友在り、遠方より来たる。 投稿者: AE



「友在り、遠方より来たる。」                   by AE
                             1998.8.20



   長瀬源五郎博士が他界したのは、一ヶ月以上前のことだ。
   「メイドロボの父」などとその死を騒ぎ立てたマスコミも、現在はおとなしくなっていた。
   「その瞬間、日本中のメイドロボが黙祷を捧げた」などの伝説めいた話まで出た。
   まあ、実際に波乱万丈の人生を送ったからこそ、そんな噂が絶えないわけだが。

「まあ、楽しい人生だったからねえ」

   死んだ当人は、いたって冷静だった。
   誰も迎えに来ないので、フワリフワリとそこら中を漂って暮していた。
   昔から高い所が好きだったので、この場所、ビルの増築現場はお気に入りだった。
   こうやって下界を見下ろしていくのも悪くはない、などと思うようになっていた。
   ・・・しかし、なぜに成仏できないのだろう?
   別に、この世に未練があるわけではない。少なくとも自覚は、無い。
   四十九日を終えてから俄然元気を取り戻した妻に、不安はなかった。
   自分の目標に向けて日夜精進している。
   死ぬまで相談役として在籍していた研究所は、旧式改良の研究開発に余念が無い。
   新規開発以外のベクトルを与えたのは彼だった。
   実際、ロボット人工は世界レベルで調整され、旧式をいかに使いこなすかが、
   人間に課せられた使命だったから。

   気になる身寄りは、妻以外にはなかった。
   もちろん、健在な親戚連中もいるにはいるが、、あまり興味はなかった。
   厄介なつきあいやしがらみを避けて、自分の道を目指したのだから。
   それでも時々思い浮かべてしまうのが・・・・・・

「親父・・・か・・・」

   頑強な男だった。
   肉体だけでなく、その精神までもが、鋼(はがね)のような男だった。
   遠い昔から愛用している小さなメガネ。 羽織、袴。
   来栖川家への恩を返すため、と自ら纏った執事姿についてはあまり記憶が、無い。
   最後に見たのは棺の中だった。
   言葉をかわす事もなく、父は逝った。
   そうそう、と源五郎は回想する。
   こんな姿になっても、明確に思い出せるシーンが一つ、あった。
      ・
      ・
      ・
「どうして父さんにはわからないんだ?!」
「わからんとも! そんな幼稚なおもちゃ遊びなど・・・男は男らしく・・・」
「人間には必要なんだ、パートナーが!!」
「そんな人形作りをさせるために大学にやったわけではない!!」
「人形じゃない! 何度言ったらわかってくれるんだ?!」
      ・
      ・
      ・
   殴り合ったあの晩のあと、源五郎は海外に渡った。
   それから後は、もう何度もリフレインしている。
   同じ目標を抱いた同志との出会い。
   一人目の妻と娘。 永遠に失ってしまった愛しい二人。
   アクの強い仲間達と、彼らと造り上げた機械の娘たち。
   優しく、気丈な二人目の妻。気丈な娘。孫。
   なにもかも、みな懐かしい。

「こんちはーっ!!」
「わわっ?!」

   突如、鉄骨の表面から少女の顔が飛び出た。
   文字どおり、顔だけ。
   建設中のビルの鉄骨に腕を組んで座り込み、お気に入りのアニソンを口ずさんでいた源五郎は、

「おどかさないでくれ!」
  
   と、大声で叫んだ。
   続けて、「落ちたらどうするんだ?!」とも叫ぼうと思ったのだが・・・
   ・・・すでに死んでいる事を思い出して、ためらった。

「まったく・・・」
   つぶやきながら、全身が現われた少女を見る。
   ショートカットの女の子。背中には羽。羽毛でできた、羽。
   いわゆるひとつの天使です、と初めて会った時に自己紹介された。
   そんなバカな、と言いつつも自分の立場を思い出し、源五郎は苦笑したものだ。
   なんといっても、死後の世界。
   なんでもあり、である。

