参列者に気づかれないように、精一杯の努力で我慢する。
   参列者に気づかれないように、彼の背中をつねった。


   ・・・やっぱり、彼は舌を入れてきたのだった。




以上。