「キス」 by AE
1998.8.20
私向けの台詞が発せられるまで、回想することにした。
・・・いろんな物語があった。
不幸な物語。
迫害され、悲しみ、引き裂かれた二人。
迫害され、悲しみ、永遠に結ばれた二人。
幸せな物語。
祝福され、認められはしなくとも、結ばれた二人。
やがて来る確実な別離に、立ち向かう勇気を持って。
性別はいろいろ。
男と女。
女と男。
・・・この式は小さなものだ。
報道される事は、無い。
なぜなら、決して珍しくはないから。
私は宗教に興味がある。
隣の男は神を信じないらしい。困った時だけは信じるらしいが。
それでも確かに荘厳な雰囲気を纏ったこの場所で、
対面の男が重く厳粛な仕草、声で次の台詞を言った。
「来栖川セリオ。
汝、貧しい時も富める時も。 病める時も健やかなる時も。
その身が滅ぶまで、彼を愛する事を誓いますか?」
「あの・・・」
イレギュラーな合いの手にも関らず、神父様は微笑みを返してくれた。
「何です?」
「その身が滅ぶまで、の所を、その身が滅んでも、に変えていただけませんか?」
私はちらりと私の伴侶を見た。
やっぱり、ニヤけて笑ってた。
神父様も小さく笑った。
教会の中にもクスクス笑いが充満する。
私は笑わなかった。
私は彼が死んでも、死ねない。・・・死なない。
彼の実娘が死ぬまでは、死なない。
正確には私を必要とする者が、物がある限り私は生き続けるだろう。
それはみんな、父や、たった一人の主人や、優しい姉が教えてくれた事。
そして、私は忘れない。
今日という日を。
父を。主人を。姉を。・・・そして、このひとを。
『覚えておくこと』が私の役目だと、私は認識しているから。
「来栖川セリオ。
汝、貧しい時も富める時も。 病める時も健やかなる時も。
その身が滅んでも、彼を愛する事を誓いますか?」
「誓います。」
「それでは、誓いのキスを・・・」
ゴクリ、という擬音のような喉音を感知。
彼から。
参列者たちから。
そして、私自身から。
なぜか、交換したばかりの指輪が気になった・・・薬指間接がおかしいのかな?
向き合う。
腕を伸ばす。
背中に回す。
腰の後ろに回ってくる。
煙草の匂い。
伸びた髭(昨夜、遅かったから)。
視界を閉ざす。
可視光だけでなく、あらゆる視覚センサーを。
・ ・ ・ くちびるがふれた ・ ・ ・ ・ ・
「っ!」
腰が跳ねそうになる。
参列者に気づかれないように、精一杯の努力で我慢する。
参列者に気づかれないように、彼の背中をつねった。
・・・やっぱり、彼は舌を入れてきたのだった。
以上。