「そろそろどうですか?」
「まだまだ、だねぇ」

   ここ数日間、繰り返された問答。
   天使いわく、

『最後に、生きていた頃に出来なかった事ができるんです。
 それをクリアしないと、成仏できないんですよー』

   ・・・なのだそうだ。
   対して、源五郎の返答は今回も同じ。

「そんなこと言われてもなあ・・・本当に身に覚えが無いんだよ。
 未練なんてないんだ。妻はしっかり者だから心配ないし、楽しい人生だったし・・・」

   源五郎は頭をひねるジェスチャーをする。
   本当に困っていた。
   未練? 思い当たる事は全く無い。

「そういう人に限って、スゴイ頑固者だったりするんですよ。
 本当はしたくてしたくてたまらない事があるのに、意地になって、自分でも忘れてしまってるんです。
 困ったなあ・・・・・・」

   娘は本当に困っていた。
   こういう商売にもノルマか何かがあるのだろうか?
   何とかしてあげたい、と源五郎は思った。

「そうだなあ・・・じゃ、代わりの願いを叶えてもらう、ってのはどうだい。
 本人が気づかないんじゃ仕方がないだろう」

   今度は天使が頭をひねる。
   腕を組んで数分考え込んでから、顔を上げた。

「『最後の願い』の代用品なんて、前例が無いんですけど・・・
 そうですねえ・・・ルール違反なんですが・・・やってみましょうか。
 それで、何を代わりにお望みですかー?」

   う〜ん、と源五郎。
   提案してはみたが、確固たるビジョンはまだなかった。
   ふう、とうつむいて街並みを見降ろす。
   ふと、ブライダルショップの看板が目にとまった。
   ぽん、と手を叩く。

「娘の結婚式に参列したい、ってのはどうかな?」

   実の娘、二人目の妻との間に設けた娘の結婚式には、仕事の都合で出席できなかった。
   死ぬ間際まで、それについて妻の愚痴を聞かされていた事を思い出し、
   源五郎はそれこそが自分の未練の根源なのではないか、と考える事にする。
   そうすると、すぅーっと気が楽になった。
   ことん、と何かが心の中にはまり込む感じ。
   その時・・・

「ああ、やっとわかったんですね?!」

   天使が叫んだ。

「そうでしょうとも、その通りです! あなたはそれがしたかったんですよ!
 素直になると、気づくものなんです。
 ああ・・・どうやらお相手も同じ理由で地縛状態だったみたいです。
 じゃあ、さっそく準備しますね。貴方を一時的にそこへ送り込みます。
 待っていて下されば、すぐにお相手を御案内しますからっ!」

   ちょっと待ってくれ、何がわかったんだ?
   口にしようと思った瞬間、源五郎は・・・・・・






   ・・・林の中にいた。 独りで。
   木漏れ日が、ちらちらと踊る。
   手をかざして源五郎は周囲を見回す。
   緑の香り、土の香り、そして木立が風に揺れる。
   そこは源五郎の生まれ育った故郷の山の風景に似ていた。
   鐘の音が鳴り響く。
   木々の隙間から町並みが覗いている。そういう緑に囲まれた小さな町だった。
   歩み寄り、覗き込むと・・・小さな教会があって、そこが騒がしくなっている。
   そういえばよくここで遊んだなあ。幼馴染みと結婚式ごっことか・・・。
   もう一度、教会の鐘の音が鳴り響く。
   教会の入り口から下る長い階段の両側に、大勢の参列者が立ち並んでいる。
   その中に見知った顔は一人もいない・・・・・・いや、一人いた。
   マルチだ。
   水色のワンピースを着て、涙を浮かべたまま、天使の微笑みをたたえて。
   源五郎は驚いた。

   マルチは耳カバーをしていなかった。

   それが意味する事を一瞬で理解できたのは、自分が霊体という非科学的存在だったからかもしれない。
   でも、そんなことはどうでも良かった。
   この時代、人間とロボットは克服しているのだ。
   あの、果てが無いと思われていた”しがらみ”を。
   越える事ができないと思われていた障壁をぶち壊したのだ。
   見ると、マルチだけではなかった。
   それらしき風貌の参列者は、他にも大勢居た。
   人間とロボット。
   半々程度の割合の参列者が、こぞってこの結婚を祝いに来てくれたらしい。
   HM−12や13といった旧式の者までが(無表情だが明らかに祝福のオーラを纏って)参列していた。

   鐘の音が一層大きく鳴り響き、門が開く。
   新婦と、実娘らしい女の子を抱き上げた新郎が、仲むつまじく恥ずかしげに第一歩を踏み出した。
   彼らが陽光の元に現れた瞬間。
   源五郎は花嫁の名を叫んでいた。


「セリオ?!」


   あの天使は、どうやら「娘違い」を犯したらしい。
   ・・・それでも源五郎は嬉しかった。
   純白のウエディングドレスを纏った元メイドロボは、ロボットという個性を持つ妻になった。
   その未来の一瞬に、立ち会う事ができたのだから。

   参列者の歓声が大きくなる。
   二人は立ち止まり、互いを見つめ合う。
   新郎が娘を降ろし、姿勢を正す。
   どちらからともなく腕が伸び、抱き合い・・・キス。
   女の子、少し不機嫌・・・・・・父親を押しのけて新しい母親の胸に抱きつく。
   歓声はすでに咆哮のようだった。
   続いて、花嫁の機械の腕が、ブーケを青い空へ放り投げる。
   風に吹かれたそれは、伸ばした腕々を通り越して、旧式のHM−12の手に渡った。
   HM−12、きょとん。
   源五郎はそのHM−12の薬指にも白い指輪が在る事を知る。
   脇にいたHM−13がブーケの意味を囁くと、HM−12はうつむいてしまった。
   どうやら、とても照れているようだ。
   主役はそのHM−12に移った。
   全てが暖かく、和やかで、微笑ましくあった。



「ただの人形・・・じゃなかったんだな。おまえの造ったものは」

   ふいの言葉に振り向くと・・・

   父だった。

   両手を背中に、背筋を定規のように伸ばして、執事姿の長瀬源四郎が立っていた。

「いや、おまえは造ったのではない。育てたんだ、人間の次の者を。
 人間と共に生きる者たちを。
 おまえはそれがやりたかったんだな。
 おまえが辿った道は、決して間違ってはいなかった・・・ようだな」

   久しぶりに見る父の顔は、相も変わらず屈強なイメージがあった。
   しかし、どこか済まなそうな、弱気な・・・・・・
   若いままの自分なら、その隙を突いて憎まれ口を叩いたかもしれない。
   ほれ見ろ、俺はこんなことを成し遂げたんだ、と強がりを言ったかもしれない。
   しかし、源五郎は今の源四郎を父とは思えなかった。
   だから、こう言った。ニヤけた笑いを見せながら。

「そうみたいですねぇ・・・」

   反撃に構えていたらしい源四郎は、息子のその言葉を聞いて唖然とした。
   しかし、すぐにいつもの固い表情に戻って、それでも少しニヤけた感じで、

「まあ、その、なんだ・・・」

   苦笑しながら、両手を前に出す。
   背中で見えなかった両手には、ボトルが抱かれていた。
   その古い洋酒は父の宝物だった。
   封を切らずに、いつまでも父の書斎にあった逸品だ。
   たしか、父の葬式の時にもまだ封が切られていなかった事を、源五郎は思い出した。
   そしてその理由をたった今、知ったのだった。

「・・・積もる話もあるんだが・・・一杯やらんか、源五郎?」

   ふっ、と笑ってから源五郎は源四郎を見る。
   死後の世界では望んだ通りの容姿が選べるらしい。
   人間のパートナーを産み出した頃の自分。
   そして、それとほとんど変わらない年頃の父親。

”・・・最後に、生きていた頃に出来なかった事ができるんです・・・”

   喧嘩抜きで、父と息子が酒を酌み交わす。
   それが自分の、そして父の本当にやりたかった事なのだ、できなかった事なのだ、と、源五郎は気づく。
   そのとたん、笑った。
   源四郎も笑う。
   大きな笑い声が響き渡る。決して生身の人間には聞こえないものだったが。
   誰にも見えないはずの男達は、教会の喧騒をあとに静かに退場した。
   互いに肩を抱き合い、叩きながら。


   何年も会えなかった、親友同志のように・・・・・・。



 − − − − − − − − − − − − − − − − 

「ん? どうした、セリオ?」

   中年の新郎は、傍らのロボット刑事の花嫁に話しかけた。
   彼の実娘も、少し心配そうに新しい母を見上げている。
   花嫁は教会の近くにある林を、じぃっと見つめていた。
   泣いているみたいだった。
   ・・・正確には泣き直したみたいだった。
   セリオは顔を上げ、白い綿の手袋ごしに純水の涙をぬぐって、言った。

「あ、いえ、何でもないんです。何でも・・・」

   それでも新郎は、花嫁の次のつぶやきを確かに聞いたのだった。



「・・・ありがとう、お父さん」




以上。